終わりにして始まり
六臓六腑・十二経脈について詳解してくれていた本書もこれで最後の肝臓・肝経にたどり着きました。しかし、経絡というのは“如環無端(環の端の無きが如し)”であり、終わりは始まりでもあります。この点にも本章では随所で示唆しているように感じます。では本文を読んでいきましょう。
※『臓腑経絡詳解』京都大学付属図書館より引用させていただきました
※下記の青色枠部分が『臓腑経絡詳解』の書き下し文です。
臓腑経絡詳解 巻之五
肝の臓所属の提綱
肝は左関に候(うかが)う。その脉耎(なん・やわらか)弱にして長、竿の末梢(まっしょう・こずえ)を掲(かかぐ)るが如きを肝平とす。言う心は、弦にして和緩なれば也。蓋し弦は肝の本脉、筋の象(かたち)に應ず。偏えに弦にして新たに張れる弓の弦(つる)の如きは肝絶とす。
弦にして濇(しょく)なる者は金邪来りて肝に乗ず。治し難し。弦にして洪大なる者は心火反りて肝木に乗ず。此れ、子来りて母に乗ず。病むと雖も治し安し。
肝は木に属す。木の色は蒼(あお)し。蒼くして蒼壁(そうへき・あおたま)の澤(うるわしき)がごとく〔青くして光澤有り〕翠羽(すいう・かわせみのはね)の如く〔青くして甚だ光澤あり〕縞(かとり)に紺を裹(つつむ)が如き〔紺は青くして赤を含む。此れを縞りにして包むが如きは倮(あらは)に青からず。皆な胃の氣の化を兼ねるなり〕の者は皆な肝の生色なり。青くして藍(あい)の如く〔青くして光澤無し〕草滋(くさのしる)の如き〔青く沈みて甚だ光澤無し〕者は胃の氣の陽氣の化を兼ねず。皆な肝の死色とす。
○肝木は腎水に養われ、心火を生じ、脾土を尅し、肺金に尅せらる。故に肝病んで邪を成すときは則ち相火を挾(さしはさみ)て金を倣(あなど)り、脾土を撃つ。是を以て脾土を輔助(ほじょ・たすく)する者は先ず金気を堅くし、肝木を制して、土気を安んず。是、即ち欝気を折(くじき)て虚を贊(たすく)るの謂い也。
○肝は血を藏(かく)し、魂を舎(やど)し、筋を主る。爪は筋の余りなり〔肝は木に属す。筋支(えだ)有りて相い分る木の支葉有るに象(かたど)る。故に一切筋病は肝に属す〕。筋(すじ)は一身の骨節を絡(まと)う。筋急なるときは則ち関節強し。筋緩きときは則ち関節収まらず。其の本(もと)肝血の虚実に従(よ)る。肝は春に旺す〔肝病は春起り、秋甚しく、夏に愈ゆ〕。東に位す〔南面するときは則ち左は東方。故に肝病は左脇に見る〕。竅(あな)を目に開く〔木能く五色を分つ。故に肝木は竅を目に開きて五色を察す。「六節臓象論」に曰く、草 五色を生ず。五色の変、勝(あげ)て視るべからず云々〕。泣(なみだ)は肝の液として、酸味・臊臭(そうしゅう・あぶらくさし)は肝に出入し、燥(そう・かわく)を悪(にくん)で、温潤(おんじゅん・うるおう)を喜(この)む。七情五聲五音に有りては怒・呼・角を主る。故に酸味過ぐるときは則ち肝脾を傷り、口臊(あぶらくさ)きは肝の熱。恚怒(けいど・いかる)盛んなる者は肝の病也。
肝の脈象・長脈について
その脉耎弱にして長、竿の末梢を掲るが如きを肝平とす。」この言葉は非常にその情景を思い浮かべやすく、また脈理にも通ずる表現ですね。とくに「掲げる」という表現が秀逸です。長脈はよく“竿”に譬えられますが、ただ“長竿”では困るのです。只の棒になってしまいますからね。そうなるとこれは平脈ではないのです。その補足として続く言葉に「弦にして和緩なれば也」とあるのです。
肝の臓、補瀉温涼の薬
[補]
柧(木香)酸温 膠(阿膠)鹹平 薏(薏苡仁)甘平 酸(酸棗仁)甘平 沙(沙参)甘苦微寒 茱(山茱萸) 橘(橘葉) 青毎(青梅) 酉(酒) 醋(酢) 雞(とりのしし)甘温
[瀉]
青(青皮) 芍(芍藥) 柴(柴胡) 黛(青黛) 連(黄連) 芩(黄芩) 芎(川芎) 胆(竜胆草)苦濇大寒
[温]
香(木香) 桂(肉桂) 呉(呉茱萸) 楊(楊梅)辛温 杏(杏仁) 桃(桃仁) 李(梨子)
[涼]
菊(菊花) 胆(竜胆草) 車(車前子) 柴(柴胡) 連(黄連) 芩(黄芩) 決(決明子) 羚(羚羊角)鹹寒
東垣先生 報使引経の薬
柴(柴胡)本経
芎(川芎)上に行く
青(青皮)下に行く
生薬は『鍼灸師には縁が薄いかも』と思われる人もいるだろうが、東洋医学を研鑽する上では必須・必知の基礎知識である。このような形で少しずつ記憶に留めておくことをおススメします。
『肝臓七葉の図』本記事では不掲載。『臓腑経絡詳解』を参照のこと。
肝の臓象
肝の臓たる、脊(せぼね)の第九椎に附着す〔督脉の筋縮の穴の地〕。
『難経』四十二の難に曰く、肝の重さ二斤四両、左三葉右四葉、凡て七葉云々。其の臓の色青くして木葉の如く、左■(月+列)に垂るること三葉〔左は陽部とす。陽の数は奇(き・はした)〕、右■(月+列)に垂るること四葉〔右は陰部とする。陰の数は偶(ぐう)〕、凡て七葉。七は少陽の数、木は少陽に属するが故也〔此れ足の厥陰少陽と云うの沙汰に非ず。五行の陰陽の配合なり〕。臓中常に血を藏(かく)す。藏すとは生ずるに非ず。血は心に生じて、其の血は肝に聚(あつま)る。此れを緫(すぶ)る者は脾なり。
(※本記事では以下、 ■(月+列)を“脇”と表記する。)
或る人問いて曰く、師が説の如きは、肝の七葉は左右に垂るると。按するに(『素問』)「刺禁論篇」に曰く、肝は左に生ずと。且つ(『難経』)四十一難に曰く、肝に両枚有りと。此の若きは、肝は左に位し、其の臓、只両葉有るに似て右の説と同じからず。請う、詳かにこれを聞かん。
答えて曰く、肝は木に属す。木は東方の震(しん)の位。南面するときは則ち左は木位東方に在り。故に肝は左に生ずとは、其の木の旺ずる位を以て云う。
其の臓の左に偏居(へんきょ・ひとえにおる)するには非ず。且つ四十一難に、肝に両枚有りとは其の左右に分るる者を以て大概を挙げて云う。実は七葉也。故に四十二難にして再び其の詳を盡くして七葉と云う。七葉の根、脊(せぼね)の九椎に有りて両腎の前に垂れ、胃の腑の後えに並ぶ。人身の升発の本(もと)と成りて、将軍の官、謀慮(ぼうりょ)出づとす。
言う心は、風木は春生の位、風木の性は発生勇猛(ゆうもう・いさみたけと)にして剛強也。故に将軍の官とす。其の風木発生の剛強に非ずんば、謀慮(はかりごと)を出すことを得んや。
又、銭仲陽(せんちゅうよう・銭乙)が曰く、肝に瀉ありて補なしと云々。肝は木なり。五行の道、火は木に生ず。是を以て人身肝木の臓、常に相火を含む。然れども此の相火、常々動ずるに非ず。相火は変火也。且つ火の木に生ずる。此れを鑽撃(さんげき・もみうつ)して後に生ず。肝火も亦た然り。血虚して肝木急に升発の陽気妄動するときは則ち相火、是に生じて、金肺を傲(あなど)り脾土を損ず。
(『素問』)「臓気法時論」に曰く、肝は急を苦しむ。急に甘を食して以て之を緩(ゆるく)す云々。甘とは当帰・地黄・芍薬・甘草の類(たぐい)。皆な補陰・補血の薬品、肝血を補助して相火升騰(しょうとう・のぼる)の逆気を収むる所以の者、此れの如し也。
李朱医学の影響を強く受ける岡本一抱にとって、肝と相火は密接な関係にあります。そして日本鍼灸もまた“肝と相火の関係”を採用している流派が多いのです。
また「血虚して肝木急に升発の陽気妄動するときは……金肺を傲り脾土を損ず。」のくだりは「肝血虚→相火発生→火尅金→金不能制木→木尅土」の流れを連想しますが、これも臨床でしばしばみられる病伝パターンのひとつかと思います。
ちなみに章末の「肝苦急」に対して甘味(土)を用いて緩救する治法は銭仲陽(銭乙)先生の『小兒薬証直訣』に記されています。同書巻上 脉証治法 肝病勝肺に「肝病秋見 一作日晡 肝強勝肺、肺祛不能勝肝、当補脾肺治肝。益脾者、母令子実故也。補脾、益黄散。治肝、瀉青丸。」これは肝が肺に勝ち、木侮金の状態にあるため、脾肺を補い、肝木に拮抗させることを狙いとしています。
また肝有熱の項には「目直視不搐、得心熱則搐。治肝、瀉青丸。治心、導赤丸主之。」と、こちらは相火の上昇逆氣を導赤散で治める治法のようです。導赤散の構成は生地黄、生甘草、木通(各等分)で、甘く子供にも飲みやすく、上記の治法をそのまま表している処方だと言えます。
『臓腑経絡詳解』に「六臓六腑配合の図」「足厥陰肝経の図」あり。『臓腑経絡詳解』を参照のこと。
足厥陰肝経の図
○足の厥陰肝の経は血多くして氣少し。
詳義、前の手の厥陰心包の経に見えたり。
(『霊枢』)「経脉篇」に曰く、肝の足の厥陰の脉、大指に起こり叢毛(そうもう)〔『十四経絡発揮』に(叢を)聚に作る〕の際(あいだ)に〔『十四経絡発揮』に際の字なし〕足跗の上廉を循り内踝を去ること一寸に上る。
[叢毛] 足の大指の爪甲の後を叢毛とす。或いは三毛。或いは壽毛(じゅもう)、又聚毛と云う。一所異名也。
伯仁氏『十四経絡発揮』に曰く、足の大指爪甲の後を三毛と為す。三毛の後の横文(よこもん)を聚毛と為す。此の如くなるときは則ち三毛叢毛をもって異所とす。三毛は爪甲の後えとし、聚毛は三毛の後(しりえ)の横文、俗に云ハナオズリの地とす。
○肝は足の厥陰の経脉なり。其の経は足の大指の外側の端、叢毛の際、大敦の穴に起り、
〔(『霊枢』)「経脉篇」の意の如きときは則ち大敦穴は爪甲角を去ること一分ばかりに付く。伯仁の意の如きときは則ち爪甲の後(しりえ)の横文の上際、俗に云うハナオズリの分に付く。然る所以は、「経脉篇」に云う叢毛は直に爪甲の後を以てす。伯仁は爪甲の後えの横文の上を以てするが故なり。「経脉篇」の『類註』に曰く、足の大指爪甲の横文を去るの後(しりえ)叢毛の際、大敦穴に起る。叢毛は即ち上分に所謂る三毛なり云々。此れに由りて『十四経絡発揮』と「経脉篇」と、大敦の穴を付るに於いて異有る者也。〕、此れより上りて行間の穴を〔大指と次指との間、本節の前にあり〕行り、足跗の上廉を循りて太衝穴を経(へ)〔足跗は足の甲を云う。上廉は大指の方を云う。太衝の穴は足の陽明の衝陽の前、大指と次指との岐骨の間に在り。〕、内踝の前を去ること一寸中封の穴に上る〔穴は太衝の後、内踝の前を去ること一寸ばかり、大筋の間陥中〕。
○踝(くるぶし)を上ること八寸にして太陰の後に交わり出て、膕(こく)の内廉(ないれん)に上る。
[踝] 内踝(うちくるぶし)を云。
○中封の穴より内踝に上り、足の太陰脾経の踝の上三寸、三陰交の穴に行き〔此(ここ)に至るの間は太陰脾経の前を流る〕、三陰交より胻骨(こうこつ・はぎぼね)の下廉に向かい上りて内踝の上五寸、蠡溝の穴と蠡溝の上二寸、中都の穴を歴(へ)〔中都は内踝の上七寸に有り。蠡溝・中都の二穴は胻骨の内廉の推端(おしはずれ)。三陰交の前の通りに有り〕、中都の上一寸内踝を上ること八寸にして、足の太陰脾経を横に貫き交わりて、脾経の後(しりえ)に流れ出て〔三陰交より中都に至るの経は脾の前を流るるなり。〕、膝関穴に行き膕(こく)の内廉の曲泉の穴に上る〔膝関は曲泉の下三寸に在り。曲泉は膝の内輔穴の下、膕の内廉大筋の上、膝を屈(かが)めて横文の頭に取る。即ち腎経の陰谷の穴と、脾経の陰陵泉との間に中る。此れ穴なり。〕。
○股陰を循り〔『十四経絡発揮』陰の字無し〕、毛中に入り陰器を過ぎり〔『十四経絡発揮』陰中に入り陰器を環に作る〕、小腹に抵り胃を挾(さしはさ)み肝に属し膽を絡(まと)う。
[股陰] 俗に云うウチモモなり。
[毛中] 陰毛の中也。
[陰器] 前陰也。
[小腹] 俗に云うホガミ、臍下を云う也。
○曲泉の穴より股陰を循りて、陰包の穴に上りて股(もも)の附根の横文の中に入りて、五里陰廉の二穴に行き〔陰包は膝の内輔骨の上に四寸。直(ただち)に曲泉の上に在り。五里の穴は胃経の氣衝の穴の下、斜めに三寸、股の付根横紋の内に付く。陰廉の穴は五里の上一寸斜めに動脉の中、股の付根横紋にあり。後に図在り。〕、陰廉より陰毛の中に入り、陰器を過り、小腹に抵り、胃を挾み肝に属し、膽を絡う。此れ皆な深く裏に入てなす者也。
○『十四経絡発揮』に足の厥陰、会する所の空穴(こうけつ)に従うて註して云う。五里・陰廉より、足の太陰脾経の衝門・府舎二穴に過り、府舎より横に内へ流れて、陰毛の上際の中に入り、左より来る者は右に行き、右より来る者は左に行きて左右に相交わりて前陰を環遶(めぐる・かんにょう)して、小腹横骨(いちのきざ・おうこつ)の上廉に抵りて任脉の曲骨の穴に会し、曲骨より中極・関元の二穴に上り会し、関元より左右へ分かれ、外に流れて季脇の衝門の穴を循る〔章門は季脇の下陥中にあり〕。
章門より斜めに内に向うて上りて、期門の穴に至り〔期門は任脉の巨闕の旁ら四寸五分に在り〕、即ち期門の處にして胃を挟み肝に属し、期門の下五分日月の穴に下りて胆を絡うとす。蓋し期門は肝の募穴。日月は膽の募穴たるを以て云也〔日月は胆経の本穴也〕。
○上りて膈を貫き、脇肋に布(し)き、喉嚨の後を循り、上りて頏顙(こうそう)に入り、目系に連なり、上りて額に出で、督脉と巓(てん・いただき)に会す。
[膈] 膈膜也。肺経の註に詳か也。
[喉嚨] 呼吸の通り道。
[頏顙] 『霊枢』「憂恚無言篇」に、頏顙は分気の泄(もる)る所也。咽喉の間に在る。小膜皮(ちいさきあぶらかわ)也。息気と飲食と相分ちて交えざる所以の者也。
[目系] 俗に云うマガシラ。
此の経行皆な裏に深く流る者にして、見るべからざると雖も、今『十四経絡発揮』の註義に由て之を云う。此の支は肝に属する期門より別れ上りて膈膜を貫き、足の太陰脾経の食竇の穴より周栄の穴に流れ行く者の外、また脾経の周栄より外に折れて大包に下り行く者の裏、二経の間を上行して脇肋(きょうろく、わきばら)に散布し、手の太陰肺経の雲門の外、足の少陽胆経の淵腋の裏、此の両(ふた)つの間を上行して、頸(くび)を循り、足の陽明胃経の人迎の穴の外に行きて、此(ここ)に於いて喉嚨の後(しりえ)を挾(さしはさ)み循り上りて頏顙(こうそう)に入り、頤(おとがい)の下廉を循り、大迎の穴〔足の陽明胃経の本穴〕に行き、大迎より両口吻(こうふん)を挾みて、地倉の穴を過り〔地倉はまた胃経の本穴也〕、地倉より目下に上り四白の穴の〔胃経の本穴也〕外を行き上りて、目の内眥(まがしら)目系に連なり〔足の太陽睛明の分に當る〕、目系より額に上り、陽白の穴の外を行き〔陽白は胆経の本穴〕、前髪際の上り、臨泣の穴の〔胆経の本穴也〕裏に入り、足の太陽膀胱の経を斜めに貫きて、横に巓の頂上督脉の百会の穴に相会して終わる也。
○其の支なる者は、目系從(よ)り頰裏(きょうり)に下り、唇内を環(めぐ)る。
此の支なる者は目系より別れ下りて〔前経は目系より額に上る〕任脉の外、鼻の根際(ねぎわ)前の四白の外を行きて目系に上る所の本経の裏を流れて頰顴(きょうけん)の裏に下り、口唇の内に交り入りて、唇内を環繞(かんぎょう)す。此の支別は微妙の細絡・其の経行の度、照然たること能わざる者、以て強いて分つべからざるに似たる也。
○其の支なる者は復た肝從(よ)り別れて膈を貫き上りて肺に注ぐ。
此れ手の太陰肺経に交じるの支別也。故に交経の支(えだ)とす。
○前の肝に属する期門の處より別れて膈を貫き上り、足の太陰経の腹哀より食竇に流る経の外、前の喉嚨に上る所の本経の裏、両経の間を上行して肺中に注ぐ。此れ皆な伯仁氏の『十四経絡発揮』に従うて註解を為す。(『霊枢』)「経脉篇」の文を按ずるに、此の支なる者は肺の中に注ぎて自然に終わるに似たり。然れども、伯仁『十四経絡発揮』に註して云う。上りて肺中に注ぎ、肺中より下行して中焦に至り、任脉の中脘の穴分を挾みて以て手の太陰肺経に交じるとす。経の文に於いて中脘に下るの字無し。今伯仁、之を増して註する所以の者は何ぞや。
蓋し営衛の流行、昼夜環周して止まり息(やむ)こと無し。凡そ十四経脉の長きこと許(はかる)に都合十六丈二尺。栄血の此の十六丈二尺を流るるや、其の行は手の太陰肺に始まりて、足の厥陰肝経に終わる。栄は水穀の精気に生ず。故に肺経は本臓に起らずして、中脘に発する所以也。既に肺経より始まりて十四経絡を一周して足の厥陰に終わる。終わるときは則ち又肺経に注ぎて始まる。是を以て足の厥陰の経中脘に終わらずんばあるべからざる者なり。故に経の言(こと)に見えざる者を尋ねて伯仁氏の註解を為すこと最も可なるか。
本章では足厥陰肝経の流注が詳細に記されています。肝経の支脈と、巓・陰器・頏顙・口唇・頰裏…などの各部位との関与は臨床において非常に有益な情報となります。
陰器における左右の脈交叉は意外と知られていない情報ではないでしょうか。
他にも三結交・三陽五会などに交会することも鍼灸師ならば知っておくべきことですね。
肝の臓、是動所生の病症
○是、動ずるときは則ち病。腰痛みて以て俛仰(うつむきあおむく・べんぎょう)すべからず。丈夫は㿉疝(たいせん)、婦人は小腹腫るときは則ち嗌乾き、面塵(あかづき)、色を脱す。
[腰痛] 足の厥陰は足の少陽膽と表裏たり。胆経は腰の環跳に行く故に、足の厥陰の病少陽の分に及びて腰痛す。(『素問』)「刺腰痛論篇」に曰く、厥陰の脉は人をして腰痛せしむ。
[不可以俛仰] 腰痛の甚だしきを云。
[丈夫] 男子を云。
[㿉疝] 『十四経絡発揮』に㿉(たい)を㿗(たい)に作る。蓋し㿉と㿗と通用。陰丸腫大する疝気。肝経は陰器を環るが故也。
[小腹腫] 婦人は陰丸の病無きを以て小腹腫満す。小腹は肝経の循る所也。
[嗌乾] 経脉、喉嚨を循れば也。
[面塵] 肝経の支別なる者は面を循る。肝は血を藏(かく)す。肝病みて肝血面を栄せず、故に塵(あかづ)きて赤光(つや)を失う。
[脱色] 顔色の赤光無きを云。理は上と同じ。
○是、肝を主として生ずる所の病は、胸満ち、嘔逆、飧泄(そんせつ)〔『十四経絡発揮』に洞洩に作る〕、狐疝、遺溺、閉癃(へいりゅう)す〔『十四経絡発揮』に癃閉に作る〕。
[胸満] 肝経の支なる者は膈を貫き胸に上れば也。
[嘔逆] 嘔吐也。肝脉は胃を挾(さしはさめ)ば也。
[飧泄] 食化さずして下利するを云。洞泄(どうせつ)も同症也。
[狐疝] 夜発して昼息(やむ)の症也。其の発する小腹陰嚢の間に滞れば也。
[遺溺] 小便の通ずるを忘れて覚えざる也。
[閉癃] 癃も閉也。小便閉じて通ぜずを云。
飧泄より以下の諸症、足の厥陰の脉は胃を挾み、小腹陰器を循るが故也。
○盛んなる者は寸口大なること人迎に一倍し、虚する者は寸口反りて人迎より小なり。
陰経は寸口を以て主として候う。肝は足の厥陰の脉、厥陰の数は一。故に邪盛んなる者は寸口、人迎に一倍し、虚するの者は寸口反りて人迎より衰小なり。
○(『霊枢』)「経脉篇」に曰く、盛んなるときは之を寫し、虚するときは則ち之を補う。熱するときは則ち之を疾(すみやかに)し、寒するときは則ち之を留め、陥下するときは則ち之を灸す。虚せず盛んならずんば経を以て之を取る。
此の二十有九字、「経脉篇」十二経の毎経所生の後にあり。今略して此(ここ)に於いて之を挙ぐ。
○此の十二経の病、其の邪盛んなるときは、則ち其の有餘を寫し〔鍼刺薬治同じ〕、其の正気虚するときは、則ち其の不足を補う〔鍼刺薬治同じ〕。熱するときは則ち疾(すみやか)に鍼を去りて陽を瀉す。寒するときは則ち其の鍼を留めて陽を補う。
其の経行の處の皮肉陥下(おちいる)するときは則ち其の経の陽虚とす。故に之を灸して陽氣を帰(き)せしむ。若し或いは其の邪の盛んに属せず、正気の虚に非ず。惟だ其の経の逆に生ずる者は、経の在る所に随て、或いは薬し、或いは刺し、或いは灸して以て之を取る也〔之を取るは病を去ることを謂う也〕。
○以上は十二経脉流行の綱紀、臓腑の大概也。蓋し十二の常経の外、奇経の八脉有り。督脉、任脉、衝脉、帯脉、陰維の脉、陽維の脉、陰蹻の脉、陽蹻の脉と云う者也。其の衝帯維蹻の六脉は諸(もろもろ)の十二経に附属して流る。且つ自ずから主持する所の空穴を立てず。諸経の孔穴の間に会属す。其の督任の二脉は腹背の中行と成りて、督脉の主穴二十八、任脉の主穴二十四在りて存す。六脉の属(たぐい)に比べ難し。故に伯仁、経絡の書を撰むに『金蘭循経』の法に従うて、十二の常経に附するに任督の二奇を合して、『十四経絡発揮』と名く。今亦其れに倣(ならう)て任督の二脉を附する者、左の如し。其の餘の衝帯維蹻の六脉は別に奇経八脉の全篇を書して、猶此れが不足を補わんと欲するの志在りて、暫く後日を待つ爾(のみ)。
「飧泄より以下の諸症、足の厥陰の脉は胃を挾み、小腹陰器を循るが故也。」
肝の諸症はとりわけ下腹部のものが多いようにみえます。これも下焦における肝の機能を示すものであり、肝経と陰器・陰分・血との関係の深さを示唆するものでもあるのでしょう。
また見落とされがち(?)に思える所見として「面塵(垢付く)」があげられます。これも肝の昇発作用を示すものでしょう。
鍼道五経会 足立繁久
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