変蒸『小児薬証直訣』より

『小児薬証直訣』について

本記事では小児科医学の基本である「変蒸(へんじょう)」について紹介しています。変蒸とは、現代日本では知恵熱として理解されています。ある意味、それは正解でありますが、それだけでは不十分に感じます。小児はりを実践する鍼灸師にとっては、変蒸という小児科生理学も基本として修めておく必要があります。それでは『小児薬証直訣』本文を読んでいきましょう。


※画像は『類証注釈銭氏小児方訣』京都大学付属図書館より引用させていただきました。

※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

『類証注釈銭氏小児方訣』 変蒸

書き下し文・『類証注釈銭氏小児方訣』 変蒸 第九

小児、母の腹中に在るとき、乃ち骨氣五臓六腑を生ずるも、成りて未だ全く具わらず。自生の後、即ち骨・脈・五臓六腑の神智を長ずる也。
変とは易也(巣氏『諸病源候論』に云う、上多變氣※)。
又、変蒸を生じる者、内よりして長ず、下よりして上る。
又、身熱する故、生るの日の後三十二日を以て、一変とす。変、畢る毎に、即ち情性は前に於いて異る有り。何者、臓腑の智意が長生する故也。何ゆえ三十二日に骨を長じ精神を添うと謂うか、人は三百六十五骨あり、手足の中の四十五碎骨を除きて、外に三百二十数あり。生下より骨は一日十段、而して之十日に上れば、百段。三十二日にて計三百二十段にして一遍と為す、亦た一蒸と曰う。骨の余氣は、脳分より齦中に入り、三十二歯を作す、而して歯牙は三十二の数に及ばざる者あり、変の不足、其の常に由る也。
或いは二十八日、即ち二十八歯が長ずるに至る、已下は之に倣え。但だ三十二の数を過ぎざる也。

凡そ一周変、乃ち虚熱諸病を発す。此の如く十周するときは、則ち小蒸が畢る也。計三百二十日、骨氣長ず。乃ち全きにして未だ壮ならざる也。
故に初めの三十二日、一変して腎志を生ず。六十四日、再変して膀胱を生ず、其れ発するも耳と骩は冷なり。腎と膀胱、俱に水に生ず。水の数は一、故に先に之が変生す。
九十六日、三変して心喜を生ず、一百二十八日、四変して小腸を生ず。其の発するは汗出して微驚。心は火と為し、火の数は二。
一百六十日、五変して肝哭(一本に呼の字と作す)を生ず。一百九十二日、六変して膽を生ず。其の発は目を閉じず(一本に開と作す)而して赤。肝は木を主る、木の数は三。
二百二十四日、七変して肺声を生ず。二百五十六日、八変して大腸を生ず。其の発するは膚熱して汗す、或いは不汗。肺は金、金の数は四。
二百八十八日、九変して脾智を生ず。三百二十日、十変して胃を生ず。其の発するは不食、腸痛して吐乳す。此の後に乃ち歯生じ、能く言い喜怒を知る。故に云う始全也。

太倉※が云う、氣は四肢に入り、十変に於いて碎骨を長ず。後の六十四日に其の経脈手足を長ず。手は血を受ける、故に能く物を持つ。足は血を受けて、能く行立する。
経に云く、変且蒸、発が畢りて一歳の日に足るを謂う也。
師曰く、不汗而熱する者、其の汗を発す、大吐する者は微しく止む(一本には下と作す)、別治すべからず。是れ以て小児須く変蒸すべし。蛻歯する者は花の苗の易わるが如し。所謂、三十二歯に及ばざるは、変の歯に及ばざるに由る。當に変日と相い合するべき也。年壮にして歯が視えること方に明らかなり(壮年にして蛻歯方に周(めぐ)るなり)。
(骩字の解、瘡疹の條に見る※。蛻の音、税、脱也。「視歯方明」、當に“蛻歯方周”に作するべし。)

※『諸病源候論』巻四十五 小児雑病にある「変蒸」の章に「上多變氣」は見つけられなかった。もしかすると「変者上氣、蒸者体熱」のことであろうか。
※太倉…おそらくは倉公、淳于意のことか。
※本書 瘡疹候第十七には、「瘡疹(痘瘡のこと)始出の時、五臓の証見わる。惟だ腎は候無し。但だ平証見わる耳(のみ)。骩涼耳涼、是れ也。骩耳俱に腎に属す、其の居は北方、冷を主る也。(骩耳俱に腎に属すれば、則ち骩耳は当に是れ両処、上文の“耳骩涼”“耳涼”是れ也。上の耳字語は助辞。按するに玉篇の“骩”の音は委、曲骨也。又、按するに、楊氏は「耳尻涼」と作する也。尻は刀反の若し、乃ち尾骩骨也。)」
(原文:瘡疹始出之時、五藏證見、惟腎無候。但見平證耳。骩涼耳涼是也。骩耳俱属於腎、其居北方、主冷也。
(骩耳俱属腎、則骩耳當是兩處、上文耳骩涼耳涼是也。上耳字語助辭、按玉篇骩音委、曲骨也。又按楊氏作耳尻涼也、尻若刀反、乃尾骩骨也。))とある。

ヒトの発育について

人間は哺乳動物に属し、胎生という繁殖形態をもつ生き物です。産まれ落ちたヒトの新生児は、馬・牛・鹿のように、数時間で立ち上がり、乳を飲み、駆け回る…といった驚異的な発育のスピードを持っていません。
ヒトの場合は、母の胎内にいる間に発育し、胎外に産まれ落ちた後の授乳期間にも、ヒトとなるべく発育を続けているのです。

その発育のようすを観察したのが古代中国医学における小児科において「変蒸」という言葉で表現されました。

変蒸の基本について

「変蒸」という言葉は『諸病源候論』(610年、巢元方)、『千金要方』(652年、孫思邈)、『外台秘要方』(752年、王燾)、に見られます。

変蒸に関する基本的な情報を以下にまとめましょう。

✓ 変蒸とは三十二日(32日)単位です。
✓ 変とは易という意味です。(“変易”という言葉にかけています)
✓「変とは上氣、蒸とは体熱」という言葉が『諸病源候論』にあります。
✓「変蒸を生じる者、内より長ず、下より上る。」『小児薬証直訣』
✓ 変蒸によって臓腑の智意が長生する。

このようにして産まれ落ちた後も、新生児が乳児期を経て、肉体的にも精神的にも発育が進んでいく様子が克明に記されています。

変蒸をより具体的にイメージする

変蒸期の変化を、肉体的発育・精神的発育に分けて整理するとイメージしやすいかもしれません。

➣肉体的な面でいうと、臓腑・筋骨・毛髪・歯・爪・皮膚といった、幹から枝葉まで時間をかけて確実に育っていきます。
➣精神的な面でみると、五志七情のような情動、ひいては五神といったヒトの根幹に属する領域が涵養されるのです。

変蒸期における乳児への接し方・向き合い方の重要性が、中国医学小児科においても着目していたことがわかるでしょう。

変蒸期に起こること

まず冒頭に「凡一周変、乃発虚熱諸病」とあり、基本的に熱を発することが変蒸の特徴です。“熱を発する”というのは、変蒸の本質の一つだからです。

各変ごとに「其発汗出而微驚」「其発目不閉(一本作開)而赤」「其発膚熱而汗或不汗」「其発不食、腸痛而吐乳、此後乃歯生、能言知喜怒。」といった症状が列挙されています。

その「発汗」「膚熱」「不食・腸痛・吐乳」といった症状は印象的であり、小児疾患の特徴を示してもいます。

一変(初めの三十二日)では「其発耳与骩冷。」とは、全身に発熱が起こるのではなく、腎膀胱の主る部位は正常であることを示しています。
つまりは変蒸は腎氣の力(先天の氣)を借りて行う発育活動ですので、①腎氣が正常であること、②熱病ではないこと、この2点が変蒸の条件となります。とくに“②熱病ではない”ことを証明するための所見が必要なのです。前述の「其発耳与骩冷」は変蒸か熱病かを見分ける鑑別点となっているのです。

このように考えると、上記病症の読み取りも少しイメージしやすくなると思います。
変蒸とは、単なる乳児期の発育過程の説明とみるなかれ、まだまだ他にも東医的に小児(乳児)の生理を説くことができるはずです。また機会をみて、記事にしてみたいと思います。

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鍼道五経会 足立繁久

原文 『類證注釋錢氏小兒方訣』變𮐹

■原文 『類證注釋錢氏小兒方訣』變𮐹 第九

小兒在母腹中、乃生骨氣五藏六府。成而未具全、自生之後、即長骨脉五藏六府之神智也。變者易也(巢氏病源云、上多變氣)。又生變𮐹者、自内而長、自下而上。又身熱故、以生之日後、三十二日、一變。變毎畢、即情性有異於前。何者長生藏府智意故也。何謂三十二日、長骨添精神、人有三百六十五骨、除手足中四十五碎骨、外有三百二十數、自生下骨一日十叚、而上之十日、百叚。三十二日、計三百二十叚、為一遍、亦曰一𮐹。骨之餘氣、自腦分入齦中、作三十二歯、而歯牙有不及三十二數者、由變不足、其常也。
或二十八日、即至長二十八歯、已下倣之。但不過三十二之數也。
凢一周變、乃發虚熱諸病。如此十周、則小𮐹畢也。計三百二十日、生骨氣。乃全而未壯也。故初三十二日、一變生腎志。六十四日、再變生膀胱、其發耳與骩冷。腎與膀胱、俱生於水。水數一、故先變生之。九十六日、三變生心喜、一百二十八日、四變生小腸、其發汗出而微驚。心為火、火數二、一百六十日、五變生肝哭(一本作呼字)。一百九十二日、六變生膽、其發目不閉(一本作開)而赤。肝主木、木數三。二百二十四日、七變生肺聲、二百五十六日、八變生大腸、其發膚熱而汗、或不汗。肺者金、金數四。二百八十八日、九變生脾智。三百二十日、十變生胃、其發不食、腸痛而吐乳、此後乃歯生、能言知喜怒。故云始全也。
太倉云、氣入四肢、長碎骨於十變、後六十四日、長其経脉手足、手受血、故能持物、足受血、能行立。
經云、變且𮐹、謂𮐹畢而足一歳之日也。
師曰、不汗而熱者、發其汗、大吐者微止(一本作下)、不可別治、是以小兒須變𮐹、蛻歯者如花之易苗。所謂不及三十二歯。由變之不及歯、當與變日相合也。年壯而視歯方明。(骩字解見瘡疹條。蛻音税、脱也。視歯方明、當作蛻歯方周。)

 

 

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