今年もカメ活(鼈道)スッポンの効能-日本の本草書から-

昨年はスッポンの捕獲方法から捌き方まで、濱口昭宏先生(金匱植物同好会 会長 )にスッポン道をご指導をいただきました。
(関連記事【蒼流庵随想】「誰が為に亀は採る」「かめくらべ」など)
そして今期もカメ活・鼈道に励んでおります。

といっても乱獲はよくないので、鼈ポイントに一か所につき一回の捕獲、といった程度に控えております。

写真:この8月に釣り上げたスッポン

さて、なぜ鼈(スッポン)にハマったのか?そのキッカケは本草学です。

巷ではスッポンはあたかも精力剤かのように喧伝されていますが、本草学的にはあまりそのような効能は記載されていないように思います。
(詳しくはコチラの記事『スッポンの効能を改めて確認す』を参照のこと)

この記事では、中国の本草学を中心に、鼈(スッポン)の薬能を調べてました。
今回は日本における本草書を主に調べてみました。

私が調べたのは江戸期の本草書を中心とした6冊です。
『本朝食鑑』『和語本草綱目』『和漢三才図会』『大和本草』『日養食鑑』『魚鑑』と、歴史的に古い情報から紹介していきましょう。

まずトップバッターは『本朝食鑑』(平野必大 著 1697年)
この書は江戸期の本草書であり、民衆が食材として用いる草木動物の性質を本草学の視点から詳細に説明しています。
薬膳に興味がある人は必読の書です。

『本朝食鑑』巻十 鼈
【釋名】胴亀(俗名、凡そ鼈頭、碍有るときは則ち胴に入る。碍無きときは則ち胴を出づ。故に胴亀と曰う。『源順』に加和加米(カワカメ)と訓ず。
・・・(中略)・・・
【氣味】甘平、無毒
按するに鼈の性、冷に近し。故に之を食う者は、和するに椒・薑の熱物を以って而して其の本性を失す。
宜しく沙河の小鼈を取るべし。
頭を斬りて血を去りて以って、桑灰湯を以って煮熟して骨甲を去り、水を換えて再び煮て、葱・醤を入れて、羹と作せば乃ち良し。
凡そ三足の者、赤足の者、獨目の者、頭足縮まざる者、その目四陥する者、腹下に王字・十字文有る者、腹に蛇文有る者は俱に食するべからず。
猪・兎・鴨肉・鶏子、及び莧菜・芥子・薄荷に合して食すれば、能く人を害す。
鼈の性、葱及び桑灰を畏る、或いは乾麻の白茎を畏る。
俚語に謂う、麻莖乾白を者、俗に阿佐加良(あさがら)と呼稱す。刮尖にて鼈甲を刺しときは則ち透らざること無し。…(中略)…

【主治】本草(本草綱目)に詳らかに諸家の説を載せて、之を述べるも亦贅なり。
今、勞瘵を患う者、煮食すれば則ち十に一両生有り。
但、味わい甚だ甘にして、蟲積を動じ、嘔吐を発す。
然れども、強いて食すれば、還って然らず。

甲(鼈甲)
【氣味】鹹平、無毒(礬石、理石を悪む)
【主治】此れも亦、李時珍が綱目(本草綱目)に詳かに言う。
凡そ鼈甲は乃ち厥陰肝経血分の薬なり。
故に主とする所の者は、瘧・勞・寒熱・痃瘕・驚癇・経水・癰腫・陰瘡なり。
玳瑁は心には入り、水亀は腎に入る。同じく試みる毎に之を思う。

『本朝食鑑』巻十 鼈の資料は国会国立図書館デジタルコレクションからの引用です。

さすが食材の薬能書です。
まずスッポンを捌く手順から始まっているのは恐れ入ります。
頭を落として、血を抜き…とありますが、現代のように「スッポンの生き血」を嗜む風文化?は無かったようです。(当然、スッポンの生食は避けるべきです)

お薦めのレシピは「スッポンの羹(あつもの)」つまりはスッポン・スープです。
写真:スッポンの甲羅(鼈甲)を七輪でコトコト煮込む。写真左はスッポンの卵(手前)と肉(奥)

そういった点では、今のスッポン鍋も『本朝食鑑』の推奨されている通りのメニューと言えるでしょう。
他にも、スッポンの性質と相性の悪い食材なども記されており、これらも目を通しておく必要があります。

本書『本朝食鑑』ではスッポンの性を冷としています。だから山椒や生薑など温熱の性をもつ薬味と併せて調理するのだという意見です。

またスッポンの甲羅、鼈甲(べっこう)の薬能は厥陰肝経の血分に影響するとしています。
この点、やはり女性におすすめの食材でしょうね。
また、亀の種類によっての肝・心・腎の効能別が書かれていますが、これは『本草綱目』にも同じようなことが書かれています。
参考にすべきでしょう。

ちなみに鼈甲(べっこう)といえば、半透明・褐色で大きな亀の甲羅から作られる工芸品を想像する人が多いと思います。
しかし、本来の鼈甲はスッポンの甲羅であり、工芸品の素材として用いるのは玳瑁(タイマイ)である。
と、このように注意書きをしている本草書は多いです。
東洋医学を嗜む人はよく覚えておきましょう。

さて、2番手は江戸期のブックメーカーとして有名な岡本一抱氏の『和語本草綱目』(1698年)です。
『和語本草綱目』は原題名を『広益本草大成』といい、オリジナルの『本草綱目』(明代 李時珍 著)をより読みやすくアレンジされた江戸期の書です。

『和語本草綱目』
鼈甲 鹹平
勞痩、骨熱、瘧疾、寒熱、瘧母、癥瘕、堅積、驚癇、経閉、癰腫、陰瘡、難産、産後の陰脱、石淋、漏下、腰痛、撲損、瘀血を治し、胎を堕ろし、堅を破る。
鼈甲は足厥陰肝経血分の薬也。
肝は血を主り、足少陽胆と合す。故に治する所の諸條、皆肝胆の症、血分の病に属す。
且つ肝経は前陰器を行る。是を以って下部の陰瘡、淋疾、婦人の産後の陰脱、赤白漏下を治す。
其の寒熱瘧疾は肝経の主病也。且つ能く陰虚血分の熱を滌(すす)ぐに用ゆ。
毒:陰虚と雖も熱無くして、泄瀉胃弱を致す者は用いる勿れ。孕婦に用いるを禁ず。蓋し胎を堕とすが故也。
畏:葱、桑灰を畏れ、礬石理石を悪む。
・・・
修治:生なる者の甲を取り、肋の者を佳とす。肉裙(へり)を去り、醋を塗り、炙り黄にし、或いは童便に煎ず。石臼にて搗き碎き研り、細かにして用ゆ。
癥塊を治するには、醋に炙る。勞熱を治するには、童便に煎ず。
・・・
今の薬店に用いる所の鼈甲は、南海の大亀の甲を用ゆ。誤り也。
本邦に謂るダウガメともスッポンとも云う者、是鼈也。
今用いる南海の大亀は本綱に謂う所の蠵龜也。肉 甘平
血熱を去り、鬚(髭)を長じ、帯下、血瘕、腰痛、脚気、久痢、湿痺を治す。
孕婦に禁ず。芥子、薄荷、莧菜、猪、兎、鴨肉を忌む。久食すること勿れ人を損す。
頸の下に軟骨有りて、亀の形の如くなる者、三足、赤足、獨目、頭足縮まらず、目四陥、腹下に王字、卜字、蛇文有る者、山上に在る者、皆 毒有りて人を殺す。之を食すること勿れ。脂 白髪を抜きて之を塗れば、再び(白髪が)生えず。

頭 焼きて灰にし、脱肛、産後陰脱に傳(しく)。

頭血 脱肛、口眼喎に塗る。

卵 盬に藏れ煨して、小兒の久痢に食す。

爪 五月五日に衣領の中に藏(かく)せば、人をして忘れざらしむ。

続けて3番手も紹介、非常に有名な書です。
『和漢三才図会』(寺島良安 著 1712年)
本書は江戸中期に作られた当時の日本の百科事典のような存在です。

『和漢三才図会』
鼈甲(べっこう) 鹹平
厥陰肝経血分の薬(醋を以って炙り黄なるを用う)、
老瘧を断つ(研末して酒にて方寸匕 服し、夜を隔て早朝に時を臨みて三度之を用いて、断たざる者無し。雄黄少し許入れて更に佳き也。)
婦人難産(方、上の如くすれば立ちどころに生ず)
癰、一切の瘡、斂らざる(鼈甲を焼き、性を存し、之を糝るもの甚だ妙なり)肉 甘平
禮記(礼記)に云う、鼈を食うに、醜を去る。
頸の下に軟かなる骨、亀の形の如くなる者有り。之を食らえば人をして水病を患わしむる也。
鶏子(鶏卵)に合せ、莧菜(ひゆ)に合せて共に食すべからざる也。
鼈を剉みて、赤莧を以って同じく包みて、湿地に置き、旬を経れば、皆生鼈と成る。
又、猪、兎、鴨肉を忌む。(人を損す)
芥子を忌む(悪瘡を生ず)

爪 五月五日に収めて衣領の中に藏せば、人をして忘れざらしむる。

凡そ異形の鼈、皆毒あり。
蓋し鼈の性、本(もと)不熱、之を食う者、和するに椒・薑の熱物を以って、虚勞及び久痢、婦人の帯下を治し、氣を益し不足を補う。
・・・(中略)・・・
九州の人、鼈を嗜む。肥前(の人)特に之を好む。
肉の裙(すそ)なる者は之を煮れば則ち柔らかなること鯨皮の如く、味わい甘美也。
生なるは則ち靭く牛の皮の如くなり、食すべからず。

『和語本草綱目』『和漢三才図会』と二書を続けて紹介しましたが、
スッポン(特に甲羅)の薬能として“厥陰肝経の血分”に作用する薬能という点では共通しています。

毎月、肝血を消耗する女性にはやはり適しているようです。
東洋医学を嗜む者であれば、「スッポンのコラーゲンでお肌プルプル~」という理由ではなく、
東医的な意味で推奨したいものです。

次に紹介するのはやはり有名人の手による書。
著者は『養生訓』で有名な貝原益軒の『大和本草』(1709年)です

『大和本草』貝原益軒順和名に曰く、加波加米(カワガメ)。今の俗、ドウガメと云う。又、スッポンと云う。

鼈肉、能く下陥の氣を升提す。故に久瀉を止め、下血を治し、脱肛を収む。
夏月の土用捕えて盬藏し久しく歴る者、増々佳し。
此れの如き効、本草に之を載せず。只、その頭を陰乾にして脱肛陰脱を治する方とあり。
是、水物と雖も、温補の性有り。
本草、以って性平と為す。或いは冷と為す者は何ぞ乎?
只、別録に曰く、補中益氣、不足を補うと云う者、之を得たりと為す。
・・・(後略)・・・

この『大和本草』ではスッポン(お肉)の効能として「下陥の氣を升提する」とあります。
下陥した気を上昇させるという点では、補氣作用や陽の働きを連想させます。
また性平ではなく、性温だと言及しており、他の本草書とは意見を異にしています。

ちなみに、この補氣作用ですが、昨夏に私の娘で実際に確認できたという実感があります。(具体的にはコチラの記事に記載しています)

さらに食物本草の書が続きます。

『日養食鑑』(石川元混 著 1819年)は、前述の『本朝食鑑』に比べてかなりシンプル・平易に書かれています。

『日養食鑑』すっぽん 甘平。毒なし。
中を温め、氣を益し、不足を補う。勞瘵並びに瘧痢を治す。

同じ『食鑑』でも、シンプルな記載です。
効能は補中益氣としての効能が強調されています。
血分への効能はあまり感じられなくなっていますね。

続いて江戸後期の食物本草書です。
『魚鑑』(武井周作 著 1831年)
この書は魚介類専門の本草書。魚好きの私にとっては大好きな書です。

『魚鑑』すつぽん

和名抄にかわがめ、俗にどうがめ、又どぢ、又どろがめという。漢名、鼈。
綱目に出づ。この所生、及び状味、人みな知る所なり。故に省く。
即ち薬に用いる鼈甲なり。玳瑁の俗称、同じきをもって、鼈甲を玳瑁の櫛笄の工に求むるは大いなるあやまりならずや。

【気味】甘平、毒なし

【主治】
中を温め、氣を益し、不足を補い、陰茎を強くし、常に食えば、瘧を病ず。
又、終身白髪を生ぜず、皺よらず、滋潤少年の如し。一物、百歳を経てよく御(てき)る。
実に不老の妙薬なり。

『魚鑑』では現代でいう「スッポンを食べて精力増強!」「夜も元気!!」といったニュアンスの効能について言及されています。

「肝経の血分」から「補中益氣」ときて、
「肝腎の陽気を鼓舞するような効能」と変遷してきているようにも感じられます。

しかし、『魚鑑』のような「白髪が生えない」「皺できない」「(お肌の)潤いは少年のよう(少女のようと言わないのがヒント)」「一物は百歳を過ぎても使い物になる」…といったアンチエイジング的な効能は、他の本草書とは一線を画しています。

ちなみに『魚鑑』の筆者、武井周作は医師であったとのことなので、それなりに根拠があっての記述と思われる(思いたい)。

最後は宇津木昆台先生の『古訓医伝』に収録される薬能方法辨です。
『古訓医伝』の序文は1836年ですが、薬能方法辨の序はは1837年にあります。

『古訓医伝』薬能方法辨(1837年)

鼈甲

此れ陰分血分の薬、能く癥瘕を泻し、労痩、骨蒸、往来寒熱、瘧母、腰痛、脇堅、血瘕、経閉、産難、腸癰、瘡腫、驚癇、痘瘡を治す。
この物、よく陰血を益し、熱を除き、結を散ず、和血の要薬たり。
・・・(中略)・・・
鼈甲並びに肉、世上、労症を治するの主薬とす。
然れども古訓虚勞篇に鼈甲を用いる一方もなし。但、陰毒と瘧母とのみ用いるときは、陰血を益し、癥瘕を軟にする所より推察して労症を治すると謂えるならん。
識者これを詳らかにすべし。

宇津木先生は次のように指摘しています。
「世の人たちはスッポン(甲羅やお肉)を補中益気のような効能を期待しているが、
古法(金匱要略)を遡れば虚勞病篇では鼈甲を用いられることはない。
但し、陰毒と瘧母には鼈甲を用いることから、陰血を益して、瘧瘕のような堅を軟にする。」

宇津木昆台先生の指摘には共感を覚えます。
今日では生薬が商業的に喧伝されるため、本来の薬能を失われてしまっているのではないか?という危惧があります。
商業的に売り出されている生薬というのはたくさんあります。
霊芝・冬虫夏草・人参(紅参)・マムシ(反鼻)・プラセンタ(紫河車)…など生薬を起源とする商品は多々あります。

もちろん、中国と日本では動植物の性質は異なることは大いにあり得ることです。
また摂取する日本人と中国人でも体質の異なりも考慮すべきかもしれません。
考察すべき点は多々ありますが、
効能の真偽は置いておいても、なぜ文献に伝えられた効能が変遷していったか?という点については興味深いと思います。

それを実感・検証するには定期的にスッポンを食し、百歳まで生きて、一物の具合を確認してみる必要がありますが(笑)

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