葉天士の『幼科要略』その6 脹について

これまでのあらすじ

前回は疳を中心とした小児病態を説く章でした。疳症といえば小児科医書には必ず記載される病態ですが、夏季の暑熱・長夏の湿熱を基本病理に組み込んでいる点が特徴的だと言えるでしょう。今回も夏季・長夏の湿熱が関与して主じる脾胃の病態を学びましょう。

以下に書き下し文(黄色枠)と原文(青枠)を記載します。
『温熱論』は『温熱湿熱集論』福建科学技術出版社および『葉天士医学全書』山西科学技術出版社を参考および引用しています。
書き下し文に訂正箇所は多々あるでしょうがご容赦ください。現代語訳には各自の世界観にて行ってください。

書き下し文・脹

夏季に湿熱鬱蒸して、脾胃氣弱、水穀の氣 運らず、湿着内蘊して熱と為す。漸く浮腫腹脹に至り、小水利せず①
之を治す法に非ず、水湿久漬し、逆行して肺を犯す、必ず咳嗽喘促を生ず。
甚しきときは則ち坐して臥すること得ず、俯きて仰くこと能わず、危期は速やかなり。
大凡(おおよそ)喘は必ず脹を生じ、脹は必ず喘を生ず。

方書には以て先喘後脹する者 治は肺に在り、先脹後喘する者 治は脾に在り②、亦(また)定論也。
金匱に風水、皮水、石水、正水、黄汗あり、以って表裏の治に分ける。
河間(劉完素)は三焦分消あり、子和(張従正)は磨積逐水あり、皆 奥義あり。
学者、心を潜め体認せずんばあるべからず。以って概述するに難し。
近代世俗の論を閲するに、水湿喘脹の症、内経を以て鬼門を開き汗を取り表治と為し、小便を分利し浄府を潔するを裏治と為す③

経旨「病能篇」に謂う、諸湿腫満、皆 脾に属す(※)。健脾燥湿を以て穏治と為す。之を治して効せず、技窮束手なり。凡そ病は皆 陰陽に本づくことを知らず、通表、利小便乃ち経氣を宣して、腑氣を利するは、是れ陽病の治法。水藏を暖め、脾腎を温め、土を補い以て水を駆るは、是れ陰病の治法。肺痹を治する以って上を軽開す、脾を治す必ず温通を佐とする。

若し陰陽表裏乖違せば、藏真日に漓(薄)く、陰陽運らず、亦必ず脹を作す、通陽を以て治し、乃ち奏績(功を奏す)する可し。「局方発揮」の禹余糧丸の如し。
甚しくは三焦交阻に至る、必ず分消を用う。腸胃窒塞なれば、必ず下奪を用う。
然るに傷寒実熱と同例に得ざれば、擅(ほしいまま)に芒硝、大黄、枳実、厚朴を投じ、陰血を擾動す。若し太陰脾藏の飲湿 氣を阻めば、之を温め、之を補い、應ぜざるは下法を用いんと欲す、少少の甘遂を丸と為す可き也。其の実症への治は方法備採より選び用う。

備用方、葶藶大棗湯、瀉白散、大順散、牡蠣沢瀉散、五苓散、越婢湯、甘遂半夏湯、控涎丹、五子五皮湯、子和桂苓湯、禹功丸、茯苓防已湯、中満分消湯、小青竜丸、木防已湯。

附記、一小児、姓は徐、単えに脹すること数ヶ月。幼科(幼医)百治するも功無し、僉(みな)肥兒丸、万安散、磨積丹、緑礬丸、雞肫薬を用いて俱に効せず。
余謂う、氣分にては効せず、宜しく血絡を治するべし、所謂(いわゆる)絡瘀すれば則ち脹す也。当帰鬚、桃仁、延胡索、穿山甲、蜣螂(蟷螂ではない)、䗪虫、五霊脂、山楂子の類を丸と為して、十日にして全愈す。

暑熱の旺盛なときほど水の管理が大切

下線部①「夏季は湿熱が鬱蒸して、脾胃の氣は弱り、水穀の氣も運(めぐ)りにくくなる。湿邪が附着するように内蘊して熱となる。…」ここまでの夏の湿熱ストーリーはイメージしやすいと思います。

さらに冷飲冷食が加わることで、更に脾胃の陽気は虚し、水をめぐらせることができずにさらに湿着内蘊が増加します。
以降の文章では「逆行犯肺」とあり、脾胃(土)から肺(金)へと、五行相生の逆伝が起こるパターンを提示しています。
湿濁水飲が肺を犯すことで、咳嗽、喘促の症状が起こり、ひどいと坐して臥すること得ず、すなわち起坐呼吸の所見まで起こります。『金匱要略』痰飲咳嗽病にも「欬逆倚息、不得臥」といった類似の症状が散見できます。
上記本文では『金匱要略』水氣病編を挙げていますが、痰飲を病因とし病態の軽重を学ぶのには両篇把握しておくと良いのではないでしょうか。

下線部②「先に喘して後に脹する者、その治は肺に在り。先に脹し後に喘する者、その治は脾に在り。」という言葉が方書にあるようです。残念ながら、その方書がどのようなものか確認できませんでした。(『類証治裁』(1851年 林珮琴))にはこの語「先喘後脹者治在肺、先脹後喘者治在脾」があるようですが、今のところ葉天士以前の書で確認できておりません。

ともあれ、この脹喘二症の病理は、水の停滞すなわち湿痰に起因します。『類証治裁』を参考にすると、小便不利を転機として起こる症状として焦点を絞っているようです。
「治在肺」の治病イメージは、補肺により肺氣の降下(粛降)作用を利用します。身体に充満した水を下に降ろし、一つの出口として肺から膀胱(州都の官)へと行らしその気化作用で排水を行う流れを示唆しています。
「治在脾」治病イメージはここで書くまでもありませんね。

さらに劉河間、張従正の治水の術を言葉少なに紹介しておりますが、「皆(それぞれに)奥義あり」という言葉は、これらの治水法を知っておくべし!という言うことなのでしょう。医学の世界は果てしないですものです…。

下線部③、ともあれ、湿痰を因とする喘・脹の治療は、『黄帝内経 素問』湯液醪醴論篇第十四(※以下に該当文を抜粋)にも遡ることができます。
「鬼門を開き汗を取ることを表治と為し、小便を分利し浄府を潔することを裏治と為す」という文は湿痰の処理法として、排水ルートを明確に意図することの重要性を示してくれています。

『素問』湯液醪醴論篇第十四

「岐伯曰、平治於權衡、去宛陳莝、微動四極、温衣、繆刺其處、以復其形。開鬼門、潔浄府。精以時、服五陽已布、疎滌五藏。故精自生、形自盛、骨肉相保、巨氣乃平。…」
(岐伯曰く、權衡に於いて平治す、宛陳を去ること莝の如し、微しく四極を動じ、温衣して、其の處を繆刺す、以って其形を復す。鬼門を開き、浄府を潔す。精、時を以て服し五陽已に布して、五藏を疎滌す。故に精は自ら生じ、形は自ら盛ん、骨肉は相い保ち、巨氣は乃ち平となる。…)

さらに興味深いのは、治水法としてみると“排水・湿濁の処理”として認識しがちですが、『素問』の条文をよく読むと、身体の治水とは、単なる汚濁処理に収まらず、水精をより良くすること、心身ともに浄化することにつながることを示唆しているようにも読み取れます。

鍼道五経会 足立繁久

■原文・脹

夏季湿熱鬱蒸、脾胃氣弱、水穀之氣不運、湿着内蘊為熱、漸至浮腫腹脹、小水不利。治之非法、水湿久漬、逆行犯肺、必生咳嗽喘促、甚則坐不得臥、俯不能仰、危期速矣、大凡喘必生脹、脹必生喘。
方書以先喘後脹者治在肺、先脹後喘者治在脾、亦定論也。金匱有風水、皮水、石水、正水、黄汗以分表裏之治、河間有三焦分消、子和有磨積逐水、皆有奥義。学者不可不潜心体認、難以概述。閲近代世俗論水湿喘脹之症、以内経開鬼門取汗為表治、分利小便潔浄府為裏治。
経旨「病能篇」謂、諸湿腫満、皆属于脾。以健脾燥湿為穏治。治之不効、技窮束手矣。不知凡病皆本乎陰陽、通表、利小便乃宣経氣、利腑氣、是陽病治法。暖水藏、温脾腎、補土以駆水、是陰病治法。治肺痹以軽開上、治脾必佐温通。
若陰陽表裏乖違、藏真日漓、陰陽不運、亦必作脹、治以通陽、乃可奏績、如「局方」禹余糧丸。甚至三焦交阻、必用分消、腸胃窒塞、必用下奪。
然不得與傷寒実熱同例、擅投硝、黄、枳、朴、擾動陰血。若太陰脾藏飲湿阻氣、温之、補之不應、欲用下法、少少甘遂為丸可也。其治実症選用方法備採。

備用方、葶藶大棗湯、瀉白散、大順散、牡蠣沢瀉散、五苓散、越婢湯、甘遂半夏湯、控涎丹、五子五皮湯、子和桂苓湯、禹功丸、茯苓防已湯、中満分消湯、小青竜丸、木防已湯。

附記、一徐姓小兒、単脹数月。幼科百治無功、僉用肥兒丸、万安散、磨積丹、緑礬丸、雞肫薬、俱不効。
余謂、氣分不効、宜治血絡、所謂絡瘀則脹也。用歸鬚、桃仁、延胡、山甲、蜣螂(蟷螂ではない)、䗪虫、霊脂、山楂之類為丸、十日全愈。

 

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