『奇経八脈攷』その13 督脈為病について

督脈為病について

前章の「督脈」に関する記述はとてもとても濃い内容でした。それとは打って変わって、今回の「督脈為病」の内容はあっさりしています。李時珍もペース配分を意識していたのでしょうか。前章の濃い内容に打ちのめされた人は安心して「督脈為病」を読んでください。


※『奇経八脈攷』(『重刊本草綱目』内に収録)京都大学付属図書館より引用させていただきました
※下記の黄色枠部分が『奇経八脈攷』の書き下し文、記事末青枠内に原文を引用しています。

書き下し文・督脈為病

『素問』骨空論に云う、督脈の疾を生ずるは、少腹より心に上衝して痛む、前後すること得ずして、衝疝と為す。女子は不孕、癃閉、遺溺、嗌乾と為す。治は在骨上(謂ゆる腰の横骨の上、毛際の中、曲骨穴也)に在り、甚しき者には臍下の営(臍下一寸、陰交穴也)に在り。

王啓玄が曰く、此れ乃ち任衝二脈の病、何を以て之を督脈に属するかを知らず。①(王啓玄(王冰)の註『王冰註素問』を確認のこと。

李瀕湖が曰く、督脈は背を行くと雖も、而して別絡は長強より任脈に走る者、則ち小腹より直上して、臍中を貫き、心を貫き、喉に入り頤に上り、唇を環りて目の内眥に入る。故に此れらの諸證を顕わす。啓玄(王啓玄)蓋し未だ深く考えざるのみ。②

『素問』曰く、督脈の実するときは則ち脊強ばり反折す。虚するときは則ち頭重く高く之を揺する。侠脊の過有る者は、之を別るる所に之を取る也。

秦越人が『難経』に曰く、督脈の病為(た)るは、脊強りて厥する。

王海藏が曰く、此の病、宜しく羌活、獨活、防風、荊芥、細辛、藁本、黄連、大黄、附子、烏頭、蒼耳の類を用う。

張仲景が『金匱(要略)』に云く、脊強とは五痓の総名、其の証は卒かに口噤し、背反張して瘈瘲す、諸薬已えざるは身柱、大椎、陶道穴に灸すべし。
又曰く、痓家の脈は築築として弦、直ちに上下して行く。

王叔和が『脉経』に曰く、尺寸倶に浮、直上直下するは此れを督脈と為す。腰背強痛し、俯仰すること得ざる、大人は癲病、小児は風癇す。
又曰く、脈の来たること中央浮、直に上下に動ずる者は督脈也。動(ややもすれば)腰背膝寒を苦しむ。大人は癲、小児は癇。宜しく頂上に三壮灸すべし。

『素問』の風論に曰く、風氣が風府を循りて上るときは則ち脳風と為す。風の頭に入り係るときは則ち目風、眼寒を為す。

王啓玄が曰く、脳戸は乃ち督脈、足太陽の会故也。

任督衝は三岐にして一源同体

冒頭の『素問』骨空論の引用文「督脈の疾を生ずるは、少腹より心に上衝して痛む、前後すること得ずして、衝疝を為す。女子は不孕、癃閉、遺溺、嗌乾と為す。」
この病症を冷静にみると、督脈の病症ではなく、すべて任脈衝脈の病症であることが分かります。

陽脈の海であり、脊周囲を流行する督脈が起こす病変は「脊強」「反折」であり、痓病の類を引き起こす可能性もありますので「口噤」「背反張」または「瘈瘲」などの病症が列挙されるのです。

では『素問』の記述が間違いなのか!?というとそうではありません。

ここまで『奇経八脈攷』を読み衝脈任脈の理解を深まれば、説明は不要のことかと思います。
つまるところ、以下の王冰の註文にもあるように「則ち任脈・衝脈・督脈は名を異にして同体なり(由此言之則任脈衝脈督脈名異而同體也)」ということです。
おそらく李時珍はこの「任脈衝脈督脈は異名同体」という意図をもって骨空論の記述を一番に挙げたのでしょう。

王啓玄の言葉の真偽

とはいえ李時珍は「王啓玄曰、此乃任衝二脉之病、不知何以属之督脉。」(下線部①)「啓玄蓋未深考爾。」(下線部②)として、この章に於いて王啓玄(王冰)に対する当たりがなぜか厳しいのが気になります。
下線部①の「王啓玄が曰く、これすなわち任衝二脈の病、何を以てこれを督脈に属したかを知らず。」の文は『素問王冰註』では確認できませんでした。加えて「王啓玄、蓋し未だ深く考えず」(下線部②)とも評価されていますが、『素問王冰註』をみる限り、王冰の任督衝に関する註の内容に個人的には違和感を感じることはありませんでした。どうも「督脈為病」では王啓玄に対して当たりが強いように感じます。

参考までに『素問王冰註』の引用を付記しておきます。

※1『素問王冰註』巻十六 骨空論第六十より

督脈亦奇経也。然任脈衝脈督脈者一源而三岐。故経或謂、衝脈為督脈也。何以明之、今甲乙及古経流注圖経、以任脈循背者謂之督脈、自少腹直上者謂之任脈、亦謂之督脈。是則以背腹陰陽別為名目爾、以任脈自胞上過帯脈貫齊而上。故男子為病内結七疝、女子為病則帯下瘕聚也。以衝脈侠齊而上並少陰之経、上至胸中。故衝脈為病則逆氣裏急也。以督脈上循脊裏、故督脈為病則脊強反折也。

・・・

自與太陽起於目内眥下至女子等並督脈之別絡也。其直行者、目尻上循脊裏而至於鼻人也。自其少腹直上至両目之下中央並任脈之行、而云是督脈所繋。由此言之則任脈衝脈督脈名異而同體也。

・・・

尋此生病正是任脈。経云為衝疝者正明督脈以別主而異目也。何者若一脈一氣而無陰陽之異、主則此生病者、當心背俱痛。豈獨衝心而疝乎。

・・・

……所以謂之督脈者、以其督領経脈之海也。由此三用故一源三岐。……

・・・

此亦正任脈之分也。衝任督三脈、異名同體、亦明矣。……

鍼道五経会 足立繁久

■原文・督脉為病

素問 骨空論云、督脉生疾、従少腹上衝心而痛、不得前後、為衝疝。女子為不孕、癃閉、遺溺、嗌乾、治在骨上(謂腰横骨上毛際中、曲骨穴也)、甚者在臍下營(臍下一寸、陰交穴也)。

王啓玄曰、此乃任衝二脉之病、不知何以属之督脉。

李瀕湖曰、督脉雖行于背、而別絡自長強走任脉者、則由小腹直上、貫臍中、貫心、入喉上頤、環唇而入於目之内眥。故顕此諸證。啓玄蓋未深考爾。

素問曰、督脉實則脊強反折、虚則頭重高揺之、侠脊之有過者、取之所別也。

秦越人、難経 曰、督脉為病、脊強而厥。

王海藏曰、此病宜用羌活 獨活 防風 荊芥 細辛 藁本 黄連 大黄 附子 烏頭 蒼耳之類。

張仲景、金匱 云、脊強者、五痓之總名、其證卒口噤、背反張而瘈瘲、諸薬不已、可灸身柱、大椎、陶道穴。
又曰、痓家脉、築築而弦直上下行。

王叔和、脉経 曰、尺寸倶浮直上直下、此為督脉。腰背強痛、不得俯仰、大人癲病、小兒風癇。
又曰、脉来中央浮、直上下動者、督脉也。動苦腰背膝寒、大人癲小兒癇、宜灸頂上三壮。

素問 風論曰、風氣循風府而上、則為脳風、風入係頭、則為目風、眼寒。

王啓玄曰、脳戸乃督脉、足太陽之會故也。

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