第48章 脈証不応【瘟疫論】より

これまでのあらすじ

前章「脈厥」から「脈証不応」をテーマとした内容が始まっています。
脈診を重視する治療家にとっては必見の内容です。
脈と証の不一致は、前回記事でも書いたように疫病でなくても意外と臨床でよくみられる現象でもあります。

個人的には、瘟疫論、温病学を勉強しようと思った理由のひとつは「脈証不応」を知りたかったからなんですね。

「脈は一途にしてとるべからず」とあるように、呉氏は脈診のみで診断をすることを戒めています。
神気形色病証を参合して診断すべし!とありますが、診察は舌診に比重を置き始めているように思えます。

なぜ脈診を捨てて舌診を採用したのか?
第1章「原病」から始めて、徐々にその理由が分かってきました。

(写真・文章ともに四庫醫學叢書『瘟疫論』上海古籍出版社 より引用させていただきました。)

第48章 脉證不應

脉證

不應表證、脉浮ならざる者も、汗して解すべし。
邪氣微にして正氣を牽引すること能わざるを以て、故に脉 應ぜす。裏證、脉沈ならざる者も、下して解すべし。
邪氣微にして正氣を抑鬱すること能わざるを以て、故に脉 應ぜず。陽證に陰脉を見わす、生くべき者有り。
神色敗せず、言動自如たるは、乃ち禀賦の脉なり。再び問うに、前日にこの脉無きは、乃ち脉厥なり。
下後、脉實も亦 病愈る者有り。
但、證減ずることを得て、復た實脉有るは、乃ち天年の脉なり。
夫れ脉は一途にして取るべからず。
須らく神氣形色病證を以て、相い参えて以て安危を決するを善しと為すべし。

張崑源の室(妻)、年六旬、滞下(痢疾)を得て、後重窘急して、日に三四十度、脉常に歇(止)を至す。
諸醫、以って雀啄の脉を必死の候と為して、咸(みな)薬を用いず。
予を延べて、診視せしむ。
その脉、参伍不調、或いは二動に一止し、或いは三動に一止して、復た来たる。
これ澁脉なり。
年高く血弱く、膿血を下利し、六脉短澁す。
固より能く任ずる所に非ず、その飲食を詢(はか)るに減ぜず、形色變ぜず。
聲音烈烈、言語は常の如し。危證に非ざる也。
遂に芍薬湯に大黄三銭を加えるを用いて、純膿の塊を成す者、両碗許(ばかり)を大いに下し、自ずから舒快を覚う。
脉氣漸く続きて利も亦た止む。
数年の後、又、傷風を得て、咳嗽痰涎湧くこと甚し。
これを診するに、又、前脉を得て、杏桔湯二剤を與えて、嗽止み脉調う。
方(まさ)に知る、この婦人、凡そ病めば倶にこの脉を作す。
大抵、病を治するに、務めて形色、脉證を以て参考せば、その大段を失わず。
方(まさ)にその吉凶を定むべき也。

表証といえば、脈浮、頭項強痛、悪寒、発熱…なのですが、症状は揃えど脈診では浮脈がみられません。
脈と証(症状)が一致しないのですね。
しかし治法は発汗法で正解なのです。

二行目も同様です。
裏証であれば、脈は沈位にして実なのに、その脈証がみられません。
しかし下法をかけてなぜか治癒してしまいます。
※今更ですが、ここでいう裏証は陽明腑熱を指します。裏虚証ではありません。

セオリーであれば、陽証に陰脈をあらわすは逆証、難治のはずなのに、生還する人もあります。

沈・微・細・伏・虚…のような陰脈を呈するのに、望診・聞診・問診では異常ありません。
この場合、この陰脈はその人の生まれつきの脈やその人の素体を示すのだと述べています。

簡単にいえば、脈にもその人の個性を表わすのです。
脈診の習い始めは平脈がベスト!と教わりますが、実際に脈を診ていると平脈がベストではないことが分かります。
現に平脈は、内経や難経の中でもひとつではありません。

そして、実際にこのような脈証不応はしばしば診られます。
私自身、平常の脈は沈細やや弦です。もちろん無症状です。

その人の個性を表わす脈は陽脈でもあります。
洪大脈を常に表わす方もいましたし、結代を呈する人もいます。

もちろん、長いスパン(数年~数十年)でみると、将来この脈状に関連する症候につながる可能性もあるかもしれません。
しかし、短期のスパン(一年程度)でみると、特に急性熱病においては、このような脈証不応は取捨選択すべき情報です。

「脈を捨てて証を取る」ということです。

ただ、ここで気をつけたいのは『だから脈診は使えない』とか『脈診よりも他の診法の方が分かりやすい』というような、
単純な技法の優劣比較に陥ることは避けるべきです。
安易に技法に優劣をつけてしまうと、思考停止に陥り、技術の追窮をストップしてしまいます。

呉氏が説くように「なぜ脈と証が一致しないのか?」その根拠について考えるべきです。
そうすると、前述の脈の個性にも「なるほど」とその理由と、実際の病理と関連付けた考察や分析ができるようになります。

後半部は実際の治験例を挙げて脈証不応を詳解していますので、よく読んでみましょう。

第47章【脉厥】≪ 第48章【脉證不應】≫ 第49章【體厥】

鍼道五経会 足立繁久

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