難経三十二難では心肺と栄衛そして膈を学ぶ

難経 三十二難のみどころ

本難では心肺の二臓を説きつつ、栄衛について論じている。

なぜ心肺の二臓だけ膈上にあるのか?
他の臓腑はみな膈下に在るのに。仲間外れではないか?という問いから本文が始まる。

膈は浄不浄を分ける機関であり、特に君主と宰相にも譬えられる重要臓器である心肺は濁なるものに侵されざるべきものである。故に膈にて隔てることで清浄なる環境を作っているのだ…という説もある。
しかしそれだけでは本難の解説としては不足である。個人的には心肺と栄衛の関係を掘り下げたいところである。心肺と膈からみた栄衛相随を見直すという点では三十難と合わせて読むと良いでしょう。


※『難経本義』京都大学付属図書館より引用させていただきました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

難経 三十二難の書き下し文

書き下し文・難経三十二難

三十二難に曰く、五臓俱に等しくして、心肺は独り膈上に在る者は何ぞ也?

然り。
心は血、肺は氣。血は栄を為し、氣は衛を為す。相い随いて上下す。之を栄衛と謂う。経絡を通行し、外に於いて営周す。故に心肺をして膈上に在らしむる也。

心肺と栄衛

本文では心は血・栄、肺は氣・衛の担当とし、栄衛相随を示している。

栄衛相随についてはすでに難経三十難にて詳解されたが、念のため確認しておこう。栄衛相随とは、衛気と栄気は互いに関係し合い、人体を流行周流しつつも、それぞれの役割りを果たしている…ということである。この栄気衛気の周流が途絶えた時、人は死ぬのである。故にその生命にかかわる重要性を比喩して、心は君主、肺は宰相である、とも譬えられている。

肺の性質を譬える言葉にもう一つ「肺は橐籥(たくやく・ふいごの意)」という表現がある。この譬えも言い得て妙であり、肺と氣の働きについてよく言い表している。しかし、これだけでは栄衛相随の様子は分からない。

だがしかしその前に膈について一旦触れておこう。

膈の役割り

前述のように心肺の性質・機能を踏まえると膈(鬲)の存在たるや、極めて重要なものとなる。滑伯仁は『難経本義』において次のような記述をしている。

『難経本義』

「心は栄気、肺は衛気を経絡に通行す、外に於いて営周するとは猶(なお)天道の上に於いて運するが如き也。鬲とは隔なり。凡そ人の心下に鬲膜有りて脊脇と周回して相い著く。濁気を遮隔して心肺に於いて上熏せしめざる所以なり。」

■原文「心榮肺衛通行経絡、營周於外猶天道之運於上也。鬲者隔也。凡人心下有鬲膜與脊脇周回相著所以遮隔濁氣不使上熏於心肺也。」

栄気衛気を主る心肺が濁気にまみれされる訳にはいかないのは当然である。
心肺のすぐ下には中焦・胃腑がある。ここは飲食により摂り込んだ水穀を腐熟していることは前三十一難に記している通りである。この腐熟物を濁気とみることに違和感はないだろう。
例えば、嘔吐した際その吐瀉物が気道(肺系)に入り誤嚥性肺炎を起こす事例がある。これも濁気が肺を傷害している病症と言える。
このようにしてみると膈(鬲)とは隔であること、その機能のひとつとして心肺を濁から守る隔壁として存在していることに異議はないだろう。臨床では濁の存在が膈を詰まらせる一因としてよく脈診や腹診で触知できる。

しかし衛気栄気について触れておきながら、膈を隔壁のみとしかみないのは膈を理解するには不十分である。
なぜなら膈の存在こそが栄衛を推動させる原動力のひとつであるからだ。

ここから先に言及する膈とは、どちらかと言えば横隔膜(西洋医学的な)のニュアンスが含まれていることを最初に断っておく。

さて、西洋医学における横隔膜は筋肉で構成されており、呼吸活動において重要な役割を果たす。前述の肺は藁籥(たくやく・ふいご)の役割りがまさにそれである。このようにみると肺の働きは横隔膜の機能を含んでいると解釈するこも可能であろう。
横隔膜の収縮と弛緩により呼と吸が行われるのだが、この横隔膜の動きによって呼吸の質は変わる。横隔膜の収縮が不十分だと吸気は浅くなり、呼吸の質が低下する。横隔膜の収縮が不十分になる理由はいくつかあるが、横隔膜の緊張や筋力の低下などは鍼灸師でなくてもイメージしやすい。
また心下痞や肩背部の強張りなど、横隔膜や呼吸器周辺の緊張など複合的に絡み合った呼吸の質の低下は臨床的に多くみられるものである。
さて衛気と栄気に戻ろう。

栄衛相随とは

筆者は人体における衛気と栄気の存在について非常に興味があり、治療の時以外にもよく氣を観察している。
この氣の観察とは格好良い言葉に直すと“氣功”とも言い表せる。この氣の観察を氣功とするなら、筆者はランニングしながらも氣功を行う。(週一ペースで約10kmをRun & Walkを行うこと、かれこれ半年になる。もし興味があれば詳しくは『コロナ禍で学んだ疑似的老化と冬の養蔵』を参照のこと)

なぜランニングなのか?

ランニングは心肺と栄衛の動きを観察するのには、非常に分かりやすい条件を揃えているのだ。
まず呼吸が早くなり、次いで心拍数が上がる。そして体温上昇、さらに発汗がみられる。
これらの身に起こる全ての現象は、心肺と栄衛の働きが軸となっている。もちろん軽走時と疾走時、疾走後で氣の動き、呼吸の質は異なる。衛気主導になるか栄気主導になるかは、運動により(言い換えると呼吸により)異なるのだ。これは人体という器を冷静にみるとよくできた氣のシステムなのだ。

もちろん、ランニングという運動を行うには筋骨(肝腎)の存在も必須ではあるが、呼吸を主導とした運動時に栄衛がどのような動きを見せるか?この栄衛相随のようすは静功だけでは実感できないし、また対人的な運動(例えば武術など)だと複雑すぎて分からない。
またランニングのペースによって、膈(横隔膜)の負荷やその動きを冷静に観察できるのも、ただ走るだけのランニングのメリットといえるだろう。

ちなみに、ランニングで栄衛の観察するならば、春夏秋冬と日中夜間の違いを区別しながら行うと良いと思われる。
…と、このように色々と条件を変えて衛気栄気、陽気・表気や水の動きを観察すると文献に記されている氣というのものがどのように人体を運行しているのかがリアルにイメージできる。

鍼道五経会 足立繁久

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原文 難経 三十二難

■原文 難経 三十二難

三十二難曰、五藏俱等而心肺獨在膈上者何也。

然。
心者血、肺者氣。血為榮、氣為衛。相隨上下、謂之榮衛。通行経絡、營周於外。故令心肺在膈上也。

 

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