葉天士の『幼科要略』その5 疳・口疳について

これまでのあらすじ

風温、夏熱の流れから順当に秋燥と続くのかと思いきや、その予想に反して「疳」です。疳といえば「疳の虫」を連想する人もいるでしょう。(それとも「疳の虫」はすでに死語になっているかも…)
疳の虫は多くの場合、癇癪(カンシャク)、イライラのことを指して用いられています。しかしこれは注意が必要です。
そもそも中医小児科では「疳」は全く違う病態として説明されています。本書『幼科要略』では簡略ながらも疳の病態について説かれています。なぜ夏熱の流れで疳の章があるのか?も含めて学んでいきましょう。

以下に書き下し文(黄色枠)と原文(青枠)を記載します。
『幼科要略』は『温熱湿熱集論』福建科学技術出版社および『葉天士医学全書』山西科学技術出版社を参考および引用しています。
書き下し文に訂正箇所は多々あるでしょうがご容赦ください。現代語訳には各自の世界観にて行ってください。

書き下し文・疳

幼児、断乳し食を納れ、夏月に値(あ)うて脾胃は気を主る。
肚膨し泄瀉し易く、頭熱、手足心熱、形体は日に痩せ、或いは煩渇し善く食して、漸に五疳積聚を成す。
當に体の強弱、病の新久を審らかにするべし。有余する者は當に疏胃清熱すべし。
食入りて、糞色白或いは化(消化)せざるは、當に健脾し消導清熱を佐とすべし。
若し湿熱内鬱せば、蟲積し腹痛す、滞を導き蟲を駆い微しく之を下し、緩やかに調える。肥兒丸の属を用う。

本章では・・・

疳症は脾胃の失調を原因とする病態です。そのため「肚膨泄瀉(腹満泄瀉)」「痩せ」といった基本症状が現れます。または逆に「煩渇してよく食べる」ことで積聚を形成し、五疳(五藏の疳)に至ります。

そもそも小児の基本体質として脾胃の脆弱さがあります。理由はいくつもありますが、授乳期から離乳いわゆる断乳以降は、離乳食・普通食を摂取します。この移行期は脾胃に負担がかかる要因ともなります。この時期の脾胃の負担をうまくクリアするか否かで、以降の体質が決定されるのです。

さらに夏季の暑熱が脾胃を傷害することになります。「脾胃は気を主る」という言葉は、夏季~長夏にかけて暑湿が強くなりますが、暑も湿も共に気を傷るとあります(「夏熱」の章を参照のこと)

以上のように小児の体質と夏季~長夏の暑熱・湿熱があわさることで、脾胃が消耗しやすくなります。いわゆる夏バテはこの軽症にあたるといえるでしょう。この状態が長期および深刻になることで、深刻な脾胃の病態を形成してしまいその結果として疳症に派生することになるのです。

以上のように葉天士は温熱病など急性熱病の病理として伏気の存在を警戒しながらも、疳症のような慢性疾患の病理においても伏気や夏季の暑気熱気を組み込んでいます。急性慢性ともに矛盾なく病理を構築していることは大いに評価すべきことであると思います。

鍼道五経会 足立繁久

■原文 疳

幼兒断乳納食、値夏月脾胃主氣、易于肚膨泄瀉、頭熱、手足心熱、形体日痩、或煩渇善食、漸成五疳積聚。當審体之強弱、病之新久、有餘者當疏胃清熱。食入、糞色白或不化、當健脾佐消導清熱。若湿熱内鬱、蟲積腹痛、導滞駆蟲微下之、緩調用肥兒丸之属。

これまでのあらすじ

上記の疳症については主に夏季の暑熱が影響している点について焦点にあてており、疳症についての詳しい病理は省略されていた印象を受けます。詳しくは他の小児科医書を当たるべきでしょう。疳症から複数の病態に発展するケースについても学べることでしょう。
口疳についても同様に疳症から派生した一病態と言えるでしょう。

書き下し文・口疳

夏季秋熱し、小児泄瀉す。或いは初愈未だ愈えず、満口に皆(みな)疳蝕を生ず、嘗て咽喉を阻塞して危を致する者有り。
此れ皆 裏に湿盛生熱在り。熱氣蒸灼し、津液升らず、湿熱偏えに氣分を傷る。
治は上焦に在り、或いは淡滲を佐とす。
世俗では常に西瓜翠衣を刮りて疳を治す、其の軽揚滲利を取る也。

西瓜は天然の白虎湯

夏季の暑熱が伏し、秋になって暴発し泄瀉する…そんな病態を起点としています。さらに泄瀉だけに収まらず、疳蝕を生じ、咽喉を阻塞(閉塞)して危険な状態に陥る…と、そのような病症を解説していますが、この口疳も詳しくは他の小児科医書を調べると良いでしょう。

さて本論に登場する生薬に興味深いものがあります。それはスイカです。

西瓜翠衣とは西瓜(スイカ)の翠(みどり)の衣、即ちスイカの皮のことです。スイカの皮、普通に捨ててましたね…。
そもそも西瓜(スイカ)は「天然の白虎湯」とも称され(※)、清熱利水生津の効能を持ちます。
そして西瓜の皮(西瓜翠衣)は「清熱解暑の効力は西瓜に劣るが、利小便にすぐれている。…」(『中医臨床のための中薬学』より)とあります。この効能を以て「軽揚滲利」としたのでしょう。
世俗とあるように西瓜は当時でも薬よりかは市場で入手しやすかったはず。スイカの皮を削ってその効を期待したのであろう…そんな光景を思い浮かべます。

※天然の白虎湯…『本草綱目』によると「穎曰;西瓜性寒解熱、有天生白虎湯之号。然亦不宜多食。」とある。穎とは汪穎のことで『食物本草』に記された内容であろうか、食物本草が手元にないため直接は確認できなかった。しかし西瓜が清熱の効を持つのは、夏に西瓜を食した者なら、多くの人は体感しているであろう。

鍼道五経会 足立繁久

■原文 口疳

夏季秋熱、小兒泄瀉、或初愈未愈、満口皆生疳蝕、嘗有阻塞咽喉致危者。此皆在裏湿盛生熱、熱氣蒸灼、津液不升、湿熱偏傷氣分、治在上焦、或佐淡滲。世俗常刮西瓜翠衣治疳、取其軽揚滲利也。

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