弁色分註の章 『幼幼集成』より

『幼幼集成』について

本記事で紹介する『幼幼集成』の「弁色分註」では、前章「面部形色賦」の詳細解説(註文)が記されています。前章・本章における望診配当は、五行配当(五方から五臓への展開)を基盤とし、さらに詳細な望診部位を加えた構造になっています。

「天庭」などは『霊枢』にもみられる望診部位ですが、「山根」「年寿」「地角」「風池」「氣池」「風門」「太陽」「日角」などは目新しい望診部位といえるのではないでしょうか。
小児生理を踏まえた上で、以上の望診部位の意味を考えることに意義があるでしょう。

※画像は『鼎鍥幼幼集成』国書データベースより引用させていただきました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

『幼幼集成』 弁色分註

書き下し文 『幼幼集成』 弁色分註

児の形色を察するに、先ず部位に分ける。
(形の強弱・堅脆、色の夭沢枯栄を弁ぜんと欲すれば、必ず先ず上下・左右の部に分け、五行四の位を定め、然る後に部を按じ色を察す。以て証の安危を定む。)

左頰は青龍、肝に属す。
右頰は白虎、肺に属する。

(経に曰く、左右なる者、陰陽の道路也。蓋し五行の位、木の旺は卯に在り、金の旺は酉に在り。天地の氣、陽は左より升り、陰は右より降る、故に左頰を以て肝に配し、右頰は肺を配す。左頰は即ち是れ肝、右頰は即ち是れ肺と謂うに非ず。以て生殺の理を過ぎること無し、木金龍虎の位を配し、以て其の臓氣の強弱を候うのみ。)

天庭、高くして離陽・心火なり。
地角、低くして坎陰・腎水なり。

(周易は、東震西兌、南離北坎を以て、子午卯酉の四正を定む。蓋し後天の用は、有形の者は之に由らざる無し。故に以て心は南の午火を天庭に於いて配し、腎は坎北の子水を地角に於いて配する。亦(また)陽上陰下の義。第(ついで)其に理に據りて之を言う。額上は即ち心、唇下は即ち腎と謂うに非ず。竊(ひそかに)笑う、幼科の未だ淵源を識らざるを。刻舟求剣(※『呂氏春秋』より)、未だ癡人に向かいて夢を説くべからざる也。)

鼻は面中に在り、脾は唇際に応ずる。
(『内経』鼻を以て面王と為し、其の位を以て至中に居す。内は呼吸に通じ、生死は之に頼る。之を中と謂う所以なり。脾は中土と為す。経に曰く、中央は黄色、脾に於て八通し、口に開竅す。又、曰く脾胃は倉廩の本、其の華は唇四白に在り。故に曰く、脾は唇際に応ずる。亦(また)中州、受納の地なり。
或る人問う、既に五臓の経脈は未だ面を行らず。何を以て、又、面部より察するに、五臓の証は能く幻無からんや?
曰く、望色の証を察するに、内経の伝、第(ただ)軒岐の大聖天人の学、後世能く効法とする莫し。五行四象に拠り以て部位に列ねる所以。庶(こいねがう)望色する者、憑依(たのみとする)所有らんことを。
又曰く、布列するに五行を按すると雖も、内臓の氣の応ぜざることを恐る。之を奈何にせん哉?
曰く、五臓の脈、実は未だ面に於て行らず。而して臓象論に曰く、十二経脈、三百六十五絡、其の氣血は皆(みな)面に上りて空竅に走る。蓋し人の上下九竅、而して七竅は面に在り。目二・耳二・鼻二・口一なり。故に目は肝竅と為し、耳は腎竅と為す。是に由りて部を按し色を察っし、以て其の吉凶を決す。亦、猶(なお)方に脈の両手六部に分け左を心小腸・肝胆・腎、右を肺大腸・脾胃・命(命門)とするが如し。夫れ両手には惟だ一つ肺脈のみ、他臓の何ぞ渉(かか)わるや?亦(また)前哲は八卦方位に按じ、手太陰の一経を以て、巧みに六部に分け、以て十二経脈・臓氣の盛衰を候う。然るときは則ち脈の隠微に覩(み)えること莫き者、尚(なお)其の成敗を候うべきにして、色の一望の顕然たる者、独り其の吉凶を推すべからず乎。医の理は至微なり、後賢は幸いに忽略にする毋れ。)

紅色見われれば熱痰壅盛なり。
青色露われれば肝風怔悸なり。

(此れ概ね、通面の色を言う。通面は足陽明胃経の主る所なり。胃経鬱熱すれば面は必ず淡江なり。熱、津液を搏てば、津液定(さだ)めし化し痰と為して壅滞す。風邪衝併して面は必ず青を見わし、心神不安なれば、則ち怔忡驚悸を為す。)

煤の如き黒は痛・中悪・逆伝を為す。
橘に似る黄は食傷なり、脾虚すれば吐利す。

(面に黧黒の見れるは至凶の候。幸いにして暴病乍ち見われるは実に中悪の徴を為す。偶(たまたま)悪毒の氣に因り、鼻よりして入り、肺は先ず之を受ける。正氣を阻遏し、隧道通ぜざれば、腹痛む所以。邪盛んにて自出すること能わず。反て子乗母位を致し、而して逆伝す。肺より脾に伝え、脾より心に伝える如きなる者は、是(これ)也。
橘黄と言うは其れ深き黄也。脾は運化を司る。乳食不停なれば、何ぞ之(これ)黄有らん?
其の運化失職に由りて、食は太陰を填(ふさ)ぎ脾氣が凝滞する所以。故に深黄の面に上れば、必ず吐瀉の虞有るを致す。)

白は乃ち疳癆。
紫は熱熾を為す。

(白は肺氣虚に属す。子は累母を傷る。脾、必ず困じて疳と為す所以なり。
紫は風熱熾んと為す。経絡、邪を受けて定めし化して壮熱と為して已まず。)

青、日角を遮れば医すること難し。
黒、太陽を掩えば不治なり。

(此下逐部分言之。諸書は皆(みな)誤りて口角と為す。不知面部を知らず。口角の位無し。但だ無此の位無きのみならず、証も亦(また)全く符せず。蓋し小児の中氣強き者は、唇は色を変ぜず。中氣虚寒なる者、十に九は青有り。此れを常候と為す。難医の証に非ず。
今、之を正す。
日角とは左額なり。猶(なお)日の東升して青色遮蔽を為するが如きは、木蔽陽光と為す。病むときは則ち必ず疑難の慮有り。
太陽とは左右両額なり。太陽は衆陽の宗を為し、火に属し、夏に旺する。氣色は紅に宜し。今、黒色が掩映(えんえい)するは、将に水来たりて火を尅するの象あり。定めし傷残見われる。故に曰く不治と。)

年寿の赤く光るは、多くは膿血を生ず。
山根の青黒なるは毎(つね)に灾異(災異)多し。
(年寿とは鼻梁なり。氣の門戸と為す。赤光が(年寿の)位を侵せば、肺は必ず傷を受く。氣は流れ行かずば、則ち血は必ず凝滞す。将に膿血の災いせんとす。
山根とは足陽明胃脈の起きる所なり。大凡(おおよそ)小児の脾胃無傷なるときは、則ち山根の脈は現れず。倘(もし)乳食過度にして胃氣抑欝すれば、則ち青黒の紋、山根の位に横截する。必ず延綿啾啷すること有り。故に曰く灾異と。)

朱雀、双瞳を貫くは、火の水郷に入るなり。
青龍、四白に達するは、肝の肺位に乗ずるなり。
(朱雀とは赤脈なり。双瞳とは腎水なり。赤脈、瞳を貫くは、火が水位に乗ずる(候なり)。治するは宜しく心を瀉し腎を補うべし。
青龍とは肝木なり。四白とは肺金なり。白珠に青が見われるは、肝風が肺を侵す(候なり)。治するに宜しく保肺すべし。)

瀉痢して戴陽するは、須らく咳嗽を防ぎて施藍するを忌むべし。
(瀉は脾病に属し、痢は腎病に属する。脾腎の両臓は既に傷れる。先後二天、並びに弱なれば、面は宜しく憔悴すべきに、今、反て面に紅赤の見れるは、虚陽上泛を為すことを知る。故に曰く須防と。
咳嗽は肺病なり。青は肝の色なり。其の肺氣已に虚するに由りて、肝は畏れる所無く、木は金位に乗ず。(故に)其の火生じて以て尅金を尅することを恐る。故に曰く忌むべしと。)

疼痛方(まさ)に殷(さかん)なれば、面青く而して唇口嘬(すぼめる・かむ)。
肝風発せんと欲すれば、面赤く目は竄視する。

(疼痛とは腹痛なり。寒氣、脾を侵すれば、内の臓に火無く一派陰冷し、陽和を阻抑す。故に面青くして唇嘬する也。竄視とは、目の直視する也。幼科では(竄視を)指して肝病と為すが、其の実は太陽経の本証なり。蓋し太陽の脈は、目の上綱に繋ぐ。血虚して寒を受ければ、則ち上綱は緊急す。故に目は直視す。今、(竄視を)指して肝風と為し、風薬を用いれば、其の津液を耗して、反て不救を成す。能く養血することを知れば、其の病は自ずと瘳える。)

火光焔焔するは、風寒を外感す。金氣浮浮すれば、臓に中り積滞す。
(通面に火光するは、風寒が胃を傷る。陽明沸欝とし、衣は未だ解かざる也。黄色満面なるは、食の脾を傷る也。運化するも功無く、久しく積を成する也。)

乍ち黄、乍ち白なるは、疳の積むこと連綿す。
又は赤、又は青きは、風邪瘲瘛す。

(黄は脾虚と為し、白は肺弱と為す。脾肺俱に傷れるは氣以て運すること無し、乳食は消し難し。軽きときは則ち積と為し、久しきときは則ち疳と為す。
赤は火色と為し、青は風色と為す。風火相い乗じて栄血は枯燥し、筋脈索強す。甚しきときは則ち搐搦して痙を為すなり。)

氣の顖門、坑を成すは、血衰えて頭毛は穂を作す。
(小児の禀受、精髄の不足なる者は、平日脳髄未だ充せず。氣に頼りて以て之を充す。今、大病の後、中氣下陥すれば、安んぞ其の顖を保ち坑を成さざる耶?髪とは乃ち血の余なり。血栄するときは則ち髪黒し。今、頭毛は草の穎の如し。其の栄血の枯焦することを知る也。)

肝氣脹れば眵涙を生ず(前章では「肝氣眼生眵涙」となっている)。
脾冷れば流涎し滞頤す。

(眼は肝に属す。肝氣実すれば則ち眵は乾硬し、肝氣虚すれば則ち眵は膠粘す。寒、肝を傷れば則ち涙冷し、熱が肝を傷れば則ち涙熱す。
脾は涎を主る。脾氣虚冷すれば、収摂すること能わず。故に津液は妄泄し、而して頤間を滞する。
誤りて脾熱と為せば、禍は踵を旋さず。)

面目虚浮すれば、定めて腹脹し上喘する。
眉毛頻蹙するときは、必ず腹痛して多啼す。

(脾肺両虚すれば、中宮は寒蕭す。以て氣を致すも源に帰せず。反て逆して之上るときは、則ち上氣し喘急す。面目虚浮するに、因りて知其の内に必ず腹脹ることを知る。
小児の知識は未だ開かれず、七情六欲に於いて毫も相い関せず。何ぞ頻蹙する有らん。亦(また)臓寒に因りて腹痛するは、時ならずして啼叫する所以にして、頻蹙して楽しまざる也。)

左右両頰の青黛に似るは、忤客(客忤)と為すことを知る。
風氣二池(風池と氣池)の黄土の如くなるは乃ち脾の傷れること無し。

(左右両頰俱に青なるは、客忤(客忤)の証なり。小児の神氣怯弱なるに由り、陽和未だ充せず。外邪客氣は得て以て之に乗ず。鼻より入り、正氣を忤すときは則ち口より青黄白沫を吐す。面色は変異して常ならず。腹痛喘急する者、是也。風池氣池は眉上眼下なり。風池は肝に属し、氣池は胃に属す。黄土の色の如くなるは、木勝土に由り、復た真臓の色見われる所以なり。)

風門に黒(のあらわれるは)疝を主り、青は風と為す。
方広の光滑するは吉。昏暗するは危。

(風門とは耳前なり。少陽経の主る所なり。黒なるときは則ち寒と為し、疝と為す。青なるときは則ち燥と為し、風と為す。方広とは眉梢なり。亦(また)少陽の主る所。光亮なるときは則ち吉。昏暗なれば則ち危なり。)

手に数物(のある)如く、肝風将に発せんとす。
面には朱を塗るが若きは、心火の燃眉なり。

(邪熱、神を傷るは、手は数物の(あるが)如しとは、謂十指屈伸して定まらず、数(いくつかの)物のあるが狀の如きことを謂う。速やかに宜しく熱邪を疎解すべし。断じて肝風の発すること無し。
(面部望色において)淡江は陽明胃経の表熱と為す。深紅は少陰心経の裏熱を為す。面の朱を塗るが若きは、心熱と為すを知る。(心熱と雖も)心は瀉するべからず。惟だ小腸を瀉し、丙火を一清すれば丁火は自ら息む。)

坐臥するに煖を愛(このむ)は、風寒の入るなり。
伸縮して冷に就くは、煩躁すること何の疑うや。

(凡そ小児は母に偎(ちかより・寄り添う)するもの、臓(腹部)懐を抱き、頭を密に隠し、人に懐抱されんと欲する者は、必ず悪風寒する也。風寒の初入するに由り、未だ能く化熱せず、坐臥愛煖する所以なり。邪已(すでに)裏に入れば、則ち衣を掀(かかげ)覆いを掲げ、手を揚げ面を露わにし、胸を偃(ふせ)(※胸を仰けが正しいのでは?)仰臥し、口渇、燥煩するは、其の内外は皆熱する所以。欲就清涼に就かんと欲すなり。)

肚大にして脚小なるは、脾が困ぜんと欲し、而して疳と成す。
眼瞪(目をみはり)口張るの勢は、危証に似たり、而して必ず斃る。

(脾は運化せずして肚は大となり、肌肉は消削す、而して脚小となる。蓋し脾は肌肉を主る。其の乳食失節に由り、脾困じて疳を成する所以なり。
膀胱絶して目瞪す。脾の氣絶して、口張る。其の勢いは已に危うし。必ず生くべきの理無し。)

噫、五体は頭を以て尊と為し、一面(面部)は惟(ただ)神を恃みとすべし。況んや声の軽重は同じからず、啼の乾湿は頓ろに異なる。
呵欠連綿と
するは、病の作さんと欲することを知る。
忽然として驚叫するは、火の将に煒(明るく盛んとなる)せんとすることを識る。此れ察証の規縄なり。幸いに拳拳として誖らざれ。
(頭は元首と為す。故に以て尊と為す。面は五位に分け、惟だ
神是頼む、神が存すれば則ち生き、神が亡すれば則ち死する。(神とは)蓋し眼光を指して言う也。況んや声に軽重あり、啼に乾湿あり。安んぞ弁ずる無きことを得ん。
凡そ声の微なる者は、其の氣の不足を知り、声の壮なる者は、其氣の有余なることを知る。
哭して涙無き者は実なり、哭して涙多き者は虚なり。
呵欠連綿なるは陰陽交引を為して升降不前なり。其の病の将に至らんとすることを知る。
忽然として大いに叫するときは則ち、火熱が神を擾することを知る。必ず壮熱の証有り。倘(もし)能く此れら弁証に依るは、亦(また)猶(なお)之を工の規矩有り、楽の六律有るが如し。是れ則ち是を故(ゆえ)とし、是(これ)究め是(これ)図(はか)る。自ら望洋の嘆あるを致さずなり。)

小児望診の詳細情報

陳復正が記す『幼幼集成』には、実に詳細な小児望診情報が記されています。

唇際は脾の部位

まず五行配当に分類できる五臓望診です。
そのうちの一つ「鼻在面中、脾応唇際」の文には、「唇際」も脾の望診部として挙げています。唇際とはいわゆる“人中”の部です。

“人中”周囲は、下焦・腎膀胱の反応部位としてみる説もあります。(『類経図翼』四巻 臓腑色見面部図を参照のこと)

陳氏『幼幼集成』では、この人中周辺といえる「唇際」を脾の反応部としているようです。

年寿とは?

「年寿鼻梁也。為氣之門戸。赤光侵位、肺必受傷、氣不流行、則血必凝滞。将有膿血之災。山根足陽明胃脈所起、大凡小児脾胃無傷、則山根之脈不現、倘乳食過度胃氣抑欝則、青黒之紋横截於山根之位、必有延綿啾啷、故曰灾異。」

「年寿」とは「鼻梁」を指します。この部位は呼吸に関わる部位である故に「氣の門戸」すなわち「肺」に関わる部位として示されています。
肺部であるため、「赤光」すなわち“火熱”の色が現れると、火尅金の病態の表われとして評価しているようです。

山根とは?

「山根」の部位ですが、この部位は日本でも一般的に知られている望診部位です。
関西では「眉間の青筋は“かんのむし”のサイン」として(ひと世代上の人々には)知られています。

この部位は「足陽明胃脈の起始する所」です。『霊枢』経脈篇では「交頞」と称される部位です。
「青黒之紋横截於山根之位」とは、まさに世間一般にいう“眉間の青筋”に相当するといえます。しかし、本文では“カンのムシ”ではなく、「灾異」の兆しと漠然とした異変を示しています。
私見ですが、この“山根の青筋”は木尅土の表われとみています。これはつまり、自身の木氣が脾胃を常時尅することになりますので、病の前段階といえる不穏な状態を常に有していることを意味します。
小児の体質を考えると、条件により“軽症から重症まで”いかようにも変化し、諸病様々な病態に変化し得る可能性を持ちます。その趣旨を以て「灾異」と表現しているのではないでしょうか。

赤ちゃんのよだれ(涎)

「脾冷流涎、滞頤」

「脾主涎」とあるように、五液の分類でも、“涎は脾”に分類されます。本文では「脾氣虚冷、不能収摂、故津液妄泄」とあり、流涎(涎が多量に流れる唾液過多症様の症状)を起こす病理が記されています。
「滞頤」という症候名は、本書『幼幼集成』巻四「口瘡証治」にて「小児両頤流涎、浸漬胸前者、此名滞頤。蓋涎者脾之液、口為脾竅、脾胃虚寒、不能収斂津液、故涎従口出、自滞於頤。宜温脾丹。」とあります。

ちなみに温脾丹の処方は
「温脾丹 治小兒脾冷流涎、浸漬頤間。
南木香、法半夏(各五銭)、黒炮姜、漂白朮(各二銭)、広陳皮、杭青皮(各一銭) 上為末、煉蜜為丸、龍眼核大。毎服一丸、米飲下。」とあります。

涎の出かたを診るだけでも脾胃の状態を知る指標になります。現代では“涎かぶれ”に悩むお子さん・お母さんも少なくありません。脾胃を調えることが症状改善の一助になることも知っておくべきでしょう。

ちなみに脾虚とはいえ寒熱を間違えてはいけません。その戒めとして「誤爲脾熱、禍不旋踵。」とあり、脾胃を損なうことが、その子の体調(ひいてはその子の人生)に大きな影響を及ぼすことを示しています。

風池と氣池

「風池氣池は眉上眼下なり。風池は肝に属し、氣池は胃に属す。黄土の色の如くなるは、木勝土に由り、復た真臓の色見われる所以なり。」

この二池によって、木・土の関係を推し測っているのでしょのう。

「風氣二池如黄土、無乃傷脾。」という言葉も興味深いです。文脈からみて、風池と氣池の二つの部位をみて、肝脾二臓の協調をみているといえるでしょう。

まず風池・氣池(二池)の部位について整理しましょう。
「風池氣池、眉上眼下也。」という文と、面色部位図をみるに、「風池」が眉上、氣池が眼下(下瞼)にあたります。文献によっては、風池を上瞼に当てている説もあるようです。広く眉周辺を風池としてみるのもあり、かと個人的には思います。
そして「風池属肝、氣池属胃。」とあり、二池の臓腑配当が明らかにされています。
そのため二池の両部位の色をみることで、木と土のバランスをみているとの主張になります。

また、風池氣池ともに「黄土色」が現れるという文ですが、ここでは「黄土色」を「真臓色」としています。「真臓」とは、『素問』玉機真蔵論に説かれるいわゆる真蔵脈のことです。
この真蔵脈を氣色に適用させる点はさすがです。風池氣池の両池に真蔵色が現れるということは、木尅土どころか「木勝土」の状態であると記しています。
さすがに小児はりの臨床では、「木勝土」の病態を診ることは少ないでしょう。しかし、二池がそれぞれ肝・胃の状態をみることを知っておくだけでも望診から得られる情報は増えるのです。

鍼道五経会 足立繁久

指紋晰義 ≪ 指紋切要 ≪ 三関部位歌 ≪ 浮沈分表裏歌 ≪ 紅紫弁寒熱歌 ≪ 淡滞定虚実歌 ≪ 紋形王病歌 ≪ 小児脈法
… ≪≪ 面部形色賦 ≪ 弁色分註 ……

原文 『幼幼集成』辨色分註

■原文 『幼幼集成』辨色分註

察兒形色先分部位
(欲辨形之强弱堅脆、色之夭澤枯榮、必先分上下左右之部、定五行四象之位、然後按部察色、以定證之安危。)
左頰靑龍屬肝、右頰白虎屬肺
(經曰左右者、陰陽之道路也。葢五行之位、木旺在卯、金旺在酉、天地之氣、陽從左升、陰從右降、故以左頰配肝、右頰配肺、非謂左頰卽是肝、右頰卽是肺無過以生殺之理、配木金龍虎之位、以候其臓氣之强弱耳。)
天庭高而離陽心火、地角低而坎陰腎水
(周易以東震西兌、南離北坎、定子午卯酉之四正、葢後天之用、有形者無不由之、故以心配離南之午火於天庭、腎配坎北之子水於地角、亦陽上陰下之義。第據其理而言之、非謂額上卽心唇下卽腎、竊笑幼科未識淵源、刻舟求剣、未可向癡人説夢也。)
鼻在靣中、脾應唇際
(内經以鼻爲靣王、以其位居至中、内通呼吸、生死頼之、所以謂之中也、脾爲中土、經曰中央黄色、八通於脾、開竅於口、又曰脾胃者倉廩之本、其華在唇四白。故曰、脾應唇際、亦中州受納之地也。
或問既五臓之經脈未行於靣、何以又從靣部而察、五臓之證能無幻耶、曰望色察證、内經之傳、第軒岐大聖天人之學、後世莫能効法、所以據五行四象列以部位、庻望色者有所憑依耳。又曰、布列雖按五行、恐内臓之氣不應奈之何哉。曰五臓之脈實未行於靣而臓象論曰、十二經脈、三百六十五絡、其氣血皆上於靣而走空竅、葢人上下九竅而七竅在靣、目二耳二鼻二口一。故目爲肝竅、耳爲腎竅、由是按部察色、以決其吉凶、亦猶方脈之兩手六部分左心小腸肝胆腎、左肺大腸脾胃命、夫兩手惟一肺脈耳、他臓何渉、亦前哲按八卦方位、以手太陰一經、巧分六部、以候十二經脈臓氣之盛衰、然則脈之隱微莫覩者、尚可候其成敗、而色之一望顕然者、獨不可推其吉凶乎。醫理至微、後賢幸毋忽略。)
紅色見而熱痰壅盛、靑色露而肝風怔悸
(此概言通靣之色、通靣爲足陽明胃經所主、胃經欝熱靣必淡江、熱搏津液定化爲痰而壅滞、風邪衝併靣必見靑心神不安、則爲怔忡驚悸。)
如煤之黑爲痛中惡逆傳、似橘之黄食傷、脾虚吐利。
(靣見黧黑至㐫之候、幸而暴病乍見實爲中惡之徴、偶因惡毒之氣、從鼻而入、肺先受之、阻遏正氣、隧道不通所以腹痛、邪盛不能自出、反致子乗母位、而逆傳如肺傳脾、脾傳心者、是也。橘黄言其深黄也。脾司運化乳食不停、何黄之有、由其運化失職、所以食塡太陰脾氣凝滞、故深黄上靣、必致有吐瀉之虞。)
白乃疳癆、紫爲熱熾。
(白屬肺氣虚子傷累母、所以脾必困而爲疳、紫爲風熱熾經絡受邪定化爲壯熱而不已。)
青遮日角難醫、黑掩太陽不治。
(此下逐部分言之、諸書皆誤爲口角、不知面部、無口角之位、不但無此位證亦全不符、葢小兒中氣强者、唇不変色、中氣虚寒者、十有九、靑此爲常候非難醫之證、今正之日角左額也、猶日之東升、而爲青色遮蔽爲木蔽陽光病則必有疑難之慮、太陽左右兩額也。太陽爲衆陽之宗屬火旺、夏氣色宜紅、今黑色掩映將有水來尅火之象、定見傷殘故曰不治。)
年壽赤光、多生膿血。山根青黑毎多灾異。
(年壽鼻梁也、爲氣之門戸、赤光侵位、肺必受傷、氣不流行、則血必凝滞、將有膿血之災、山根足陽明胃脈所起、大凡小兒脾胃無傷、則山根之脈不現、倘乳食過度胃氣抑欝則、青黑之紋横截於山根之位、必有延綿啾啷、故曰灾異。)
朱雀貫於䨇瞳火入水鄕、靑龍達於四白、肝乗肺位。
(朱雀赤脈也、䨇瞳腎水也、赤脈貫瞳、火乗水位、治宜瀉心補腎。青龍肝木也、四白肺金也。白珠見青、肝風侵肺、治宜保肺)
瀉痢而戴陽、須防咳嗽而施藍可忌。
(瀉属脾病痢属腎病、脾腎兩臓既傷、先後二天並弱、靣宜憔悴、今反靣見紅赤、知爲虚陽上泛、故曰須防。咳嗽、肺病也。靑者、肝色也。由其肺氣已虚、肝無所畏、木乗金位、恐其生火以尅金、故曰可忌。)
疼痛方殷、靣青而唇口嘬、肝風欲發、靣赤而目竄視。
(疼痛、腹痛也。寒氣侵脾、内臓無火一派陰冷、阻抑陽和、故靣青而唇嘬也。竄視、目直視也。幼科指爲肝病、其實太陽經本證。蓋太陽之脈、繋目上綱血虚受寒、則上綱緊急、故目直視、今指爲肝風用風薬、耗其津液、反成不救、能知養血、其病自瘳。)
火光㷔㷔外感風寒、金氣浮浮、中藏積滯。
(通靣火光、風寒傷胃、陽明沸欝、衣未解也。黄色滿靣、食傷脾也。運化無功、久成積也。)
乍黄乍白、疳積連綿、又赤又靑、風邪瘲瘛
(黄爲脾虚、白爲肺弱、脾肺俱傷無氣以運、乳食難消、輕則爲積、久則爲疳。赤爲火色、靑爲風色、風火相乗榮血枯燥、筋脈索强、甚則搐搦而爲痙矣。)
氣之顖門成坑、血衰頭毛作穂。
(小兒禀受精髓不足者、平日腦髓未充、賴氣以充之、今大病之後、中氣下䧟、安保其顖不成坑耶。髪乃血之餘、血榮則髪黑、今頭毛如艸之穎、知其榮血枯焦也。)
肝氣脹生眵涙、脾冷流涎滞頥。
(眼属肝、肝氣實則眵乾硬、肝氣虚則眵膠粘。寒傷肝則涙冷、熱傷肝則涙熱。
脾主涎、脾氣虚冷、不能収攝、故津液妄泄、而滞於頥間。誤爲脾熱、禍不旋踵。)
靣目虚浮、定腹脹而上喘、眉毛頻蹙必腹痛而多啼。
(脾肺両虚中宮寒蕭、以致氣不歸源、反逆而之上、則上氣喘急、靣目虚浮、因知其内必腹脹、小兒知識未開、於七情六欲毫不相關、何頻蹙之有。亦因臓寒腹痛、所以不時啼呌、而頻蹙不楽也。)
左右兩頰似青黛、知爲忤客、風氣二池如黄土無乃傷脾。
(左右両頰俱青、客忤之證、由小兒神氣怯弱、陽和未充、外邪客氣得以乗之、從鼻而入、忤正氣則口吐青黄白沫、靣色變異不常、腹痛喘急者、是也。風池氣池、眉上眼下也。風池属肝、氣池属胃。如黄土之色、由木勝土、復所以眞臓色見。)
風門黑主疝、青爲風、方廣光滑吉。昏暗危。
(風門耳前也、少陽經所主。黑則爲寒爲疝。青則爲燥爲風。方廣眉稍也。亦少陽所主。光亮則吉。昏暗則危。)
手如數物兮、肝風將發靣若塗朱兮、心火燃眉。
(邪熱傷神、手如數物、謂十指屈伸不定、如數物之狀、速宜疎解熱邪断無肝風之發、淡江爲陽明胃經表熱、深紅爲少陰心經裏熱。靣若塗朱、知爲心熱、心不可瀉。惟瀉小腸丙火一清、丁火自息。)
坐臥愛煖、風寒之入、伸縮就冷、煩躁何疑。
(凡小兒偎母、懐臓頭宻隱欲人懐抱者、必惡風寒也。由風寒初入、未能化熱所以坐臥愛煖。邪已入裏、則掀衣掲覆、揚手露靣、偃胸仰臥、口渇燥煩、由其内外皆熱所以、欲就清涼。)
肚大脚小、脾欲困、而成疳、眼瞪口張勢似危而必斃。
(脾不運化而肚大肌肉消削、而脚小、葢脾主肌肉由其乳食失節、所以脾困而成疳、膀胱絶而目瞪。脾氣絶、而口張、其勢已危。必無可生之理。)
噫、五體以頭爲尊、一靣惟神可恃。況聲之輕重不同、啼之乾濕頓異。呵欠連綿、知病之欲作、忽然驚呌、識火之將煒。此察證之規縄、幸拳拳而不誖。
(頭爲元首、故以爲尊。靣分五位、惟神是頼神存則生、神亡則死。葢指眼光而言也。況聲有輕重、啼有乾濕。安得無辨。
凡聲微者、知其氣不足、聲壯者知其氣有餘。哭而無涙者實、哭而多涙者虚。呵欠連綿爲陰陽交引升降不前、知其病之將至。忽然大叫則、知
火熱擾神、必有壯熱之證、倘能依此辨證亦猶工之有規矩、楽之有六律、是則是故、是究是圖、自不致有望洋之嘆矣。)

 

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