王叔和の『脈経』序文を紹介

『脈経』のあらすじ

脈診書の中でも『脈経』はよく知られています。著者の王叔和もよく知られた人物です。
王叔和は後漢-西晋の時代の人(生没年には諸説あり)で、歴史に詳しい人なら三国志の時代に生きた医家というとイメージしやすいのではないでしょうか。

三国志の時代に生きた医家といえば、華佗や張仲景が有名です。
華佗は曹操の持病(頭痛)への治療要請を断ったエピソードなどが有名です。
張仲景も同時代に生きた人物で長沙の太守を務めたと言われていますが、その真偽についても賛否があるようです。

さて賛否といえば、王叔和の業績についても様々な評価がありますが、『脈経』の記載内容をみると脈状の表現などは非常に冷静に記されていることが分かります。
どのような点が冷静なのか?というと、後代の脈診書のように比喩表現がほとんど使われていないことです。この点は高い評価を得ても良いのではないかと個人的には思うことです。

ということで『難経』脈診章の次なる脈診書紹介シリーズとして『脈経』の第一巻を紹介しようと思います。
まずは序文から始めていきましょう。


※『脉経』京都大学付属図書館より画像引用させていただきました
※下記の黄色枠部分が『脉経』の書き下し文、記事末青枠内に原文を引用しています。

書き下し文・序

晋 太醫令 王叔和譔

脈理は精微にして、其の体は辨じ難し。弦緊浮芤は、展転して相い類す。
心に在りては了し易く、指下には明じ難し。

沈を謂いて伏と為せば則ち方治は永く乖れ、緩を以って遅と為せば則ち危殆は立ろに至らん。
況んや数候俱に見わること有り、異病同脈の者を乎。
夫れ医薬の用と為るや性命の繋る所なり。医和扁鵲の至妙なるは、猶(なお)或いは思を加えるが如く、仲景の明審なるも、亦た形証を候う。一毫の疑い有れば則ち考校して以って験を求む。故に傷寒には承気の戒め有り、嘔噦、下焦の間より発す。
遺文の遠旨、代(よ)に能く用いること寡なく、旧経の秘述(秘術)は、奥にして旧せず。
遂に未学をして源本に於いて眛せしむ。
牙(互いに)偏見を滋(ま)し、各々逞己が能を逞(ほしいままに)すれども、微疴を膏肓の変と成し、滞固して振起の望みを絶することを致さん、良とに以(ゆえ)有る也。

今、撰集岐伯より以来、華佗に逮(およ)ぶまでの経論要訣、合して十巻と為す。百病の根源、各々類例を以って相い従う。声色証候、該(か)ね備わざること靡(な)し。其の王阮傳戴、呉葛呂張の伝える所は異同なれど、
咸(みな)悉く録して載す。誠に能く心に留め研窮せよ。其の微賾(びさく)を究めれば、則ち可以て古賢に比蹤する可し。代(よ)に夭横すること無し。

脈を理解するために用語を理解すべし

『脈経』の序文は「脈理」という言葉から始まります。

脈理とは文字通り「脈の理」。当会では脈を表わす言葉や要素として脈位、脈数、脈状、脈力、脈幅、脈形、脈機などに分けて用いています。これらの言葉は脈診で得られた情報を整理するのに分かりやすいです。

脈象とは?

他にも脈象や脈証などの言葉も脈診家に共通して用いられる用語だと思います。
脈象とは文字通り「脈の象り」
脈の形状や感触(脈状)や速さ(脈数)脈の力やそのベクトルなど、脈の特徴を整理した言葉として用いられているようです。
「脈象には24種(脈象には27種や30種など諸説ある)…」などの情報はネットでもよく出てきます。

脈証とは?

脈証もその定義が不明瞭なまま用いられている節があります。
私としては「体質・証を表わす脈診情報」ひいては「治療方針を示す脈診情報」として脈証として用いています。
例えば「右関上虚中弦、左関上実弦」の脈を木尅土の証として用います。
実際には寸口・尺中にも様々な脈が現われているでしょうが、これらの脈の情報を雑多に列挙しても実践的ではありません。上記のように脈証として表記・表現すると治療方針を伝えるのに有益です。

脈理とは?

脈理という言葉も私はよく用います。脈理を把握し理解することは最も重要です。
「多くの脈状を触知できるか否か!?」という脈診技術よりも、脈理について考え理解することに脈診の意味があります。
脈理は脈証に近いニュアンスですが「脈証は実践的な意味あい」であり、「脈理は本質的な脈の意味」としてを使い分けています。

例えば、脈を診て弦脈を触知したとします。
弦脈は一般的には気滞を示す脈として知られていますが、弦脈が表わす情報は他にもあります。肝胆の病脈としての弦、少陽の病脈としての弦、湿痰の存在を示す病脈としての弦などなど…実は一種の脈とはいえ示す情報は多岐多端であります。
『脈経』序文にある「異病同脈」という言葉はまさにこのことであります。

「●脈=■■証」という短絡的な思考では臨床では対応できません。
このことは「病は多種多様であり百病・万病ともいえるほどなのに脈象はたかだか24~30程度しかない。限られた脈象ですべての病に対応できるものか!?(否である)」として歴代の医家たちも指摘しています。

ならば脈診をどのように活用すべきか?
脈の意味を考え分析し理解するのです。それが脈理であります。

以上のように鍼道五経会では、脈の五要素として「脈数・脈位・脈力・脈状・脈機」に分類整理し(脈幅は脈力に、脈形は脈位に含まれる)、「脈象」「脈証」「脈理」を以上のように整理して脈診を習得し実践しています。

鍼道五経会 足立繁久

『脈経』序文 ≫ 脈形状指下秘訣 第一

■原文・序

晋 太醫令 王叔和譔

脉理精微、其體難辨、弦緊浮芤、展轉相類。在心易了、指下難明。謂沈為伏、則方治永乖。以緩為遅、則危殆立至。況有数候俱見、異病同脉者乎。
夫醫薬為用、性命所繋。和鵲至妙、猶或加思。仲景明審、亦候形證、一毫有疑、則考校以求験。故傷寒有承気之戒、嘔噦発下焦之間。遺文遠旨、代寡能用、舊経秘述、奥而不舊。遂令未学眛於源本。牙滋偏見、各逞己能。致微疴成膏肓之變、滞固絶振起之望、良有以也。

今撰集岐伯以来逮於華佗、経論要訣、合為十巻。百病根源、各以類例相従。聲色證候、靡不該備。其王阮傳戴、呉葛呂張所傳異同、咸悉載録。誠能留心研窮。究其微賾、則可以比蹤古賢。代無夭横矣。

 

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