奇経を学ぶ-任脈-『十四経発揮和語鈔』より

『十四経発揮和語鈔』から奇経を学ぶ


写真:『十四経発揮和語鈔』の任脈の図より
※以下の文章では、大きな字が原本(十四経発揮)、小さな字が岡本一抱による註釈である。

任脉経穴歌

任脉の分三八 任脉の主る所の部分、二十四穴あれば也。會陰に於いて起こり、此れ亦、任の外脉の起こる處也。源は子宮に発す。 曲骨、中極、関元に上り、石門、門の縁にて到と云う。氣海、陰交に到り、神闕に立つ。 宮門、皆闕と云い、此の縁にて立つと云う。

水分、下脘、建里を循り、里の字の縁にて循ると云う。中脘、上脘に起る。右(上)と同意
鳩尾、中庭、膻中、慕う。唐本の十四経、萃に作る。尤もよし。萃は聚なり。膻中は宗氣の萃(あつまる)處たれば也。

玉堂、紫宮、華蓋を樹(たつ)。華蓋(はなかさ)を樹(たつ)るの縁。
璇璣、天突、廉泉清し。泉の清き意
(おとがい)に上り、還(めぐり)て以って承漿に承(う)く。漿を承ける意。

任脉 凡そ二十四穴、氣府論には二十八穴とす。此の義は左(後)の奇経八脉篇に詳らかなり。

任が言たるは姙なり。腹部の中行を行きて、婦人生養の本と為す。以上は難経の楊玄橾が註文を以って記す。夫れ此れを任脉と名くる其の任の字の意を言えば、姙の字の意で有ると也。
此の経は腹の中行を流れて、婦人姙(はらん)で子を生養するの本たる者なれば也。『素問』上古天眞論に、女子は二七にして天癸至り、任脉通じ、太衝脉盛んに、月事 時を以って下る。故に子有りと。任は子宮に発して諸経の血脉、これより注ぎて、子宮に聚りて月事 時を以って下り、又、胎を養う。故に任衝は十二経の海となる。(岡本氏は任脉も十二経の海としている)。然る時は婦人、子を姙(はらむ)の因は實(まこと)に任脉の血氣の虚實に有るのみ。

奇経の一也。任脉も亦 奇経八脉の中の其の一であるとなり。

任脉は中極の下に於いて起こり、下とは下裏の義也。中極は臍下四寸に在り。中極の裏は子宮に當る。任督衝の三脉俱に此に起きて會陰に出づ。
以って毛際に上り腹裏を循り関元に上り喉嚨に至る。以上は『素問』骨空論、并びに二十八難の文を以って合わせ記せり。任脉は中極の裏、胞宮に起きて、會陰に出て、以って陰毛際に上り、それより腹裏の正中を流れ循りて、臍下三寸の関元に上り、廉泉承漿に行くの間に於いて喉嚨に至る。喉嚨は乃ち肺系、呼吸の通路也。俗に骨佛と云う。

陰脉の海に属す也。金匱眞言論に腹を陰とす。任脉が腹陰の正中を流れ諸陰の脉に合す。譬えば、諸水の海に會(つなぐ)が如し。故に陰脉の海と云う。

任と督は一源にして二岐。此の義、骨空論の王が註に詳也。任督の二脉俱に胞宮に起りて會陰に出て、任は腹に行き、督は背に行く者也。然る時は其の発する處の源は一にして、任と成り、督と成りて二岐に分かる。
督は則ち會陰由りして背に行き、任は則ち會陰由りて腹に行く。此の一章は伯仁の誤なり。會陰は任脉の外脉の別る處にて實(まこと)に発源の地にあらず。一源は胞宮を云うべきのみ。詳義は王が骨空論の註に考うべし。

夫れ人身の任督の有るは、猶 天地の子午有るがごとし。人身の任督は腹背を以って言う。天地の子午は南北を以って言う。人の任督に二脉有るは、天地の間に子の陰、午の陽有るが如し。人身の任督は只一の子宮の血脉なれども、其の腹陰に行く者を任と云い、背陽に行く者を督と云う。腹背を以って別つ雖も、實は一躰也。天地の子午も渾然たる一氣なれども、其の南方の陽位を以って午と云い、北方の陰位を以って子と云うと同じ。王氷(王冰)が曰く、任脉督脉、名を異にして同躰也と。

以って分かつべく、以って合するべき者也。然る時は、本(もと)一躰とは雖も、腹背を以って任督とも分かつべく、又一つの子宮に発して一源たるを以って任督は同躰と合すべき者也。天地の子午も南北の陰陽を以って分かつべく。又、渾然たる一氣を以って合すべき者也と。

之を分かちて、以って陰陽の雑(まじわら)ざるを見(しめす)に於いて、
之を合して、以って渾淪の間(へだて)無きを見(しめす)に於いて、一にして二、二にして一つなる者也。人身の任督、天地の子午、これを分かちて以って陰陽の氣位の雑ざるを見るに於いては一躰一氣といえども、二岐となれり。彼の陰陽相合して渾淪の間(へだて)なきを見に於いては二岐といえども、一躰一氣なる者なり。只 分かつべく、只 合すべき者なり。渾淪は物、未だ相い離れず、未だ相分かれざるを云う。

任脉は中極の下に起こり、會陰の分也。此の註義、亦 伯仁の誤り也。中極は臍下四寸に在りて、中極と會陰との間に曲骨の一穴有る時は、曲骨の一穴を越えて中極の下は會陰の分とは言い難し。骨空論の類註に中極の下は即ち胞宮の所と、此の説を得たりとす。下とは裏を指して云う。中極の裏、胞宮の地に起り発す者也。

是に由りて曲骨を循り、毛際に上り、中極に至り腹裏を行きて、胞宮に起こりて會陰に出て、會陰に由りて上りて曲骨を循りて、陰毛際に上り、それより臍下四寸の中極に行きて腹裏の中行を流る。

上りて関元、石門、氣海、陰交、神闕、水分、下脘、建里、中脘、上脘、巨闕、鳩尾、中庭、膻中、玉堂、紫宮、華蓋、璇璣、天突、廉泉を循り、頤(おとがい)を上りて、承漿を循り、廉泉より頤に上りて、下唇の下、承漿の穴に行き、唇を環(めぐり)て、上りて齗交に至り、分れて両目の下の中央に繋がり、承泣に會して而して終わる也。承漿より左右に相別れて唇を環り、上りて上歯の中に入りて督脉の齗交の穴に至り、又 分かれて両目の下の中央に繋がりて胃経の承泣穴に會して終わる也。

陰脉の海と云う者は亦 人の脉絡、諸陰の分に周流すること、譬えば猶 水の如くなるを以って也。而して任脉は則ちこれが總任たり。故に陰脉の海と曰う。人の諸の陰経の脉絡は諸陰の部分に周流して行くこと、譬えば水の如し。夫れ諸水の會(つどう)所の者は海なり。彼の水の如くなる諸陰の脉の總任(すべまかせる)する者は任也。故に任脉は陰脉の海と云う也。

○會陰、一名は屏翳(ひょうえい)。両陰の間に在り。前陰後陰の間、縫の中、アリノトワタリの中央なり。

曲骨は横骨の上に在り。俗にイチノキザと云うを横骨と云う。
毛際陥なる中、動脉の手に應ずるに、横骨の椎はずれ、陰毛際陥なる中、動脉ありて手に應(こたえ)るぞ。
中極は関元の下一寸に在り。臍より下の諸穴は臍と横骨との間を量(はかり)て、折りて五寸とし、此の寸を以って、一寸一穴に求むる也。此れ『甲乙経』の法。

関元は臍下三寸に在り。石門 一名、丹田 は臍下二寸に在り。氣海は臍下一寸五分に在り。陰交は臍下一寸に在り。神闕は臍中に當る。臍の正中を直に神闕穴とす。

水分は下脘の下一寸、臍を上ること一寸に在り。『甲乙経』に上臍を臍上に作る、尤もよし。

下脘は建里の下一寸に在り。建里は中脘の下一寸に在り。中脘は上脘の下一寸に在り。

霊枢経に云く、黄帝と六臣と御問答の書。霊枢九巻あり。神霊枢要の書たればなり。以下の語は霊枢経第二巻、骨度篇の文也。
𩩲骬(けつう)より 即ち岐骨也。
𩩲骬、一名は鳩尾。又、蔽骨とも云う。心を蔽(おお)うの骨なり。胸前(むねさき)の肋骨の左右へ相分るの間(あいだ)より、指の大計の骨五分 計出る者を𩩲骬と云う。然れども、心上(たかき)者は𩩲骬 内に入りて見え難し。故に臍上の寸を求むるに岐骨より取る也。岐骨は胸前肋骨の端、俗に云う水落(みずおち)の處、肋骨の左右へ分れる岐(ふたまた)なるところなり。此こに𩩲骬よりとは岐骨より取ると云う義にて、𩩲骬は即ち岐骨也と云うぞ。

以下、天枢に至りて、天枢は足陽明経の穴、臍を挟むこと二寸。蓋し臍と平直也。 足陽明胃経の天枢は臍を挟むこと二寸にして、臍と平らかに相い並びて付くほどに、此に天枢と有りとも臍中まで取ると云う義也と。滑氏は天枢を以って天枢の穴と見る。然れども『素問』至眞要大論に直に臍を天枢と云うべきの義あり。(※?)是に云う天枢も亦 臍を指して云う者也。胃の天枢の穴に非ず。
長きこと八寸。此れまでは骨度篇の文也。岐骨より臍中までの長さを取りて、此れを八つに折りて八寸として、此の間の諸穴の竪(たて)の寸法にこれを用ゆ。

而して中脘、中に居る、是也。以上の寸を以って、臍の上四寸、岐骨の下四寸に中脘有る時は、中脘は八寸の正中に居るを云う。(※)

上脘は巨闕の下一寸に在り。臍の上五寸にあり 當に一寸五分なるべし。蔽骨を去ること三寸。“當”と云うより下は『甲乙経』の文也。蔽骨は鳩尾骨を云うと雖も、是にては岐骨を指して云う也。『甲乙経』にては上脘は巨闕の下一寸五分にして、岐骨を去ること三寸になる也。此の書にては巨闕の下一寸なる時は岐骨を去ること三寸五分になりて、岐骨より臍に至るの寸、八寸五分に成りて、骨度の法に合せず。如何となれば『甲乙経』には岐骨の下五分に鳩尾の穴を取りて、鳩尾の下又一寸に巨闕を取る時は巨闕は岐骨の下一寸五分に在り。巨闕の下又一寸に上脘を取り、上脘の下又一寸に中脘を取る時は、岐骨の下三寸五分に中脘有りて、右(上記)の「中脘、中に居る」に合わず。故に『甲乙経』にては巨闕の下一寸五分に上脘を取る時は、岐骨の下三寸に上脘有りて、中脘、中に居る也。故に「當に一寸五分なるべし、蔽骨を去ること三寸」と云う。
此の書には岐骨の下一寸に鳩尾を取りて、鳩尾の下又一寸に巨闕を取る時は、巨闕は岐骨の下二寸に在り。巨闕の下又一寸五分に上脘を取る時は、上脘は岐骨の下三寸五分に在り。中脘、其の下一寸に取る時は、岐骨の下四寸五分に在りて、「中脘、中に居る」に合わざる也。此の鳩尾の穴の寸に由りて異ある者なり。
『甲乙経』にては、鳩尾に於いて五分の不足有る故に、是にて五分の餘(あまり)あり。此の書にては鳩尾に於いて五分の餘あるが故に上脘は只、巨闕の下一寸にあるべし。一寸五分なるべからず。伯仁、誤りて此の十字を記せり。
なお下の鳩尾の穴の條下と参(まじえ)考うべし。
写真:『十四経発揮』と『鍼灸甲乙経』における鳩尾と中脘の差異

巨闕は鳩尾の下一寸に在り。岐骨の下二寸に在り。
鳩尾は蔽骨 鳩尾骨を云う の端に在り。『甲乙経』にては蔽骨の推はずれ在り。此の書にては蔽骨の端を去ること五分にあり。
言う心は、其の骨垂れ下りて鳩の形の如し。故に以って名と為す。以上は鳩尾と云う名義の註也。言う心は其の骨、胸前より垂れ下がりて鳩の尾さきの状(かたち)に似たるが故に此れを名づけて鳩尾と云う也。
臆前 臆は胸也。むなさきを臆前と云う。蔽骨の下五分也。岐骨の下五分を蔽骨の長さとして其の蔽骨の下又五分に鳩尾の穴を取る。
人、蔽骨無き者は、岐骨の臍従(よ)り下行すること一寸。岐骨の全くなきと云うことはなけれども、心たかき人は此の骨、内に引き入れて見えざるなり。此の如くの人は岐骨の際より下一寸を以って鳩尾の穴とす。然る時は巨闕を鳩尾の下一寸。上脘を巨闕の下一寸五分に取るは、岐骨の下三寸五分にして「中脘、中に居らざる」こと明らけし。猶口傳あり。

中庭は膻中の下一寸六分在り。此れより華蓋に至るの諸穴は鈌盆(缺盆)より𩩲骬に至りて九寸の寸を以ってす。
膻中は玉堂の下一寸六分、両乳の間に在り。玉堂は紫宮の下一寸六分に在り。紫宮は華蓋の下一寸六分に在り。華蓋は璇璣の下二寸に在り。『資生経(鍼灸資生経)』に云く、一寸。王執中が資生経の説、尤もよし。二寸は誤り也。
璇璣は天突の下一寸、陥かなる中に在り。天突は頸の結喉 俗に骨佛と云うは結喉也。結喉の突(とがり)を取るぞ。の下一寸、宛々たる中に在り。按ずるに、此の穴の法、諸説ありて同じからず。頭の俛仰に由りて也。尺寸に拘わらず、少しき仰(あおむ)かしめて、指を以って結喉の突より按し下せば、胸の鈌盆(缺盆)の骨にて指の止る處、此の穴なり。
廉泉は頷(おとがい)の下、結喉の上、舌本に在り。頷と結喉との二つ折れる横文の處、頷の方に付く也。此の處は内にて舌の根本に相い直(あた)るなり。

陰維 此れも奇経八脉の中なり。任脉の會、仰きてこれを取る。仰けば取りやすきぞ。
承漿は唇の下、陥なる中に在り。下唇の下に在り、口を開けば下唇の少しそりて折れる處の陥なる中なり。

任脉、足陽明の胃の會、齗交は督脉に見えたり。

写真:廉泉、承漿。任脈と足陽明胃経の交会の図『十四経発揮和語鈔』より引用

任督二脉の會、承泣は足陽明に見えたり。蹻脈、任脉、足陽明の會。
○按ずるに任督二脉の直行なる者は、腹背の中行、諸穴の繋る所を為す。今、特(ひとり)これを取りて以って、十二経の後に附す。任督は奇経の中にして十二経とは異なる者といえども、其の任脉の腹を直行し、督脉の背を直行する者は、腹背を中行にして、然れども任脉二十四穴、督脉二十七穴の諸穴の繋り付く所たれば、今、奇経の中より特(ひとり)この任督に二脉を釋(えらび)取りて十二常経の後に附録して十四経に連なるとなり。

骨空論に載せる所の如き者は、茲(ここ)に與(あずから)ず。
骨空論は『素問』第七巻の篇の名なり。その篇中に任督二脉の流れる所の道筋多く載せ記せり。然れども茲には只、其の腹背の中行諸穴の繋る處の尤者を取りて、彼の篇に載せる所の支絡別脉の類の如きは茲に與(あずか)らざる者、故にこれに略す。

其の餘、衝帯維蹻の経る所の穴の如き、寔(まこと)に則ち諸経の間に於いて寄會する爾(のみ)。任と督との二脉の灼然 昭(あきらか)なる貌(さま)を云う として腹背を行く者と比し難し。故に此に以ってこれを略することを得たり。任督二脉の餘に、衝脉、帯脉、陰陽維脉、陰陽蹻脉の六脉あり。此れ等の脉の経(ふ)る所の穴は、寔に皆、前の十四の諸経の間へ其の氣を寄せ會すのみ。己(おのれ)獨(ひとり)して主る穴なくして他経の穴を借り用ゆ。然れば誠に彼の任督二脉の灼然と腹背の中行を行きて専穴ある者と、右の六脉とは比べ難し。故に其の任督は取りて十四経とすれども、彼の六脉は此に略して取らざるなり。

然りと雖も略に因りて以て詳を致す、亦 兼取に於いて害ならざる也。故に其の八脉の全篇、仍お別れて左方(下記)に出すと云う。此れを略すといえども亦 事の略し捨てる物を取りて、反って詳義を致すことあれば、此の六脉をも亦、右の十四経と兼ねとりて考えるに害はあらず。故に奇経八脉の全篇を撰じて仍お十四経と別て左方(下記)に出し見(あらわ)すと云う。

(上記)十四経の正文は、並びに金蘭循経と同じ。
(正文とは右(上記)の十四経の本文を云う也。並とは皆と云う意のごとし。『金蘭循経』は元の忽泰必別が著す所の書なり。右(上記)十四経の本文に取る者は、皆『金蘭循経』と同じくして、註解に於いては異同あることを致す。

 

會陰(禁鍼、灸三壮)陰汗、陰疼、陰中諸疾、二便閉結、穀道掻癢、久痔、女子経水不通、陰門腫痛を主る。

曲骨(鍼六分、灸七壮、七个壮に至る)
五蔵虚冷、失精、小腹脹痛、小便淋閉、㿉疝、婦人赤白帯下を主る。

中極(鍼六分、灸五壮)
失精虚寒、小便頻数、腎積水腫、婦人絶子、血瘕、産後悪露不行、胞衣不下、月事不調、子門腫痛を主る。

関元(鍼八分、妊婦禁鍼。灸七壮、百壮に至る)
精冷、臍絞痛、白濁溺血、暴疝、轉胞、小便閉、五淋洩利、腎積心に搶く、婦人帯下、月経不通、絶胎ー漏、産後悪露が止まずを主る。

石門(鍼五分、灸七壮、婦人は鍼灸を禁ず)
泄利不禁、小腹絞痛、氣淋、血淋、穀不化、水腫、吐血、婦人産後悪露止まず、血塊崩漏を主る。婦人、鍼灸を犯せば身を終るまで子を絶す。

氣海(鍼八分、灸七壮)
脱陽して死せんと欲し、冷病虚氣、一切の氣疾、臍腹冷痛、婦人帯下、月事不調、小児遺尿を主る。

陰交(鍼八分、灸二七壮から百壮に至る)
一切氣痛、陰汗湿癢、腰膝拘攣、婦人崩帯、月事不止、悪露不止、絶子、小児陥顖を主る。

神闕(禁鍼、灸三壮)
中風甦らず、久冷の蔵府を敗傷して洩利止まず、水腫、皷脹、腸鳴、小児奶利、脱肛、風癇、角弓を主る。

水分(鍼は宜しからず、灸七个壮から三百壮に至る)
水病、腹堅腫すること皷の如く、轉筋、食を嗜まず、腸胃虚冷、臍を繞(めぐり)て痛み、心を冲き、腰脊急強、腸鳴、小児陥顖を主る。

下脘(鍼八分、灸二七壮、二百壮で止める)
臍下厥氣、腹堅硬、腹痛氣寒、穀轉化せず、食を嗜まず、小便赤く、癖塊臍に連なりて上り、胃脹、翻胃を主る。

建里(鍼五分、灸五壮)
腹脹、身腫、心痛、上氣、腸中疼、嘔逆、食を嗜まずを主る。

中脘(鍼八分、灸二七壮、四百壮に至る)
五膈翻胃、赤白痢、寒癖、氣疝、心積、温瘧、先腹痛先瀉、霍乱洩出して知らず、食化せず、身寒、噎を発すを主る。

上脘(鍼八分、灸七壮、百壮に至る)
腹雷鳴、食不化、腹刺痛、霍乱吐利、翻胃、腹脹、卒心痛、風癇、熱病、黄疸、積聚、虚勞を主る。

巨闕(鍼六分、灸七壮、七个壮に至る)
欬逆胸満、心痛、蛔虫痛、霍乱して人を識せず、吐逆、咳嗽、狐疝腹脹を主る。

鳩尾(禁鍼禁灸)
後世、人をして心力を少なからしめ、大妙手は方に鍼す可し。然ざれば鍼 氣を取りて多くは人をして夭せしむる。『素問』の註に刺灸すべからず。

中庭(鍼三分、灸三壮)
胸脇支満、噎塞して、食飲不下、嘔吐、小児吐奶を主る。

膻中(禁鍼、灸三壮)
上氣、短氣、欬逆、噎満、心胸痛、肺癰、喘鳴、婦人乳汁少を主る。

玉堂(鍼三分、灸五壮)
胸痛、心煩、喘嘔、寒痰を主る。

紫宮(鍼三分、灸七壮)
胸脇支痛、飲食不下、咽逆上氣、煩心、欬逆、吐血、唾 白膠の如くなるを主る。

華蓋(鍼三分、灸三壮)
喘急上氣、欬逆喘哮、喉痺、咽腫、水漿不下、胸皮痛を主る。

璇璣(鍼三分、灸五壮)
胸脇支満痛、欬逆上氣、喉鳴喘して言うこと能わず、喉痺、咽癰、水漿不下、胃積を主る。

天突(鍼一分、灸三壮)
面皮熱し、上氣欬逆、暴喘、咽腫、喉瘡、膿血を喀(は)き、五噎、瘖して言うこと能わず、醋心嘔吐、癭瘤を主る。

廉泉(鍼二分、灸三壮)
欬嗽、喘嘔、舌下腫て言い難し、舌根縮急、舌縦(ゆるまり)て涎出て、口瘡を主る。

承漿(鍼二分、灸三壮)
偏風、半身不遂、口眼喎斜、面腫、消渇、口歯暴痛、瘖して言うこと能わざることを主る。

※鳩尾と中脘の寸法について、非常に細かく論じられていた。
少し前の私なら『どっちでもいいのでは…』と閉口していたであろう。
しかし、これも大切な人体観を示すことであろうとも思えるようにもなった。「中脘、中に居る。是なり(中脘居中、是也)」である。

 

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