難経八難の書き下し文と原文と…

難経 八難のみどころ

難経八難には腎間の動氣という概念が登場してきます。この腎間の動氣は命門と同様に生命に深くかかわる概念的器官です。
まず本難はこのような問いから始まります。
「寸口脈には異常がないのに突然死ぬ人がいる。それは何故か?」
そしてこの回答に「腎間動氣という根本が枯れてしまうと、枝葉(寸口脈)は一見元気にみえてたとしても枯れてしまうのだ。」との譬えで結論付けてしまいます。

正直に言いまして私はこの譬えと答えについて、長らく納得できていませんでした。しかし李東垣の陰火学説をまとめた時にこの八難の話が非常にスッキリと腑に落ちたのです。
※陰火学説のまとめについては「陰火学説を素霊難および脈診の観点から考察する」(『中医臨床』165号 vol.42-No.2)を参照のこと


※『難経経釈』京都大学付属図書館より引用させていただきました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

難経 八難

書き下し文・難経八難 

八難に曰く、寸口脈が平にして死する者とは、何の謂い也?

然り。
諸々の十二経脈は、皆な生氣の原に係る。
所謂、生氣の原とは、十二経の根本を謂う也。
腎間動氣を謂う也。此れ五臓六腑の本、十二経脈の根、呼吸の門、三焦の原、一名守邪の神。

故に氣は人の根本也。
根が絶するときは則ち茎葉は枯れる。
寸口脈の平にして死する者は生氣独り内に於いて絶する也。

寸口でみる脈氣とは?

まずはじめに、寸口脈で診ている脈気は十二経の脈気である、これは一難に書かれてある大前提として本難の話があります。

「そもそも脈診ではナニを診ているのですか?」
このように脈診の講座で皆さんに問うことがあります。

しかし、この問いに答えるには脈診について本質的な理解が必要です。

十二経脈は生気の原に係る

十二経脈は生気の原に根ざし、日々営みを維持しているのです。
そして、もし生気の原が枯渇してしまえば、枝葉の十二経脈が平の状態であるようにみえても早晩枯死してしまう…というストーリーが難経八難に提示されています。

この「生気の原」を「腎間動氣」といい、「五臓六腑の本」「十二経脈の根」「呼吸の門」「三焦の原」「守邪の神」といいます。
生気の原というネーミングは生命力そのものを想起させます。また臓腑経絡の根本であるという点も同様に根本的な生命の力を示唆しています。

呼吸にせよ、守邪にせよ、生きる上で重要な要素です。
また三焦の原という言葉ですが、これはまさに命門を指していると思われ、やはり根源的な生命の力を意味するのが腎間動氣という言葉なのですね。

納得いかない?八難理論

徐大椿が『難経経釈』八難の註にこのようなことを述べています。

按ずるに脈の流動は氣の実これを主る。未だ生氣の已絶して寸口脈の尚(なお)平なる者有らず。況んや生氣の絶不絶は、亦た必ず脈を診て後に見わる。若し生氣絶して脈は猶(なお)平なるときは則ち生氣は自ら生氣にして、脈は自ら脈にして相い連属せず。是の理有りや?若しくは内経に必ずしも此の語、病無き也。

■原文「按脈之流動氣實主之。未有生氣已絶而寸口脈尚平者。況生氣之絶不絶亦必診脈而後見。若生氣絶而脈猶平、則生氣自生氣脈自脈、不相連屬有是理乎。若内經必無此語病也。」

冒頭に述べた通り、私も八難の内容には疑問を持っていました。
根のない草木(生け花)と根のある草木に譬えられ、根のない草木は早晩枯れるものである…との譬えは分かるのですが、人間は植物ではありません。
『シンプルな構造を持つ生物ならまだしも、複雑な組織・器官に分化した人間では根本的な生命力を失ってもしばらく生き続けるのは無理なんじゃない…?』と思っていました。
この点に於いては徐大椿の意見に大いに賛同するところでした。

しかし、こうも思いました。
『待てよ…、平和な現代日本では死は遠い存在だ。死が身近にあったであろうこの時代の感覚で八難を読むべきではないか?』と。
例えば、戦時中の従軍体験やシベリア抑留体験などを読むと、昨日まで元気だった仲間が翌朝死んでいた…という話はしばしば目にします。この状態に近いことを言っているのではないか?とも思ったのです。
以前に書いた記事「戦乱を通して会得した李東垣の医学とは」もこれに似た人の生き死にに関わる話です。

そして李東垣の陰火学説を考えますと、なるほど八難ではこのような生命観に立っているのか…!?と考えを改めるようになりました。

実は八難にせよ、李東垣にせよ、両者は二元的な生命観にたって人の命、人の体を観ているのだと思います。詳しくは『中医臨床』をご覧ください。
ともあれ上記に書いた「脈診・寸口脈でみているもの、みようとしているものはナニか?」を理解すると、この腎間動氣と寸口脈のズレが分かると思います。

鍼道五経会 足立繁久

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原文 難経 八難

■原文 難経 八難

八難曰、寸口脉平而死者、何謂也。

然。
諸十二経脉者、皆係於生氣之原。所謂生氣之原者、謂十二経之根本也。
謂腎間動氣也、此五藏六府之本、十二経脉之根、呼吸之門、三焦之原、一名守邪之神。

故氣者、人之根本也。
根絶則莖葉枯矣。寸口脉平而死者生氣獨絶於内也。

 

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