『医経解惑論』の約滲法について
江戸期の俊英 内藤敬哲の医書『医経解惑論』から、滲法について学びます。滲法とは聞き慣れない言葉かもしれません。利水・利尿といえば理解しやすいでしょう。
鍼灸の現場でも、利水を加味して治療を組み立てるシーンは多々あります。それだけに利水の意義やその条件などについて、よく理解しておく必要があります。そして、利水と利尿の違いにも整理しておくべきでしょう。
※『医経解惑論』京都大学付属図書館より引用させていただきました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。
■書き下し文 滲法を約する 滲すべからざる諸証を并す
滲とは小便を利するを謂う也。其の用は二有り。
一つは以て下実を泄す。是れ攻下の支法也。一つは以て停水痰涎を導く。
其の法は一ならず。
夫れ下実は邪氣の膀胱に結ぼれるを謂う也。其の病に氣血の分有り。
邪熱の血分に結して畜血と為す者には、桃核承氣湯、抵當湯丸の類を用い、大便より之を下す。
若し邪熱水湿が氣分に結して水道を壅する者には、淡滲の剤を用い、其の小便を利する也。
若し其の痰水の停留が水道に在る者は、膀胱に在らずと雖も、亦た滲剤を用い以て之を利せ。水道とは水液を運化して膀胱を輸するの路を謂う也。『内経』に曰う、水道を通調し膀胱に下輸する是れ也。故に凡そ諸病の水道に関わる者には、皆な宜しく滲剤を用うべし。水道に関わらざる者には、停水痰涎有りと雖も、滲剤を用いるに宜しからず。但だ宜しく証に随いて他薬を用うべし(発汗吐下の類也)。此れ則ち滲剤を用うるの要旨也。
凡そ停水下実の諸証、或いは頭目眩運し、或いは心下動悸、或いは喘欬短氣し、或いは嘔吐痰水、或いは嘔噦悪心、或いは心下支満、或いは腸鳴腹痛、或いは小腹急満、小便不通、或いは小便黃赤にして利せず、或いは大便不利、或いは大便覚えずして水出だす、或いは身体浮腫、或いは渇欲飲冷水、或いは全く渇せず。其の脈浮沈遅数大小弦滑として一ならず。治は皆な宜しく之を滲するべし。其の法、大約するに七有り。
一に曰う、邪熱已に膀胱に入り、水氣と相い搏ちて、表は尚お未だ解せざる者には、當に淡滲と解表を兼ねるべし。五苓散、茯苓沢瀉湯の諸証、是れ也。
二に曰う、邪熱専ら膀胱に入りて燥熱する者には、當に淡滲と滋潤を兼ねるべし。猪苓湯の諸証、是れ也。
三に曰、水湿の内に畜して、水道を壅する者には、當に専ら其の水を利するべし。文蛤散、牡蠣沢瀉散、及び沢瀉湯、猪苓湯、滑石白魚散、蒲灰散、茯苓戎鹽湯の諸証、是れ也。
四に曰う、他病に水停を兼ねる者には、當に其の主薬を用いて滲剤を兼ねるべし。他病とは謂内熱・瘀血・宿食・氣滞の類を謂う也。
夫れ小柴胡加茯苓湯・朮防已湯の諸証。是れ内熱の水氣を兼ねる者也。
四逆散加茯苓、是れは氣滞の水氣を兼ねる者也。
茵蔯蒿湯、已椒藶黃丸の証、是れ裏実に水氣とを相い兼ねる者也。
其の他の諸病も亦た宜しく此の例に従いて治を処すべし。
若し夫れ水氣が或いは表に在り或いは裏に在りて水道と関わらざる者には、滲剤を用いるに宜しからず。
但だ宜しく証に随いて発汗吐下を用うべし。(発汗とは大小青龍湯にて溢飲を治し、越婢湯にて風水を治し、麻黄附子湯・杏子湯にて氣水を治し、各半湯にて水劫熱を治すの類也。吐を用いる者とは、瓜蔕散にて胸上の久痰を治する是れ也。攻下する者とは、大小陥胸湯及び丸・白散・十棗湯・甘遂半夏湯・大黃甘遂湯などの諸証、是れ也)。
五に曰う、虚に水氣を兼ねる者、當に補薬と痰滲を兼ねるべし。虚には陽虚有り陰虚有り。蓋し水液之(これ)周身を滋営する。皆な陽氣の為す所也。故に陽虚すれば則ち多くは水停を致す。茯苓甘草湯・苓桂朮棗湯・苓桂朮甘湯・小青龍去麻黄加蕘花加茯苓二湯、皆な上焦陽虚に停水を兼ねるを治するの設也。半夏瀉心湯・生姜瀉心湯・理中加茯苓湯・甘姜苓朮湯、半夏乾姜散・小半夏湯、皆な中焦陽虚に水氣を兼ねるを治するの設也。真武湯・附子湯・茯苓四逆湯・栝樓翟麦丸、皆な下焦陽虚に停水を兼ねるを治するの設也。
又、腎は膀胱を以て其の腑と為し、而して津液を蔵するを主る。若し腎陰虚すれば則ち膀胱の氣は弱りて水液瘀留を致す。故に腎陰を補うに必ず滲剤を兼ねる。八味丸の茯苓沢瀉是れ也。
或る人の曰く、脾は水精を散ずることを主る。然れば則ち脾虚すれば亦た応じて水停を致す。何ぞ脾陰を補う諸方に淡滲を兼ねるの多からざる也?
(答えて)曰く、脾は水精を主ると雖も、而して腎の専職に如(し)かず也。故に脾陰虚すと雖も、亦た必ずしも脾中に停水せず。若し脾陰弱りて停水を兼ねるときは、宜しく補脾の薬中に淡滲を兼ねるべし。桂枝去桂加茯苓白朮湯の如し是れ也。或いは小建中輩に茯苓等の薬を加えるも亦たこれ有り。但だ常法と為すべからざる耳(のみ)。惟だ脾虚のみならず也、諸臓皆な然り。
六に曰う、水停下実の他病に似る者、但だ當に之を滲すべし、則ち其の余証は自ら除かれる。
夫れ茯苓白朮湯証の頭項強痛、翕翕発熱、無汗、是れ水停の似表病也。
陽明病に猪苓湯・五苓散を用いるの諸証、是れ水停下実の似裏実(証)也。
苓桂朮甘湯証の心下逆満、氣上衝咽喉、及び猪苓湯証の咳嘔心煩は皆な水停下実の似上実(証)也。
猪苓湯証の嘔利、五苓散証の吐水、及び水停諸病の頭眩心悸、皆な水停下実の似裏虚(証)也。甚しき者は或いは小便遺失頻数などの証を致すこと有り。皆な水停と下実に因る。其の氣、発達せずに致す所也。宜しく詳らかにして之を治すべし。
七に曰う、他病の水停下実に似る者、但だ當に其の主病を治すべし、則ち其の仮証は自ら除かれる。夫れ水液は氣に随いて運行す。若し病実するときは則ち其の氣停滯して行らず。虚するときは則ち其の氣衰弱して運らず、(氣が)行らず運せざるときは則ち水液は導を失う、乃ち似水停(証)似下実(証)を致す也。
故に実する者は之を瀉す、則ち氣は條暢して水は自ら行る。虚する者は之を補す、則ち氣は健運して水は自ら流る。
大承氣湯証の小便不利、是れ裏実の似下実(証)也。柴胡加龍骨牡蠣湯、柴胡桂姜湯二証の小便不利、是れ少陽の似下実(証)也。小建中湯、炙甘草湯、桂枝甘草湯諸証の心悸、皆な裏虚の似水停(証)也。桂枝加附子湯及び甘草附子湯二証の小便不利、是れ表裏虚の似下実(証)也。大下の後復発汗、小便不利する者には之を利すること勿れ。及び陽明病に猪苓湯を与うべからざる者、皆な亡津液の似下実(証)也。此の外、理中湯・烏梅丸・四逆湯および諸裏虚証の水停下実(証)に似る者は甚だ多し。誤り之を利すれば、禍い反掌に在り。宜らかに詳らかにして之を治すべし。
凡そ諸裏虚証の小便不利、小腹満する者に、葱一大握を用い、茎葉を連ねて清水より煮て熟す。取り出して水を去り少しく塩を和して湿布を以て之を裹む。熱を乗して其の臍以下を熨する。冷ゆれば則ち之を換える。小便利すれば乃ち止む。予、此の法を用いて人を活かすこと甚だ多し。故に之を録して云う。
滲法について
この下線部①「滲謂利小𠊳也。其用有二。一以泄下實。是攻下之支法也。一以導停水痰涎」この冒頭文は注目です。
滲法の用(目的)には二つあるといいます。
一つは下実を泄すること。もう一つは停水痰涎を導き除くことにあります。ここ重要です。
また、下実を泄らす(瀉する)ことの支法であるという言葉も意義深いと思うのです。
湿痰の脈について
下線部②「其脈浮沈遅數大小弦滑不一」
この文から、湿痰(停水痰涎)の脈状が必ずしも緩・軟・滑だけではないということが分かります。このことは実際の臨床でも確認できることですし、脈理を理解すればよくわかることだと思います。
腎虚には補腎、その前に…
下線部③「若腎陰虚則膀胱氣弱、而致水液瘀留焉。」この病理はよく頭に入れておくべきです。
腎虚とみると「先ず補腎」と思いがちですが、それは早計というもの。腎虚に陥れば、その体はどのような状態に進むのか?臨床家であれば、この病理ストーリーを考える必要があります。
腎は水を主る臓です。その腎が虚すれば、水液の流れにも異常を起こします。それによって生じた瘀濁水毒を取り除く必要があります。ここでは八味地黄丸に組まれている茯苓・沢瀉を例に挙げ、補虚の中に込められた駆水の役割を説いています。
この病理と治病のストーリーは鍼灸師も念頭に置いておくべきでしょう。
鍼道五経会 足立繁久
原文 約滲法 并不可滲諸證
■原文 約滲法 并不可滲諸證
滲謂利小𠊳也。其用有二
一以泄下實。是攻下之支法也。一以導停水痰涎。其法不一。夫下實謂邪氣結於膀胱也。其病有氣血之分。邪熱結於血分、而爲畜血者、用桃核承氣湯、抵當湯丸之類、從大𠊳下之。若邪熱水溼結於氣分、而壅水道者、用淡滲之劑、利其小𠊳也。若其痰水停留在水道者、雖不在膀胱、亦用滲劑以利之。水道者謂運化水液而輸膀胱之路也。内經曰、通調水道下輸膀胱是也。故凢諸病關水道者、皆宜用滲劑。不關水道者、雖有停水痰涎、不宜用滲劑。但宜隨證用他藥(發汗吐下之類也)。此則用滲劑之要旨也。凢停水下實諸證、或頭目眩運或心下動悸、或喘欬短氣、或嘔吐痰水、或嘔噦惡心、或心下支満、或腸鳴腹痛、或小腹急満、小𠊳不通、或小𠊳黃赤不利、或大𠊳不利、或大𠊳不覺出水、或身體浮腫、或渇欲飲冷水、或全不渇、其脈浮沈遅數大小弦滑不一。治皆宜滲之。其法大約有七。
一曰、邪熱已入膀胱、與水氣相搏、而表尚未解者、當淡滲兼解表、五苓散茯苓澤瀉湯諸證是也。
二曰、邪熱専入膀胱而燥熱者、當淡滲兼滋潤。猪苓湯諸證是也。
三曰、水溼畜於内、而壅水道者、當専利其水。文蛤散、牡蠣澤瀉散、及澤瀉湯、猪苓湯、滑石白魚散、蒲灰散、茯苓戎鹽湯諸證是也。
四曰、他病兼水停者、當用其主藥兼滲劑。他病謂内熱瘀血宿食氣滯之類也。夫小柴胡加茯苓湯朮防已湯諸證。是内熱之兼水氣者也。四逆散加茯苓、是氣滯之兼水氣者也。茵蔯蒿湯、已椒藶黃丸證、是裡實與水氣相兼者也。其他諸病亦宜從此例處治。若夫水氣或在表或在裏、而不關水道者、不宜用滲劑。
但宜隨證用發汗吐下(發汗者大小青龍湯治溢飲、越婢湯治風水、麻黄附子湯杏子湯治氣水。各半湯治水劫熱之類也。用吐者瓜蔕散治胸上久痰是也。攻下者大小䧟胸湯丸白散十棗湯甘遂半夏湯大黃甘遂湯、諸證是也)。
五曰、虚兼水氣者、當補藥兼痰滲。虚有陽虚有陰虚、蓋水液之滋營周身。皆陽氣之所爲也。故陽虚則多致水停。茯苓甘草湯、苓桂朮棗湯、苓桂朮甘湯、小青龍去麻黄加蕘花加茯苓二湯、皆治上焦陽虚兼停水之設也。半夏瀉心湯、生薑瀉心湯、理中加茯苓湯、甘薑苓朮湯、半夏乾薑散、小半夏湯、皆治中焦陽虚兼水氣之設也。真武湯、附子湯、茯苓四逆湯、栝樓翟麥丸、皆治下焦陽虚兼停水之設也。
又腎以膀胱爲其府、而主藏津液。若腎陰虚則膀胱氣弱、而致水液瘀留焉。故補腎陰必兼滲劑、八味丸之茯苓澤瀉是也。
或曰、脾主散水精。然則脾虚亦應致水停、何補脾陰諸方、不多兼淡滲也。
曰、脾雖主水精、而不如腎之専職也。故雖脾陰虚、亦不必脾中停水。若脾陰弱而兼停水、宜補脾藥中兼淡滲、如桂枝去桂加茯苓白朮湯是也。或小建中輩加茯苓等藥亦有之。但不可爲常㳒耳。不惟脾虚也、諸藏皆然。
六曰、水停下實之似他病者、但當滲之、則其餘證自除。夫茯苓白朮湯證之頭項強痛、翕翕發熱無汗、是水停之似表病也。陽明病用猪苓湯五苓散諸證、是水停下實之似裏實也。苓桂朮甘湯證之心下逆満、氣上衝咽喉及猪苓湯證之咳嘔心煩、皆水停下實之似上實也。猪苓湯證之嘔利、五苓散證之吐水、及水停諸病之頭眩心悸、皆水停下實之似裏虚也。甚者或有致小𠊳遺失頻數等證焉。皆因水停與下實、其氣不發達所致也。宜詳而治之。
七曰、他病之似水停下實者、但當治其主病、則其假證自除。夫水液隨氣運行。若病實則其氣停滯而不行。虚則其氣衰弱而不運、不行不運則水液失導、乃致似水停似下實也。故實者瀉之、則氣條暢水自行。虚者補之、則氣健運水自流。大承氣湯證之小𠊳不利、是裏實之似下實也。柴胡加龍骨牡蠣湯、柴胡桂薑湯二證之小𠊳不利、是少陽之似下實也。小建中湯、炙甘草湯、桂枝甘草湯諸證之心悸、皆裏虚之似水停也。桂枝加附子湯及甘草附子湯二證之小𠊳不利、是表裏虚之似下實也。大下之後復發汗、小𠊳不利者勿利之、及陽明病不可與猪苓湯者、皆兦津液之似下實也。此外理中湯、烏梅丸、四逆湯、及諸裏虚證之似水停下實者甚多。誤利之禍在反掌。宜詳而治之。
凢諸裏虚證之小𠊳不利小腹満者、用葱一大握連莖葉清水煮熟、取出厺水少和盬以濕布裹之。乗熱熨其臍以下。冷則換之、至小𠊳利乃止。予用此法活人甚多。故録之云。