発搐『小児薬証直訣』より

発搐という症状について

本記事では発搐という小児病症について紹介しています。発搐とはあまり見慣れない病名かもしれません。
しかし中医学用語には“抽搐”という症状があります。もちろん日常の診療でもみられる症状のひとつです。この搐という字は「筋肉がひきつる」ことを意味します。となれば、抽搐の意味や、発搐の意味も自ずと理解できるでしょう。


※画像は『類証注釈銭氏小児方訣』京都大学付属図書館より引用させていただきました。

※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

『類証注釈銭氏小児方訣』 発搐

書き下し文・『類証注釈銭氏小児方訣』 発搐 第十

驚癇に搐を発する。
男子の発搐、目左に視えるは声無し、(目の)右に視えるは声有り。
女子の発搐、目右に視えるは声無し、(目の)左に視えるは声有り。相勝する故也。更に発する時・証有り(癇の音は閑、顛也)。

早晨に搐を発するは、寅卯辰時の潮熱に因る。身体壮熱、上視、手足動揺し、口内に熱涎を生じ、項頚急す。此れ肝旺す、當に腎を補い肝を治するべき也。補腎には地黄丸(五)、治肝に瀉青丸(四)之を主る(潮熱とは水の潮の如し。期に依りて至る也。寅卯辰は肝木の旺するの時也)。
日午に搐を発するは、巳午未時の潮熱に因る。発搐、心神驚悸、目は上視し、白睛は赤色、牙関緊、口内涎、手足動揺する。此れ心の旺する也。當に補肝治心すべし。補肝は地黄丸(五)、心を治するには導赤散(八)涼驚丸(二)之を主る(巳午未は心火旺するの時)。
日晩に搐を発するは、申酉戌時の潮熱に由る。甚だ搐せずして喘し、目は微しく斜視、身体は熱するに似て、睡するに睛を露し、手足冷、大便は淡黄水なり。是れ肺の旺。當に脾を補い心肝を治するべし。補脾するに益黄散(九)、治肝には瀉青丸(四)。治心に導赤散(八)之を主る(申酉戌は肺金旺するの時)。
夜間に搐を発するは、亥子丑時の潮熱に因る。甚だ搐せずして臥するに穏やかならず、身体は温壮にして、目睛は緊しく斜視、喉中に痰あり、大便は銀褐色、乳食は消せず、多く睡して不省(一本には、津液を納せずと云)。當に補脾治心すべし。補脾するに益黄散(九)、治心には導赤散(八)、涼驚丸(二)之を主る(亥子丑、是れ水旺するの時)。

傷風の後に搐を発するは、傷風後に之を得る。口中の氣は熱を出し、呵欠、頓悶、手足は動揺す。當に発散すべし。大青膏(一)之を主る。小児の生、本(もと)祛する者に、此の病多し。

傷食の後に搐を発するは、傷食後に之を得る。身体温、多唾、多睡、或いは吐し、飲食を思わずして発搐す。當に先に搐を定むべし。搐退くに、白餅子(十九)之を主る。後服するに安神丸(十五)之を主る(此の証、脾に属す)。

百日内に搐を発するは、真(真証)の者は三両次を過ぎず、必ず死す。仮(仮証)の者は頻りに発し重と為す。真証の者、内に驚癇を生ず。仮証の者、風冷に外傷れる。蓋し血氣未実にして、勝任すること能わず、乃ち搐を発する也。
仮証の者を知らんと欲すれば、口中の氣の熱を出す也。之を治するに発散すべし。大青膏(一)之を主る。及び塗顖(十二)浴体法(十三)を用う。

小児の発搐について

小児の男女の違いについて触れられています。
男女の性差については陰陽を論ずるものです。しかし本文には「相勝故也」という言葉があるため、おそらくは五行相克について言及していると考えます。

男女の性差と五行に関しては『難経』十九難に記されています。
「男子生於寅。寅為木陽也。女子生於申。申為金陰也。」とあり、男子は寅、五行でいう木に当たります。女子は申、五行でいうと金に当ります。

そして左右を五行に当てはめると、左は木、右は金です。

また「発搐」という木症、「目」という木部に着目している点から、木と金の相克・相勝の関係をもとに論じているのではないか?と推測します。

男児は木の性をもつため、順証としては左側(木)に症状が現れた場合を順症、右側(金)に症状が現れた場合を逆証としているのではないでしょうか。反対に女児は金の性を持ちますので、右側(金)に症状が現れた場合が順証としていると推測します。

このような五行的な発搐の病態分析が冒頭部分に記されていますが、以降は発生する時間帯にまで言及しています。その論および治法は非常に興味深いものがあります。

朝・昼・夕・夜に起こる発搐について

一日を「早晨」「午未」「日晩」「夜間」の四つの時間帯に区分しています。これらはそれぞれ「寅卯辰時」「巳午未時」「申酉戌時」「亥子丑時」の時刻に相当します。

時間帯と治法をまとめると下表のようになります。

・早晨 … 寅卯辰時 … 当補腎治肝也
・午未 … 巳午未時 … 当補肝治心
・日晩 … 申酉戌時 … 当補脾治心肝
・夜間 … 亥子丑時 … 当補脾治心

木旺を治める場合

「早晨(とくに寅卯刻)」は木の時間帯になります。木旺の時間帯に起こる発搐なので、その治法としては「治肝」が必須です。しかし、肝を治めるには「補腎」が肝要となります。その母(腎水)を補い、しかる後に子(肝木)を治める法が適するのです。

火旺を治める場合

「日午・午未(とくに巳午刻)」は火の時間帯になります。火旺となる時間帯に発生する潮熱に起因する発搐を治めるには、火熱・心火を治める必要があります。しかし記されている治法には「補肝」とあります。その理由としては、心火の母たる肝木を補うこと…といった五行的な治療方針なのでしょうか?

それは否、といえるでしょう。
ここで「補肝」という言葉についてよく考える必要があります。そもそも発搐は木症です。『肝木を補うことは悪手ではないのか?』と思う人も多いでしょう。

しかし本文をよく読んでいる人は気づくはずです。
「補肝、地黄丸」とあります。

これは単純に肝氣・木氣を補うのではなく、地黄丸でもって「腎水(=肝木の母)」を補い、相生関係を利用して補肝を行っているのです。

金旺を治める場合

「日晩(とくに申酉刻)」は金の時間帯になります。この時間帯に発症する搐に対し「当補脾治心肝」と記されています。

単純にみると、脾土を温補(益黄散)することによって培土生金を行うという意図のようにもみえます。
『金旺の時間に起こる病に、なぜ金を補うのか?』と思う人もいるかもしれません。

しかし病理を考えると、金旺の時間帯に潮熱が発生し、それが発搐に繋がっています。また諸症をみても「不甚搐而喘」「身体似熱」「睡露睛」「手足冷」など、実熱として清熱すべきではなさそうな症状が列挙されています。
さらに木症である発搐が金の時間(機)の抑制を受けずに発症した…といった病理としてみれば、これは五邪(五十難)でいう微邪に相当するといえます。それ故に丁寧な治療方針を要するといえます。

そこでまず培土生金にて金を補い、木症・発搐を抑制することを狙います。そして治心火(導赤散)によって、火邪が金を克することを抑制します。さらに治肝木に瀉青丸を用いることで、発搐そのものを治すると考えられます。

水旺を治める場合

「夜間(とくに亥子刻)」は水の時間帯になります。
水旺の時間帯に生じる発搐(木症)を治めるために「補脾治心すべし」と記されています。益黄散によって補脾を行う意図は、少しわかりにくいですね。症状からみてみますと「喉中有痰」「大便銀褐色」「乳食不消」といった情報からは、たしかに補脾が必要であるとはいえます。

病理で考えると、水旺の時間帯に潮熱そして発搐が生じる機序です。水旺であるため安易に補腎(補水)を選択できない…そのため脾腎のうち一方の脾を補うという選択肢なのでしょうか。脾を補することで(間接的に)腎の安定を図るといった治療を想像します。また、脾を安定させることで、木実症を緩める方向も想像できます。

次に治心(導赤散・涼驚丸)ですが、この二方の組み合わせは、日午(午未)にもみられる処方です。水火の縦軸を治める処方でもあるのでしょう。導赤散・涼驚丸によって搐を治めるのですが、この処方にも深い意味がありそうです。

導赤散には地黄・木通が入っており、火熱を降氣させ、尿を経由して上焦の熱を泄らす薬能を持っています。この導赤散の方意は実に小児の体質を解したものであります。小児はり治療を行う上で、非常に参考になると考えています。

以上のように発搐の病理と治法を考察しましたが、まだまだ考察に浅いものがあることは否定できません。
また本文では、傷風後発搐や傷食後発搐といった小児科ならではの発搐パターンも後に続きます。これらの病理と治法についてもさらに考察を深めると得るものが多いでしょう。

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鍼道五経会 足立繁久

原文 『類證注釋錢氏小兒方訣』發搐

■原文 『類證注釋錢氏小兒方訣』發搐 第十

驚癇發搐、男發搐、目左視無聲、右視有聲。女發搐、目右視無聲、左視有聲。相勝故也。更有發時證(癇音閑、顛也)。
早晨發搐、因潮熱寅卯辰時、身體壮熱、上視、手足動揺、口内生熱涎、項頸急、此肝旺、當補腎治肝也。補腎地黄丸五、治肝瀉青丸四主之(潮熱如水之潮。依期而至也。寅卯辰肝木旺之時也)。
日午發搐、因潮熱巳午未時、發搐心神驚悸、目上視、白睛赤色、牙關緊、口内涎、手足動揺、此心旺也。當補肝治心。補肝、地黄丸五、治心導赤散八、涼驚丸二主之(巳午未、心火旺之時)。
日晩發搐、由潮熱申酉戌時、不甚搐而喘、目微斜視、身體似熱、睡露睛、手足冷、大便淡黄水、是肺旺。當補脾治心肝、補脾益黄散九、治肝瀉青丸四。治心導赤散八主之(申酉戌、肺金旺之時)。
夜間發搐、因潮熱亥子丑時、不甚搐而臥不穏、身體温壮、目睛緊斜視、喉中有痰、大便銀褐色、乳食不消、多睡不省(一本云不納津液)、當補脾治心。補脾益黄散九、治心導赤散八、涼驚丸二主之(亥子丑、是水旺之時)。
傷風後發搐、傷風後得之、口中氣出熱、呵欠頓悶、手足動揺、當發散。大青膏一主之。小兒生本祛者、多此病。
傷食後發搐、傷食後得之、身體温、多唾多睡、或吐不思飲食而發搐、當先定搐、搐退、白餅子十九主之。後服安神丸十五主之(此證属脾)。
百日内發搐、真者、不過三両次、必死。假者、發頻為重。真者内生驚癇、假者外傷風冷。蓋血氣未實、不能勝任、乃發搐也。欲知假者、口中氣出熱也。治之可發散、大青膏一主之。及用塗䪿十二、浴體法十三。

 

 

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