コオロギ(蟋蟀)の噂

最近の昆虫食の話題といえば、「コオロギは微毒であり妊婦さんには禁忌」食材であるという噂。この噂について賛否両論あるようで、なにより目を引くのが「その出典が『本草綱目』にある」ということです。となれば、その情報、確かめてみようじゃあないか!ということで、蟋蟀・文献レポートです

写真はツヅレサセコオロギ(2013.10.24 撮影 於 河内長野市)

ツヅレサセコオロギ(綴れ刺せ蟋蟀)の名前の由来は「昔から、その声を「肩させ、裾(すそ)させ、綴(つづ)れさせ」と聞きなして、人々は着物のほころびを縫(ぬ)い直して冬支度をしたそうです。」(千葉県立中央博物館より)とのこと。

『和漢三才図会』におけるコオロギ(蟋蟀)情報は?

いきなり『本草綱目』に行く前に、ちょっと寄り道、わが国の『和漢三才図会』では蟋蟀(コオロギ)情報はどのように記されているか確認です。

『和漢三才圖會』巻五十三 化生類

蟋蟀 こほろぎ
古保呂木

三才圖會云、似蝗而小正黑而有光澤如漆、有翅及角善跳、以夏生立秋後夜鳴。好吟於土石磚甓之下。………

…(畧)…

蟋蟀 こほろぎ
古保呂木

三才図会に云く、蝗に似て小さし、正に黒にして光沢有りて漆の如し、翅及び角ありて善く跳ぶ。夏以て生じ、立秋の後、夜に鳴く。好みて土石磚甓の下にて吟ず。…(略)…

…と、コオロギの生態について詳述されていますが、コオロギ(蟋蟀)の食物本草的な記載は『和漢三才図会』にはありません。ですので上記引用文も(中略)だらけ。ということで本命の『本草綱目』に進みましょう。

『本草綱目』でのコオロギ(蟋蟀)情報は…

ところが本命の『本草綱目』を調べても蟋蟀の項目がなかなかみつからないのです。

調べに調べてみると『本草綱目』虫部にて“蟋蟀”の語句が登場するのは、虫部二「樗雞」、虫部三「竈馬」、そして虫部四「蜈蚣」の三か所のみ。
そして『本草綱目』巻四十一の虫部三の「竈馬」の附録にて、ようやく“蟋蟀(コオロギ)”をみつけました。
   
※『重刊本草綱目』京都大学付属図書館より引用させていただきました。(左から順に「竃馬」「促織」「虫部二の目次後半」)

※画像をクリック・タップすると京都大学図書館に飛びます

『本草綱目』巻四十一 虫部三

竃馬(綱目)
【釈名】竃鶏(俗名)
【集解】〔時沈曰〕竃馬処処有之、穴竃而居。按酉陽雜俎云、灶馬状如促織、稍大脚長、好穴竃旁。俗言竃有馬足食之兆。
【附録】促織〔時珍曰〕促織、蟋蟀也。一名蛬、一名蜻蛚。
陸璣詩義疏云、以蝗而小正、黑而有光澤如漆、有翅及角、善跳好闘、立秋後則夜鳴。
豳風云、七月在野、八月在宇、九月在戸、十月蟋蟀入我床下、是矣。古方未用、附此以俟。
【氣味】鈌
【主治】竹刺入肉、取一枚搗傳。(時珍)

灶馬・竃馬
【釈名】灶鶏(俗)
【集解】〔時沈曰く〕竃馬処処に之あり、竃に穴して居す。按ずるに『酉陽雜俎』に云く、竃馬の状は促織の如し、稍大にして脚長く、好みて竃旁に穴す。俗に言う竃に馬あれば食を足すの兆なり。
【附録】促織〔時珍曰く〕促織は蟋蟀なり。一名を蛬、一名を蜻蛚とす。
陸璣『詩義疏』に云う。蝗以て(に似て)小さし、正に黒にして光沢ありて漆の如し、翅及び角あり、善く跳ねて闘いを好む。立秋の後、則ち夜に鳴く。
豳風に云う、七月は野に在り、八月は宇に在り、九月は戸に在り、十月は蟋蟀わが床下に入る、是なり。
古方には未だ用いず、此れを附して以て俟(ま)つ。
【氣味】鈌く
【主治】竹刺、肉に入る。一枚を取り搗く傳う。(時珍)

「竃馬」とはあの“カマドウマ”のことでしょう。カマドウマは別名“便所コオロギ”とも子どもたちに称されるほど。確かにカマドウマはコオロギと縁のある生き物かもしれません。

また、コオロギは『本草綱目』では促織と称し、またの名を蟋蟀と記されています。この促織という名の由来は「秋になって女の機織りの仕事を催促するように鳴く虫」とのこと。(『詩経の博物学的研究(2)-虫の博物館(承前)』より)
前述のツヅレサセコオロギ(綴れ刺せ)といい、促織といい、日中ともに情緒あるネーミングですね。

ここで【主治】竹刺入肉(おそらくはトゲ状の竹が刺さった場合)に搗いて用いるとありますが、これはカマドウマ(竈馬)の薬効でしょう(実践することはないでしょうが…)。

となると、コオロギ(促織・蟋蟀)の生薬的性質は分からないまま、なんとも尻つぼみなレポートですが…。
附録として促織(蟋蟀)と記載されている以上、他に独立した蟋蟀の項目の記述は期待できそうにありません。

となると、あのネット情報【コオロギ(蟋蟀)は“微毒”にして“妊婦に禁忌”(『本草綱目』出典)】は何処の情報を根拠としたのでしょうか?

あくまでもこの情報の論拠が『本草綱目』にあるという前提で、もう少しレポートを続けましょう。
ということで、促織(蟋蟀)以外の“蟋蟀”情報を当たってみましょう。

他の情報源 -紅娘子-

虫部二「樗雞(チョケイ)」の項目でも“蟋蟀”が登場します。どうもこの「樗雞」がクサイ(怪しい)ですね。この記載内容がネット情報の出処としてひと役買っているのでは?と私の鼻がそう告げています。以下に樗雞の情報の一部を引用します。

樗雞(本經中品)
【釈名】紅娘子(綱目)灰花蛾〔時珍曰、其鳴以時、故得鶏。名廣雅、作樗鳩。廣志作犨鶏、皆訛矣。其羽文綵。故俗称紅娘子灰花䖸云。〕
【集解】〔別録曰〕生河内川谷樗樹上、七月採、暴乾。…〔恭曰〕河内無此、今出岐州。此有二種、以五色具者爲雄、入藥良。其靑黑質白斑者是雌、不入藥。〔宗奭曰〕汴洛諸界尤多。形類蚕蛾、但腹大、頭足微黒、翅両重、外一重灰色、内一重深紅、五色皆具。〔頌曰〕爾雅云、●(車人虫)天鶏。郭璞註云、小蟲也。黑身赤頭、一名莎鶏。又曰、樗鶏。然今之莎鶏生樗木上、六月中出飛而振羽、索索作聲…(略)…
〔時珍曰〕樗即臭椿也。此物初生、頭方而扁、尖喙向下、六足、重翼黑色。及長則能飛、外翼灰黄有斑点、内翅五色相同。其居樹上、布置成行。秋深生子在樗皮上。
蘇恭、寇宗奭之説得之。蘇頌引郭璞以為莎鶏者、誤矣。莎鶏居莎草間、蟋蟀之類、似蝗而斑、有翅数重、下翅正赤、六月飛而振羽有声、詳見…声有り。詳見陸機毛詳疎義。而羅願爾雅翼、以莎鶏爲絡緯。即俗名紡絲者。
【修治】……
【氣味】苦平、有小毒、不可近目。(別録)
【主治】心腹邪氣、陰痿、益精強志、生子好色、補中軽身。(本経)腰痛下氣、強陰多精。(別録)、通血閉、行瘀血(宗奭)主瘰癧、散目中結翳、辟邪氣、療狾犬傷(時珍)
【發明】弘景曰、方藥稀用、爲大麝香丸、用之。
〔時珍曰〕古方辟温、殺鬼丸中用之。近世方中多用蓋厥陰經藥能行血活血也。普濟方治目翳、撥雲膏中與芫青斑蝥同用。亦是活血散結之義也。

樗雞(本経中品)
【釈名】紅娘子(本草綱目)
灰花蛾〔時珍曰く、その鳴くこと時を以てす、故に鶏(の名)を得。『廣雅』に名を樗鳩と作し、『廣志』に犨鶏と作する、皆な訛なり。其の羽に文綵あり。故に俗称を紅娘子灰花䖸と云う。〕
【集解】〔別録曰〕河内、川谷、樗樹の上に在り、七月に採れ、暴乾す。
……
〔恭が曰く〕河内に此れ無し。今は岐州に出づ。此れ二種有り。五色を以て具わる者は雄と為す、薬に入りて良し。その青黒質にして白斑なる者は是(これ)雌なり、薬に入れず。
〔宗奭曰〕汴洛諸界に尤も多し。形、蚕蛾に類す。但だ腹大にし、頭足は微黒なり。翅は両重、外は一重にして灰色、内は一重にして深紅、五色皆具。
〔頌が曰く〕爾雅に云く、●(車人虫)は天鶏なり。郭璞が註に云く、小蟲なり。黒身赤頭、一名を莎鶏。又曰く、樗鶏と。然るに今これの莎鶏は樗木の上に生じ、六月の中に出飛して羽を振るいて、索索として声を作す…(略)…
……
〔時珍曰く〕樗は即ち臭椿なり。此の物、初生は頭方にして扁なり。尖喙は下に向かい、六足、重翼黒色なり。長ずるに及びて則ち能く飛ぶ。外翼は灰黄色にして斑点有り。内翅は五色相い間る。其れ樹上に居る、布置して行を成す。秋深くして子を生じ、樗皮上に在り。
蘇恭、寇宗奭が説、之を得たり。
蘇頌、郭璞を引て、以て莎鶏と為す者は誤れり。莎鶏は莎草の間に居る蟋蟀の類なり。蝗に似て斑あり、翅有りて数重下翅(あり)正赤なり。六月に飛びて羽を振るいて声有り。詳らかには陸機毛詳の疎義に見たり。而して羅願が爾雅翼に、莎鶏を以て絡緯と為す。即ち俗名、紡絲と名づくる者なり。
【氣味】苦、平、小毒あり、目に近づく可らず。
【修治】・・・
【発明】弘景が曰く、方薬に用いること稀なり。大麝香丸の為に之を用う。
〔時珍曰く〕古方、温を辟り、殺鬼丸の中に之を用ゆ。近世の方中に多く用ゆ。蓋し厥陰経の薬、能く血を行らし血を活する也。『普済方』に目翳を治す、撥雲膏の中に芫青斑蝥と同じく用ゆ。亦た是(これ)活血散結の義なり。
【主治】心腹邪氣、陰痿、(を治し)精を益し志を強くし、子を生じ色を好し、中を補し身を軽くす。(本経)
腰痛、氣を下し、陰を強くし精を多くす。(別録)
血閉を通じ、瘀血を行らす(宗奭)
瘰癧を主り、目中結翳を散じ、邪氣を辟け、猘犬傷を療す(時珍)

ここで記されるのは蟋蟀(コオロギ)に非ず

上記引用文には【氣味】有小毒、【主治】通血閉、行瘀血、【発明】「行血活血」「活血散結」とあり、ネットで噂になった【コオロギ(蟋蟀)は“微毒”にして“妊婦に禁忌”(『本草綱目』出典)】の論拠に近いものを感じます。

しかし“蟋蟀”の文字は登場しますが、当たり前ですが上記内容は蟋蟀(コオロギ)のものではありません。あくまでも上記の薬能は樗雞(チョケイ)に関する情報です。
【集解】の特徴を読むと分かると思いますが、これはコオロギではなく、おそらくはセミの一種でしょう。李時珍の説明「外翼灰黄有斑点」からみて日本のニーニーゼミやアブラゼミのようなカラーリングを想像します。

この樗雞(セミ)の項目に、蟋蟀(コオロギ)が登場させた理由は、以下の通り。
李時珍は、蘇恭や寇宗奭の説を採用しており、蘇頌の説(郭璞の引用)を否定しています。つまりこういうことです。
「蘇頌さんは郭璞さんの説を引用して、樗雞(セミ)のことを莎鶏としてるけどそれは間違ってますよ。莎鶏ってのは莎草の間にいる蟋蟀(コオロギ)の類ですよ。」と説明しており、決してこの紅娘子こと「樗雞」は蟋蟀(コオロギ)ではないのです。

「蟋蟀之類、似蝗而斑、有翅数重……」
ここだけ拾うと『ここにコオロギ(蟋蟀)のことが書かれてる!』と思うかもしれません(ま、そんな読み方する人はいないか…)。

しかし敢えてネットの情報と関連付けるならば・・・
①「蟋蟀之類…」このフレーズだけ読んで「樗雞(チョケイ)=蟋蟀」と勘違いする。
②即ちコオロギ(蟋蟀)の薬能は【氣味】有小毒、【主治】通血閉、行瘀血、【発明】「行血活血」「活血散結」と勘違いする。
③以上の情報から、前述のネット情報【コオロギ(蟋蟀)は“微毒”にして“妊婦に禁忌”(『本草綱目』出典)】に結びついた…と、曲解を承知で推察します。
(※以上の推察は“『本草綱目』が出典”との情報に対する推察です。記事末に『本草綱目拾遺』の情報を加筆しています。)

あとは蜈蚣の項目にも蟋蟀の文字は登場しますが、あまり繋がりは見出せなかったので敢えてここでは採り上げません。

他の情報源「将軍」について -ダイコクコガネ-

ネット情報では蟋蟀の別称として「将軍」「蛐蛐」が挙げられていたので、念のためこの線からも『本草綱目』で確認しておきましょう。
「将軍」の別称を持つ動物性生薬には「蜣螂」があります。
もちろんこの蜣螂も蟋蟀(コオロギ)ではありません。蜣螂は甲虫類に属すダイコクコガネ類のことです。以下に『重刊本草綱目』の「蜣螂」情報を一部引用します。

第四十一巻虫部三
蜣蜋(蜣螂)蛣蜣(音 詰羌)推丸(弘景)推車客(綱目)黒牛兒(同上)鉄甲将軍(同上)夜游将軍
〔弘景曰〕庄子云、蛣蜣之智、在於轉丸。喜入糞土中取屎丸而推却之、故俗名推丸。…
【氣味】鹹寒、有毒
【主治】小児驚癇、瘈瘲、腹脹、寒熱、大人癲疾狂陽。(本經)
手足端寒、肢満賁豚(奔豚)搗、凡寒下部引痔蟲出盡永瘥。(別録)
治小兒疳蝕(藥性)
能堕胎、治㾏忤。和乾薑、傳惡瘡出箭頭。(日華)
焼末、和醋、傳蜂漏(藏器)
去大腸風熱(權度)
治大小便不通、下痢、赤白脱肛、一切痔瘻、丁腫附骨疽瘡癧瘍風、灸瘡出血不止、鼻中息肉、小兒重舌(時珍)

蜣螂の又の名はたくさんありますが、どれも蜣螂の生態をよく表わす名です。陶弘景もそのように言っておられますね。ただ一つ「夜游将軍」というのは傑作なネーミングですが(笑)

さて、この夜遊び将軍こと蜣螂の薬能を部分的にピックアップしましょう。
すると【氣味】有毒、そして【主治】の一つに能堕胎、とあります。ここからネット情報【コオロギ(蟋蟀)は“微毒”にして“妊婦に禁忌”(『本草綱目』出典)】に発展したのでしょうか?
しかし、そもそも蜣螂はダイコクコガネであって、将軍つながりで蜣螂→蟋蟀…と両者の薬能を混同するような可能性は極めて低いでしょう。

ちなみに、もう一つの手がかり“蛐蛐”でも調べましたが、これといった情報はありません。

【コオロギ(蟋蟀)は“微毒”にして“妊婦に禁忌”(『本草綱目』出典)】説や、その真偽やいかに!?

ここにあった!「妊婦に禁忌…」の論拠?

後日捕捉です。『本草綱目』(明代 李時珍)ではなく、『本草綱目拾遺』(清代 趙学敏)に蟋蟀の薬能記載があります。

『本草綱目拾遺』第十虫部

蟋蟀 綱目于竃馬下附促織、僅列其名、云古方未用。附此以俟考。
性通利、治小便閉。
藥性考 蟋蟀、辛鹹温、能発痘、勝於桑蟲、治跌蹼傷小肚、尿閉不出。養素園集験方、用蟋蟀一枚、煎服、立験。
小児遺尿、慈航活人書、取全蟋蟀一个焙末、滾水下、照歳服。如児十一歳者、毎次服一个…。治男婦小水不通、痛脹不止。
集聴、用蟋蟀一个、陰陽瓦焙乾為末、白滾湯下、小児半个即通。
催生、趙際昌云、闘蟲之戯、蟋蟀最盛、其百戦百勝者、俗呼為将軍。其蟲至冬必死、勿輕棄去、留以救産厄、神験。凡産不下、用乾者一枚、煎湯服即生、并無横倒之患。
許景尼云、闘蟋蟀家、冬則封盆、待其自死、成対乾之。留為産科、痘科用。須成対者入藥。
治水蠱、朱斎任城日鈔云、促織可治水蠱。昔有人患蠱百治不効、一日偶飲開水、水中先有促織一対在内、其人倉卒一併呑之。越數日、其病漸消。方知促織可治此症。後傳此方數人、無不験者、一対不足、連服二、三対自効。

蟋蟀 『本草綱目』竃馬に於いて下に促織と附して、僅かにその名を列し、云いて古方に未だ用いず。此こに附して以て考を俟つ、と。
その性は通利、小便閉を治す。
薬性考
蟋蟀 辛鹹 温、能く痘を発し、桑蟲に勝つ。跌蹼、小肚の傷れ、尿閉不出を治する。…(略)…

催生、趙際昌が云う、闘蟲の戯、蟋蟀が最も盛ん、その百戦百勝の者を、俗に呼ぶこと将軍と為す。その蟲、冬に至りて必ず死す。軽々に棄て去ること勿れ、留めて以て産厄を救う、神験あり。凡そ産にて下らざるに、乾者(乾燥した蟋蟀)を一枚、湯に煎じ服す、即ち生まれる、并びに横倒の患い無し。…(後略)…。

氣味は辛鹹 温。微毒の記載はありません。
薬能は主に通利、利尿の性を持つと記載されています。

しかし「催生」の薬能も記されている点に注目です。
「催生」とはお産を促すこと。なかなか産まれず、このままでは難産になるか…という状況を安産に好転させる処方です。おそらくですが、この「催生」の効を以って「妊婦に禁忌」の根拠となったのでしょう。「微毒」の説は何を根拠としたのかは不明ですが。

養殖コオロギでは催生の薬能を持たない?

しかし本文を今一度よく読んでみましょう。
趙際昌の言う「催生」を目的に用いる蟋蟀(コオロギ)はただの蟋蟀ではありません。将軍と呼ばれる蟋蟀を用います。闘蟋(とうしつ)において100勝した蟋蟀を“将軍”と呼ぶらしく、そして100勝した蟋蟀(乾燥・一匹)を煎じて服用します。するとアラ不思議!お産がスムーズに進んで産まれる、とあります。しかも嬉しいことに「横倒(横産・倒産)の患い無し」と、逆子が起こらないとの副次作用も添えられています。

このように、お産に影響を及ぼす蟋蟀の条件は100勝“将軍”クラスのコオロギであることが明記されています。
昆虫食として使用される養殖モノが100勝できるほど“将軍”クラスの蟋蟀の力量をもつとは思えません。それどころか闘蟋で戦うこともできないのではないでしょうか?

『養殖モノだろうと、100勝将軍だろうと、モノは同じじゃないの?』という人もいるかもしれません。
しかし蟋蟀の育て方で個体の性質が大きく異なるようです。

闘蟋に出場するコオロギは基本的に大きな体躯、強いアゴを持つべく、特殊な環境や餌で育てられます。とくに闘蟋育成の環境は一匹ずる隔離して育てられます。これと近い環境(さらに特殊な環境)で育てられたコオロギはどうなるか?そのような実験を行った先生がおられます。
金沢工業大学の長尾先生です。長尾先生の研究では、コオロギを隔離飼育し、さらに遮光隔離・透明隔離・触覚のみ隔離…など様々な条件で隔離飼育したコオロギの攻撃性を調べています。

結果、隔離飼育(とくに視覚聴覚は機能するが触覚を奪われた隔離環境)によるコオロギの攻撃性は非常に高まるとのこと。
また、コオロギの攻撃行動には神経伝達物質や生体アミンが関与していることも示しています。
すなわち飼育環境によって、攻撃行動の頻度が変わります。そして攻撃行動は神経伝達物質や生体アミン・ホルモンに左右されてもいます。

つまり、100戦100勝するくらいの将軍蟋蟀と養殖コオロギとを比べた場合、生薬としては全く異なるものとなっている可能性もありそうです。
この観点からみると、将軍蟋蟀に確実に催生の効能があると仮定すると、新しい陣痛促進剤の素材にもなり得るかも?とも思う次第です。(現行のものにはプロスタグランジン系とオキシトシン系の二種があるようですが)まぁ、思いつきですので、その是非についての議論はご容赦ください。

鍼道五経会 足立繫久

参考資料
『和漢三才圖會』(日本隨筆大成刊行會 発行)
『重刊本草綱目』京都大学付属図書館 所蔵
『本草綱目』(明清名医全書集成『李時珍医学全書』収録.中国中医薬出版社)
長尾隆司:身の丈に合った生活-コオロギから見た人間社会-(PDF
長尾隆司:社会的適応行動の動的モデリングと工学応用-コオロギの喧嘩行動を対象として-(PDFをDL

 

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