葉天士の『温熱論』その1 温邪は上に受く

葉天士プロフィール

去年の5月頃は明代の医家 呉有性の『瘟疫論』(1642年)を勉強しました。(→『瘟疫論』上巻リンク
今年は温病学派を代表する葉天士(葉桂)の『温熱論』(1746年)をアップしようと思います。
その前に葉天士についての豆知識を少し知っておきましょう。

清朝の医家、葉天士(1667-1746年)は、その名を桂、号を香岩。温病学派を代表する医家として知られています。
その著書に『温熱論』『幼科要略』『臨床指南医案』などなど、実に数多くの医書を遺しています。
葉天士が提唱した温病学で特に注目されているのが衛気営血弁証です。また、舌診を始め、歯や斑疹に対しての病理観察を提唱したことも注目すべきでしょう。これら四診に分類するならば望診に属する診法ですが、舌・歯・斑疹を通じて熱の動きをつぶさに観察しようとした葉天士の姿勢をうかがい知ることができます。

以下に書き下し文(黄色枠)と原文(青枠)を記載します。
『温熱論』は『温熱湿熱集論』福建科学技術出版社および『葉天士医学全書』山西科学技術出版社を参考および引用しています。
書き下し文に訂正箇所は多々あるでしょうがご容赦ください。現代語訳には各自の世界観にて行ってください。

書き下し 温熱論 ①

種福堂公選良方兼刻古呉名医精論第一
古呉葉桂天士先生 論
錫山華南田岫雲  校

温邪は上に受く、首先(まず先に)肺を犯し、心包に逆伝す。
肺は氣を主り衛に属す、心は血を主り営に属す。
営衛氣血を辨ずるは傷寒に同じと雖も、論治法を論ずるは則ち傷寒と大いに異なるが若し。
蓋し傷寒の邪は表に留恋し、然る後に熱に化して裏に入る。
温邪は則ち熱に変ずること最も速く、未だ心包に伝わざるも、邪は尚 肺に在り。
肺は氣を主り、其の合は皮毛、故に表に在りと云う。

表に在るは初め辛涼軽剤を用う、
風を挟むときは則ち薄荷、牛蒡の属を加え入れ、湿を挟むときは蘆根、滑石の流を加え、
或いは透風(一作湿)して熱を外に、或いは滲湿して熱を下し、熱と相い搏たせず、(熱の)勢を必ず孤にする。
不爾、
風、温熱を挟めば燥生じ、清竅必ず乾く。謂(いわゆる)水主の氣、上栄すること能わず、両陰陽を刧(おびやか)す也。
湿と温が合し、蒸鬱して上に於いて蒙痹し、清竅これが為に壅塞す、濁邪は清を害する也。
其の病、類傷寒に有り、其れこれを験むるの法、傷寒に多く変症有り、温熱は久しと雖も、一経に在りて移らず、此れを以って辨と為す。

温病の脅威は侵攻速度と逆証

冒頭は「温邪は上で受け、先ず肺を犯し、心包に逆伝する。」という温邪の侵入経路の説明から始まります。そしてこの言葉は侵入経路だけでなく、病伝速度における脅威についても表わす言葉であるとも言えるでしょう。
「温邪は則ち熱に変ずること最も速く」と傷寒(寒邪)との比較で記されているように、温病瘟疫の特徴の一つはその病伝の速さにあると思われます。

熱に転じることが速いという点では「心包の血分に至らずとも、すでに肺臓に邪は到達してしまっている」というこの侵攻速度は脅威です。容易に肺炎(またはそれに近い病態)を形成することができること示しています。

正気邪気の観点からみると、傷寒(陰邪)は正気と相い搏つことでいわゆる邪正相争を起こし、その結果として熱化します。しかし、温邪熱邪はその邪正相争を激しく行わずとも既に熱化している(熱化しやすい)ため、正気の隙を突いて病邪は侵攻できる…と、これは単なるイメージの話ですが…。

冒頭の言葉では太陰肺から厥陰心包(…この表現も適切ではないと思いますが…)への病伝を明記しているのは、
葉天士の病理観でいうと、上焦における気分から血分への伝変ですが、逆伝という言葉を用いている点からは、五行的にみて火剋金(ここでは心包が肺を剋す)という相剋関係の逆の伝変、すなわち賊邪としての逆証だということを強調しているのでしょう。

「熱と相い搏たせず、(熱の)勢を必ず孤にする。」という言葉も興味深い表現です。
熱と熱が相搏することで、熱勢が増すという「同氣相求」の思想を反映しています。この感覚は小児の発熱を治療していると実感できる気がします。
敵が合流して勢い付く前に各個撃破して、勝てる戦に徹底すること。これは強力な敵と戦う際に必須の兵法といえるでしょう。

傷寒と温熱病との比較

またもう一つ、傷寒との比較として「傷寒に多く変症有り、温熱は久しと雖も一経に在りて移らず」とある表現も注目しておくべきではないでしょうか。太陽表から病邪が侵入する傷寒病では、各経各層に侵入しては、そこからさらに横への展開も見せつつ病伝病変が繰り広げられます。さながら迷宮・ダンジョンを進むドラクエ勇者のようです。(※主人公は病邪です)

しかし温熱病では迅速に深い一経に侵入し、そこを拠点とし腰を据えて強力な病態を構築し続けます。
この点は呉有性『瘟疫論』でいう膜原や伏邪をキーとした病態と少し似ていると思えます。

鍼道五経会 足立繁久

■原文

温邪上受、首先犯肺、逆傳心包。肺主氣属衛、心主血属營。
辨營衛氣血雖與傷寒同、若論治法、則與傷寒大異。蓋傷寒之邪留恋在表、然後化熱入裏。
温邪則熱変最速、未傳心包、邪尚在肺。
肺主氣、其合皮毛、故云在表。在表初用辛涼軽剤、挟風則加入薄荷、牛蒡之属。挟湿加蘆根、滑石之流。或透風(一作湿)于熱外、或滲湿于熱下、不與熱相搏、勢必孤矣。
不爾、風挟温熱而燥生、清竅必乾。謂水主之氣不能上栄、両陰陽劫也。
湿與温合、蒸鬱而蒙痹于上、清竅為之壅塞、濁邪害清也。其病有類傷寒、其験之之法、傷寒多有変症、温熱雖久、在一経不移、以此為辨。

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