第34章 補瀉兼施【瘟疫論】より

これまでのあらすじ

前章は奪液無汗、津液を消耗しすぎると、解表の際に発汗するはずなのに発汗できない…というお話でした。
こういったセオリー通りに変化しないことで誤診誤治に結びつくのですよね。

さて今回は補瀉兼施。けっこうシビアなお話です。

(写真・文章ともに四庫醫學叢書『瘟疫論』上海古籍出版社 より引用させていただきました。)

第34章 補瀉兼施

補瀉兼施
證・本と應(まさ)に下すべきに耽閣(遅延)して治を失す、或いは緩薬の為に覊遅せられ、
火毒壅閉して、氣を耗し血を搏ち、精神殆ど盡きて、邪火獨り存し、
以って循衣摸牀(循衣模床)、撮空理線、筋惕肉瞤、支體振戦、目中不了了を致す。皆、應(まさ)に下すべきに下すことを失す、この咎に縁りて、邪熱一毫も未だ除かれず、元神 将に脱せん。
これを補うときは則ち邪毒愈(いよいよ)甚しく、これを攻めれば則ち幾微の氣その攻に勝たず(耐えず)。
攻めて可ならず、補うも可ならず。
補瀉も及ばざれば、両つながら生きる理も無し。
已むを得ずんば、勉めて陶氏の黄龍湯を用いよ。
この證、下すも亦死し、下さずも亦死す。それ坐して以て斃するを持つよりは、薬を含みて亡るに如(し)くは莫(な)し。或いは、萬に一つに生を回する者有り。黄龍湯・・・大黄、厚朴、枳實、芒硝、人参、地黄、當歸
常を照して煎服す。

按ずるに、前の證は實に庸醫の為に耽閣(遅延)せられ、今(證)は、剤を投ずるに及んで、補瀉も及ばず。
然れども、大虚を補わずんば、虚、何に由りて以って回せん。
大實、瀉せずんば、邪、何に由りて以って去らん。
勉めて生地(生地黄)を用いて以って虚を回し、承気を以って實を逐う。
これ補瀉兼施すの法なり。

或いはこの證に遇いて純ぱら承気を用いて、下證稍(やや)減じて、神思稍続けて甦し、肢體振戦、怔忡、驚悸、心内人将に捕えんとする状の如く、四肢反て厥し、眩暈、鬱冒、項背強直し、前の循衣摸牀(循衣模床)、撮空などの證を得る、これ皆 大虚の候、将に危うからんとの證なり。
急ぎ人参養榮湯を用いて、虚候を少しく退かば、速やかに屏去すべし。
蓋し、傷寒瘟疫は倶に客邪に係り、火熱燥の證と為す。
人参固(もと)より元氣を益すの神品と為す。益陽に於いて偏にして、火を助け邪を固むるの弊有り。
これに當りて、又良品に非ざる也。已むを得ずしてこれを用いる。

人参養榮湯・・・人参、麦門冬、遼五味、地黄、當歸、白芍薬、知母、陳皮、甘草
常を照らて煎服す。

人、方に肉食して病適(たまたま)来たり。以て停積して胃に在るに致り、大小承気を用いて、連下する惟、これ臭水、稀糞のみ。
承気湯の中に於いて、但、人参一味を加えこれを服す。三四十日、停する所の完穀及び完肉すと雖も、これに於いて方に下る。
蓋し承気、人参の力を籍し、胃氣を鼓舞し、宿物始めて動く也。

前章では誤診誤治による、下すべき時に下せず、ズルズルと陰虚が進んでいく話でした。
本章では、内鬱の火熱が強すぎて、気も血(陽も陰)も消耗してしまいます。

言い換えると、実邪の勢いが強く、かつ虚の進み具合も尋常ではない。
邪を瀉するも、正を補うも、どちらも不適。にっちもさっちもいかない状態です。

「ただ座して死を待つよりは何か薬を…」という言葉がリアルです。

ここで黄龍湯が処方されていますが、生薬構成を診る限り、大承気湯に人参、地黄、当帰を加えた処方です。
陽明腑の大瀉に補気補血を加えたイメージでしょうか。
文中にある陶氏とは陶華のことでしょう。陶華が著わした『傷寒六書』(巻四 煎薬法)には黄龍湯方が記載されています。
しかし、『傷寒六書』記載の処方は〔大黄、芒硝、枳実、厚朴、甘草、人参、当帰〕とあります。
『瘟疫論』では甘草を地黄と変更されているのか?・・・詳しくは未調査です。
(ちなみに黄龍湯と称する方剤は他にもあります。『外臺秘要方』では小柴胡湯を黄龍湯と称するとあります。「漢方一話 処方名のいわれ8 小柴胡湯」

また承気湯にて駆邪を行った後の大虚候には人参養栄湯が推奨されています。
人参の名を冠してはいますが、人参、麦門冬、五味子、地黄、当帰、芍薬、知母、陳皮、甘草と、滋潤補血を主とし補気、そしてやや清熱疎気といった要素の処方でしょうか。

瘟疫論では特に人参の選択採用に最新の注意を払っています。
安易な補気は邪勢を強める…この話は第28章 解後宜養陰忌投参朮に詳しいです。

第33章【奪液無汗】≪ 第34章【補瀉兼施】≫ 第35章【薬煩】第36章【停薬】

鍼道五経会 足立繁久

おすすめ記事

  • Pocket
  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントを残す




Menu

HOME

TOP