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冷え性の女性にやさしい漢方
当帰生姜羊肉湯という処方がある。
この処方は女性にやさしい薬膳の方面でもよく採り上げられる処方だと思われる。
当帰・生姜・羊肉の三種の生薬(食材?)を煎じることで完成する漢方薬である。そのレシピをみると、冷え性の女性ならずとも、一度は試飲(試食?)してみたい方剤の一つである。
写真:当帰生姜羊肉湯に用いられる生薬、というよりも食材
金匱要略に記される当帰生姜羊肉湯
この当帰生姜羊肉湯は『金匱要略』腹満寒疝宿食病編・婦人産後病編に記されている。各病編における条文を以下に引用しておこう。
腹満寒疝宿食病編において
腹満寒疝宿食病編
条文18)
寒疝、腹中痛及び脇痛裏急する者、当帰生姜羊肉湯之を主る。
〔当帰生姜羊肉湯方〕 当帰(三両) 生姜(五両) 羊肉(一斤)
右(上記)三味、水八升を以て、煮て三升を取る、温服すること七合、日に三服す。
若し寒多き者には、生姜を一斤加える。
痛み多くして嘔する者には、橘皮二両・白朮一両を加う。
生姜を加える者は、亦た水五升を加え、煮て三升二合を取りて之を服する。
■原文
寒疝、腹中痛及脇痛裏急者、當歸生薑羊肉湯主之。
〔當歸生薑羊肉湯方〕 當歸(三兩) 生薑(五兩) 羊肉(一斤)
右三味、以水八升、煮取三升、溫服七合、日三服。若寒多者、加生薑成一斤。痛多而嘔者、加橘皮二兩、白朮一兩。加生薑者、亦加水五升、煮取三升二合服之。
まず「寒疝」という寒邪を主病因とする腹中痛・脇痛を主症状としている。主たる病邪が寒邪であることから、本方(当帰生姜羊肉湯)がもつ温補の性が強いことがわかる。
また当帰と羊肉の組み合わせから、血虚に対するアプローチも推測できる。つまり血虚により生じた隙間に寒邪が居座った。それによって腹中痛が起こる病理を想定できる。
婦人産後病編において
婦人産後病編
条文4)
産後腹中㽲痛、当帰生姜羊肉湯之が主る。并びに腹中寒疝、虚労不足を治する。
当帰生姜羊肉湯方(寒疝中に見ゆ)
■原文
婦人産後病編
産後腹中㽲痛、當歸生薑羊肉湯主之。并治腹中寒疝、虚勞不足。
當歸生薑羊肉湯方(見寒疝中)。
ご婦人の産後に用いられるという点で、“産後血虚”という前提条件を考慮すべきであろう。
血虚を素因とし、そこに寒邪が侵入することで、「㽲痛」(婦人産後病編)、「腹中痛」「脇痛」「裏急」(腹満寒疝宿食病編)などの諸症状が生ずることになる。
煎じてみよう!当帰生姜羊肉湯
『一度、当帰生姜羊肉湯を試食してみたい…』という思いがあったので、羊肉が手に入った機会に「当帰・生姜・羊肉」の三味を煎じてみた。
写真:当帰と生姜と羊肉をお鍋で煎じる。
ネット情報では、漢代の一斤=226.67(g)、一両=14.167(g)、(また一升は1.8l)と推算されている。
このことからも、〔当帰・三両 生姜・五両 羊肉・一斤〕を考えると…
〔当帰・42.501(g) 生姜・70.835(g) 羊肉・226.67(g)〕となる。
ちなみに加黄耆の処方としては黄耆八両(=113.336(g))と『本草綱目』にある。
また、論文「当帰生姜羊肉湯による冷蕁麻疹1例を治療した」(リンク)では、本方分量を「薬用羊肉250 g、生姜5枚、当帰30 g」としている。
これらの情報を参考にすると…羊肉(225~250)、生姜(約70)、当帰(30~43)(単位 g)
おおよその比として〔羊肉50:14:7(黄耆22.7g)〕(単位g)に近づけて料理…もとい製作することにした。但し羊肉は薬用ではなく、食用羊肉であることはいうまでもない。
羊肉を使った処方は当帰生姜羊肉湯だけに非ず!
羊肉を使った処方の数々(24処方)については『本草綱目』の附方に紹介されている。
コチラの記事に引用しているので、興味のある方はご一読されたしである。
ちなみに今回の羊肉方は、実は当帰生姜羊肉湯に黄耆を加えている。その処方は『本草綱目』附方の第一方を参考にしている。
写真:当帰生姜羊肉湯加黄耆の仕上がり
煎じている最中から、なかなかのイイ臭い。煎じる前は『生臭くならないか…』『獣臭くならないか…』と、一抹の不安もあったが、それも杞憂に終わり、むしろ食欲をそそる香りである。
写真:ご婦人方に当帰生姜羊肉湯を試飲してもらう
実際に服用して驚いたことは、まずその温補能力の高いことであった。
この日は朝から気温が下がり、うっすらと寒さを感じる午前中であったが、当帰生姜羊肉湯を飲んでからはポカポカしてきだした。参加メンバーによっては暑くなってきたという意見もあったくらいである。
院内の暖房を止め、窓を開けて、涼しさを求めるほどに温補されたのには驚いた。もちろん、それに見合った脈の変化も確認できたことは言うまでもない。
鍼道五経会 足立繁久