『奇経八脈攷』その8 衝脈について

衝脈について

『奇経八脈攷』も半ばを過ぎました。今回の主役は衝脈です。
衝脈といえば「一源三岐」。任脈と督脈と起源を共にし、胞中より起こるという奇経です。胞中に起こるという点では生命力に直結します。また胃経と腎経との間を並走する流注を持つ点も生命力に深くかかわることが理解できます。
今回記事では衝脈についてより深く理解を深めることができると思います。


※『奇経八脈攷』(『重刊本草綱目』内に収録)京都大学付属図書館より引用させていただきました
※下記の黄色枠部分が『奇経八脈攷』の書き下し文、記事末青枠内に原文を引用しています。

書き下し文・衝脈

衝とは経脈の海と為す、又曰く血海と。
其の脈と任脈とは皆 少腹の内、胞中に起こる。其の浮にして外なる者、氣街に起こり(一名、氣衝。在少腹毛中の両旁各二寸、横骨の両端、動脈の宛宛たる中に在り。足陽明の穴也)、足の陽明少陰二経の間に並びて、腹を循り上行し横骨に至る(足陽明、腹中行を去ること二寸。少陰、腹中行五分。衝脈は二経の間に於いて行く也。○横骨は陰上横骨の中に在り。宛宛たること偃月の如し、腹中行を去ること一寸半)、臍の左右を侠むこと各五分、上行して大赫(横骨の上一寸。腹中行を去ること一寸半)、氣穴(即ち胞門。一名を子戸。大赫の上一寸、腹中行を去ること一寸半。少陰と衝脈の会)、四満(氣穴の上一寸)、中注(四満の上一寸)、肓兪(中注の上一寸)、商曲(肓兪の上一寸)、石関(商曲の上一寸)、陰都(石関の上一寸)、通谷(陰都の上一寸)、幽門(通谷の上一寸。巨闕の両旁を夾むこと各五分の陥中)に歴し、胸中に至りて散ずる。凡て二十四穴。

『霊枢経』に曰く、衝任は皆な胞中に於いて起こる、上りて背裏を循り、経絡の海と為す。其の浮かびて外なる者、腹の右を循りて上行し咽喉に会し、別れて唇口を絡う。
血気盛んなるときは則ち膚を充たし肉を熱する、血独り盛んなるときは則ち皮膚を滲灌し毫毛を生ずる。婦人の気に於いて有余、血に於いて不足し、月下数(しばしば)脱血するは、任衝並びに脈を傷りて其の口唇を栄せざる。故に髭鬚生ぜず。宦者は其の宗筋を去りて、其の衝脈を傷る。血寫して復せず、皮膚は内に結して、唇口を栄せず。故に鬚亦た生ぜず。天宦は血を脱せず、而して任衝は盛んならず、宗筋は強からず、気有りて血無く、唇口栄せざる、故に鬚亦た生せず。

『素問』水熱穴論に曰く、三陰の交わる所、脚に於いて結する也。踝上各々一行する者、此れ腎脈の下行也。名を太衝と曰う①

王啓玄が曰く、腎脈と衝脈は並びて下行し足を循る、合して盛大なり。故に太衝と曰う。一つに云う、衝脈は氣衝に起こる、衝直にして通ず。故に之を衝と謂う。

『素問』陰陽離合論に曰く、聖人は南面して立つ、前を廣明と曰い、後を太衝と曰う。太衝の地を名けて少陰と曰う。其の衝は下に在り。名を太陰と曰う。

啓玄が曰く、心臓は南に在り、故に前を廣明と曰う。衝脈は北に在り。故に後ろを太衝と曰う。足少陰腎の脈と衝脈と合して盛大なり、故に太衝と曰う。両脈は相い合して表裏と為す也②。衝脈は脾の下に在り。故に其の衝は下に在り、名を太陰と曰う。

『霊枢経』に曰う、帝曰く、少陰の脈は独り下行するとは何ぞ也?
岐伯曰く、然らず。夫れ衝脈は五臓六腑の海也。其の上は頏顙に出て、諸陽を滲みて諸精を灌する。其の下は少陰の大絡に注ぐ。腎下に起き氣街に出る、陰股の内廉を循り、斜めに膕中に入る、骭骨の内廉を伏行して、少陰の経に並び、下りて内踝の後に入り、足下に入る。
其の別(別脈・別支)は少陰に並び三陰に滲み③、斜めに踝に入り伏行し、出て跗に属し、下に属して、跗上を循る。大指の間に入り、諸絡を滲みて足脛肌肉を温むる。故に其の脈は常に動ず。別絡結するときは則ち跗上は動ぜず。動ぜざるときは則ち厥する、厥するときは則ち寒するなり。

王海藏が曰く、手少陽三焦の相火を一府と為し、右腎の命門を相火と為す。心包主(心包・心主)も亦た相火を名づく。其の脈は同じく腎を診し、生気の門と為す④。出でて臍下に治め、三岐に分れて、上衝し臍を夾みて天枢を過ぎ、上りて膻中は両乳間に至る、これ元氣の系る所なり。
又、足の三焦は太陽の別、足太陽の正路に並びて膀胱に入絡し、下焦を約す。
三焦は頭より心に至り、心より臍に至り、臍より足に至る。上中下の三焦を為し、其の実は真の元氣也。故に臓有りて腑無し(有藏無府)と曰う。

『脉訣』に云く、三焦は状(かたち)無く空にして名有り、寄りて胸中膈に在りて相い応ず⑤
一に云う、其の府は氣街中に在り。上焦は胃の上口に在り、治は膻中に在り。中焦は胃管に在り、治は臍旁に在り。下焦は臍下、膀胱上口に在り、治は臍に在り。
経に曰う、原氣は三焦の別使也。腎間動氣は眞元の一氣、分れて三路と為す、人の生命也、十二経の根本也。

李瀕湖曰く、三焦は即ち命門の用、衝任督と相い通ずる者なり、故に此に附著す。

衝脈と腎と少陰大絡と…

衝脈が胞中に起こり、任脈・督脈の両脈と合わせて「一源三岐」を構成することはよく知られています。本文中にも「一源三岐」の言葉こそありませんが、その主旨を示す記述がいくつかありました。
さて、今回の記事では衝脈の流注に注目したいと思います。

下線部①「三陰の交わる所、脚に於いて結する也。踝上各々一行する者、此れ腎脈の下行也。名を太衝と曰う」は『素問』水熱穴論第六十一の引用文です。(※『素問』では「三陰之所交、結於脚也。踝上各一行、行六者、此腎脉之下行也。名曰太衝。」とある)
この文から連想できるのは肝脾腎の三陰経脈と衝脈との三陰交における交会関係です。

衝脈の流注は腹部においては胃経と腎経の間を並走するとありますが、下方に流れる衝脈は「少陰の大絡」に注ぎ、「腎下に起きる」とあります。さらに氣街に出るも「陰股の内廉」「骭骨の内廉を伏行」し、「少陰の経に並び」「内踝の後に入り」「足下に入る」とあり、衝脈と腎との関連、及び衝脈流注と少陰腎経のそれとはかなり重なり合っていると言えます。
このことは王啓玄の言葉「(足少陰腎経・衝脈の)両脈は相い合して表裏と為す也」(下線部②)や「衝脈の別脈・別支は少陰に並び三陰に滲む」(下線部③)と一致するものであります。

これらの情報から、足の三陰経が交差する三陰交に衝脈が重なるということも納得できるかと思います。当然、臨床における三陰交の運用法や三陰交に対する鍼の用い方にも影響することでしょう。衝脈の主治穴は公孫という知識も習いますが、流注を知ることで衝脈に対する治療の選択肢はかなり自由になるのです。

また少陰の大絡についてはコチラの記事を参考にしてください(「少陰の大絡とはなにか?」

衝脈と命門と三焦と…

下線部④「手少陽三焦の相火を一府と為し、右腎の命門を相火と為す。心包・心主もまた相火を名づく。その脈診に於いて同じく腎を診し、生気の門と為す」という王海藏の言葉ですが、命門と三焦の関係から衝脈との関与を示唆しているようです。

続く文「出でて臍下に治め、三岐に分れ、上衝し臍を挟みて天枢を過ぎ、上りて膻中に至る、これ元氣の系る所なり。」と衝脈(もしくは任脈も)流注を連想させる内容を提示し、さらにその後に足太陽の情報を添えることで、衝脈と命門・三焦、そして腎・膀胱の関連を示唆する内容だと推察します。

『脈訣』の三焦の文の確認

また「三焦は状(かたち)無く空にして名有り、寄りて胸中膈に在りて相い応ずる」(下線部⑤)とありますが『脈訣(脈訣刊誤)』では「三焦は状無く腑と為し空にして名有り。寄りて分かれて胸中腹膈に在りて相い応ずる。(三焦無状為府空有名、寄分在胸中腹膈相應)」(該当部リンク)とあります。
「胸中と膈が相応する」だけでは不足だと思いましたので、補足としておきます。

 

鍼道五経会 足立繁久

■原文・衝脉

衝為経脉之海、又曰血海。
其脉與任脉皆起於少腹之内胞中。其浮而外者、起於氣街(一名氣衝、在少腹毛中両旁各二寸横骨両端動脉宛宛中、足陽明穴也)、並足陽明少陰二経之間、循腹上行至横骨(足陽明去腹中行二寸、少陰去腹中行五分、衝脈行於二経之間也。○横骨在陰上横骨中宛宛如偃月、去腹中行一寸半)、侠臍左右各五分、上行歴大赫(横骨上一寸去腹中行一寸半)、氣穴(即胞門。一名子戸。大赫上一寸去腹中行一寸半。少陰衝脉之會)、四満(氣穴上一寸)、中注(四満上一寸)、肓兪(中注上一寸)、商曲(肓兪上一寸)、石関(商曲上一寸)、陰都(石関上一寸)、通谷(陰都上一寸)、幽門(通谷上一寸、夾巨闕両旁、各五分陥中)、至胸中而散。凡二十四穴。

霊枢経曰、衝任皆起於胞中、上循背裏、為経絡之海。其浮而外者、循腹右、上行會於咽喉、別而絡唇口。血氣盛則充膚熱肉、血獨盛則滲灌皮膚生毫毛。婦人有餘於氣、不足於血、月下数脱血。任衝並傷脉不榮其口唇。故髭鬚不生、宦者去其宗筋、傷其衝脉、血寫不復、皮膚内結、唇口不榮、故鬚亦不生。天宦不脱於血、而任衝不盛、宗筋不強、有氣無血、唇口不榮、故鬚亦不生。

素問 水熱穴論曰、三陰之所交、結於脚也。踝上各一行者、此腎脉之下行也。名曰太衝。

王啓玄曰、腎脉與衝脉並下行循足、合而盛大、故曰太衝。一云、衝脉起於氣衝、衝直而通、故謂之衝。

素問 陰陽離合論曰、聖人南面而立、前曰廣明、後曰太衝。太衝之地、名曰少陰、其衝在下、名曰太陰。

啓玄曰、心藏在南、故前曰廣明、衝脉在北、故後曰太衝。足少陰腎脉與衝脉合而盛大、故曰太衝。両脉相合為表裏也。衝脉在脾之下、故曰其衝在下、名曰太陰。

霊枢経曰、帝曰、少陰之脉獨下行、何也。
岐伯曰、不然。夫衝脉者、五藏六府之海也。其上者出於頏顙、滲諸陽灌諸精。其下者注於少陰之大絡、起於腎下出於氣街、循陰股内廉、斜入膕中、伏行骭骨内廉、並少陰之経、下入内踝之後、入足下。其別者並於少陰滲三陰、斜入踝、伏行出属跗、属下、循跗上。入大指之間、滲諸絡而温足脛肌肉。故其脉常動別絡結則跗上不動。不動則厥、厥則寒矣。

王海藏曰、手少陽三焦相火為一府。右腎命門為相火、心包主亦名相火、其脉同診腎、為生氣之門、出而治臍下、分三岐、上衝夾臍過天枢、上至膻中両乳間、元氣所系焉。又足三焦、太陽之別、並足太陽正路入絡膀胱、約下焦。三焦者、従頭至心、心至臍、臍至足、為上中下三焦、其實眞元氣也。故曰有藏無府。
脉訣云、三焦無状空有名、寄在胸中膈相應。一云、其府在氣街中。上焦在胃上口、治在膻中。中焦在胃管、治在臍旁。下焦在臍下、膀胱上口、治在臍。
経曰、原氣者、三焦之別使也。腎間動氣者、眞元一氣、分為三路、人之生命也、十二経之根本也。

李瀕湖曰、三焦即命門之用與衝任督相通者、故附著於此。

 

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