『切脈一葦』脈状①-浮脈・芤脈・蝦遊脈-

『切脈一葦』(中莖暘谷 著)第7弾です。上巻が終わり中巻に入ります。中巻は脈状がテーマです。

中莖氏が説く脈状論は特殊というか、賛否両論あると思いますが、私は是ととっております。中莖氏の脈状論について以下に紹介します。

『切脈一葦』これまでの内容

1、序文
2、総目
3、脈位
4、反関
5、平脈
6、胃氣


※画像は『切脈一葦』(京都大学附属図書館所蔵)部分より引用させていただきました

下記の青枠部分が『切脈一葦』原文の書き下し文になります。
※文末にデジタル図書館へのリンクを貼付。

脈状

『切脉一葦』巻之中
常陽   中莖謙  著

浮 芤 蝦遊

浮は浮かみたる脈を云う。病、表に在るの候なり。浮にして力ある者は表実なり。浮にして力なき者は表虚なり。
浮大は太陽の脈なり。浮濇は太陰の脈なり。浮滑にして数なる者は太陽陽明併病の脈なり。
病久しくして脈反て浮なる者は虚陽浮散の候なり。雑病の浮脈は表証に限らず。全証を参考して表裏を決断すべし。

芤は力なきの形容にして芤と云う一種の脈状あるに非ず。軟弱と同類なり。
軟弱は浮沈俱に力なき者に用い、芤は浮にして力なき者に用いるなり。
芤は草の名にして、その葉、葱に似たり。因りて力なきの形容字に用いたる者なり。
又、浮而芤と云う。浮而緊、これを按じて反て芤(※1)という類は、唯 力なきの辞に用いたる者なり。
又、浮弱、浮遅、浮濇の類は、みな芤と同意にして亡陽の候なり。
浮大にして軟、これを按じて両條(※2)を成りて中間の空なる者を芤脈と為る説あり。
浮沈俱に力有りて、中取して力なき者を芤脈と為る説あり。これは芤の形を論じて脈の状を論ずる者に非ざるなり。
浮にして力なき脈を芤と形容してその状分明なり。然るを後の人、脈状を如何と顧みず、唯 芤の字に泥(なず)みて説を作る。思わざるの甚なり。

蝦遊は蛙の水面に出没するが如く、見(あらわ)れたり、伏したりする脈を云う。これ即ち芤の極みにして七死の脈の一なり。

※1、浮而緊、これを按じて反て芤「浮而緊、按之反芤」
※2、両條:脈中が空虚ゆえに血管壁が両端に触れ両條という表現を使うのであろう。

浮脈と芤脈を同系統に分類するというセンスは注目に値します。

一般的には、浮脈は太陽病などの表証、芤脈は血虚などの虚証を意味すると教えられます。
診断結果からみると、太陽病と血虚はどう考えても同系統に分類することはできません。

脈状を感触としてみると“浮脈と芤脉を同系統とするカテゴライズ”は否定されるべき脈状論でしょう。
しかし、この脈を“力のベクトルからみたカテゴライズ”を用いると、浮脈と芤脉は同系統の脈状とみれます。

浮脈は脈の表面に浮かびあがる脈です。脈勢が表(浮位)にシフトすると相対的に裏(沈位)の脈勢は弱くなります。
『傷寒論』太陽病上編「太陽中風、陽浮而陰弱、…」という脈状もこの状態を指している面があるのです。

人体は生き物であり、氣血の動きは極めて流動的なものですから、表にシフトするということはどこかにムラ(隙間)が生じるのです。
大きく表裏の対比でみると、表に気がシフトすることで、裏にムラができる(手薄になる)ということなのです。

この「浮位強、沈位弱」という同ベクトルの延長戦上にある脈が芤脈なのです。
「芤は浮にして力なき者」ということです。

さらに浮脈・芤脈の同系脈状に蝦遊脈を配していますが、中莖氏には同じよう見えているのだと考えています。

 

鍼道五経会 足立繁久


『切脈一葦』京都大学付属図書館より引用させていただきました

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