『脾胃論』の胃気が下に溜れば五臓の氣は皆乱れ…

脾胃論 胃氣下溜五藏氣皆亂其為病互相出見論 の読みどころ

『東垣鍼法を理解するために…』企画の第4弾記事は『脾胃論』の胃氣下溜五藏氣皆亂其為病互相出見論です。本論は非常に興味深く且つ難解な内容だといえます。
中でも『霊枢』にある鍼法概念「同精」「導氣」が李東垣によって生薬理論に再現されている点は注目に値すると言えます。
このような李東垣がイメージしたであろう鍼治イメージ・経穴概念などを理解しようと試みることは鍼灸師として大いに意義のあることだと言えるでしょう。

ちなみに本章の記事を書くために『霊枢』五乱篇、及び『難経』四十九難五十難六十七難六十九難の記事を下準備してきました。
つまり李東垣の医学は黄帝内経そして難経の医学観に基づくということも伝えておきたい点です。このことは『鍼灸聚英』の東垣鍼法の冒頭文にも記されています。

『脾胃論』中巻 胃氣下溜五藏氣皆亂其為病互相出見論
※画像・本文ともに『脾胃論』(足立鍼灸治療院 蔵)より引用させていただきました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

『脾胃論』中巻 胃氣下に溜れば五藏氣皆亂れて其の為す病は互い相出して見るの論 の書き下し文

書き下し文「胃氣下に溜れば五藏氣皆亂れて其の為す病は互い相出して見るの論」

黄帝曰く、何をか逆而して乱るると謂う?
岐伯曰く、清氣は陰に在り、濁氣は陽に在り、營氣は脈に順うも、衛氣は逆行する。清濁相い干かし、胸中に乱れる、是を大悗を謂う。
故に氣は心に乱れる、則ち煩心し密嘿(黙)して、俛首静伏す。
肺に乱れるときは則ち俛仰して喘喝し、手を接し以て呼す。
腸胃に乱れるときは則ち霍亂す。
臂脛に乱れるときは則ち四厥と為す。
頭に乱れるときは則ち厥逆を為し、頭重、眩仆する。

▸大法に云う、下従(よ)り上る者、引きて之を去る。
又、法に云う、経に在る者は宜しく之を発すべし。

黄帝曰く、五乱なるには、之を刺すに道の有るや?
岐伯曰く、道有りて以て来たり、道有りて以て去る。審らかに其の道を知る、是を身寶(宝)と謂う。
黄帝曰く、善し。願くば其の道を聞かん。
岐伯曰く、氣の心に在る者は、之を手少陰心主の輸に取る。〔神門・大陵〕

滋するに化源を以てするは、補うに甘温を以てす、瀉するに甘寒を以てす。酸を以て之を収す、小苦を以て之を通ず。微苦辛甘軽剤を以て同精、導氣し、其の本位を復さしむる①

氣の肺に在る者は、之を手太陰榮、足少陰輸に取る。魚際并びに太淵の腧

▸太陰は苦甘寒を以てす、乃ち胸中の氣に於いて乱れるは、分化の味を以て之を去る。
若し痿を成す者は、以て湿熱を導く。
若し善く涕多きは權従(よ)り治するに、辛熱を以てす。仍(なお)胃氣を引き前より陽道に出だす。湿土をして腎を尅せしめず②。其の穴は太谿に在り。

氣の腸胃に在る者は、之を足太陰陽明に取る、下らざる者は、之を三里に取る。〔章門、中脘、三里〕

▸足太陰の虚に因る者、募穴の中に於いて、之を血中に於いて導引す。
一説有り、腑の腧は腑病を去る也。胃虚して太陰の禀る所の無きことを致す者は、足陽明胃の募穴の中に於いて、之を引き導く③。如(も)し氣逆上し、霍亂と為す者は、三里を取る。氣下りて乃ち止む。下らざれば復た始む。

氣の頭に在る者は、之を天柱大杼に取る、知らざれば、足太陽の榮輸を取る。〔通谷 深(く取る)。束谷(束骨)深(く取る)〕。

▸先に天柱大杼を取りて、補さず瀉さず、導氣を以てするのみ④。足太陽膀胱経の中に取りて、補さず瀉さず、深く通谷束骨に取る。丁心火、己脾土、穴中に以て引導して之を去る⑤
如(も)し薬を用いるは太陽引経の薬の中に於いて、少しく苦寒甘寒を加え、以て導き之を去る⑥。清涼、之が輔佐及び使(薬)為り。

氣の臂足に在るは、之を取るに先に血脈を去り、後に其の陽明少陽の榮輸を取る。〔三間、深く之を取る。内庭、陥谷、深く之を取る。〕

其の足臂の血絡を視て、盡く之を取る、後に其の痿厥を治する。皆、補さず瀉さず。
陰従(よ)り深く取る、引きて之を上らする者は、出す也、去る也⑦

皆、陰火の有余、陽氣の不足、地中に伏匿する者は、血榮也。
當に陰従(よ)り陽を引くべし。
先に地中に於いて陽気を升挙する、次に陰火を瀉する。乃ち導氣同精の法なり⑧

黄帝曰く、補寫奈何?
岐伯曰く、徐ろに入り徐ろ出す、之を導氣と謂う。補瀉無形、之を同精と謂う。
是(これ)有余不足に非ざる也。乱氣の相逆する也。
黄帝曰く、允(まこと)なる哉、道の明らかなる哉、その論。請う之を玉版に著わし、命じて治乱と曰う也。

同精・導氣によって本位を回復させる…とは?

本章は『霊枢』五乱篇の文をベースとして構成されています。
▸マークから始まる段落が李東垣の註文です。『霊枢』五乱篇を、李東垣の世界観・医学観でみるとこのようになるのか…と、大いにインスパイアを受ける章であります。

さて下線部①です。
「滋するには化源を以てする。補うには甘温を以てする。瀉するには甘寒を以てする。酸を以て之を収す。小苦を以て之を通ずる。そして微苦辛甘の軽剤で以て同精、導氣して、その本位を回復させる。」

生薬理論で書かれており具体的にイメージしやすい文ではないかと思われます。
滋するには化源を以てする(滋以化源)、この化源という言葉は『脾胃論』に散見でき、その意味は厥陰心主を指しています。
私の解釈としては「心主は腎間動氣と同質異位(異位同質)の存在」とみています。両者ともに生命力としての相火であることは間違いありません。下焦に在っては腎間動氣、上焦に在っては心主として生命力の主宰としています。この解釈は江戸期の広岡蘇仙が『難経鉄鑑』に提唱しているものを採用しています。

さて、なぜここで腎間の動氣(下焦包絡の火)ではなく、生化の源を提示してきたのか?
「東垣鍼法から陰火学説を考える」のネタバレになるのでこの辺りで留めておきますが、「軽剤で以て同精・導氣する」そして「同精・導氣してその本位を回復させる」という言葉がヒントです。

おまけ・四大鍼法と薬効

ネタバレなのでここまで…というのも芸がないので、記事に書いていないことを補足しておきましょう。

鍼法においては『霊枢』九鍼十二原にあるように「実」「泄」「除」「虚」の四大鍼法があります。
これら四大鍼法を上記の薬効でいうと「滋」「補」「瀉」「収」「通」に対比させることができます。

であれば「徐ろに入り徐ろ出す(徐入徐出)」「補瀉の形無し(補寫無形)」という鍼法は、「微苦辛甘の軽剤」との対比となる…と私は読みました。
このように同精・導氣と微苦辛甘の軽剤(補中益気湯)の役割りを考えると下線部④の「…補さず瀉さず、導氣を以てするのみ…」とある文も分かりやすいのではないかと思います。

いずれにせよ、下線部④の「不補不瀉」そして下線部⑤の治法のように、他位で駆邪を行う治法ではないことが伝わります。これも難経六十九難の「不実不虚、以経取之」の文意と重なるように感じます。
以上のように読むのであれば、他位への大きな干渉を行わず(不補不瀉)、それを導氣・同精としているかのようです。
以上のことから、李東垣の処方構成はかなり繊細な印象を受けます。

おぼろげながら見えてくる李東垣の医学観のスゴさ

下線部⑦「補さず瀉さず、陰より深く取る、引きて之を上らす者とは、出す也、去る也。」
下線部⑧「先に地中に於いて陽気を升挙する、次に陰火を瀉する。乃ち導氣同精の法なり。」

下線部⑦と⑧は秀逸にして難解です。というよりも本章本論そのものが秀逸にして難解です。

✓まず導気同精を理解し、その治療観を構築している点
✓それを湯液に置き換えている点
✓その上で湯液と鍼術とを両立させて治療戦略を構築している点

と、このように難しいハードルを3つもクリアした医学観を文章化しているのが本論です。
さらに凄い点は、以上の3つのハードルは李東垣が構築した陰火病態に則して治病理論を構築しているという点です。

もちろんこれらの解釈は私なりに考察・理解した東垣鍼法です。
しかし以上のことから分かりますように、東垣鍼法には「陰火」というフレーズが頻出します。つまり東垣が構築した陰火という生命観を理解せずには使えない鍼法であります。
(そもそも本章のタイトルが胃氣が下に溜まるとき五臓の氣が皆乱れて…云々は陰火病態の一連の流れの一つです)
言い換えると、東垣鍼法から陰火を見直すことで、陰火学説の解釈の是非が自ずと分かるのではないか???…と、考えて原稿にしたのが「東垣鍼法から陰火学説を考える」(『中医臨床』2022年6月号に掲載予定)なのです。

ちなみに本章本論の文に各所に下線部を引いていますが(①~⑧まで)、下線部すべてに解説を入れると完全に記事のネタバレになりますので、本記事では以上の内容に留めさせていただきます。

鍼道五経会 足立繁久

凡治病當問其所便 ≪ 胃氣下溜五藏氣皆亂其為病互相出見論 ≫ 陰病治陽 陽病治陰

原文 『脾胃論』中巻 胃氣下溜五藏氣皆亂其為病互相出見論

■原文 『脾胃論』中巻 胃氣下溜五藏氣皆亂其為病互相出見論

「胃氣下溜五藏氣皆亂其為病互相出見論」黄帝曰、何謂逆而乱?
岐伯曰、清氣在陰、濁氣在陽、營氣順脈、衛氣逆行。清濁相干、亂於胸中、是謂大悗。
故氣亂於心、則煩心密嘿(黙)、俛首静伏。
亂於肺則俛仰喘喝、接手以呼。亂於腸胃則霍亂。亂於臂脛則為四厥。亂於頭則為厥逆頭重眩仆。

▸大法云、従下上者、引而去之。又法云、在経者宜発之。

黄帝曰、五亂者、刺之有道乎。
岐伯曰、有道以来、有道以去。審知其道、是謂身寶。
黄帝曰、善。願聞其道。
岐伯曰、氣在於心者、取之手少陰心主之輸。神門・大陵

▸滋以化源、補以甘温、瀉以甘寒、以酸収之、以小苦通之、以微苦辛甘軽剤同精導氣、使復其本位。

氣在於肺者、取之手太陰榮、足少陰輸。魚際并太淵腧

▸太陰以苦甘寒、乃亂於胸中之氣、以分化之味去之。若成痿者、以導濕熱。若善多涕従權治、以辛熱。仍引胃氣前出陽道、不令濕土尅腎。其穴在太谿。

氣在於腸胃者、取之足太陰陽明、不下者、取之三里。章門、中脘、三里

▸因足太陰虚者、於募穴中、導引之於血中。
有一説、腑腧去腑病也。胃虚而致太陰無所禀者、於足陽明胃之募穴中、引導之。
如氣逆上、為霍亂者、取三里。氣下乃止。不下復始。

氣在於頭者、取之天柱大杼、不知、取足太陽榮輸。通谷、深。束谷(束骨?)、深。

▸先取天柱大杼、不補不瀉、以導氣而已。取足太陽膀胱経中。不補不瀉、深取通谷束骨。丁心火己脾土、穴中以引導去之。如用藥於太陽引経薬中、少如苦寒甘寒、以導去之。清涼為之、輔佐及使。

氣在臂足、取之先去血脈、後取其陽明少陽之榮輸。三間、深取之。内庭、陥谷、深取之。

▸視其足臂之血絡、盡取之、後治其痿厥。皆不補不瀉。従陰深取、引而上之者、出也、去也。皆陰火有餘、陽氣不足、伏匿於地中者、血榮也。當従陰引陽。先於地中升擧陽氣、次瀉陰火。乃導氣同精之法。

黄帝曰、補寫奈何?
岐伯曰、徐入徐出、謂之導氣。補寫無形、謂之同精。是非有餘不足也。亂氣之相逆也。
黄帝曰、允乎哉道、明乎哉論。請著之玉版、命曰治亂也。

 

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