これまでのあらすじ
前回・第一章では「脈形状指下秘訣」として24種の脈象を学びました。
とはいえ、一つ一つの脈象について詳しく解説したわけではありませんが、王叔和の脈診学の特徴を紹介できたかと思います。
さて本章では平脈早晏法として平脈をみるに相応しい時間帯について言及されています。
「診脈は平旦を以てす」この言葉は『素問』脈要精微論の有名な言葉です。
「脈を診るのは早朝(明け方)が良い」という言葉を理解することで、東医的な人体観の理解、鍼灸医学や湯液医学の理解が深まることだと思われます。
それでは本文を読んでみましょう。
※『脉経』京都大学付属図書館より画像引用させていただきました
※下記の黄色枠部分が『奇経八脈攷』の書き下し文、記事末青枠内に原文を引用しています。
書き下し文・平脈早晏の法 第二
黄帝問て曰く、夫れ診脈は常に平旦を以ってすとは、何ぞ也。
岐伯対て曰く、平旦なる者は、陰氣未だ動ぜず、陽氣は未だ散ぜず、飲食未だ進まず、経脈は未だ盛んならず、絡脈は調均す、血氣は未だ乱れざる。故に乃ち診る可し、此れを過ぎるは非なり。千金、素問と同じ、太素には有過の脈と云う。
脈の動静を切して精明を視、五色を察し五藏の有餘不足、六腑の強弱、形の盛衰を観る。此れを以って参伍して死生の分を決す。
脈診を行うには早朝がよい
この「脈診を行うには早朝がよい(診脈は常に平旦を以てす)、その理由は何故か?」という疑問から始まります。
その理由として、平旦は「血氣がまだ 乱れていない時間帯」であるからだとしています。
なぜなら平旦は「陰気は動じておらず、陽気もはまだ散ってはいない、それでいてまだ飲食していないため、経脈はまだ盛んにはならず、絡脈は均しく調っているから」だとしています。
なるほど平旦とはとても陰陽・経絡ともにフラットな状態であることは分かりました。
歴代の医家の意見をみると、平旦の解釈には少なくとも3種類あることが分かります。各説の詳細は本記事では省きますが、総合的に考えると「なぜ平旦が脈診に重要な要素となるのか」がみえてきます。
平旦を通じてわかる脈診の本質
脈診における平旦の重要性を理解することで以下の3点に答えが行き着きます。
・脈診は血管や血流を診るものではありません。
どうも誤解されやすいようですが、脈診とは脈管や血流を診ているのではないのです。分かりやすく伝えるために便宜上「血管の感触」や「血流の勢い」で以て表現することになりますが、残念なことに手段が目的にすり替わってしまっていることが多いようです。
・脈診を通じて“氣”を診る。故に経脈の状態を推し測ることができる。
・脈を通じて、人の体という小さな世界だけでなく、人と天地との関わり、即ち小さな世界と大きな世界との交流を推し測ることができる。
『素問』脈要精微論をはじめ、『難経』そして王叔和の『脈経』平脉早晏法では、以上の脈診の理を伝えんがために平旦というキーワードを提示しているのではないでしょうか。
鍼道五経会 足立繁久
脈形状指下秘訣 第一 ≪ 平脉早晏法 第二 ≫ 分別三関境界脉候所主 第三
■原文・平脉早晏法第二
黄帝問曰、夫診脉常以平旦、何也。
岐伯對曰、平旦者、陰氣未動、陽氣未散、飲食未進、経脉未盛、絡脉調均、血氣未亂。故乃可診、過此非也。千金同素問、太素云有過之脉。
切脉動静而視精明。察五色観五藏有餘不足、六腑強弱、形之盛衰。以此参伍決死生之分。
・・・