傷風という小児病症について
本記事では『小児薬証直訣』の傷風章について紹介しています。傷寒や中風という病名は見慣れたものですが、傷風という病名は見慣れないものかもしれません。「傷風(風邪に傷れる)」は「中風(風邪に中る)」とは一見すると、両者は同義なのか?と、思うところですが…。その真偽について、銭乙先生が説く傷風論について読んでいきましょう。

※画像は『類証注釈銭氏小児方訣』京都大学付属図書館より引用させていただきました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。
『類証注釈銭氏小児方訣』 傷風
書き下し文・『類証注釈銭氏小児方訣』 傷風 第十四
傷風、睡を貪り、口中氣熱、呵欠頓悶、当に発散すべし、大青膏(一)を与う。解するも散ぜざるときは下証あり。当に下すべし。大黄丸(百一)之を主る。大いに水を飲み止まず而して善く食する者は、微下すべし。余りは下すべからざる也。
傷風、手足冷えるは、脾臓祛也。当に脾を和し後に発散すべし。和脾するには益黄散、発散するには大青膏(一)之を主る。
傷風、自利するは、脾臓虚也。当に脾を補うべし。益黄散。発散するには大青膏(一)。未だ差えざる者には調中丸(二十三)之を主る。下証あれば、大黄丸(百一)之が主る。後に温驚丸(三、即ち粉紅丸)を服する。
傷風、腹脹するは、脾臓虚也。当に脾を補うべし。必ず不喘、後に発散す。仍ち脾を補う也。脹を去るには塌氣丸(二十四)之が主る。発散するには大青膏(一)之が主る。
傷風は臓を兼ねる。心を兼ねるときは則ち驚悸す。肺を兼ねるときは則ち心乱、喘息、哽氣、長出氣、嗽す。腎を兼ねるときは則ち畏明す。各々に随いて母を補う。臓虚の見れる故也。
傷風、下後の余熱は、薬を以て之を下すこと太過して、胃中に虚熱。飲水無力也。当に胃中の津液を生ずべし。白朮散(十一)を多服す。
傷風、吐瀉、身温、乍ち涼し乍ち熱す、睡多く、氣麤く、大便黄白色、嘔吐し乳食不消、時に咳嗽す。更に五臓の兼見証あり。当に臓君臣薬を煎じ入れるべし。先に大青膏(一)を服し、後に益黄散(九)を服す。如(も)し先に曾(かさねて)下せば、或いは下証無くば、慎しみて下すべからず也。此れ乃ち脾肺が寒を受く、食を入ること能わざる也。
傷風、吐瀉、身熱、多睡し、能く乳を食む、水を飲みて痰を吐くこと止まず、大便黄水。此れ胃虚熱にして渇し吐瀉するを為す也。当に胃中津液を生じ、以て其の渇を止むべし。止みて後に発散を用う。止渇には白朮散(十一)を多服す。発散には大青膏(一)之が主る。
傷風、吐瀉、身涼、吐沫し、青白色を瀉し、悶乱して渇せず、哽氣、長出氣、睡して睛を露わす。此れ傷風の荏苒(じんぜん)す(荏とは甚の如し、反苒の音は冉。猶お展転の如し也。)。軽祛は因りて吐瀉(此の証、脾虚也)を成す。当に補脾し後に発散すべし。補脾には益黄散(九)、発散には大青膏(一)之が主る。此れら二証、多くは春冬に病む也。
小児傷風について
本文をみるに、傷風の主な治法は「発散」とあります。このようにみると、一見したところ傷風は中風に近いように見えます。しかしこの書は小児科医書、当然ながら同じ用語にみえても、それは別物としてみる必要があります。
「発散」であって「発表」ではない。たとえば「発表」であれば、仲景方剤でいう麻黄湯、もしくは(解肌とされる)桂枝湯を挙げて比べてみても全く異なることが、その構成生薬から判断できます。
発散薬として記されているのは大青膏、その構成生薬は「天麻 青黛 白附子 蝎尾 烏稍蛇肉 朱砂 天竺黄 麝香」と、印象的なラインナップです。
いずれにせよ、表邪を発散させることだけでなく、「去風」という要素が絡んでいるようです。中風における風邪を(寒邪が陰邪であることに比して)陽邪とみたてるならば、ここでの風邪は風木の邪としてみて、風木邪を駆邪することを眼目としている…と考えるべきでしょうか。
風木邪と脾胃について
そして全体を俯瞰してみたところ、常に脾胃を守るをことを主眼としており、木と土のバランスをとることを重視しているようでもあります。風木邪を発散するためには、脾土の安定は重要であること。そして、本文にもあるように、傷風から慢驚風に発展させないことが重要であること…などが理由として挙げられるでしょう。
もちろん陽明腑から駆邪するための下法もあります。大黄丸がその下藥の代表として記されています。大黄丸は大黄と黄芩と煉蜜で成る薬方で、大青膏などの発散薬と比べるとシンプルな方剤にみえます。大黄・黄芩でともに諸熱・熱邪に対して効かせる方剤なのでしょう。以下に大黄丸の処方を引用しておきます。
百一 大黄丸 諸熱を治する
大黄 黄芩(各一両)
右(上記)を末と為し、煉蜜で丸すること、緑豆大。毎服五丸から十丸に至る。温蜜水で化下す。児の量りて加減する。
■ 原文
百一 大黄圓 治諸熱
大黄 黄芩(各一兩)
右為末、煉蜜丸、菉豆大、毎服五丸、至十丸。温蜜水化下。量兒加減。
また、塌氣丸の情報も引用しておきます。
二十四 塌氣丸 虚脹を治す。如(も)し腹大なる者には蘿萄子を加える。褐丸子と名づく。
胡椒(一両) 蝎尾(毒を去る)
右(上記)を末と為し、麪糊で丸すること、粟米大。毎服、五七丸から一二十丸に至る。陳米と飲下すること時無し。一方では木香一銭あり。又、一方では胡椒・蝎尾、各四十九箇。
■ 原文
二十四 塌氣圓 治虚脹。如腹大者、如蘿萄子、名褐丸子。
胡椒(一兩) 蝎尾(去毒)
右為末、麪糊丸、粟米大、毎服五七丸、至一二十丸。陳米飲下無時。一方有木香一錢。又一方胡椒蝎尾、各四十九箇。
発搐 ≪ 急驚 ≪ 慢驚 ≪ 五癇 ≪ 傷風 ≫ 風温潮熱相似 ≫ 傷寒瘡疹同異
鍼道五経会 足立繁久
原文 『類證注釋錢氏小兒方訣』傷風
■原文 『類證注釋錢氏小兒方訣』傷風 第十四
傷風第十四
傷風貧睡、口中氣熱、呵欠頓悶、當發散與大青膏一。解不散、有下證、當下大黄丸百一主之。大飲水不止而善食者、可微下。餘不可下也。傷風手足冷、脾藏祛也。當和脾後發散。和脾益黄散、發散大青膏一主之。傷風自利、脾藏虚也。當補脾益黄散。發散大青膏一。未差者調中丸二十三主之。有下證、大黄丸百一主之。後服温驚丸三即粉紅丸。傷風腹脹脾藏虚也。當補脾、必不喘、後發散、仍補脾也。去脹、塌氣丸二十四主之。發散大青膏一主之。傷風兼藏、兼心則驚悸、兼肺則心亂喘息、哽氣長出氣嗽、兼腎則畏明、各隨補母、藏虚見故也。
傷風下後餘熱、以藥下之太過、胃中虚熱、飲水無力也。當生胃中津液、多服白朮散十。
傷風吐瀉身温、乍涼乍熱、睡多氣麄、大便黄白色、嘔吐乳食不消、時咳嗽、更有五藏兼見證。當煎入臓君臣藥、先服大青膏一、後服益黄散九。如先曾下、或無下證、慎不可下也。此乃脾肺受寒、不能入食也。
傷風吐瀉身熱、多睡能食乳、飲水不止吐痰、大便黄水、此為胃虚熱渇吐瀉也。當生胃中津液、以止其渇。止後用發散。止渇多服白朮散十一、發散用大青膏一主之。
傷風吐瀉、身涼、吐沫瀉青白色、悶亂不渇、哽氣長出氣、睡露睛、此傷風荏苒(荏如甚、反苒音冉、猶展轉也。)、輕祛因成吐瀉(此證脾虚也)、當補脾後發散、補脾益黄散九、發散大青膏一主之。此二證多病於春冬也。
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