葉天士の『温熱論』その6 絳舌について

気分の熱から営分の熱へ

前回は気分の熱が進むことで、裏(陽明腸胃)に結する証を軸に、下法適応証(下すべき証)を舌診で見極めるお話を説かれていました。
今回は気分熱が営分に侵攻する話について記されています。

『温熱論』に記される衛気営血弁証を読むと、葉天士は徹底して熱病の推移・熱邪の伝変を捕捉することにフォーカスを当てているなと感じます。それにより瘟疫・温熱病の緊急性も自ずと伝わってきます。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の時代に生きる我々だからこそ理解しやすい方書と言えるのではないでしょうか。

写真は『温熱湿熱集論』福建科学技術出版社より引用させて頂きました。
以下に書き下し文(黄色枠)と原文(青枠)を記載します。
『温熱論』は『温熱湿熱集論』福建科学技術出版社および『葉天士医学全書』山西科学技術出版社を参考および引用しています。
書き下し文に訂正箇所は多々あるでしょうがご容赦ください。現代語訳には各自の世界観にて行ってください。

温熱論【論舌絳】

再び論ず、其の熱 営に伝えて、舌色必ず絳。絳とは深紅色なり。
初め伝うるに、絳色の中に黄白色を兼ねる、此れ氣分の邪未だ尽せざる也。衛を泄し営を透して、両つを和す可き也。①
純絳にして鮮沢なる者は、包絡が病を受ける也。②  犀角、鮮生地黄、連翹、鬱金、石菖蒲等が宜しい。
之を延べて数日、或いは平素より心虚し痰有るは、外熱一たび陥して、裏絡 閉に就く(閉ざす)、菖蒲、鬱金等の所 能く開くに非らず、須らく牛黄丸、至宝丹の類を用いて以って其の閉を開くべし。其の昏厥して痙と為すことを恐れる也。

再び(論ず)、色絳にして舌の中心而して乾く者は、乃ち心胃火燔(やく)して、津液を刧かし爍す③、即ち黄連、石膏も亦加入す可し。若し煩渇、煩熱、舌心乾き、四辺の色紅にして、中心が或いは黄 或いは白き者は、此れ血分に非ざる也④。乃ち上焦の氣熱が津を爍す、急ぎ涼膈散を用いて、其の無形の熱を散ず、再び其の後の転変を看るは可也。
慎みて血薬を用う勿れ、滋膩を以て散じ難し。

舌絳に至り、之を望(望診)して若し乾き、手で之(舌)を捫して原(もと)津液有り⑤、此れ津液は虧けて湿熱が熏蒸し、将に濁痰成りて心包を蒙閉する也。

再に(論ず)熱の営血に伝える有り、其の人素(もと)より瘀傷有りて、宿血が胸膈中に在り、熱を挟みて伝えると、其の舌色は必ず紫にして暗、これを捫して湿する⑥は、當に散血の品を加入すべし、琥珀、丹参、桃仁、牡丹皮等の如く。
不爾(然らざれば)、瘀血と熱が伍(まじわる)と為し、正氣を阻遏して、遂に狂の如く発狂の症に変ず。
若し紫にして腫大する者は、乃ち酒毒が心を衝く。
紫にして乾きて晦き者は、腎肝の色が泛(うかぶ)也、治し難し。舌色絳にして上に黏膩有り苔に似て苔に非ざる者は、中に穢濁の氣を挟む⑦、急ぎ芳香を加え之を逐う。
舌絳、伸さんと欲し口から出すも歯に抵りて驟(しばしば)伸し難き者は、痰が舌根を阻む、内風有る也。⑧
舌絳にして光亮(明るくはっきりしている)なるは、胃陰の亡する也。⑨ 急ぎ甘涼濡潤の品を用いる。
若し舌絳にして乾燥する者、火邪が営を刧かす⑩、涼血清火を要を為す。
舌絳にして碎点有り白黄の者は、當に疳を生ずる也、大なる紅点の者は、熱毒が心に乗ずる也⑪ ⑪’、黄連、金汁を用う。
其れ絳有りと雖も而して鮮ならずして、乾枯し痿する者は、此れ腎陰の涸れるなり⑫。急ぎ阿膠、鶏子黄、地黄、天冬等を以て之を救う、緩なれば則ち涸極して救うこと無きを恐れる也。
其れ舌獨り中心の絳乾する者有り、此れ胃熱により心営が灼を受ける也⑬。當に清胃の方中に於いて清心の品を加え入れるべし。否なれば則ち、(舌の)尖に延及して、津乾火盛と為る。
舌尖の絳獨り乾なるは、此れ心火上炎す、導赤散を用いて其の腑を瀉する。

温熱が営分に伝わると…

衛分から気分へ、更に気分から営分に熱が病伝することで、絳舌という舌証に至ります。「絳とは深紅色なり」とあるように、紅舌よりもさらに深い色とのこと。
【紅舌=熱証】といった単層的な見かたに奥行きが加わり、病位が複数層あることを示しています。この紅舌と絳舌の診分けには相応の経験は必要かと思われます。

「本文を読むと、絳舌=営分熱にもさらにいくつか段階があることを示しています。

下線部①「初め(営分に)伝わる時には、絳色の中に黄白色を兼ねる。これは氣分の邪が未だ尽きていないからだ。衛を泄し営を透して、両者を和す可きである。」(意訳)
舌色が絳である中に黄白が兼ねる(混ざる)という表現はちょっとイメージしにくい所もありますが(混合色なのでしょうか、絳の中に黄白の色むらがあるのか、それとも五行的な意味合いを含んでいるのでしょうか…)、しかしそれはさておき、気分と営分の併病のような状態を指しているのでしょう。この場合は営衛双解の治法を提示しています。

さらに次の文で営分に病伝完了した舌証について記されています。下線部②「純絳にして鮮沢なる」舌証です。
深い紅色であり鮮やかで沢(潤い)のある舌、この鮮沢という言葉は以下に登場する乾・燥・枯・不鮮(鮮やかならず)等の所見との対比として書かれています。
また、包絡が病を受けたという段階を示すとのことですが、ここでいう包絡は心包のことだと解釈します。営分から心包血分への病伝を言っているのでしょうか、営分か血分かの線引きが難しい文です。生薬では犀角や生地黄は清熱涼血薬を筆頭に挙げつつも、涼血清心の欝金、清熱薬の連翹、開竅薬としての石菖蒲が列挙されています。

さらにこの包絡への病伝ですが、治療に日数がかかったり、平素から心(上焦)に湿痰を蓄積していると、裏絡(心包の深い部分)が閉塞されて、昏睡や痙攣などの症状を生じるとされています。

以上のように、気分から営分へ、そして営分血分、心包へと病伝を示していますが改めて整理しておく必要はあると思います。

温熱病における舌診の要所と要点

本章に紹介される舌証から、温熱病における要所・要点を読み取ることができます。
その要所が舌の中央です。舌中央(本文では中心)について言及している文は3ヶ所あります(下線部③④⑬)

舌中央は藏府配当でいうと脾胃に当たります。熱病では陽明胃熱の存在は、その病変において大きな転機となります。
特に温熱病では主たる病邪が陽性を帯び病の伝変が速いため、陽明熱の有無と程度、それによる陰分の損耗度を測ることが診察において極めて重要となります。舌診においては舌中央が陽明の熱を診る情報源に当たり、潤沢の度合いが津液の状態を知ることになります。

下線部③「舌色絳にして舌の中心が乾く者は、心胃火燔して、津液を刧かし爍す」の文がまさにそれです。
“心胃火燔”とは文字の通り、心胃が火熱によって燔(や)かれることを意味する言葉です。この舌証は、心胃火燔によって津液陰分が消耗している(し始めている)という状態を示します。

これと極めて似ている舌証が後段にも挙げられています。
「舌の中心だけが絳乾する者あり、これは胃熱によって心営が灼を受ける」(下線部⑬)という表現です。下線部③と⑬は舌所見・病証とも似ていますが両者には明確な違いがあると思われます。

“心胃実熱が陰分を消耗している証(下線部③)”と“胃熱が心営を傷つける証(下線部⑬)”ではまず病位の規模が異なります。そしてさらに陰陽・虚実と治療すべき対象が大きく推移していってることが両者を並べて比較するとよく分かります。

詳しく両者の舌証と病証をみてみましょう。
舌全体が絳である③ことと、舌中央が絳である⑬ことの違い(中央が乾燥する条件は同じ)、これは熱源の位置と熱が波及する範囲に相違があることを意味します。
舌中央が絳であることは胃熱を表わし、この胃熱が心の営分を傷つけようとしていることを示しています。一方、舌全体が絳であることは、心胃と多方面にわたって火熱が及んでいることを示します。

舌の中央が乾燥することは③と⑬ともに同じ所見であり、陰分が損耗を受けている段階にまで及んでいるのですが、上記のように病伝の初発や病の本が異なるという点に注目すべきです。故に③と⑬ではその治法は当然異なります。
③は営分熱に対する処方に石膏・黄連を加味すべし、とあります。
⑬は清胃(胃熱を清する)処方に清心(心熱を清する)生薬を加え入れるべしとあり、胃熱に対する処方が主軸となります。

これを脈証に翻訳し直すとより明確に病態をイメージしやすいでしょう。
…ですが、脈証の考察に関しては講座でのお題としますので、ここでは割愛させていただきます。

さて、もう一つの舌中央の乾燥所見について下線部④を読んでみましょう。

「煩渇・煩熱して、舌の中心が乾き、四辺周囲の色が紅、舌中心の色が黄 或いは白い者は、血分に非ず」(下線部④)これもまた舌中心が要所となっています。
舌中心の色が絳ではなく黄または白であることは、熱は営分ではなく気分熱であることを示しています。舌の乾燥がみられることから、気分熱が津液を消耗させていることが分かります。煩渇・煩熱という病症もまた上焦熱・胃熱の存在を示唆しています。
舌中央に乾があるのは間違いないので“陽明胃における気分の熱”ということになります。また周囲四辺の色が紅であることは熱が全体に波及していることをも示しているのでしょう。

処方から考察してみましょう。
涼膈散とは〔大黄、芒硝、甘草、連翹、山梔子、黄芩、薄荷、竹葉(分量略)〕の組成であり、清熱と通腑を主とする方剤です。

下線部④に続く解説文に「上焦の氣熱が津液を爍す、急ぎ涼膈散を用いて無形の熱を散ず。」とありますが、大黄芒硝が入っている時点で無形熱のみならず陽明腑の熱を下しており、熱源を排除していることが分かります。
陽明腑の実熱を起点として周囲(特に上焦の心肺)に波及することを恐れ、それに対する備えとして治法が上記内容から伺い知ることができます。

以上を通覧するに、同じ舌中央の乾燥所見でも熱邪の浅深の違いがあることが分かります。また各病態を理解することで、病態の侵攻度合いも推測することが可能となるのではないでしょうか。③、④、⑬の各証を経時的に並べるとどのような順番になるか?考察してみるのも勉強になるかと思います。

営分熱からの病伝バリエーション

さて絳舌という舌所見を切り口に営分熱を説く章でしたが、実際には熱邪の伝変のバリエーションは多岐にわたることでしょう。本章に挙げられていた証を以下にピックアップしておきました。

営分熱に湿熱が加わり心包を攻める証⑤
営分に熱が伝わるも胸膈瘀血のため、瘀血と挟熱する証⑥
湿熱・穢濁の邪と営分熱が侠む証⑦
営分熱が痰に合して内風を生じる証⑧
営分熱が胃陰を損耗する証⑨
営分熱により火邪が営(陰)を刧かす証⑩
営分熱が疳(小児における脾胃失調)を生じる証⑪
営分熱による熱毒が心に乗ずる証⑪
営分熱が腎陰を消耗する証⑫
営分熱が胃腑に限局して起こり、且つ心営に波及する証⑬

これらの病伝は一覧表で暗記するべき内容ではありません。人体の生理を理解し、熱邪の伝変の法則性をある程度予測することです。

鍼道五経会 足立繁久

■原文【論舌絳】

再論其熱傳營、舌色必絳。絳、深紅色也。
初傳、絳色中兼黄白色、此氣分之邪未尽也、泄衛透營、両和可也。純絳鮮澤者、包絡受病也。宜犀角、鮮生地、連翹、鬱金、石菖蒲等。
延之数日、或平素心虚有痰、外熱一陥、裏絡就閉、非菖蒲、鬱金等所能開、須用牛黄丸、至宝丹之類以開其閉、恐其昏厥為痙也。
再色絳而舌中心而乾者、乃心胃火燔、劫爍津液、即黄連、石膏亦可加入。
若煩渇、煩熱、舌心乾、四辺色紅、中心或黄或白者、此非血分也。乃上焦氣熱爍津、急用涼膈散、散其無形之熱、再看其後轉變可也。
慎勿用血薬、以滋膩難散。
至舌絳、望之若乾、手捫之原有津液、此津虧湿熱熏蒸、将成濁痰蒙閉心包也。
再有熱傳營血、其人素有瘀傷、宿血在胸膈中、挟熱而傳、其舌色必紫而暗、捫之湿、當加入散血之品、如琥珀、丹参、桃仁、丹皮等。
不爾、瘀血與熱為伍、阻遏正氣、遂變如狂発狂之症。
若紫而腫大者、乃酒毒衝心。紫而乾晦者、腎肝色泛也、難治。
舌色絳而上有黏膩似苔非苔者、中挟穢濁之氣、急加芳香逐之。
舌絳欲伸出口而抵歯難驟伸者、痰阻舌根、有内風也。
舌絳而光亮、胃陰亡也、急用甘涼濡潤之品。
若舌絳而乾燥者、火邪劫營、涼血清火為要。
舌絳而有碎点白黄者、當生疳也。大紅点者、熱毒乗心也、用黄連、金汁。
其有雖絳而不鮮、乾枯而痿者、此腎陰涸、急以阿膠、鶏子黄、地黄、天冬等救之、緩則恐涸極而无救也。
其有舌獨中心絳乾者、此胃熱心營受灼也、當于清胃方中加入清心之品、否則、延及于尖、為津乾火盛矣。
舌尖絳獨乾、此心火上炎、用導赤散瀉其腑。

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