『切脈一葦』中巻-婦人の脈-

特殊な脈 その① 婦人の脈

『切脈一葦』中巻の脈状も一段落しました。ここからは婦人の脈についてです。

『切脈一葦』京都大学付属図書館より引用させていただきました
※下記の青枠部分が『切脈一葦』原文の書き下し文になります。

婦人の脈、そして小児の脈については脈診書ならば必ずと言っても良い程、別に章を立てて特別解説をしています。『切脈一葦』も例外ではありません。
本章では「婦人(の脈)」と章を設けて、女性における特殊な脈について解説しています。まずは本文を読んでみましょう。

婦人

婦人経水を見ざること一二月、脈和滑にして、飲食を欲せず。身安らかざる者は妊娠なり。
或いは陰証にして、脈小弱なりと雖も、その人渇して飲食を欲せず。寒熱なき者は妊娠なり。
凡て妊娠の脈は和滑小弱俱に柔和の気象あって、邪脈の如く劇しからざる者なり。

脈弦急、或いは微濇、或いは細数にして、身安からざる者は虚損、或いは積聚の類にして妊娠に非ざるなり。
又、妊娠に積聚を兼ねることあり、虚損の人にして妊娠することあり。
尚 腹診を以て妊娠の真偽を決断すべし。腹診の法は冩形一葦に詳らかなり。

臨産の脈は一息に六七動を常とす。既に分娩せんと欲するときは緊数と為り、或いは大小調わず。或いは雀啄、屋漏の脈を見わし、或いは脈進みて指に上り、或いは本位の脈絶して、指頭に上る者あり。これを離経の脈と云う。離経は児、まさに胎を離れんとするの候なり。

分娩の後は、脈静なる者を順とす。浮大数の者は恐れるべし。血暈を発するの候なり。
虚里の動劇しき者、最も恐れるべし。
又、脈静なる者を順と為すと雖も極微弱なる者は恐れるべし。虚脱の候なり。

妊婦さんの脈は滑…これは本当か?

妊娠婦人の脈では、妊娠と臨産(分娩前)、産後の脈について解説されています。

鍼灸業界では「妊婦さんの脈は滑脈をうつ」という俗説があり、一般の方にも「妊娠すると脈が変わるのですか?」などとよく聞かれることがあります。
本章でも「脈和滑」という脈状が挙げられていますが、安易に「妊婦の脈は滑脈だ」と覚えてはいけません。

私は臨床で妊婦さんの脈をよく診るのですが、教書通りの滑脈をあらわす妊婦さんはレアケースです。特に妊娠初期~中期においては。
では『妊婦さんは滑脈をあらわす…これは間違っているの?』というとそうではありません。

まず教科書に書かれていることと現場の話は別モノです。「妊婦=滑脈」はあくまでも理想的な妊婦における脈をいいます。
そもそも滑脈というのはどのような体の状態を示すのか?ここを今一度考えなおす必要がありますね。一方で鍼灸院での治療を必要とする妊婦さんはどのような状態にあるのか?などを考えると滑脈を示す妊婦さんを臨床でみるのは少ないということも頷けますね。
それともう一点、考え直すべきは(妊娠の)週数です。妊娠すればいつでも誰でも滑脈を示すのかというとそうではない、ということです。

とはいうものの、妊娠を機に確かに脈は変わります。

個人的な経験ですが、4年ほど不妊鍼灸を専門とする鍼灸院に務めていたことがあります。その時に得られた脈の話です。
不妊治療・不妊鍼灸に携わる方なら分かってもらえるかと思いますが、体外移植(胚移植)を行った直後から脈は変わります。少陰脉が強く搏つというケースも何例か確認したこともあります。しかしこの脈が妊娠脈か?というと、そうではないのです。
陽性反応が出ない(着床しない)ケースは、次第に脈が元来の脈に戻っていくのです。特に判定日を控える数日前から徐々に脈力や脈の暢びが減衰していく様は、なんとも説明のつかない焦り・落胆・無力感にさいなまれたものです。

話を戻しましょう。
このような現象や妊娠各週数における体内で起こる気血水や藏府の動きを考慮し、加えて妊婦特有の病理パターンを考慮すると、安易に「妊婦の脈は滑脈だ」などと断定してしまうのは、極めて非臨床的なことだと言えるでしょう。

繰り返しますが、「妊婦さんが滑脈をあらわすこと」は間違っていません。しかし、実際の臨床では「滑脈をあらわさない妊婦さんの方が多い」のです。
我々脈診家がするべきことは「妊娠脈=滑脈」などと丸暗記するのではなく、「何故、妊娠すると滑脈を示すのか?」を理解することです。
これを具体的に言い直すと、妊娠の機序・妊婦さんの生理、そして妊娠期の諸症状の病理を理解することになりますね。

本章では妊娠期の脈の他にも、分娩前の離経の脈や産後の脈についても触れられており、婦人科鍼灸を行う鍼灸師にとっては重要な章ともいえるでしょう。

この妊婦さんの生理とマイナートラブルの病理を始め、産前産後の生理病理について、詳しくは講座「生老病死を学ぶ」鍼灸婦人科にて指導しています。
興味のある方はコチラを参考にしてください。

鍼道五経会 足立

『切脈一葦』これまでの内容

1、序文
2、総目
3、脈位
4、反関
5、平脈
6、胃氣
7、脈状その1〔浮・芤・蝦遊〕
8、脈状その2〔滑・洪〕
9、脈状その3〔数・促・雀啄〕
10、脈状その4〔弦・緊・革・牢・弾石〕
11、脈状その5〔実・長〕
12、脈状その6〔沈・伏〕
13、脈状その7〔濇・魚翔・釜沸〕
14、脈状その8〔遅・緩〕
15、脈状その9〔微・弱・軟・細〕
16、脈状その10〔虚・短〕
17、脈状その11〔結・屋漏・代・散・解索〕
18、脈状その12〔脈絶〕

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