葉天士の『幼科要略』その7 吐瀉霍乱&食瓜果泄瀉

これまでのあらすじ

夏季が人体、特に小児に及ぼす影響として「夏熱・夏暑」について学びました。さらにその流れで暑熱を起点に「疳」「口疳」「脹」と、夏熱・暑熱をきっかけに湿熱を増大させ、各器官において病症を発する病機を前章まで学びました。
小児の特性を知っていれば大いに納得できる内容であり、流れではないかと思われます。
今回はその一連の流れの一環として吐瀉霍乱があります。これも小児はりをする or しないに拘わらず、家族の健康を守るのであれば必修の内容と言えるでしょう。

書き下し文・吐瀉霍乱

吐瀉の一症は、幼児の脾胃が傷を受く、陡(けわしい)して驚搐に変ずること最も多し。
若し是(これ)不正の穢氣が人に触れ、或いは寒冷を口に食すれば、正氣散、六和湯、五積散の類を套用する。

正氣傷を受けて、肢冷呃忒、嘔吐自利す、即ち銭氏益黄散を用う。
痰が有れば星附六君子湯、理中湯等を用う。

倘(もし)熱氣深伏して、煩渇引飲、嘔逆する者は、連香飲、黄連竹茹橘皮半夏湯。
熱閉して神昏するは至宝丹を用い、寒閉には来復丹を用う。

病後のリカバリーによって体質が変わってしまう

吐瀉は発熱と同様、小児で頻繁にみられる症状です。但し吐瀉は脾胃の氣を大いに損耗させます。現代では脾胃の氣が消耗しても速やかに回復させることができます。栄養面や環境面などで非常に恵まれているからです。
しかし、現代のような衣食住とも完備されていない時代に想いを馳せてみましょう。吐瀉によって胃氣も津液(水分・ミネラル)も失われ、エアコンの無い夏の酷暑で、どうやって回復しましょう。ポカリ・アクエリ・OS-1はありませんし、お粥もすぐに摂取できないことでしょう。吐瀉後のリカバリーがスムーズにいかないままに、体質が脾虚に落ち込んでしまう…といったケースは容易に想像できます。
脾胃虚をベースとした慢驚風に至る(本文中「幼児脾胃受傷、陡変驚搐最多」)というケースは当時最も多くなられた病態と記されています。

小児の治療をしているとよく分かりますが、小児期には体質が切り替わる転機がいくつかあります。病後もその一つ。
元々、元気で健康優良児だった子が、脾虚体質や腎虚体質に固定されてしまうということも往々にして有り得ることなのです。(私自身、このような体質の転機を辿っています)ましてや当時であれば頻繁にみられたことでしょう。

さて処方として、正気散を筆頭に六和湯、五積散が推奨されています。念のため以下にメモしておきましょう。
正気散〔甘草(炙)、陳皮、藿香、白朮、厚朴、半夏、生薑、大棗(分量略)〕
六和湯〔縮砂仁、半夏、杏仁、人参、甘草(炙)、赤茯苓、藿香葉、白扁豆、木瓜、香薷、厚朴、生薑、棗子(分量略)〕
五積散〔白芷、川芎、甘草(炙)、茯苓、当帰、肉桂、芍薬、半夏、陳皮、枳殻、麻黄、蒼朮、乾薑、桔梗、厚朴、生薑(分量略)〕
(いずれも『太平惠民和剤局方』巻二 治傷寒 附中暑より)

続く文には銭氏益黄散が推奨されています。銭氏益黄散は又の名を補脾散、銭乙(銭仲陽)の著書『小兒薬証直訣』に記されている薬方です。上記の三方と比較してみましょう。
益黄散の構成生薬は〔陳皮、丁香(一方 木香)、訶子、青皮、甘草(分量略)〕
脾胃虚弱を治す、及び脾疳、腹大身痩を治す。と『小兒薬証直訣』巻下 諸方には記されています。

益黄散の興味深いところは、補脾薬 補気薬といった系統の生薬が非常に少ない点にあります。例えば、四君子湯を例に挙げると分かりやすいでしょう。四君子湯は〔人参・朮・甘草・茯苓〕のような補中補気の薬を中心として構成されています。

しかし益黄散は上記のように〔陳皮、丁香、訶子、青皮、甘草〕で構成され、温中(丁香)や健脾和胃(陳皮)、消積化滞(青皮)そして収渋止瀉(訶子)のように甘草を除いた個々の薬能をみると単に補気を目的した構成ではないことが分かります。さらに五藏(五行)のバランスでみると肝肺(木・金)を視野に入れた構成で、補土だけを対象とした処方ではないことがイメージでき、なるほど小児科ならではの五行的な処方構成だな…と考える次第であります。

鍼道五経会 足立繁久

■原文 吐瀉霍乱

吐瀉一症、幼児脾胃受傷、陡変驚搐最多。若是不正穢氣触人、或口食寒冷、套用正氣散、六和湯、五積散之類。
正氣受傷、肢冷呃忒、嘔吐自利、、即用銭氏益黄散。有痰用星附六君子湯、理中湯等。
倘熱氣深伏、煩渇引飲、嘔逆者、連香飲、黄連竹茹橘皮半夏湯。熱閉神昏用、至宝丹。寒閉用来復丹。

子どもは甘い物と冷たいものが好き

書き下し文・食瓜果泄瀉

稚年、夏月には瓜果を食す、水寒の湿は脾胃に着し、人をして泄瀉せしむる。
其の寒湿は積みて聚まり、未だ能く遽(すみや)かに熱氣を化せず。
必ず辛温香竄の氣を用う。古方の中、瓜果の積を清するに丁香、肉桂を以てし、或いは麝香を用う。
今、七香餅 瀉を治する、亦 此の意に祖す。其れ平胃散、胃苓湯も亦 用うべし。

子どもは冷たい物と甘い物が大好きです。ここではその代表として瓜果が挙げられています。体を冷やす系統の瓜果といえば、西瓜(スイカ)が最もポピュラーだと言えるでしょう。
西瓜(スイカ)が持つ清熱の効をもつ…という話は『幼科要略その5・疳について』の西瓜は天然の白虎湯…で既に紹介しました。

昭和世代ならば「スイカ食べ過ぎるとお腹をこわす」と言われた人も少なくないでしょう。古人は西瓜の利水作用も提示しつつも、その清熱作用にも注意を促しています。
清熱すなわち冷やす作用が過ぎれば、どうなるかは想像に難くないですね。具体的な機序は上記文にある通りです。

現代っ子は西瓜をたくさん食べるというより、アイスクリーム・ジュースの摂取が過多になりがちです。しかし寒冷の性をもつ甘味という点では西瓜に共通する点であり、かつ西瓜のような利水作用が希薄である点では、上記の寒湿が積み聚まり定着する傾向はより強いと言えるのではないでしょうか。

鍼道五経会 足立繁久

■原文 食瓜果泄瀉

稚年夏月食瓜果、水寒之湿着于脾胃、令人泄瀉。其寒湿積聚、未能遽化熱氣、必用辛温香竄之氣。古方中清瓜果之積以丁香、肉桂、或用麝香。今七香餅治瀉、亦祖此意。其平胃散、胃苓湯亦可用。

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