難経一難の書き下し文と原文と…

鍼灸師になじみの深い古典、難経

難経八十一難は鍼灸師にとってはなじみの深い古典といえるのではないでしょうか?
とくに難経六十九難の「虚すればその母を補い、実すればその子を瀉す」というフレーズは鍼灸学生の頃から耳にする古典の一節といえます。

さて難経はその冒頭一難から脈診について説く難が続きます。脈診の師・馬場乾竹先生より難経脈診について一難から二十一難まで親しく教えを受けたことが思い出されます。
教わったことをそのまま記事にはできませんが、あれから臨床経験と重ね、さらに古典文献を読むことで、私なりに難経の脈診章を読むことができるようになったかと思います。ということで、しばらくは難経の脈診章について記事にしようと思います。

難経一難のコンセプト

一難では広義の寸口脈について説いています。
『なぜ寸口脈だけで五臓六腑の病や死生吉凶を推し測ることができるのですか?』という問いから始まるのがこの書の慎重さを感じます。

寸口脈のみで脈診を行う法と対極にあるのが、素問の三部九候脈診です。この脈法は人体を天人地の三部に分け、さらに各部の天人地の部位を診る脈法です。
他にも複数部位の脈と寸口脈とを比較してみる法に『霊枢』における人迎脈口脈診があります。
これら身体の各部の脈を詳細に診る法に対して、寸口脈の一所だけで診察を済ませてしまう法は、非常に画期的であったことでしょう。それだけに寸口脈法の根拠を冒頭一難にて説いていると思われます。

では早速難経一難本文を読みすすめてみましょう。


※『難経評林』京都大学付属図書館より引用させていただきました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

難経一難の書き下し文

書き下し文・難経一難

一難に曰く、十二経には皆動脈あり。独り寸口を取り、以て五臓六腑、死生吉凶を決する法は、何の謂い也?

然り。
寸口は、脈の大会。手太陰の脈動也。
人は一呼に脈行くこと三寸、一吸に脈行くこと三寸。呼吸定息にして脈行くこと六寸。
人、一日一夜に一万三千五百息、脈の行くこと五十度にして身を周する。
漏水の下ること百刻。
栄衛は陽を行ること二十五度、陰を行ること亦た二十五度を、一周と為す也。故に五十度にして、復た手太陰に会する。
寸口は五臓六腑の終始する所。故に法を寸口に取る也。

動脈という言葉に注意

冒頭の言葉「十二経に皆動脈あり」「手の太陰の脈動也」という言葉から、現代の感覚のままで読んでしまうと「動脈(artery)」と自動翻訳することが多いと思われます。

かの滑伯仁も『難経本義』において「手太陰の脈は中府雲門天府侠白、手陽明脈は合谷陽谿、手少陰脈は極泉…」と動脈拍動部らしき註文を記しています。ただし、この経穴ラインナップも純粋に動脈拍動部として挙げているのかも疑問ではあります。もし動拍部であれば、手少陰脈では神門も加えてしかるべきだと思うのですが、いかがでしょう。

しかし滑伯仁のこの動脈拍動部の説には異を唱えたいと思います。

そもそも文脈からみても動脈(artery)ではないことは一目瞭然ですね。
この「脈」という文字をどのように解するか?で脈診のセンスが問われる文であると思います。

難経八十一難の首編となる本難には、重要な内容が複数記されています。その一つが呼吸と脈と氣の関係です。

息数と脈と氣と…

人の一呼一吸を定数とし、脈行を六寸とします。この脈行の話は二十三難に繋がります。

この脈診の大前提といえるこの生理学はそもそも『素問』『霊枢』にあります。平人気象論五十営篇はその代表です。診法や治術の基盤となる情報が一難に提示されています。

しかし『霊枢』(営衛生会篇)と異なる点も見受けられます。
この一難では「栄衛は陽を行ること二十五度、陰を行ること亦た二十五度を、一周と為す也。」とあります。この文の表現には個人的に異を唱えたいところです。
脈度と榮の関係、陰分陽分と衛の関係を明確にすべきと思うのですが、扁鵲にはまた別の真意があったのかもしれませんね。

死生吉凶をみる脈診とは

死生吉凶を脈で診るということは生命そのものを脈で観るということでもあります。

故に本難では、藏腑や死生吉凶という根本的・根源的なものを対象とした診法として寸口脈診を提示しています。この点は難経八難に通ずる話でもあります。

また提示される根拠として、栄衛の流行とその規則性、時間(天地の氣の運行)を挙げています。人体が生命を維持するための恒常性の拠り所として、天地の氣の運行を選んでいる点が、難経の生命観として感じられる内容です。この点は『素問』平人気象論や玉機真藏論などと異なる生命観だと感じます。

余談ながら「寸口者五藏六府之所終始」という言葉からは胃氣と関係しているテイストも仄かに感じられますが、本記事ではこの点に関しては保留とさせていただきました。

鍼道五経会 足立繁久

難経一難 ≫ 難経二難

原文 難経一難

■原文 難経一難 

一難曰、十二経皆有動脉。獨取寸口、以決五藏六府、死生吉凶之法、何謂也。

然。
寸口者、脉之大會。手太陰之脉動也。
人一呼脉行三寸、一吸脉行三寸。呼吸定息、脉行六寸。
人一日一夜一萬三千五百息、脉行五十度、周於身。漏水下百刻。榮衛行陽二十五度、行陰亦二十五度、為一周也。故五十度、復會於手太陰。寸口者五藏六府之所終始。故法取於寸口也。為所終始。故法取於寸口也。

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