葉天士の『幼科要略』その10 秋燥について

これまでのあらすじ

前回までは夏の暑熱を起点とした病症群が続いていました。陽体を持つ小児ならではの病理を学ぶことができました。夏季の暑熱や外感熱病と狭く限定することなく、慢性疾患や体質的な不調和にも通ずる内容であり、小児はりを実践する鍼灸師にとっては大いに学ぶべきものであると考えます。

さて今回は秋の病のお話。秋と言えば燥邪の出番です。一般的な(特に現代日本の)感覚だと『乾燥するのは冬じゃないの???』と思うかもしれません。ですが、秋の燥は外気の乾燥・湿度の低下だけではないと思うのですね。天の氣と人の氣が作用しあうことで生まれる燥があります。では本文を読んでいきましょう。
以下に書き下し文(黄色枠)と原文(青枠)を記載します。
『幼科要略』は『温熱湿熱集論』福建科学技術出版社および『葉天士医学全書』山西科学技術出版社を参考および引用しています。
書き下し文に訂正箇所は多々あるでしょうがご容赦ください。現代語訳には各自の世界観にて行ってください。

書き下し文・秋燥

秋深初涼(秋深まり冷涼が初まると)、稚年(小児)は発熱し咳嗽す。証は春月の風温症に似る。但し、温とは乃ち漸熱の称にして、涼とは即ち漸冷の意。
春月の為す病は、猶(なお)冬季の固密を藏すの餘りの如し①、秋令に感じ傷るるは、恰(ちょうど)夏熱発泄の後に値す。
其の体質の虚実は同じからず。
但だ温は上より受く、燥は上より傷る。理は亦た相い等し。均しく是れ肺氣、病を受く。
世人、誤りて風寒に暴感する認め、三陽の発散を混投して、津液を劫燥すること甚しく、喘急し危を告げる。
若し果して暴涼し外束すれば、身熱し痰嗽す。只だ宜しく葱鼓湯、或いは蘇梗、前胡、杏仁、枳実、桔梗の属を(用うべし)。
僅かに一二剤にて亦(また)可なり。
更に粗工有れば、亦た熱病を知りて、瀉白散に黄芩、黄連の属を加えて與う。
愈(いよいよ)苦味は燥を助くことを知らず、必ず他の変症を増す。
當に辛涼甘潤の方を以て、氣の燥は自ずと平して愈ゆべし。慎みて苦燥を用いて胃汁を劫爍する勿れ。

秋燥の一症、氣分に先ず受く、治肺を急と為す。若し数十日の久を延綿すれば、病は必ず血分に入る②。又、軽浮肺薬にて医すべきのみに非ず。須らく体質、症喘を審らかにすべし。古に謂う、病を治するは活溌の地の如く、盤走珠の如し。

翁姓の子、方に(生後)数ヵ月、秋燥潮熱して咳嗽すること瘧の如し。
幼科医は発散薬を用いること二日にして効せず。忙(慌てて)禁乳せしむ。更に医は瀉白散を用い、再び(前方に)黄芩黄連を加えて処方すること二日。昼夜煩熱し、喘して咳せず、黏膩を下痢する。薬投与後を竟に薬水を痢する。
延して余、之を診する。
余曰く、稚年(小児)は乳食を以て命と為す、餓れば則ち胃虚し氣餒(う)える、肺氣は更に爽ならず。
玉竹、甘草、炒広皮、竹葉心を一剤にして熱し緩めて與う。継ぎて與香粳米、南棗、広皮、甘草、沙参を二剤に與え、與乳(授乳)も少し進める、夜には抱いて倒しめる(寝かし臥する)こと勿れ。三日に全愈す。

秋の病を理解するには、春の病を理解する

下線部①「春月の為す病は、猶 冬季の固密を藏すの餘りの如し」はなかなか面白い表現です。
意訳すると、春の病(風温)は、冬季に収藏した余(邪)が機を得て発出したもの、と言ったところでしょう。餘(余)という表現が興味深いですね。

対する秋の病はどのような表現でしょうか?
この続きを見てみましょう。「秋令の氣に感じて傷られるのは、夏熱による発泄の後に当たる」とあります。
「発泄の後」がポイントです。夏の暑熱に対応するため、人体は盛んに発汗を行います。発汗することで陽気を津液を消費します。

春の風温は「冬傷于寒、春必病温者、重在冬不藏精也。」(『臨床指南医案』巻五 温熱より)とはいえ、それなりに冬季養藏した後であり正気は実しています。しかし秋の秋燥の病は夏季発泄の後であり氣液ともに消耗傾向にあります。
また「『幼科要略』その17 春温風温」にある「春温は皆、冬季の伏邪なり(春温皆冬季伏邪)」という言葉も「猶冬藏固密之餘」をシンプルに表現していると思われます。

ここが「その体質の虚実は同じからず」という言葉の意味であり、前提となる基礎体質の違いを考慮して治療にあたるべし!と説いていることが分かります。

但し、風温、秋燥ともに上・肺を傷害する点は共通していますので、病理は同じなのです。春秋の氣はともに温涼であり、夏冬に比べて比較的穏やかな季節です。それだけに春病と秋病を比較対比させることで、両者の違いが浮き彫りになり、かつ互いの病の本質を理解するヒントにもなるのです。

また「病理は同じであるが基礎体質は異なる」ということが分かれば、東医的な診断能力は大きく向上することでしょう。

なぜ秋燥において治肺は急務なのか?

まずは上焦に受け、氣分を傷る。夏の暑熱と異なり、秋は燥邪です。陽の極みのような暑熱ほどの熱量と侵攻速度はありません。
しかし、肺は燥を悪みもの。そして肺は嬌藏とも言われ、一たび傷害されると弱く脆いものです。ましてや秋の氣令、すなわち天氣が味方になってくれない時候です。
空調完備になれている現代日本では体感しにくいですが、天氣・時候が味方となるか否か?は治療する人間にとって大きな問題です。
追い風が吹いているのか?逆風が吹くのか?これに気づくことは重要です。病変病伝の早い小児科であれば猶更です。

以上の理由により「肺を治することは急を要する」のです。

 

鍼道五経会 足立繁久

■原文・秋燥

秋深初涼、稚年発熱咳嗽、証似春月風温症。但温乃漸熱之称、涼即漸冷之意。
春月為病、猶冬藏固密之餘。秋令感傷、恰値夏熱発泄之。其体質之虚実不同。但温自上受、燥自上傷。理亦相等、均是肺氣受病。世人誤認暴感風寒、混投三陽発散、津劫燥甚、喘急告危。
若果暴涼外束、身熱痰嗽。只宜葱鼓湯或蘇梗、前胡、杏仁、枳、桔之属。僅一二剤亦可。更有粗工、亦知熱病、與瀉白散加芩、連之属。不知愈苦助燥、必増他変。當以辛涼甘潤之方、氣燥自平而愈。慎勿用苦燥劫爍胃汁。

秋燥一症、氣分先受、治肺為急。若延綿数十日之久、病必入血分、又非軽浮肺薬可医。須審体質症喘、古謂治病如活溌之地、如盤走珠耳。

翁姓子、方数月、秋燥潮熱、咳嗽如瘧。幼科用発散薬二日不効、忙令禁乳。更医用瀉白散、再加芩連二日。昼夜煩熱、喘而不咳、下痢黏膩、薬後竟痢薬水。
延余診之、余曰、稚年以乳食為命、餓則胃虚氣餒、肺氣更不爽矣。與玉竹、甘草、炒広皮、竹葉心、一剤熱緩。継與香粳米、南棗、広皮、甘草、沙参、二剤、與乳少進、令夜抱勿倒、三日全愈。

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