鍼灸・漢方にて治療する上で、胃氣はまさに生命線とも呼ぶべき存在です。夢分流でもやはり胃氣の有無は重要視されていたようです。本文を読んでいきましょう。
その三十四、胃氣有無の大事
『鍼道秘訣集』京都大学付属図書館より引用させていただきました
卅四 胃氣有無之大事
胃の氣有る病人は病重くとも不死、たとえ病輕くとも胃の氣無き甲斐時は死に趣く也。
一説の習に食胃に入て後に胃を診うに動脉来るを胃の氣有りとし、食後に動脉胃の腑に不来を胃の氣無しと云う。指の腹を以て診う也。
六脉無き時、此の胃の腑より邪氣出て両脾鳩尾を塞ぐ故なれば、脾の募胃邪を拂い退く時は六脉出る。是尤も秘事とする事也。善く善く是の巻を得心し給はば、病愈す事、手の裏に有り。
鍼灸における胃氣の大事
冒頭の文章「胃の氣有る病人は病重くとも死なず、たとえ病軽くとも胃の氣無き時は死に趣く也。」
これは鍼灸治療、そして漢方治療の原理を考えると、真にその通りだといえます。
我われ鍼灸師は(漢方医も)主に胃氣をもとにして氣血を操作しています。その理解に至ると、この言葉もよく実感できると思われます。
胃氣の有無を診察する方法
胃氣の有無を確認するのに、食後を診るとあります。これは脈診でも同様の診法がありますね。曲直瀬道三の書『切紙』『増補脈論口訣』や永田徳本の書『梅花無尽蔵』診脈論にも、食前と食後の脈の変化から胃氣の有無を確認する法がしるされています。
本書『鍼道秘訣集』でも同様に、食前と食後の動脉の変化で診る法が記されており、前述の診法と同じ趣意ではないかと考えられます。
胃氣の塞がりを治することの大事
「六脉無き時、此の胃の腑より邪氣出て両脾鳩尾を塞ぐ故なれば、脾の募胃邪を拂い退く時は六脉出る。」
この文からは、胃腑由来の土邪が、心火・脾募に進出し、胃氣が全身に行ることを阻害する病態を示唆しています。六脉とは言うまでもなく“左右・寸関尺”もしくは“浮沈・寸関尺”のこと。この全身への胃氣の供給が阻害されることによって「六脉無き」という病態が形成されます。中莖氏の言葉でいう「病毒に痞塞せられる」時ですね。
この胃氣の閉塞を起こす病邪を払うことで、胃氣の全身供給を再開させ、治癒への転機を導くという、局面によっては“起死回生”の治術であり、局面によっては“治未病”の上工の技ともいえる術理とも解釈できますね。
鍼道五経会 足立繁久