葉天士の『幼科要略』その8 瘧について

はじめに

前回までは夏暑を中心とした小児病理を詳解していただきました。
今回は瘧病について。瘧とは和名では「おこり」とも読みますが、病症としては悪寒と発熱を繰り返すといった病の総称でもあります。

『素問』では瘧論において詳細に瘧病について記載されています。他にも『傷寒雑病論』では瘧病脈証并治にて、『諸病源候論』などでも詳解されています。それだけ古来より人々を苦しめてきた病だといえるでしょう。

書き下し文・瘧

瘧は暑に因りて発すること多く居り。方書には痰、食、寒、熱、瘴、癧の互異有りと雖も、幼稚の瘧は、都(すべて)脾胃受病に因る。
然るに氣祛神弱して、初病、驚癇厥逆するを多しと為す。夏秋の時に在りては、断じて驚癇と為すと認めるべからず。
大方は瘧症にして、須らく十二経に分け、咳症と相い等し。

若し幼科庸俗なれば、但だ小柴胡去人参、或いは香薷、葛根の属を以てす。柴胡の肝陰を動ず、葛根の胃汁を竭きることを知らず、変を致すこと屡なり矣。
幼科は純陽、暑は熱氣を為す。症は必ず熱多く煩渇す。
邪、肺より受く者は、桂枝白虎湯、二進して必ず愈ゆ。
其の冷食して運らざる有り、足太陰脾の病が症に見(あらわ)る、初め正氣(正気散)を用う、或いは辛温を用う、草果、生姜、半夏の属の如し。
方書に謂う、草果は太陰獨勝の寒を治し、知母は陽明獨勝の熱を治す。

瘧久しければ色を奪う、脣白く汗多し、餒弱す、必ず四獣飲を用う。陰虚内熱するは、必ず鼈甲、何首烏、知母を用う。便ち漸溏する者に用いることを忌む。
久瘧するは営傷れる、寒勝するには桂、姜を加える。初、中、末の瘧門に擬しての用薬、下(一作“左”、意味は同じ)に於いてす。

初病(病の初期における)、暑風湿熱の瘧薬、脘痞悶には、枳殻、桔梗、杏仁、厚朴(この二味は喘に最も宜し)、瓜蔞皮、山梔子、香鼓。
頭痛には宜しく辛涼軽剤、連翹、薄荷、赤芍、羚羊角、蔓荊子、滑石(淡滲は上を清す)(用うべし)。
重なれば則ち石膏を用い、口渇には天花粉を用い、煩渇には竹葉石膏湯を用う。
熱甚しければ則ち黄芩、黄連、山梔子を用いる。

夏季の身痛は湿に属す、羌活、防風の辛温を宜しく忌むべし。宜しく木防已、蚕砂を用うべし。
暑熱邪による傷は、初め氣分に在り。
日に多くは解せざれば、漸く血分に入る。反って渇し多飲せず、脣舌は絳赤。
黄芩、黄連、石膏、知母の應ぜざるは、必ず血薬を用う。氣熱を清するを佐するは一味にて足りることを諒する。
軽ければ則ち青蒿、牡丹皮(汗多に忌む)、犀角、竹葉心、玄参、鮮生地黄、細生地、木通(亦た能く発汗す)、淡竹葉を用う。
若し熱久しければ痞結す、瀉心湯を選び用いる。
又、夏月に熱久しきは血に入る、最多きは蓄血の一症、譫語して昏狂す。
看法、小便清長する者は大便必ず黒きを是と為すを以て、桃仁承気湯を要薬と為す。

幼稚(小児)にて瘧久しきは、面腫れ腹膨す、泄瀉して食せんと欲せず、或いは嚢腫し、或いは跗腫す。
必ず東垣益氣を用いて以て升陽す。
倘(もし)脾陽消備すれば、前方は應ぜず、理中湯、或いは銭氏益黄散を用う。効、二三日にて得る、須らく五苓散を投ずべし。一二日にして、再び異功散、参苓白朮散の類を與う、必ず全好す。
徐忠可の注に、金匱有云、幼兒の未だ穀食進まざる者、瘧を患うこと久しく止まず、冰糖濃湯を用う。余、試して果して験あり。

瘧、多くは烏梅を用う。酸を以て木を泄し土を安んずるの意。常山、草果を用い、乃ち其の太陰の寒を刧す。常山の極走を以て、二邪をして相并せしめずの謂い。人参、生姜を用う、露姜飲と曰う。
一に以って固元し、一に以って散邪す。
取りて神明を通じ、穢悪の氣を去る。之を総じて、久瘧は氣餒。凡そ胆氣を壮んにす、皆な瘧止む可し。未だ必ずしも真に瘧鬼有らざる。又、瘧邪既に久しきは、深く血分に入る。或いは瘧母に結ぼれるは、鼈甲煎丸。
設し煎方を用いれば、活血通絡すべし。

小児の瘧病の注意点

小児の瘧病についての理解を深めましょう。下線部①「瘧は暑に因りて発すること多く居り」とあります。また「幼稚の瘧は、都 脾胃受病に因る」ともあります。
この流れから、夏の暑熱の影響を受け脾胃が損傷する…というパターンは小児ではお決まりの病理ストーリーなのでしょう。これは前章までの「夏熱」→「疳・口疳」「脹」「吐瀉霍乱」「食瓜果泄瀉」の流れから推して知るべしでしょう。
「方書には痰、食、寒、熱、瘴、癧の互いに異なり有りと雖も…」とあるように、宿疾の多い大人では「痰」「食」「寒」「熱」…などをベースに瘧病を発症させることも可能でしょう。しかし宿疾の少ない小児では上記の論のように総括できるかと思われます。

また脾胃の虚を起点として驚風(慢驚風)が引き起こされるのは小児科では一つの病理パターンです。この事についても続く文で触れられていますね。

下線部②「柴胡は肝陰を動じ、葛根は胃汁(胃陰)を竭きる」この表現も興味深いです。
柴胡は少陽半表半裏の邪を疏散して、肝胆の気を疏泄します。また葛根は軽揚昇散の性をもち、解肌退熱に働きます。
どちらも陰を損なうものではないのですが、気と水・津液・血は連動しているもの。一方を動かせば、もう一方も引きつられて動くのです。ましてや全体のキャパが小さい小児であれば、それは顕著なものとなるでしょう。
このことを葉天士は戒めているのであろうと想像できます。

瘧病について

『黄帝内経素問』瘧論第三十五にて瘧病について詳述されています。(全文はコチラ『瘧論第三十五』
その瘧論の一節を引用しますと…

…岐伯曰く、夏に大暑に傷れるに、其の汗大いに出て、腠理開発す。因りて夏氣、淒滄の水寒(※甲乙経、太素には小寒と作す)に遇うて、腠理皮膚の中に藏する。秋に風に傷れれば、則ち病成る。…

(原文)岐伯曰、夏傷於大暑、其汗大出、腠理開発。因遇夏氣淒滄之水寒、藏於腠理皮膚之中。秋傷於風、則病成矣。

夏暑の影響を受け、大いに汗をかきます。汗をかくときは夏の暑さも手伝って腠理を全開にして熱気と水を排出します。
そしてお子さんなら、その汗の出はより顕著となるでしょう。
しかし、それだけで治まらないのが猛暑というもの。水浴びや川に入ったりで冷たい水で身体を冷やします。これが「淒滄の水寒に遇う」です。現代ではクーラーで冷やした自室…もこれに当てはまるでしょう。そうなると、腠理は開きっぱなしなので、寒冷の邪は体内に侵入し放題で、皮膚の中に潜伏します。この伏邪が秋の風に影響を受けて発動し、瘧病となるのです。

…と、非常に簡略ではありますが、瘧病のカンタン病理でした。

気になる四獣飲から

文中に気になる漢方薬がいくつか登場していました。ちょこっとだけ調べましたので、メモしておきます。

まずは四獣飲。四獣とはまた興味を引くネーミングです。戦隊モノで使われそうな…(笑)

四獣飲は『臨床指南医案』巻十の集方に収録されています。
「四獣飲、即六君子湯加烏梅、草果、生姜、大棗」とあります。
六君子湯に烏梅、草果、生姜、大棗を加えたものだそうです。

『おや???・・・生姜と大棗を加える?』

『六君子湯ってそもそも生姜・大棗は使われていたのでは???』と思い、少し調べてみました。

「六君子湯の出典は『万病回春』(明代)だと考えられていたが、最近の研究では『世医得効方』だと言われています」(並木隆雄:漢方頻用処方解説「六君子湯①」.漢方トゥデイ より)

ということで、両方調べてみましょう。

画像は『(新刊)万病回春』京都大学貴重資料デジタルアーカイブから引用させていただきました。

まずは『万病回春』(明代 1587年 龔廷賢 撰)巻四 補益門から(以下、該当部を抜粋)。

甘草(炙 一銭)・白朮・人参・茯苓(各二銭)右(前述生薬)を剉み一剤にし、姜三片、棗一枚を水煎して、温服す。
六君子湯…前方(四君子湯)に半夏・陳皮を加う。

とあります。ふむふむ、生姜、大棗を使っておりますね。

では並木先生の仰る『世医得効方』(元代 1337年 危亦林 著)の巻四 脾胃を拝見しましょう。

画像は『世医得効方』京都大学貴重資料デジタルアーカイブから引用させていただきました。

四君子湯、治脾胃不調、不思飲食。
人参、甘草(炙)、茯苓、白朮(各等分)
右(前述生薬)を散に剉み、毎服三銭を水一盞?を煎じ七分まで至り、時に拘らずして服す。

方に陳皮、半夏を加える。名を六君子湯。

だそうです。生姜・大棗が使われておりません。
では四君子湯の出典とされる『太平恵民和剤局方(和剤局方)』(宋代 1078-1085年 初版)巻三 治一切氣 附脾胃積聚に遡ってみましょう。

画像は『重刻太平恵民和剤局方』京都大学貴重資料デジタルアーカイブから引用させていただきました。

〔新添諸局経験秘方〕

四君子湯、治栄衛気虚、藏府祛弱、心腹脹満、全不思食、腸鳴泄瀉、嘔噦吐逆、大宜服之。
人参、茯苓、甘草(炙)、白朮(各等分)
上(前述生薬)を細末と為し、毎服二銭、水一盞にて煎じ七分まで至る。口服を通ず、時に拘らず。
盬を入れること少し許(ばかり)、白湯に點して服すも亦得る。常に服すれば、脾胃を温和し、飲食を進益し、寒邪や瘴霧の気を避ける辟ける。

だそうです。どうも『和剤局方』でも生姜・大棗が使われていないようです。お塩少々を白湯に加えることもお勧めしてはいますが…。
四君子湯に生姜・大棗を組み入れることになったのは誰がいつから行ったのか?少し気にはなりますが、ここで一端区切りとしましょう。

ちなみに…なぜ四獣飲という命名になったのか?
この理由については記されていませんでした(残念…)

鍼道五経会 足立繁久

■原文

瘧因暑発居多。方書雖有痰、食、寒、熱、瘴、癧之互異、幼稚之瘧、都因脾胃受病。
然氣祛神弱、初病驚癇厥逆為多。在夏秋之時、断不可認為驚癇。
大方瘧症、須分十二経、與咳症相等。
若幼科庸俗、但以小柴胡去参、或香薷、葛根之属、不知柴胡動肝陰、葛根竭胃汁、致変屡矣。
幼科純陽、暑為熱氣、症必熱多煩渇。邪自肺受者、桂枝白虎湯、二進必愈。其有冷食不運、有足太陰脾病見症、初用正氣、或用辛温、如草果、生姜、半夏之属。
方書謂草果治太陰獨勝之寒、知母治陽明獨勝之熱。
瘧久色奪、脣白汗多、餒弱、必用四獣飲。陰虚内熱、必用鼈甲、首烏、知母、便漸溏者忌用。久瘧営傷、寒勝加桂、姜。擬初、中、末瘧門用薬于下。

初病暑風湿熱瘧薬、脘痞悶、枳殻、桔梗、杏仁、厚朴(二味喘最宜)、瓜蔞皮、山梔、香鼓。頭痛宜辛涼軽剤、連翹、薄荷、赤芍、羚羊角、蔓荊子、滑石(淡滲清上)。

重則用石膏、口渇用花粉、煩渇用竹葉石膏湯、熱甚則用黄芩、黄連、山梔。

夏季身痛属湿、羌、防辛温宜忌。宜用木防已、蚕砂。
暑熱邪傷、初在氣分、日多不解、漸入血分、反渇不多飲、脣舌絳赤。芩、連、膏、知不應、必用血薬。諒佐清氣熱一味足矣。
軽則用青蒿、丹皮(汗多忌)、犀角、竹葉心、玄参、鮮生地、細生地、木通(亦能発汗)、淡竹葉。若熱久痞結、瀉心湯選用。
又夏月熱久入血、最多蓄血一症、譫語昏狂。看法以小便清長者大便必黒為是、桃仁承気湯為要薬。

幼稚瘧久、面腫腹膨、泄瀉不欲食、或嚢腫、或跗腫、必用東垣益氣以升陽。倘脾陽消備、前方不應、用理中湯或銭氏益黄散。得効二三日、須投五苓散。一二日、再與異功、参苓白朮散之類、必全好。
徐忠可注、金匱有云、幼兒未進穀食者、患瘧久不止、用冰糖濃湯、余試果験。

瘧多用烏梅、以酸泄木安土之意。用常山、草果、乃劫其太陰之寒。以常山極走、使二邪不相并之謂。用人参、生姜、曰露姜飲。一以固元、一以散邪、取通神明、去穢悪之氣。総之、久瘧氣餒、凡壮膽氣、皆可止瘧、未必真有瘧鬼。又瘧邪既久、深入血分或結瘧母、鼈甲煎丸。設用煎方、活血通絡可矣。

 

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