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表病に裏滞(痰飲)を挟む五苓散証
『傷寒雑病論類編』(1819年刊 内藤希哲一門)に記載される五苓散についてみてみましょう。本書において五苓散は「太陽病夾痰飲者治法」に記載されています。内藤希哲は、太陽病に裏滞を挟むケースとして「裏滞表病」といった鑑別を行っています。その裏滞の中にも内熱・痰飲・停酒・宿食・気滞・畜血の六種に整理しています。
五苓散証は太陽病に痰飲を挟む病態として説明されています。
※『傷寒雑病論類編』京都大学付属図書館より引用させていただきました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。
※下記文はできる限り原文引用しておりますが、ヿや𪜈などの合略仮名は現代仮名に変換しています。
書き下し文・五苓散
『傷寒雑病論類編』巻四 弁太陽病脈證并治法下第七
太陽病夾痰飲者治法
五苓散方
沢瀉(一両六銖) 猪苓(十八銖、皮を去る) 白朮(十八銖) 茯苓(十八銖) 桂枝(半両、皮を去る)
右(上記)五味擣きて散と為す、白飲を以て和して方寸匕を服す、日に三服。多く煖水で飲み、汗出でて愈ゆ。法の如く消息す。
沢瀉は甘淡寒、水を滲し熱を導き、君と為す。猪苓は甘淡寒、水を行らせること尤も力有り。茯苓は甘淡平、亦た善く水を導き心を安んず、臣と為す。白朮は寒苦温、湿を燥かし土を固める、水停すれば則ち胃土は弱る、土固すれば則ち水は去る、佐と為す。桂枝は甘辛熱、陽氣を発達して表を解する、経絡を宣通して氣を行らす。外は以て表邪を散じ、内は以て苓沢の行水の力を助くる、使と為す。方名の五苓とは、五薬相い合して苓の功を成す也。
脈浮、小便不利、微熱消渇者、宜利小便発汗、五苓散主之。(71条文)
此れ太陽邪熱、膀胱に半入する者也。脈浮なるは邪が表に在る也。小便不利なるは熱、膀胱に入り氣の化せざる也。身に微熱有りて無大熱なるは表邪の裏に半入する也。消渇なるは渇して飲水が善く消して小便少なき也。此れ邪熱の膀胱に在りて津液を燥かし、表邪と内熱が互いに相い牽引して解せざる也。此の如き者は、須らく其の渇を治すべからず。但だ其の小便を利すれば、則ち膀胱の邪熱は随いて去る。其の汗を発すれば、則ち脈浮微熱、及に諸々の表証は皆な退く。表は解して熱去り、津液は自ずと和し、消渇は自ら止む。
○凡そ諸々の五苓散を用いる者は、當に此の條を以て骨子と為す。
壊病篇に曰く、太陽病、発汗して後、大いに汗出で、胃中乾燥し煩し、眠ることを得ず、飲水を得んと欲する者、少少与えて之を飲ましむ。胃氣をして和せしむれば則ち愈ゆる。若し脈浮、小便不利、微熱消渇する者、五苓散これを主る。
前條に曰く、傷寒、汗出でて渇する者は、五苓散これを主る。又、壊病篇に曰く、本(もと)之を下すを以て、故に心下痞す、瀉心湯を与えても痞は解さず、其の人渇して口燥き煩し、小便不利する者、五苓散これを主る。
已上の諸條、皆な此の例に従う也。
○程氏が曰く、或いは問う、“渇”は白虎湯に用いて宜なり。其れ五苓散に用いて津液を走らせるは何ぞや?
(答えて)曰く、白虎の治渇は燥氣の設と為す也。胃火爍肺の故なり。五苓の治水は湿氣の設と為す也。陽水侮心の故なり。凡そ水津の四布すること能わざる者、火は必ず肎(がえん)ぜずに下行する也。其の別(両証の鑑別点)は、口乾くと雖も舌は燥かざるなり。
中風、発熱、六七日にして解せずして煩す、表裏の証あり、渇して飲水を欲す、水入れば則ち吐する者、名を水逆と曰う。五苓散これを主る。
程氏が曰う、太陽の一経に標有り本有り。何を標と謂う?太陽是れ也。何を本と謂う?膀胱是れ也。
中風発熱とは標が邪を受ける也。六七日不解而煩とは標の邪が膀胱に転入するなり。是れ犯本(本を犯す)と謂う。犯本とは熱が膀胱に入る。其の人は必ず渇し、必ず小便不利する、是れ太陽経の裏証を為す。表有りて復た裏有り、宜しく水を消すべし。
乃ち渇欲飲水、水入則吐するとは、邪熱の裏に入ること未だ深からず、膀胱内の水邪方に盛んに縁る、故に外格みて入らざるを以て也。名を水逆と曰う。水逆するときは則ち導水を以て主と為す。而して導水の中に、須らく散表・和胃の二義を兼ねるべし②。
五苓散、能く水道を通調し土氣を培助す、其の中に復た桂枝有り、以て衛陽を宣通させ、停水は散じて表裏和するときは、則ち火熱は自ずから化して、津液は発することを得る③。煩と渇は必ずしも治せずして自ら治まる。
然るに猶(なお)多服煖水、令汗出の如きなるは、上下その水湿を分消する也。是れ則ち五苓散、桂枝麻黄の二湯と、同じ太陽経の薬を為すと雖も、一つは則ち解肌発汗して表を治し、一つは則ち利小便滲熱して裏を治する。標と本、主る所各々に別あるなり。
[参考]……(略)……
五苓散の方意
沢瀉(甘淡寒)の役割りは、水を滲して熱を導きます。
猪苓(甘淡寒)の役割りは、水を行らせることです。
茯苓(甘淡平)もまた水を導きますが、加えて心を安んずる効にも注目です。
白朮(寒苦温)は、湿を燥かし胃土を固める働きを有しています。
桂枝(甘辛熱)は、陽氣を発達して表を解する働きです。
表に陽氣を通達させるということは、経絡を宣通させるということです。その結果、表位の邪を散じ、裏(内)では茯苓沢瀉の行水を助けるのです。
君臣佐使の観点からは、沢瀉が君薬、茯苓が臣薬、白朮が佐薬、そして桂枝を使薬としています。
五苓散証の骨子
「脈浮、小便不利、微熱消渇者、宜利小便発汗、五苓散主之。」と71条文の一部を挙げて、この条文が最も五苓散証の意を表している(骨子)と記しています。
「脈浮」は太陽表病であることを、「小便不利」は太陽膀胱腑の症候を示しており、表病裏滞であることを端的に示していると説いています。
五苓散が有する2つの役割り
条文74の解説として以下の説明が記されています。
「水逆則以導水為主。而導水中、須兼散表和胃二義。」(下線部②)
水逆を治するには導水を主とする。そして導水する中に散表と和胃の二義が含まれているべきである、との意です。
この「散表」と「和胃」が五苓散に含まれている点は納得できます。利水・利尿の中にも「散表」と「和胃」が含まれているべき…なるほど、参考になります。
では「和胃」とはどういうことでしょう?
「五苓散、能通調水道培助土氣、其中復有桂枝、以宣通衛陽、其中復有桂枝、以宣通衛陽、停水散表裡和、則火熱自化、而津液得發、煩與渇、不必治而自治矣。」
下線部③に記されるように、「五苓散は水道を通調しつつも、土氣を助ける」これは佐薬である白朮の薬能が主となります。「また衛陽を宣通させる」これは佐薬である桂枝のはたらきです。この「和胃」と「散表」により、内にあった停水は表位に持ち上げられ、表裏が和するのです。つまり停水のせいで表と裏が不和(に近い)状態にあったとも推測できます。これは「胃中乾」が形成される過程を考えると、なるほど確かに…です。
このように、五苓散証形成の過程から考えると、「胃を和する」ことと「表裏を和する」ことの二つの“和”の意が五苓散の治法の中に含まれているようです。
五苓散の服用法
また服用法にも注目です。五苓散の将息(条文71)には「多飲煖水」とあり、五苓散を暖水で服用しています。漢方薬はたいてい温服するので、珍しくもない記述かもしれません。
しかし、暖水の意図は発汗させることにあります。この点、桂枝湯の将息「歠熱稀粥」の意図と共通しています。
一般的に五苓散は利水・利尿を目的とすると認識されていることが多いと思います。しかし、「利小便」だけでなく「散表」をも目的とする点で、“発汗”をひとつの指標として五苓散の将息法に記されている点は忘れてはならないポイントでしょう。
鍼道五経会 足立繁久
原文 『傷寒雑病論類編』巻四 五苓散方
■原文 『傷寒雑病論類編』巻四 辨太陽病脈證并治法下第七
太陽病夾痰飲者治法
五苓散方
澤瀉(一両六銖) 猪苓(十八銖去皮) 白朮(十八銖) 茯苓(十八銖) 桂枝(半両去皮)
右五味擣為散、以白飲和、服方寸匕、日三服。多飲煖水、汗出愈。如法消息。
澤瀉甘淡寒、滲水導熱為君。猪苓甘淡寒、行水尤有力。茯苓甘淡平、亦善導水安心為臣。白朮寒苦温、燥濕固土、水停則胃土弱、土固則水去、為佐。桂枝甘辛熱、發達陽氣而解表、宣通經絡而行氣、外以散表邪、内以助苓澤行水之力、為使。方名五苓者、五藥相合成苓之功也。
脈浮、小便不利、微熱消渇者、冝利小便發汗、五苓散主之。
此太陽邪熱半入膀胱者也。脈浮者、邪在表也。小便不利者、熱入膀胱氣不化也。身有微熱無大熱者、表邪半入裡也。消渇者、渇飲水善消小便少也。此邪熱在膀胱燥津液、表邪與内熱互相牽引不解也。如此者、不須治其渇、但利其小便、則膀胱邪熱隨去。發其汗、則脈浮微熱、及諸表證皆退。表解熱去、津液自和、消渇自止。○凡諸用五苓散者、當以此條為骨子。
壊病篇曰、太陽病、發汗後、大汗出、胃中乾燥煩、不得眠、欲得飲水者、少少與飲之。令胃氣和則愈。若脈浮、小便不利、微熱消渇者、五苓散主之。
前條曰、傷寒汗出而渇者、五苓散主之。又壊病篇曰、本以下之、故心下痞、與瀉心湯痞不解、其人渇而口燥煩、小便不利者、五苓散主之。
已上諸條、皆從此例也。
○程氏曰、或問、渇用白虎湯宐也。其用五苓散走津液何哉。
曰、白虎之治渇、為燥氣設也。胃火爍肺之故。五苓之治水、為濕氣設也。陽水侮心之故、凡水津不能四布者、火必不肎下行也。其別在口雖乾而舌不燥。
中風、發熱、六七日不解而煩、有表裡證、渇欲飲水、水入則吐者、名曰水逆。五苓散主之。
程氏曰、太陽一經、有標有本。何謂標、太陽是也。何謂本、膀胱是也。
中風發熱、標受邪也。六七日不解而煩、標邪轉入膀胱矣。是謂犯本。犯本者、熱入膀胱。其人必渇、必小便不利、是為太陽經之裡證。有表復有裡、宐可消水矣。
乃渇欲飲水、水入則吐者、縁邪熱入裡未深、膀胱内水邪方盛、以故外格而不入也。名曰水逆。水逆則以導水為主。而導水中、須兼散表和胃二義。五苓散、能通調水道培助土氣、其中復有桂枝、以宣通衛陽、停水散表裡和、則火熱自化、而津液得發、煩與渇、不必治而自治矣。然猶多服煖水、令汗出者、上下分消其水濕也。是則五苓散、與桂枝麻黄二湯、雖同為太陽經之藥、一則觧肌發汗而治表、一則利小便滲熱而治裡。標與本、㪽主各有別矣。
[参考]……(略)……。