葉天士の『温熱論』その12 婦人の温熱病を論ず

衛気営血弁証だからこそ婦人の熱病を…

いよいよ『温熱論』の最終章、婦人の温熱病です。
なぜ同じ温熱病なのに、男女を分ける必要があるのでしょうか?女性には女性特有の基本体質があります。これを無視して診断・治療はできません。

そしてなにより衛気営血弁証を掲げる『温熱論』だからこそ、ご婦人における熱病の病理を説く必要があったのです。それでは本文を読んでいきましょう。

写真は『温熱湿熱集論』福建科学技術出版社より引用させて頂きました。
以下に書き下し文(黄色枠)と原文(青枠)を記載します。
『温熱論』は『温熱湿熱集論』福建科学技術出版社および『葉天士医学全書』山西科学技術出版社を参考および引用しています。
書き下し文に訂正箇所は多々あるでしょうがご容赦ください。現代語訳には各自の世界観にて行ってください。

書き下し文・婦女の温熱病を論ず

再び(論ず)婦人の温を病むは男子と同じ、但し胎前、産後が多く、以って経水の適来適断に及ぶ①
大凡(おおよそ)胎前の病は、古人 皆 四物加減を以て之を用う、謂(いわゆる)護胎を要と為して、妊に害の来たるを恐る。
如(も)し熱極まれば、井戸の底泥を用い、藍布を冷に浸し腹上に覆蓋する等、皆是(胎を)保護するの意、但だ亦(また)要となるは其の邪の解すべき処用を看る。血膩の薬を用いて霊ならず、又、當に審らかに察すべし、固執すべからず。
然るに須らく歩歩 胎元を保護し、正を損じ邪が陥することを恐るべし也。

産後の法に於いて至る、按ずるに方書に謂う苦寒薬を慎み用う、其れ已に亡した陰を傷ることを恐れる也②
然るに亦(また)其の邪 能く上中従(よ)り解く者を辨ずること要とす。稍 症に従い之を用いるも亦(また)妨ぐこと無き也。
不過(しかし)下焦を犯すこと勿れ。且つ虚体に属しては、當に虚祛人の邪に病みて治するが如くすべし。
之を総じて、實實虚虚の禁を犯すこと勿れ。
況んや産後の當に血氣沸騰に候に於いてをや、最も多く空竇あり。邪勢、必ず虚に乗じて内陥す、虚の処 邪を受けば、難治と為す也。

如(も)し経水(月経)適来適断なれば、邪は将に血室に陥る、少陽(傷寒)、之を詳悉に言う③。(ここでは)必ずしも多く贅せず。
但(ただ)、数動と正傷寒とは同じからず。
仲景は小柴胡湯を立て、熱邪の陥る所を提出し、人参大棗で胃氣を扶け、衝脉は陽明に隷属するを以て也。
此れと虚する者は合治と為す。

若し熱邪陥入して、血と相い結する者は、當に陶氏(陶華、陶節菴)の小柴胡湯去人参、大棗、加生地黄、桃仁、山楂肉、牡丹皮、或いは犀角等を宗とすべし。
若し本経に血結し自ら甚しきは、必ず少腹満痛す。
軽き者は期門を刺す。
重き者は小柴胡湯去甘薬、加延胡索、当帰尾、桃仁。
寒を挟むものは肉桂心を加う。氣滞する者には香附子、陳皮、枳殻等を加える。

然るに熱が血室に陥る症の多くに譫語有りて狂の象の如し、是陽明胃熱を防ぐに、當に之を辨ず③
血結する者は身体必ず重し、陽明の軽旋便捷の若くなる者に非ざる。何を以っての故か?
陰は重濁を主とし、絡脉は阻を被る、側旁は氣痹し、胸背に連なり皆 拘束不遂する。
故に邪を去り絡を通ずるは、正に其の病に合す。
往往にして延久すれば、心包に上逆して、胸中痛む。即ち陶氏の謂う所の結胸也。
王海藏、一つ出す、桂枝紅花湯加海蛤 桃仁。原(もと)表裏上下一斉尽解の理を為す。
此の方を看るに大い巧手有り。故に録出して以って学者の用に備う。

女性と血分の病

下線部①では「婦人の温熱病を病むのは(女性も)男子と同じ」だと言っています。
温熱病に罹患することに男女の差はありません。そして診断・治療も基本的には男女ともに同じです。

しかしご婦人の診断・治療では「胎前(妊娠中)や、産後であることが多い」こと、そして「月経が始まったり、月経が止まったり(経水適来適断)」と、月経の動きを病伝に組み込んで考える必要があるのです。

それはなぜか?

お産・月経ともに血に深く関係するからです。月経が始まると血分に手薄な部分(=虚)が生じます。となるとその虚に邪が侵入するのは当然のこと。血分に熱邪が侵入すると血熱となります。
下線部②ではお産によって血分陰分が消耗しきっている体質を踏まえて、熱病の診断をせよといっています。

月経に関しては、荒っぽい表現をするならば、女性は月一のペースで血虚になります(もしくは血虚に陥りやすい条件が揃う)。この時に外邪が入り込むと血分や陰分に病位が速やかに移行してしまうのです。これは非常に警戒すべきことです。

外感病における月経と病伝に関しては『傷寒雑病論』(張仲景 著)で既に指摘されています。

ちょっと寄り道・傷寒論の熱入血室

『温熱論』や『瘟疫論』を読み進める上で、必須となるのが『傷寒雑病論』の病理病伝や方剤の知識です。
従来の方法(傷寒論方)では温熱病・瘟疫に効かない!だから新しく温病学説を打ち建てた…といってもベースに在るのは傷寒論医学であり、使用される傷寒論方剤も『瘟疫論』ではいくつも登場します。本章に登場する小柴胡湯もやはり傷寒論方です。

本章の婦人の温熱病病理を理解するには、『傷寒論』に記載される熱入血室の病態像を理解しておく必要があります。その熱入血室のパートだけ読んでみましょう。

『傷寒論』太陽病下編
143)婦人中風、発熱悪寒、経水適来、得之七八日、熱除而脉遅、身涼、胸脇下満、如結胸状、譫語者、此為熱入血室也。當刺期門、隨其實而取之。
「婦人、中風、発熱悪寒、経水が適(たまたま)来たる、之を得て七八日、熱は除かれ脈は遅、身涼して胸脇下満すること結胸の状の如く、譫語する者は、此れ熱入血室と為す也。當に期門を刺し、その実に随いて之を取るべし。

144)婦人中風、七八日續得寒熱、発作有時、経水適断者、此為熱入血室、其血必結、故使如瘧状発作有時、小柴胡湯主之。
「婦人、中風、七八日続き寒熱を得る、発作すること時有り、経水適(たまたま)断する者、此れ熱入血室と為す。その血は必ず結ぼれる。故に瘧状の如く発作すること時有らしめる。小柴胡湯 之を主る。

145)婦人傷寒、発熱、経水適来、晝日明了、暮則譫語、如見鬼状者、此為熱為血室。無犯胃氣及上二焦、必自愈。
「婦人傷寒、発熱して、経水適(たまたま)来たり、昼日は明了なるも、暮に則ち譫語して、見鬼の状の如くなる者、此れ熱入血室と為す。胃氣、及び上の二焦を犯すこと無かれ、必ず自愈す。

216)陽明病、下血、譫語者、此為熱入血室。但頭汗出者、刺期門、隨其實而寫之、濈然汗出則愈。
「陽明病、下血して譫語する者、此れ熱為血室と為す。但(ただ)頭汗出する者は期門を刺し、その実に随いて之を瀉す。濈然と汗出て則ち愈える。」

以上の四条文は『金匱要略』婦人雑病編の冒頭に記載されている。

上記『傷寒雑病論』にあるように婦人の月経により裏位または血分の虚が生じることで邪の侵入経路が増え、病態は複雑化するのです。
上記4条文の簡単な解説を以下にまとめておきましょう。

143)条文
外感病(中風)の罹患中に月経が始まります。月経によって生じた血分の虚に表邪が内陥して表症は消失。代わりに血熱・熱入血室症状が発生したという病伝。144)条文
中風の罹患中の月経が断して(止まって)しまいます。これは血分に邪が侵入することで血が結ぼれてしまうからです。故に瘧病のような状態となります。

145)条文
外感病(傷寒)の罹患中に月経が始まり、血分に邪が侵入します。陰に属する血分は陰の時間帯に邪氣と正氣が相搏つため夜間に悪化します。これも熱入血室の病態であるとしています。胃氣中焦を下法によって損傷してはなりません。また発汗で以って上焦を消耗させてはいけません(小柴胡湯方を示唆)。月経が来れば自ずと愈えるのです。

216)条文
陽明位の熱邪が血分へと病伝することを示しています。ちなみにこの病態は女性だけでなく男性にも起こる病伝パターンだと説く医家がおられます。喩嘉言、内藤希哲、浅田宗伯などはこのように記されており、なるほどな~と思う次第です。『瘟疫論』『温熱論』の病理と繋がってくる病伝であります。
(ちなみに、血室を子宮と訳されることが多いですが、必ずしも「血室=子宮」ではないということは頭に置いておくべきでしょう。)

と、傷寒論医学と瘟疫論・温熱論がかなり近づいた気がしてきまた!テンションが上がってきますね。
下線部③はまさにこのことを言っています。
しかしその直後の文で温熱病と傷寒は違うゾヨ…とも言っています。

そりゃそうです。
一緒ならわざわざ『温熱論』を著す必要もないでしょう。その違いとはやはり病位を複数層に増やし明確にしたことだと言えるでしょう。衛気営血弁証がまさにこれに当たります。

傷寒論では熱入血室に対し「小柴胡湯が之を主る」に留まっていたのが、『温熱論』では小柴胡湯の加減方を提示しています。
どのような加減方かは、本文にあるように甘薬(人参・大棗)を去り、血分薬を足しているのです。
さながら葉天士は熱入血室証を少陽位の血分証だと指摘しているような印象を受けます。しかし本文では衝脈という奇経概念を提示しているので、少陽位血分という言葉も不適切であるとは思いますが…。

長くなりましたのでそろそろこの辺りで…

鍼道五経会 足立繁久

■原文
【論婦女温熱病】

再婦人病温與男子同、但多胎前産後以及経水適来適断。
大凡胎前病、古人皆以四物加減用之、謂護胎為要、恐来害妊。
如熱極、用井底泥、藍布浸冷覆蓋腹上等、皆是保護之意、但亦要看其邪之可解処用。用血膩之薬不霊、又當審察、不可認板法(不可固執)。
然須歩歩保護胎元、恐損正邪陥也。
至于産後之法、按方書謂慎用苦寒薬、恐傷其已亡之陰也。然亦要辨其邪、能従上中解者、稍従症用之、亦無妨也、不過勿犯下焦。
且属虚体、當如虚祛人病邪而治。総之、勿犯實實虚虚之禁。
況産後當血氣沸騰之候、最多空竇、邪勢必乗虚内陥、虚処受邪、為難治也。

如経水適来適断、邪将陥血室、少陽(傷寒)言之詳悉、不必多贅。但数動與正傷寒不同、仲景立小柴胡湯提出所陥熱邪、参棗扶胃氣、以衝脉隷属陽明也、此與虚者為合治。
若熱邪陥入、與血相結者、當宗陶氏小柴胡湯、去参、棗 加生地、桃仁、楂肉、丹皮或犀角等。
若本経血結自甚、必少腹満痛。軽者刺期門、重者小柴胡湯去甘薬、加延胡、帰尾、桃仁。挟寒加肉桂心、氣滞者加香附、陳皮、枳殻等。
然熱陥血室之症、多有譫語如狂之象、防是陽明胃熱、當辨之。
血結者身体必重、非若陽明之軽旋便捷者。何以故耶?
陰主重濁、絡脉被阻、側旁氣痹、連胸背皆拘束不遂、故去邪通絡、正合其病。
往往延久、上逆心包、胸中痛、即陶氏所謂結胸也。王海藏出一桂枝紅花湯加海蛤、桃仁、原為表裏上下一斉尽解之理、看此方大有巧手、故録出以備学者之用。

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