平脈法について
本記事では画像(および引用文)にあるように、趙開美が校刻を行った版本をテキストとしています。
本文にある通り現代に伝わる『傷寒論』は、著者である張仲景の他にも、晋代の王叔和が撰次、宋代の林億が校正を行い、明代には趙開美が校刻・沈琳全校を行っており、各時代の医家たちが手を尽くして現代に残してくれているのです。しかしその編纂の際に「弁脈法」 「平脈法」「傷寒例」「痙湿暍病」が加わったと言われおり、これらの各編は文献的に重視されることが少ないように思います。
しかし時代の違い・オリジナルとの差異の問題はあれども、脈診に関する情報の価値として捨て置けないものがあります。本記事では「平脈法第二」について学ぶこととします。
※『傷寒論』京都大学付属図書館より引用させていただきました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。
■書き下し文 平脈法第二
三五)問うて曰く、脉に三部有り、陰陽相い乗じ、栄衛血氣、人は体躬に在り、呼吸出入して、中に於いて上下し、息に因りて遊布し、津液流通し、時に随いて動作し、効象形容す。
春弦秋浮、冬沈夏洪、色を察して脉を観て、大小同じからず、一時の間、変じて経常無し、尺寸参差(しんし)し。或いは短、或いは長、上下乖錯(かいさく)し、或いは存し或いは亡す、病輒(たちま)ち改め易(か)える、進退低昴(ていこう)し、心迷い意惑い、動(やや)もすれば紀綱を失す、願わくば具(つぶさ)に陳(の)べるを為し、分明なることを得さしめん。
師曰く、子の問う所は、道の根源なり。脉に三部有り、尺寸及び関、栄衛流行して、衡銓(こうせん)を失わず。腎沈心洪、肺浮肝弦、此れ自ら経常して、銖分(しゅぶん)を失わず。出入升降し、漏刻周旋す、水下ること百刻、一周循環して、當に寸口に復するべし。虚実(これ)に見(あら)われ、変化相乗し、陰陽相い干(おか)す。(下線①)
風なれば則ち浮虚し、寒なれば則ち牢堅す、沈潜して水滀し、支飲は急弦す。動なるは則ち痛みを為し、數なるは則ち熱煩す。
設(も)し応ぜざること有れば、変の縁る所を知る。三部同じからざれば、病は各々端を異にす。大過するは怪しむべし、不及するも亦た然り。邪は空しく見われず、終に必ず奸有り。審らかに表裏を察し、三焦を焉に別ち、其の舎る所を知り、消息を診看して、腑臓を料度(りょうたく)し、独り見ること神の若し、子が為に條記す、賢人に伝与せよ。
三六)師曰く、呼吸なる者、脉の頭也。初め脉を持つに、来ること疾く去ること遅し、此れ出疾入遅。名けて内虚外実と曰う也。初め脉を持つに、来ること遅く去ること疾し、此れ出遅入疾。名けて内実外虚と曰う也。
三七)問うて曰く、上工は望みて之を知る。中工は問うて之を知る。下工は脉して之を知る。願くば其の説を聞かん。
師曰く、病家の人請うて云う、病人は発熱、身体疼くを苦しむ。病人自ら臥す。師到りてその脉を診して、沈にして遅する者は、其の差(い)ゆることを知る也。何を以て之を知るや?
若(も)し表に病有る者は、脉當に浮大なるべし、今脉反て沈遅、故に愈を知る也。
假令(たとえば)病人云う、腹内卒痛すと。病人自ら坐す。師(医)到りて之を脉す。浮にして大なる者は、其の差(い)ゆるを知る也。何を以て之を知るや? 若し裏に病有る者、脉は當に沈にして細、今は脉浮大なる故に愈を知る也。
三八)師曰く、病家の人来たり請うて云う、病人発熱、煩極むと。明日、師(医)到るも、病人壁に向かい臥す。此れ熱已(すで)に去る也。設令(たとい)脉和せずとも、処して已に愈ゆと言う。
設令(たとい)壁に向かい臥し、師(医)の到るを聞きても、驚起せず而して盻視(げいし)し、若し三たび言三止、之を脈するに唾を嚥む者は、此れ詐病(さびょう)也。
設令(たとい)脈自ら和するも、処して言う、此れ病大いに重し、當に須らく吐下薬を服して、鍼灸数十百処にして乃ち愈ゆるべしと(下線②)。
三九)師、脉を持ちて、病人欠する者は、病無き也。之を脉して呻く者は、病也。
言の遅き者は、風也。頭を揺らし言う者は、裏痛む也。行の遅き者は、表強ばる也。坐して伏する者は、短氣也。坐して一脚を下す者は、腰痛也。裏実して腹を護ること卵物を懐く如き者は、心痛む也。
四〇)師曰く、伏氣の病、意を以て之を候う。
今月の内、伏氣有らんと欲す。假令(たとえば)旧(もと)伏氣有り、當に須らく之を脉すべし。若し脉微弱なる者は、當に喉中痛むこと傷るに似たるも、喉痺に非ざる也。病人云く、実に咽中痛むと、爾(しかり)と雖も今復(ま)た下利せんと欲す。
四一)問うて曰く、人恐怖する者、其の脉何れの状なるか?
師曰く、脉の形、絲を循(なず)るが如く累累然とし、其の面、白く色を脱する也。
四二)問うて曰く、人飲まず、其の脉何れの類なるか?
師曰く、脉自ら濇にして、唇口乾燥する也。
四三)問うて曰く、人愧(はじ)る者、其の脉は何の類なるか?
師曰く、脉浮にして面色乍ち白く乍ち赤し。
四四)問うて曰く、経の脉に三菽六菽の重有ると説く者、何の謂い也?
師曰く、脉、人の指を以て之を按ず、三菽の重さの如くなる者は肺氣也。九菽の重さの如くなる者は脾氣也。十二菽の重さの如くなる者は肝氣也。之を按じて骨に至る者は腎氣也。(菽とは小豆也。)
假令(たとえば)下利、寸口関上尺中、悉く脉を見わさず。然れども尺中に時に一たび小(すこ)しく見われ、脉再び頭を挙げる(一に云う、按投)者は腎氣也。若し損脉来たり至るを見わせば、難治と為す。(腎、脾に勝つ所を謂う脾、脾勝ちて時に応ぜず)
四五)問うて曰く、脉に相乘あり、縦有り横有り、逆有り順有り、何の謂い也?
師曰く、水行は火に乗じ、金行は木に乗ず、名づけて縦と曰う。火行は水に乗じ、木行は金に乗ず、名づけて横と曰う。水行が金に乗じ、火行が木に乗ず、名を逆と曰う。金行が水に乗じ、木行が火に乗ず、名を順と曰う也。
四六)問うて曰く、脉に残賊有り、何の謂い也?
師曰く、脉に弦・緊・浮・滑・沈・濇有り。此れら六脉を名づけて残賊と曰う、能く諸脉 病を作ると為す也。
四七)問うて曰く、脉に災怪有り、何の謂い也?
師曰く、假令人病み、脉は太陽を得て、形と証と相い応ず、因りて湯を作すると為す。還る比(ころ)に湯を送る。食頃(しょくけい)の如くにして、病人乃ち大い吐き、若しくは下利し、腹中痛む。
師曰く、我の前に来るに此の証見われず、今乃ち変異す。是を災怪と名づく。
又、問うて曰く、何に縁りて比の吐利を作するか?
答て曰く、或いは旧時に薬を服すること有りて、今乃ち発作す。故に災怪と為すのみ。
四八)問うて曰く、東方は肝脉、其の形は何に似るか?
師曰く、肝は木也、厥陰と名づく。其の脉、微弦濡弱にして長、是れ肝脉也。肝病みて自ら濡弱を得る者は愈ゆる也。假令、純弦脉を得る者は死す。何を以て之を知るか?
其脉の弦直の如きを以て、此れ是の肝藏傷る、故に死するを知る也。
四九)南方は心脉、其の形は何に似るか?
師曰く、心は火也、少陰と名づく。其の脉は洪大にして長、是れ心脉也。心病みて自ら洪大を得る者は愈ゆる也。
假令、脉来ること微、去ること大なり、故に反と名づく。病は裏に在る也。脉の来たること頭小本大、故に覆と名づく。病は表に在る也。上微・頭小なる者は則ち汗出でる。下微・本大なる者は則ち関格不通と為す。尿することを得ず。頭無汗なる者は治す可し、有汗なる者は死す。
西方は肺脉、其の形が何に似る?
師曰く、肺は金也、太陰と名づく。其の脉は毛浮也。肺病みて自ら此の脉を得る、若し緩遅を得る者は皆な愈ゆる。若し数を得る者は則ち劇す。何を以て之を知るか?
数は南方の火なり、火は西方金を剋す。法、當に癰腫すべし、難治と為す也。
五〇)問うて曰く、二月に毛浮脉を得るに、何を以て処して秋に至りて當に死すべしと言う?
師曰く、二月の時、脉は當に濡弱なるべし、反て毛浮を得る者、故に秋に至り死することを知る。二月は肝が事を用ゆる、肝は木に属す。脉は濡弱に応ずる、反て毛浮を得る者、是れ肺脉也。肺は金に属する、金来りて木を剋する。故に至秋に至りて死するを知る。他は皆な此れに倣え。
五一)師曰く、脉、肥人には浮を責め、痩人には沈を責む。肥人は當に沈なるべし、今反て浮。痩人は當に浮なるべし、今反て沈。故に之を責む。
五二)師曰く、寸脉下りて関に至らずを陽絶と為す。尺脉上りて関に至らずを陰絶と為す。此れ皆な不治、決死也。若し其の余命・生死の期を計るに、期するに月節の之を剋するを以てする也。
五三)師曰く、脉病みて人病まず、名を行尸と曰う。王氣無きを以て、卒かに眩仆して人を識らざる者は、短命にして則ち死す。
人病みて脉の病まざるを名づけて内虚と曰う、穀神の無きを以て、困ずと雖も苦無し。
五四)問うて曰く、翕奄(きゅうえん)として沈、名を滑と曰う。何の謂い也?
師曰く、沈は純陰を為す、翕は正陽と為す。陰陽和合する故に脉をして滑ならしむ。関尺自ら平。
陽明脉微しく沈なるは、食飲自ら可なり。少陰脉微しく滑、滑は緊の浮名也。此れ陰実を為す、其の人、必ず股内に汗出で、陰下湿する也。
五五)問うて曰く、曽(かつ)て人の為に難ざられる所、緊脉、何によりて来たる?
師曰く、假令、亡汗、若しくは吐し、肺裏寒するを以て、故に脉をして緊ならしむる也。
假令、欬する者、坐して冷水を飲む、故に脉をして緊ならしむる也。
假令、下利し、胃虚冷するを以て、故に脉をして緊ならしむる也。
五六)寸口、衛氣盛ん、名を高(高とは暴狂にして肥ゆる)と曰う。栄氣盛ん、名を章(章とは暴沢にして光)と曰う。髙章相い搏つ、名を綱(綱とは身筋急、脉強直する故也)と曰う。
衛気弱、名を惵(惵とは心中の氣動迫して祛する)と曰う。栄氣弱、名を卑(卑とは心中常に自ら羞愧す)と曰う。惵卑相い搏つ、名を損(損とは五臓六腑俱に乏しく氣虚して惙する故也)と曰う。
衛氣和、名を緩(緩とは四肢自ら収すること能わず)と曰う。栄氣和、名を遅(遅とは身体俱に重く、但だ眠らんと欲する也)と曰う。緩遅相い搏つ、名を沈(沈とは腰中直、腹内急痛して、但だ臥するを欲し、行うことを欲せず)と曰う。
五七)寸口脉、緩にして遅。緩は則ち陽氣長じ、其の色は鮮か、其の顔は光り、其の声は商にして、毛髪長し。遅は則ち陰氣盛ん、骨髄生じ、血満ち、肌肉は緊薄鮮鞕す。陰陽相い抱き、栄衛俱に行き、剛柔相い得る、名づけて強と曰う也。
五八)跌陽脉滑にして緊、滑は胃氣実なり、緊は脾氣強なり。実を持ちて強を撃ち、痛み還りて自ら傷る、手を以て刀を把(と)る、坐して瘡を作る也。
五九)寸口脉浮にして大、浮は虚を為し、大は実を為す。尺に在りては関を為し、寸に在りては格と為す。関なれば則ち小便を得ず、格なれば則ち吐逆す。
六〇)跌陽脉、伏して濇。伏なるときは則ち吐逆し、水穀は化せず。濇なるときは則ち食は入ることを得ず、名を関格と曰う。
六一)脉浮にして大、浮は風虚と為し、大は氣強を為す。風氣相い搏てば、必ず隠𤺋を成し、身体は痒を為す。痒なるは泄風と名づく。久久にして痂癩(眉は少なく髪は稀にして、身には乾瘡有りて腥臭き也)を為す。
六二)寸口脉、弱にして遅。弱は衛氣微なり、遅は栄中寒なり。栄を血と為し、血寒えるときは則ち発熱す。衛を氣と為し、氣微なる者は心内飢えるう。飢えて虚満し食すること能わざる也。
六三)跌陽脉、大にして緊の者、當に即ち下利すべし。難治と為す。
六四)寸口脉、弱にして緩。弱は陽氣不足、緩は胃氣有余。噫して呑酸し、食卒か下らず。氣、膈上に填(ふさ)ぐ也。(一に下(膈下か)に作る)
六五)跌陽脉、緊にして浮。浮は氣と為し、緊は寒と為す。浮は腹満を為し、緊は絞痛を為す、浮緊相い搏ち、腸鳴して転ずる、転ずれば即ち氣動き、膈氣は乃ち下る。少陰脉が出でざれば、其れ陰腫大にして虚する也。
六六)寸口脉、微にして濇。微は衛氣行らず、濇は栄氣逮(およ)ばず。栄衛相い将(ひき)いること能わざれば、三焦仰する所無く、身体痺れ不仁す。栄氣不足すれば、則ち煩疼し、口は言うこと難し。衛氣虚する者は、則ち悪寒し数々欠す。三焦、其の部に帰せず、上焦の帰せざる者、噫して酢呑す。中焦帰せざる者は、穀を消して食を引くこと能わず。下焦の帰せざる者は、則ち遺溲する。
六七)跌陽脉、沈にして数。沈は実を為し、数は消穀、緊なる者は病難治とす。
六八)寸口脉、微にして濇。微は衛氣の衰え、濇は栄氣不足とす。衛氣衰えれば、面色黄す。栄氣不足すれば、面色青し。栄は根と為し、衛は葉と為す。栄衛俱に微なるときは、則ち根葉枯槁して、寒慄欬逆し、腥を唾し涎沫を吐する也。
六九)跌陽脉、浮にして芤。浮は衛氣虚し、芤は栄氣傷れる。その身体瘦せ、肌肉は甲錯す。浮芤相い搏ち、宗氣微衰し、四属断絶す(四属(断絶)とは皮肉脂髄俱に竭きるを謂う、宗氣則ち衰うるなり)。
七〇)寸口脉、微にして緩。微は衛氣疎なり、疎なるときは則ち其の膚は空。緩は胃氣実、実なるときは則ち穀消えて水化する也。穀、胃に入りて、脉道乃ち行る。水、経に入り、其の血乃ち成る。栄盛んなるときは則ち其の膚、必ず疎なり。三焦は経を絶す、名を血崩と曰う。
七一)跌陽脉、微にして緊。緊は則ち寒と為し、微は則ち虚と為す。微緊相い搏てば、則ち短氣を為す。
七四)少陰脉の至らざれば、腎氣微しく、精血を少なくし、奔氣促迫し、上りて胸膈に入り、宗氣反て聚まり、血は心下に結ばれ、陽氣退き下り、熱は陰股に帰し、陰と相い動じて、身をして不仁ならしむ。此れ尸厥と為す。
當に期門・巨闕に刺すべし(宗氣とは三焦の帰氣也。名有りて形無し、氣の神使也。下は玉茎を栄する、故に宗筋、之に聚縮する也)。
七五)寸口脉微、尺脉緊、其の人虚損し、多汗す、陰は常に在りて、絶して陽を見わさざることを知る也。
七六)寸口、諸々微なるは亡陽、諸々濡なるは亡血、諸々弱なるは発熱、諸々緊なるは寒を為す、諸々寒に乗ずる者は則ち厥を為し、鬱冒不仁す、以胃に穀氣無く、脾濇りて通ぜざるを以て、口急にして言うこと能わず、戦して慄する也。
七七)問うて曰く、濡弱、何を以て反て十一頭に適するか?
師曰く、五臓六腑相い乗ずる、故に十一ならしむ。
七八)問うて曰く、何を以て腑に乗ずるを知り、何を以て臓に乗ずるを知るか?
師曰く、諸陽浮数なるは腑に乗ずるを為し、諸陰遅濇は臓に乗ずるを為す也。
道の根源を追窮する
下線部①には興味深いワードがちりばめられています。
「子の問う所は、道の根源なり。(あなたの疑問は道の根源を問うています)」
この前文にある“子の問い”を見てみましょう。
「脉に三部有り、陰陽相い乗じ、栄衛血氣、人は体躬に在り、呼吸出入して、中に於いて上下し、息に因りて遊布し、津液流通し、時に随いて動作し、効象形容す。
春弦秋浮、冬沈夏洪、色を察して脉を観て、大小同じからず、一時の間、変じて経常無し、尺寸参差(しんし)し。或いは短、或いは長、上下乖錯(かいさく)し、或いは存し或いは亡す、病輒(たちま)ち改め易(か)える、進退低昴(ていこう)し、心迷い意惑い、動(やや)もすれば紀綱を失す、願わくば具(つぶさ)に陳(の)べるを為し、分明なることを得さしめん。」
脈・呼吸・時(四時)・色(気色)を挙げて、生理学と病理学を交えながら、人体(特に脈)が時々刻々と変化する様を挙げて、いったい何を基準として良いのかがわからない…と悩む心境を吐露しています。
そんな迷える弟子に対し、師は第一声に「それは道の根源を問うものだ」と答えます。
まず、この弟子の迷いに共感を覚える人は多いのではないでしょうか?
本文のような悩みの他にも
「脈を診て治療するといっても、平脈が分からない…」
「脈診・腹診・舌診…と、どれを基準にしていいのか…」
…といった、迷いです。
しかし、ここで老師が答えるように「道の根源」を追窮するものであり、一朝一夕に分かるものでもありません。かといって「●年修行すれば自ずと分かるようになる…」と、煙に巻くような答えでもありません。
「道」を得るには「理」を解することです。
而して、師匠の答えとして続く文には「脈・営衛・時間」を要素を示しつつ、さらに「循環」という現象(システム)を提示しています。この人体・生命の理を示す「平脈法」の第一条(条文35)は深みを感じる次第です。
詐病について
下線部②は詐病についてです。
脈診は「病の真仮」だけでなく「病の真偽」についても鑑別できることを明示しています。
そして詐病と判断した場合、患者に対してハッタリ(ブラフ)によってその反応を診るように指示しています。
「此れ病大いに重し。當に須らく吐下薬を服して、鍼灸数十百処にして乃ち愈ゆるべしと。」と患者に聞こえるように言うわけです。この時、脈を診ながら上記の治療方針を伝えるのもより明確になるでしょう。
この詐病に関する条文は人の心理や感情にフォーカスを当てた内容であり、傷寒などの外邪性疾患を対象とする範疇を超えています。同様に条文41),43)なども恐怖・愧(はじいること)という感情と望診・脈診との関連について言及しています。
傷寒を論ずる範疇から逸脱しているとはいえ、このように人間を心身ともに観察する姿勢は、平脈法を記した医家が広い視野や豊かな脈診観を持っていたであろうことが想像できます。
死期を脈から判断する
条文52)の脈診も興味深いものがあります。
「寸脈下りて関に至らずを陽絶と為す。尺脈上りて関に至らずを陰絶と為す。」とあり、寸口の脈が下るも関上に至らず、尺中の脈が上るも関上に至らない…とは、陰陽の交流が行われていない(もしくは、拒み合っている)状態といえます。
この死脈は『難経』三難にある「覆溢の脈」を彷彿とさせます。(ちなみに平脈法には難経脈診の影響を強く受けていると思われる箇所が随所にみられる)
そして、その余命を推し測るのに「月節の之を剋するを以てする」とあります。察するに、各月節を目安とし、それに五行の相剋関係でもって患者の生命が弱るときを導き出すようです。
ちなみに節月という見かたが二十四節気の中にあり、一年のうち12回あります。
1月節は立春、2月節は啓蟄、3月節は清明、4月節は立夏、5月節は芒種、6月節は小暑、7月節は立秋、8月節は白露、9月節は寒露、10月節は立冬、11月節は大雪、12月節は小寒だそうです。
この節月は太陰歴のみかたであり、月の運行(満ち欠け)を基にしています。月に干支を当てはめて(月建干支)、五行相剋を基に死期を導き出す法を想像します。
ロマンあふれる表現でいうなれば、この脈法は月の満ち欠けをも考慮に入れた算出方法とも考えることができそうです。
鍼道五経会 足立繁久
弁脈法 第二 ≪ 平脈法 第二 ≫ 傷寒例 第三 ≫ 痓湿暍病編 第四
原文 平脈法
■原文 平脈法第二
35)問曰、脉有三部、陰陽相乘、榮衛血氣、在人體体躬。呼吸出入、上下於中、因息遊布、津液流通、隨時動作、効象形容。春弦秋浮、冬沈夏洪、察色觀脉、大小不同、一時之間、變無経常、尺寸參差、或短或長、上下乖錯、或存或亡、病輒改易、進退低昴、心迷意惑、動失紀綱。願為具陳、令得分明。
師曰、子之㪽問、道之根源。脉有三部、尺寸及關、榮衛流行、不失衡銓。腎沈心洪、肺浮肝弦、此自経常、不失銖分。出入升降、漏刻周旋、水下百刻、一周循環、當復寸口、虚實見焉。變化相乘、陰陽相干。風則浮虚、寒則牢堅、沈潜水滀、支飲急弦、動則為痛、數則熱煩。設有不應、知變㪽縁。三部不同、病各異端、大過可怪、不及亦然。邪不空見、終必有奸。審察表裏、三焦別焉。知其㪽舎。消息診看、料度府藏、獨見若神、為子條記、傳與賢人。
36)師曰、呼吸者、脉之頭也。初持脉、来疾去遅、此出疾入遅。名曰内虚外實也。初持脉、来遅去疾、此出遅入疾。名曰内實外虚也。
37)問曰、上工望而知之。中工問而知之。下工脉而知之。願聞其説。
師曰、病家人請云、病人苦發熱、身體疼、病人自臥。師到診其脉、沈而遅者、知其差也、何以知之。若表有病者、脉當浮大、今脉反沈遅、故知愈也。假令病人云腹内卒痛。病人自坐。師到脉之。浮而大者、知其差也。何以知之。若裏有病者、脉當沈而細、今脉浮大、故知愈也。
38)師曰、病家人来請云、病人發熱煩極、明日師到、病人向壁臥。此熱已去也。設令脉不和、處言已愈、設令向壁臥、聞師到、不驚起而盻視。若三言三止、脉之嚥唾者、此詐病也。設令脉自和、處言此病大重、當須服吐下藥、針灸數十百處乃愈。
39)師持脉、病人欠者、無病也。脉之呻者、病也。言遅者、風也。搖頭言者、裏痛也。行遅者、表强也。坐而伏者、短氣也。坐而下一脚者、腰痛也。裏實護腹、如懐卵物者、心痛也。
40)師曰、伏氣之病、以意候之。今月之内、欲有伏氣、假令舊有伏氣、當須脉之。若脉微弱者、當喉中痛似傷、非喉痺也。病人云、實咽中痛、雖爾今復欲下利。
41)問曰、人恐怖者、其脉何状。師曰、脉形如循絲累累然、其面白脱色也。
42)問曰、人不飲、其脉何類。師曰、脉自濇、唇口乾燥也。
43)問曰、人愧者、其脉何類。師曰、脉浮而面色乍白乍赤。
44)問曰、経説脉有三菽六菽重者、何謂也。
師曰、脉人以指按之。如三菽之重者、肺氣也。如九菽之重者、脾氣也。如十二菽之重者、肝氣也。按之至骨者、腎氣也。(菽者小豆也。)
假令下利、寸口關上尺中、悉不見脉。然尺中時一小見、脉再擧頭(一云、按投)者、腎氣也。若見損脉來至、為難治。(腎謂所勝脾、脾勝不應時)
45)問曰、脉有相乘、有縦有横、有逆有順、何謂也。
師曰、水行乘火、金行乘木、名曰縦。火行乘水、木行乘金、名曰横。水行乘金、火行乘木、名曰逆。金行乘水、木行乘火、名曰順也。
46)問曰、脉有殘賊、何謂也。師曰、脉有弦緊浮滑沈濇。此六脉名曰殘賊、能為諸脉作病也。
47)問曰、脉有災怪、何謂也。
師曰、假令人病、脉得太陽、與形證相應、因為作湯。比還送湯。如食頃、病人乃大吐、若下利、腹中痛。
師曰、我前来不見此證。今乃變異、是名災恠。
又問曰、何縁作比吐利。
答曰、或有舊時服藥、今乃發作。故為災恠耳。
48)問曰、東方肝脉、其形何似。
師曰、肝者木也、名厥陰。其脉微弦濡弱而長、是肝脉也。肝病自得濡弱者、愈也。假令得純弦脉者死。何以知之、以其脉如弦直、此是肝藏傷、故知死也。
49)南方心脉、其形何似。
師曰、心者火也、名少陰。其脉洪大而長、是心脉也。心病自得洪大者、愈也。假令脉来微去大、故名反、病在裏也。脉来頭小本大。故名覆。病在表也。上微頭小者、則汗出。下微本大者、則為關格不通。不得尿。頭無汗者可治、有汗者死。
西方肺脉、其形何似。
師曰、肺者金也、名太陰。其脉毛浮也。肺病自得此脉、若得緩遅者皆愈。若得數者則劇、何以知之。數者、南方火、火剋西方金。法當癰腫、為難治也。
50)問曰、二月得毛浮脉、何以處言至秋當死。
師曰、二月之時、脉當濡弱、反得毛浮者、故知至秋死。二月肝用事、肝屬木、脉應濡弱、反得毛浮者、是肺脉也。肺屬金、金来剋木。故知至秋死。他皆倣此。
51)師曰、脉、肥人責浮、痩人責沈。肥人當沈、今反浮。痩人當浮、今反沈。故責之。
52)師曰、寸脉下不至關、為陽絶。尺脉上不至關、為陰絶。此皆不治、決死也。若計其餘命生死之期、期以月節剋之也。
53)師曰、脉病人不病、名曰行尸。以無王氣、卒眩仆不識人者、短命則死。人病脉不病、名曰内虚、以無穀神、雖困無苦。
54)問曰、翕奄沈、名曰滑。何謂也。
師曰、沈為純陰、翕為正陽。陰陽和合、故令脉滑、關尺自平。陽明脉微沈、食飲自可。少陰脉微滑、滑者、緊之浮名也、此為陰實。其人必股内汗出、陰下濕也。
55)問曰、曽為人㪽難、緊脉從何而来。
師曰、假令亡汗、若吐、以肺裏寒、故令脉緊也。假令欬者、坐飲冷水。故令脉緊也。假令下利、以胃虚冷、故令脉緊也。
56)寸口衛氣盛、名曰髙(髙者暴狂而肥)。榮氣盛、名曰章(章者暴澤而光)。髙章相搏、名曰綱(綱者、身筋急脉強直故也)。
衛気弱、名曰惵(惵者、心中氣動迫祛)。榮氣弱、名曰卑(卑者、心中常自羞愧)。惵卑相搏、名曰損(損者、五藏六府俱乏氣虚惙故也)。衛氣和、名曰緩(緩者、四肢不能自収)。榮氣和、名曰遅(遅者、身體俱重、但欲眠也)。緩遅相搏、名曰沈
(沈者、腰中直、腹内急痛。但欲臥、不欲行)。
57)寸口脉緩而遅、緩則陽氣長、其色鮮、其顔光、其聲商、毛髪長。遅則陰氣盛、骨髄生、血満、肌肉緊薄鮮鞕。陰陽相抱、榮衛俱行、剛柔相得、名曰强也。
58)跌陽脉滑而緊、滑者胃氣實、緊者脾氣强。持實撃强、痛還自傷、以手把刀、坐作瘡也。
59)寸口脉浮而大、浮為虚、大為實。在尺為關、在寸為格。關則不得小便、格則吐逆。
60)跌陽脉伏而濇、伏則吐逆、水穀不化。濇則食不得入、名曰關格。
61)脉浮而大、浮為風虚、大為氣强。風氣相搏、必成隠𤺋、身體為痒。痒者、名泄風。久久為痂癩(眉少髪稀、身有乾瘡而腥臭也)。
62)寸口脉弱而遅。弱者衛氣微、遅者榮中寒。榮為血、血寒則發熱。衛為氣、氣微者心内飢、飢而虚満不能食也。
63)跌陽脉大而緊者、當即下利。為難治。
64)寸口脉弱而緩。弱者陽氣不足、緩者胃氣有餘。噫而呑酸、食卒不下、氣填於膈上也。(一作下)
65)跌陽脉緊而浮。浮為氣、緊爲寒。浮為腹満、緊為絞痛、浮緊相搏、腸鳴而轉、轉即氣動、膈氣乃下。少陰脉不出、其陰腫大而虚也。
66)寸口脉微而濇。微者衛氣不行、濇者榮氣不逮、榮衛不能相将、三焦無㪽仰、身體痺不仁。榮氣不足、則煩疼口難言。衛氣虚者、則惡寒數欠。三焦不歸其部、上焦不歸者、噫而酢呑。中焦不歸者、不能消穀引食。下焦不歸者、則遺溲。
67)跌陽脉沈而數。沈為實、數消穀、緊者病難治。
68)寸口脉微而濇。微者衛氣衰、濇者榮氣不足、衛氣衰、面色黄。榮氣不足、面色青。榮為根、衛為葉。榮衛俱微、則根葉枯槁、而寒慄欬逆、唾腥吐涎沫也。
69)跌陽脉浮而芤。浮者衛氣虚、芤者榮氣傷。其身體瘦、肌肉甲錯。浮芤相搏、宗氣微衰、四屬斷絶(四屬者謂皮肉脂髓俱竭。宗氣則衰矣。)。
70)寸口脉微而緩。微者衛氣疎、疎則其膚空。緩者胃氣實、實則穀消而水化也。穀入於胃、脉道乃行、水入於経、其血乃成。榮盛則其膚必疎、三焦絶経、名曰血崩。
71)跌陽脉微而緊。緊則為寒、微則為虚。微緊相搏、則為短氣。
72)少陰脉弱而濇。弱者微煩、濇者厥逆。
73)跌陽脉不出、脾不上下、身冷膚鞕。
74)少陰脉不至、腎氣微、少精血、奔氣促迫、上入胷膈、宗氣反聚、血結心下、陽氣退下、熱歸陰股、與陰相動、令身不仁。此為尸厥。當刺期門巨闕(宗氣者、三焦歸氣也。有名無形、氣之神使也。下榮玉茎、故宗筋聚縮之也)。
75)寸口脉微、尺脉緊、其人虚損多汗、知陰常在、絶不見陽也。
76)寸口諸微亡陽、諸濡亡血、諸弱發熱。諸緊為寒、諸乘寒者、則為厥。鬱冒不仁、以胃無穀氣。脾濇不通、口急不能言、戰而慄也。
77)問曰、濡弱、何以反適十一頭。師曰、五藏六府相乘故令十一。
78)問曰、何以知乘府、何以知乘藏。師曰、諸陽浮數為乘府、諸陰遲濇為乘藏也。