霊枢 五十営の書き下し文と原文と

本篇五十営は、人体の生理を理解する上で非常に重要な内容である。
といっても、初学の頃は本篇の内容に何一つ魅力を感じなかったが…(苦笑)
しかし「気」について学ぶほどに五十営の重要性は増すばかりである。

特に気の運行、営気の性質を理解するためにはこの五十営篇は重要な内容である。


『霊枢講義』京都大学付属図書館より引用させていただきました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

『霊枢』五十営第十五

黄帝曰く、餘、五十営を聞くこと、奈何?
岐伯答えて曰く、天周二十八宿。宿三十六分。
人の氣の行くこと一周千八分。
日の行くこと二十八宿(『甲乙経』には六字無、『太素』には「宿」を「分」)、
人の経脈、上下左右、前後二十八脈。
周身十六丈二尺。
以って二十八宿に應ずる。
漏水が下ること百刻、以って晝夜を分かつ。
故に人の一呼に脈再動して、氣行くこと三寸。
一吸に脈亦再動して、氣行くこと三寸。
呼吸定息に、氣行くこと六寸。
十息にて氣行くこと六尺、日の行りは二分。
二百七十息にして、氣行くこと十六丈二尺。氣は行り中を交通し、身を一周する。
下水(漏水)して二刻。日の行り二十五分。
五百四十息にして、氣行くこと身を再周し、
下水(漏水)して四刻、日の行りは四十分。
二千七百息にして、氣行くこと身を十周し、
下水(漏水)して二十刻、日の行りは五宿二十分。
一萬三千五百息にして、氣の行くこと身を五十営する、
水下(漏水)すること百刻。日の行りは二十八宿、漏水皆盡きる。脈は終わる矣。所謂(いわゆる)交通するとは、並び行くこと一数也。
故に五十営にして備り、天地の壽を盡すことを得る矣。
凡そ八百一十丈を行く也。

五十営篇のみどころ

天の運行と氣の循行

冒頭は天周二十八宿と、天の運行の人の気の流行が相応しているとしている。
これは天人相応の思想でもあり、また「時間」が人体、気の運行に関与していることを示している。

天人相応という点では、二十八宿と二十八脈の対応である。
二十八脈とは、十二正経の左右で24、督脈任脈の二脈を加えて26、ここに陰陽蹻脉を加えて28脈である。この二十八脈は脈度篇にも登場する。
28脈を合わせた長さは16丈2尺である。

この数字は重要である。
経脈の長さは即ち「気が流れる距離」である。

このようにすでに距離は決まっており、そして時間を基準とした諸々の条件は揃っている。
天に於いては「二十八宿」
人に世界においては「漏水百刻(水時計)」
人の身体においては「呼吸と脈度」である。

呼吸と気行と脈度

呼吸定息という条件では、一呼一吸でそれぞれ三寸 気が行る。

「一呼一吸、各三寸」
これを最小単位とし、時間を延ばして一日(24時間、百刻)に展開していこう。

「10息で経気は6尺行り、日の巡りは2分。」
「270息で気行は16丈2尺、全身を一周する。水時計は2刻、日の巡りは25分」
「540息で気行は32丈4尺、全身を二周する。水時計は4刻、日の巡りは40分」
「2700息で気行は162丈、全身を十周する。水時計は20刻、日の巡りは5宿20分」
「13500息で気行は810丈、全身を五十周。水時計は100刻、日の巡りは28宿」
この氣行と脈度と時間との詳しい話は「経脈を流れる氣の速さと呼吸」「脈五十至から27と108を考える」に詳しい。

「気行」「脈度」「時間」は、毫鍼を用いる上で非常に重要なファクターとなるのである。
これが分かれば毫鍼の使い方や置鍼の意味がずいぶんと変わると思う。

骨度篇第十四 ≪ 五十営篇第十五 ≫ 営気篇第十七

『霊枢』経別第十一

■原文 霊枢 五十営第十五

黄帝曰、餘聞五十営、奈何?
岐伯答曰、天周二十八宿。宿三十六分。人氣行一周千八分。
日行二十八宿、人経脈上下左右前後二十八脈。
周身十六丈二尺。以應二十八宿。漏水下百刻、以分晝夜。
故人一呼脈再動、氣行三寸。一吸脈亦再動、氣行三寸。
呼吸定息、氣行六寸。

十息氣行六尺、日行二分。
二百七十息、氣行十六丈二尺。氣行交通於中、一周於身。下水二刻。日行二十五分。
五百四十息、氣行再周於身、下水四刻、日行四十分。
二千七百息、氣行十周於身、下水二十刻、日行五宿二十分。
一萬三千五百息、氣行五十営於身、水下百刻。日行二十八宿、漏水皆盡。脈終矣。

所謂交通者、並行一数也。
故五十営備、得盡天地之壽矣。
凡行八百一十丈也。

鍼道五経会 足立繁久

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