『診病奇侅』の壮老と肥痩について

『診病奇侅』の壮老について

本記事では『診病奇侅』平人腹形の章(前半)を紹介します。本記事では、腹証にも平人の腹証があるといいます。脈診における平脈ということでしょう。

個人的には『平腹(理想的な腹証)というものは存在するのか?』という疑問もありますが、それも踏まえて平人腹形を読んでいきましょう。

診病奇侅の壮老
※画像は『診病奇侅』京都大学付属図書館より引用させていただきました。

※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

『診病奇侅』の壮老

書き下し文・診病奇侅 平人腹形 壮老

○二十歳前後迠は禀弱のものは、胸脹にして腹疾多く、任脈不分、部位も亦た不正、或いは労咳精虚も此の年齢に多ければ、臓腑未だ堅固ならず知るべき也。
○中年に至る人の腹象は、壮歳とは大いに変わることあり。大小虚実の名状すべき無く、平和温潤にして皺文少なく只だ少腹実するを宜とす。此の年齢より別して津液の潤燥に心を付くべし。
漸老に随いて、両脇緩柔、膈下両脇曲骨の上は、素(もと)空虚の処なれども、壮時は充実して強いて今気力衰るに随いて岸離れして空虚を現す也。身重して腹柔軟とゆるやかに脹り出し、或いは垂腹とたれさがる、是れ皆な陽気衰え、陰気(陰血)勝つの象也。
六十以上に至れば、陰陽俱に衰え、腹萎弱、食は減じ、上中焦は按じて力無きが如し也。然れども、下焦は猶実するを宜と為す。若し上中焦の実するは病なるべし。(南溟)

腹における壮年老年の違い

腹診の診どころには壮年期・中年期・老年期の違いがあるとのことが記されています。この情報は当たり前にみえて、非常に重要な点であります。たとえば、脈診と比較すると分かりやすいでしょう。脈診においても壮年老年の違いはありますが、腹診のように分かりやすい差・特徴は少ないのではないでしょうか。

本章の秀でた点は壮年期と中年期と老年期の生理学的な違いを踏まえた上で、平と病・常と変の両面の情報を示してくれていることです。

順に要点を挙げるだけでも、生来の禀賦・腠肉・肌肉・陽気(表気)・津液・収斂性(しまり)・上下…とあり、腹診が如何に多面的な診法であるかがわかります。

鍼道五経会 足立繁久

原文 診病奇侅 壮老

■原文 診病奇侅 平人腹形 壮老

○二十歳前後迠は禀弱のものは胸脹にして腹疾多く任脉不分部位亦不正、或労咳精虚も此年齢に多けれは藏府未堅固可知也。○中年に至る人の腹象は壮歳とは大に變るヿあり。大小虚実の無可名状平和温潤に乄雛文少く只少腹実するを宐とす。此年齢より別乄津液の潤燥に心を付へし。漸老に隨て両䏮緩柔膈下両䏮曲骨上は素空虚の処なれ𪜈壮時は充実乄強て今気力衰るに隨て岸離れして空虚を現す也。身重乄腹柔軟とゆるやかに脹出し、或垂腹とたれさかる是皆陽気衰陰気(陰血)勝の象也。六十以上に至れは陰陽俱に衰へ腹萎弱食減し上中焦は按乄如無力也。然下焦はなを爲宐実す。若上中焦実するは病なるへし。(同上)

次に肥痩の項にうつります。

『診病奇侅』の平人腹形 肥瘦

書き下し文・診病奇侅 平人腹形 肥瘦

○肥膩の人、気血充実なるときは腹部も体に相い応じて能くしまりて寛大也。若し肥満して形気二者の中に偏に劣ることあるは病なるべし。
○体肥えて気実して腹弱き者あり。腰以下は必ず枯痩すべし。凡そ肥満の人は腹にては虚状見え難し。形気の盛衰、皮膚の潤燥、経肉のしまりを察するべし。是れ肝要也。
○体肥えて腹実し気弱き者あり。是れ禀受の血気充実するに非ず。陰血凝結し、或いは湿痰等にて陽気運行の健やかならずに因て肥える也。俗に“ぶやけこえ”と云う是れ也。
○痩人は、丹渓の所謂黒痩気実の人にて、腹も亦た堅実にして余𩜙はなしと云えども悪しき処もなく陽腹也。
○黒痩に気弱の人あり。陰腹にしてたるみありて動気もある也(南溟)
○肥人の腹形、胸肋よりむっくりと高く下腹に至る程大きく軟なる腹あり。又、心下はすきて下腹大くなるは皆な佳き腹と云う。痩人の腹は、胸肋よりもひきく小腹まで同じ形にて、按するに軟なるは佳き腹なり。
以上の腹は皆な腹皮厚く肉に離れずして滋いあり。動悸も無きもの也。(南陽)

肥人・痩人によって異なる腹証

壮人・老人で腹の診どころが変わるように、肥人と痩人にても腹証が異なります。

本章では「肥膩」という言葉で肥人を表現していますが、この時代の肥人の定義も異なるとみえます。本章での「肥膩」には、壮健である「肥人」と、肥満である「肥人」の二つの意があります。
健康体としての肥人は「気血充実なるときは腹部も体に相い応じて能くしまりて寛大也」との言葉で表されています。対する肥満体としての肥人は、その「気血充実なる腹部」に反する形態なのでしょう。そして診どころとなるのが「形気二者の中に偏に劣ることある」という表現です。この表現もまた頭に入れておくべきでしょう。

肥人の腹証のポイント

「体肥えて気実して腹弱き者あり。腰以下は必ず枯痩すべし。」
この文には「形気二者の中に偏に劣ること」が二点あります。

まず一点が「気実して腹弱き」という表現。これは気と形体が相応じていないことを示しています。もう一点は「腰以下は必ず枯痩す」。この表現は“腰を境に上下の腹力が相応じていないこと”を示しています。

このように形と気との偏り・差をみることは、脈診においても腹診においても同じことがいえます。そして、それぞれの診法によって情報の集め方に特徴があることが分かります。

さらに肥満の人の腹証の特徴として「凡そ肥満の人は腹にては虚状見え難し。」という情報も当たり前にみえますが、診察する際には考慮しておくべき当然のことといえるでしょう。

「気実形弱」と「気弱形実」との対比

また形と気との対比も丁寧に記されています。
「体肥えて気実して腹弱き者」と「体肥えて腹実し気弱き者」との対比です。

同じ肥人でも「気実形弱」と「気弱形実」との対比です。

「気実形弱」の腹証だと、「腰以下は必ず枯痩すべし」という形(陰)の虚脱がみられます。他にも「皮膚の潤燥」そして「経肉のしまり」という陰の所見が眼のつけ処となります。

「気弱形実」の腹証では、「陰血凝結」そして「湿痰等にて陽気運行の健やかならずに因て肥える」と記されています。「気弱形実」に起因する肥人である病理が的確に記されています。

鍼道五経会 足立繁久

原文 診病奇侅 平人腹形 肥瘦

■原文 診病奇侅 平人腹形 肥瘦

○肥膩之人、気血充実なる寸は腹部も體に相應乄能しまりて寛大也。若肥満乄形気二者の中に偏に芴あるは病なるへし。
○體肥て気実腹弱き者あり。腰以下必枯痩すへし。凢肥満の人は腹にては虚状難見、形気の盛衰皮膚の潤燥経肉のしまりを可察。是肝要也。
○體肥て腹実し気弱き者あり。是禀受の血気充実するに非す。陰血凝結し或湿痰等にて陽気運行不健に因て肥也。俗にぶやけこへと云是也。
○痩人は丹渓の所謂黒痩気実の人にて腹亦堅実に乄餘𩜙はなしと云へ𪜈悪き処もなく陽腹也。
○黒痩気弱の人あり。陰腹に乄たるみありて動気もある也(同上)
○肥人の腹形胸肋よりむつくりと髙く下腹に至る程大く軟なる腹あり、又心下はすきて下腹大くなるは皆佳き腹と云。痩人の腹は胸肋よりもひきく小腹まて同し形にて按するに軟なるは佳き腹なり。以上の腹は皆腹皮厚く肉に離れす乄滋ひあり。動悸も無きもの也。(南陽)

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