肺臓と手太陰肺経『臓腑経絡詳解』より

臓腑経絡のキホンを学ぶ【経絡の正奇双修】

講座【経絡の正奇双修】2021’がスタートしました!
今期は奇経八脉について主に学んでいます。
が、十二正経の復習する目的で過去に使用したテキスト『臓腑経絡詳解』(岡本一抱 著)の書き下し文を紹介します。
岡本氏特有の懇切丁寧な説明で、臓腑と経絡のキホンについて学びつつ、医古文にも馴染むことができると思います。


※『臓腑経絡詳解』京都大学付属図書館より引用させていただきました
※下記の青色枠部分が『臓腑経絡詳解』の書き下し文です

臓腑経絡詳解 巻之一   洛下 岡本一抱子

肺藏所属の提綱

○肺脉は、右寸に候う。浮濇にして短、かつ和緩を帯ぶる者は肺、平なり。浮大にして洪なる者は、心火来りて肺に乗ず。治し難(がた)し。
○肺は金に属す。金の色は白し。金、実するときは重くして浮かまず。虚するときは軽くて沈まず。

故に(朱)丹溪の曰く、白き者は肺気の虚と。しかれども、豕膏(しこう)の澤(うるお)うが如き者は、白しといえども将に佳兆とす。
胃の気を誘いて肺気虚せざるなり。
その色枯骨の白きがごとき者は、胃の気を受けず。肺元の虚なり。死す。治せず。
(秦)越人の曰く、胃の気少なきを病と曰い、胃の気無きを死という。

○肺金は脾土に養われ、腎水を生じ、肝木を尅し、心火に尅せらる。
故に肺、虚するときは腎水不足し、肝木有餘し、心火亢(たかぶ)るなり。その源、脾土の不足に始まる。
蓋し土堅きときは金衰えず、水疲れず、木侮られず、火亢らず、五臓自(おのずか)ら全(まった)し。これ(李)東垣先生『内外傷弁(内外傷弁惑論)』『脾胃論』の因りて起る所なり。

○肺は気を主る
七情の気病はみな肺に監(あづか)る。

魄を蔵(かく)し、皮毛を栄し、
肺病は皮毛にあらわる。不仁、頑麻(がんま)、浮腫の類(たぐい)なり。皮膚より入る者は肺を冒す。
故に六淫(りくいん)外邪は喜(この)んでまず肺に著(つ)く。

秋に旺(おう)し、
肺病は秋起こり、夏甚しく、冬愈(い)ゆ。

西に位(くらい)す。
南面するときは、右は西なり。ゆえに肺病は右の脇に見(あらわ)る。

(あな)を鼻に開く。
清涕(せいてい)は肺の寒、肺虚なり。濁涕(だくてい)は肺熱、肺実なり。

呼吸の道路は肺管に通ず。
咳嗽、喘急は肺病なり。

辛味、腥臭(せいしゅう・なまぐさし)は肺に出入し、熱と寒とを悪(にくみ)て、温を喜ぶ。七情、五聲、五音にありては、憂(ゆう)、哭(こく)、商を主る也。
辛熱過ぐるときは肺肝を傷(やぶ)り、口腥気を出すは肺熱なり。形寒し、飲寒するときは肺を傷る。且つ又 暑熱も肺気を脱す。憂哭盛んなるときは則ち肺を傷る。

○多く戈刃を夢みる者は肺実なり。多く田野平原を夢みる者は肺虚なり。

肺の藏 補瀉温涼の薬

[補]
人参 微温
(黄耆・おうぎ) 微温
五味子(ごみし) 酸温
山薬(さんやく) 甘平
麦門冬(ばくもんどう) 甘寒
茯苓(ぶくりょう) 甘淡平
阿膠(あきょう) 鹹平
砂仁(しゃじん) 甘苦微寒
栝楼(かろ) 甘苦微寒
紫菀(しおん) 苦辛微温
百部(びゃくぶ) 甘微寒

[瀉]
防風(ぼうふう) 辛甘微温
桑白皮(そうはくひ) 甘寒
枳殻(きかく) 甘鹹微寒
紫蘇子(しそし) 辛微温
葶藶(ていれき) 辛苦微寒
萊菔子(らいふくし) 辛微温
沢瀉(たくしゃ) 甘鹹微寒

[温]
乾姜(かんきょう)
生姜(しょうきょう)
款冬(かんどう)
白朮(びゃくじゅつ)
木香(もっこう)
山椒(さんしょう)
半夏(はんげ)

[涼]
沙参(しゃじん)
玄参(げんじん)
貝母(ばいも)
天門冬(てんもんどう)
桔梗(ききょう)
栝楼(かろ)
山梔子(さんしし)
枇杷(びわ)
枯芩(こごん)黄芩の朽ち枯れたもの
馬兜鈴(ばとうれい)
人溺(じんでき)

東垣先生 報使引経の薬

白芷(びゃくし) 辛温滞を通ず
升麻(しょうま) 甘苦平升提 
葱白(そうはく) 辛温散邪

○補とはその臓腑の不足を補う。瀉はその臓腑の実を瀉す。
不足は正気の虚なり。実は邪気の有余なり。
温とはその臓腑の寒を除き、陽気を温(やしな)う。涼とはその臓腑の熱を去り、陰を助く。
報使引経(ほうしいんけい)とは、諸薬をその経、その臓、その腑へ引導(いんどう)せしむるの薬をいうなり。

肺藏の絵図


写真:『臓腑経絡詳解』の肺藏の絵図 京都大学付属図書館より引用させていただきました

『素問』霊蘭秘典論篇に曰く、肺は相傅(そうふ)の官、治節出づ。

○気は陽なり。心に発す。心は君主とす。肺は諸気を総(す)べて、周身に行(めぐ)らす。ゆえに相傅の官とす。
言う心は、心に発するの気をして肺これを総べ受けて周身に行らす者は、たとえば宰相(さいしょう)輔傅(ほふ)の臣、君命を受けて周(あまね)く天下に布行するに似たり。治節出づは、節は制なり。肺気調和なるときは臓腑営衛治らざるということ無し。

喉門 節 喉嚨 呼吸の出入する所。下、心中に入る。
経に曰く、喉嚨の重さ十二両、廣(広)さ二寸長一尺二寸。九節あり云々。

肺管、節 九節有り。
前鳩尾。後膈兪。
小葉両耳

肺の藏象

○肺の臓象たる、脊の第三の椎 督脉身柱の穴 に付着して、八葉の蓮花の敷(ひら)けたるがごとし。その葉は大葉六つ、小葉両(ふた)つ、すべて八葉なり。大葉六つは、三葉は胸に垂れ、三葉は背に垂る。小葉両つは、左右に分かれ垂れて、人の両耳ある形に似たり。
故に(難経)四十二の難に曰く、肺の重さ三斤三両、六葉両耳、すべて八葉と。この八葉、肩と齊(ひと)しく、胸背左右の四方(よも)に下り、五臓六腑の上を蔽(おお)うて蓋の如し。

(霊枢)九鍼論篇に曰く、肺は五臓六腑の蓋と云々。
(素問)病能論篇に、肺は臓の蓋云々。
(素問)痿論篇に曰く、肺は心の蓋と云々。

肺の臓中二十四の空竅(くうきょう)有って、譬えば蜂巣(ほうそう)の如し。
人呼(こ)するときは、気 空(あな)を出て肺葉虚す。吸(きゅう)するときは気 空(あな)より入りて肺葉満す。
呼吸の出入、肺葉の消息(しょうそく)橐籥(たくやく・ふいご)の如し。
諸臓、清濁、陰陽の気、これに従うて周身に行列分布すなり。

故に長介賓(張介賓、張景岳)の曰く、清濁の運化を司り、人身の橐籥(たくやく)たりと云々。
華陀(かだ)が『中蔵経』に曰く、肺は魄の舎、主気の原、すなわち至蔵の華蓋と云々。
肺の象(かたど)り、蓮華のごとく、五臓六腑の上を蓋(おお)う。故に華蓋という。

或る人問うて曰く、華蓋は肺を指していう、師 何ぞ四臓六腑の華蓋といわざるや。
然るなり。正臓五つ。肺心脾肝腎なり。正腑五つ。胃胆小腸大腸膀胱。合して十なり。
蓋し、経絡配合はこれに加えるに三焦の一腑、心包の一臓をもって六臓六腑、総べて十二経とす。今五臓の華蓋という者も、また経絡配合に従ってこれをいう。実に五臓の華蓋なり。『十四経絡発揮』に曰く、五臓の華蓋となすと云々。

又、問うて曰く、肺葉すべて八つ有る者は何ぞや。肺は金に属す。金は少陰とす。これ五行の陰陽配合なり。手の太陰というにはあらず。
少陰の数は八つ。ゆえに八葉なり。難経彙考

手の太陰肺の経指南


写真:『臓腑経絡詳解』の肺経の図 京都大学付属図書館より引用させていただきました

○手の太陰肺之経 気多く血少なし。
十二経血気の多少。(霊枢)五音五味篇、(素問)血気形志篇の両篇にして各々異(こと)有り。
今ここに云う所の者は、十四経発揮(『十四経絡発揮』)に習て、血気形志篇の理に従うなり。
(難経)七難に曰く、太陰の至る、緊大にして長云々。
蓋し大長は陽、緊は陰なり。大長にして緊は陽脉多くして、陰脉少なし。四時の内、太陰の気は、七八月の間に旺ず。
この時 秋陰(しゅういん)既に生ずと雖(いえど)も、夏暑(かしょ)の残陽(ざんよう)未だ去らず。温気猶(な)お能(よ)く行わる。人の気脉もまたこれに応じて陽脉多くして陰脉少なし。これすなわち太陰至る所は、陽多くして陰少なきいわれなり。およそ陽は気とす。陰は血とす。故に手足の太陰経は、常に陽気は多くして、陰血は少なきこと明(あきら)けし。

○(霊枢)経脉篇に曰く、肺は手の太陰之脉、中焦に起こり、下りて大腸を絡(まと)い、還(かえ)りて胃口を循(めぐ)り膈に上(のぼ)り、肺に属す。

[起]は、発なり。経脉始りて起り出づるの発源を云う。
[絡]は、繞(ぎょう)なり。めぐり、まとうを云う。
[還]は、復なり。 始め来りし道へ復(かえ)り行くを云う。
[循]は、巡なり めぐり行くを云う 又 依(い)なり 依(よ)りそうて行くを云う 沿(えん)なり。『十四経絡発揮』に治に作る者、誤りなり。沿は流れに従て行り下るを云う

[中焦]は、胃の中脘なり。蓋(けだ)し脘と管通ず。胃の腑の象(かたち)、竹管に似たり。これをもって胃の正中を中脘 臍の上四寸、中脘の穴の分なり と云う。胃の上口を上脘 臍の上五寸、上脘の穴の分なり と云う。胃の下口を下脘 臍の上二寸、下脘の穴の分なり と云う。本文に謂(いわゆ)る中焦に起るとは、胃の府の正中(ただなか)、中脘の辺に當(あた)る。

[胃口を循(めぐ)る]とは、胃の上口上脘の分なり。滑君(滑伯仁)十四経(『十四経絡発揮』)の注に、胃口は胃の上下の口なりとは誤れり。本経中焦より大腸に下り再び上るときは、前経の外を上る。下口を循るべきの理無しなり。若(も)し下口を循るとなすときは、経脉の流行紋乱(ぶんらん)して分明(ぶんみょう)ならず。ゆえに馬氏(馬蒔 馬玄台)が註證(『黄帝内経素問註證発微』)に曰く、胃口は胃の上脘なり。云々。

手太陰肺経流注の註説と異説


写真:『臓腑経絡詳解』の肺経の経脈篇註説と十四経異説の図 京都大学付属図書館より引用させていただきました

十四経異説
中脘〔中焦に起る〕→ 下脘〔下口を循るときは則ちその経乱れること此の如し〕 → 水分〔裏大腸を絡(まと)う〕→ 上脘〔胃の上口を循る〕 → 中脘

経脉篇註證
中脘 → 下脘〔下口に依らざる則ち直(すなお)なること此の如し〕 → 水分 → 上脘

[膈]は、隔なり。心肺の下、脾肝腎の上、前は鳩尾、後えは七椎の辺に、譬えば天井なんどを張りたるがごとく、背脊(はいせき)胸脇(きょうきょう)に間隙(すきま)なく、周(あまね)く回(めぐり)り著く膜(あぶらかわ)なり。
蓋し大小腸膀胱の穢濁(えだく)の気、この膈膜に遮隔(しゃかく)せられて、上の心肺を薫蒸(くんじょう)せしめざる者なり。故に膈と云う。

心は君主の官、神明出づ。肺は浄金(じょうきん)清気を総ぶ。自らこの膜有りて、穢気を隔て心肺の二臓を汚(けが)さざる者はこれ豈(あ)に人の為す所ならん哉(や)

○手の太陰肺経は、中焦胃の腑の正中、中脘に起りて ここに於いて足の厥陰肝経の終る所の交わりを受く(※) 任脉の外 左右挟(さしはさ)みて二経流れ下る 足の少陰腎経 中行を去ること五分の流れなり の裏(うち)、二経の間を循りて次第に下行し、臍上一寸水分 任脉の穴なり の所に当りて裏に入り、大腸を絡繞(らくぎょう・まといめぐる)して手の太陰肺と手の陽明大腸と臓腑表裏の象をなす。蓋し水分穴の所は小腸の下口、大腸の上口に近ければなり。
すなわち復(ま)た大腸より還りて再び本経 右(上記)の中焦より水分へ下行したる経を云う の外を行り上りて、胃の上口 上脘の穴の地なり を循り、邐□(辶色) 経脉の連なり続きて断えざるを云う として膈膜 鳩尾穴の地なり に上り、肺中に入りて、肺に属会す。 任脉華蓋穴の地なり

○客、問うて曰く、手の太陰は肺の経なり。その経、何ぞ肺中に起らずして、中焦に発するや。
然るなり。手の太陰肺経は、諸経栄血運行の始めなり。凡(およ)そ水穀胃に入りて脾これを消化す。その化する所の水穀精微の気、変じて衛 気なり となり、栄 血なり となる。故に手の太陰経、中焦に起り、胃口を循りて水穀精微の気、ここより注ぎ 肺経に注ぐなり て変じて栄血となり、宗気に従うて諸々(もろもろ)の経繸(けいずい)を行く。ここを以って滑伯仁の曰く、栄気本蔵において帰する所有るとなり云々。 言う心は、栄血が肺経へ注ぐべきの通道有りと云う義なり

○右(上記)『十四経絡発揮』の意なり。また経脉篇の本意を按ずるに、手の太陰肺経は中焦より起り、任脉の外を行り下りて大腸を絡いて、この経はここにおいて止まり、また別に中焦よりわかれて、任脉の外を行り上りて胃の上口を循り、膈に上り肺に属すと見ゆるなり。

○肺系従(よ)り横に腋下に出て、下りて臑内を循り、少陰心主の前を行き、肘中に下る。

[肺系]とは、肺の臓の系(つりいと)なり。その形、竹管のごとく長きこと一尺二寸、九つの節有りて心中に発し、肺の八葉の間に出で 肺葉みなこれに連り系(つな)ぐゆえに肺系と云う 、上りて喉に出づ。これを肺系とも肺管とも喉嚨(こうろう)とも云う。すなわち人の呼吸出入の道路なり。
[腋]とは、肩の下脇の上際、俗に云うワキツボなり。然れどもこの経、直(ただち)にワキツボには至らず、腋の横文の頭を循りて下り行くを云う。
[臑内]とは、肩と肘の間を内外通じて臑と云う。外 背中に対する方を外と云う を臑外と云う。内 胸脇に対する方を内と云う を臑内と云うなり。『十四経絡発揮』の注に、膊下(はくか)腋に対する處(ところ)を臑となすと云うときは、肩と肘の間に内面のみ、臑とせるなり。これ(滑)伯仁の誤りか。
[肘]とは、臑骨の盡(つ)きる所を云う。臂(ひ) 肘と腕(うでくび)との間を内外通じて臂と云う 骨と臑骨と両骨の関節を肘と号(な)づく。

○肺に属する所より肺系に出で 任脉華蓋穴の辺なり 肺系を循りて横に左右へ流れ行きて胸部第四行 一行は任脉、二行は腎経、三行は胃経、四行はこの肺経なり の中府 雲門の下一寸六分 を循り、雲門 任脉の璇璣の傍ら六寸なり に上り、腋下の横文の頭に下り、これより下りて臑内を循り、天府 尺沢を目当てに腋の横文の下三寸なり 俠白 尺沢の上五寸なり の二穴を歴(へ)て、肘中の尺沢の穴に下り入るなり。 尺沢は肘の内横文の所、強き動脉有るなり。中指と無名指(むみょうし)の間の通りに当たるなり
以上の経行は手の少陰心経、手の厥陰心主経 即ち心包経なり 両経の前を行くなり。蓋し手の少陰心経は臑臂を循りて手の小指の端に出で、手の厥陰心主経は臑臂を循りて手の中指の端に出る。肺経はこの二経の前を行きて大指の端に出るをもって、本文に謂(いわゆ)る手の少陰心主の前を行くと云々。

○臂内上骨の下廉を循り、寸口に入り、魚に上る。魚際を循り、大指之端に出づ。

[臂]の注は右(上記)に詳(つまびら)かなり。
[上骨]は、臂を伸べて、大指の通りの骨を云うなり。
[廉]は隅なり。辺なり。
[下廉]とは、骨の下稜(したかど)を云うなり。
[寸口]とは、寸部を指すなり。手の掌(たなごころ)の後、高骨 腕の後え大指の通りに有る高骨なり。手の内踝なり の傍らに有る動脉を関部とす。関前の動脉を寸口とす。すなわち経渠太淵の地なり。
[魚に上る]とは、大指の後え、腕の前、その肉隆(たか)く肥え起こりて、魚の腹に似たる所を総べて魚と云う。
[魚際を循る]とは、魚腹の際、腕中に有る穴の名なり。

○既に肘中尺沢の穴より下りて、臂内の上骨の下廉 尺沢より寸部の通りへ流るを云うなり を循りて、孔最 尺沢を目的に魚際の上七寸なり を歴(へ)、傍ら列缺 腕の上の側(かたわら)腕中を却(しりぞ)くこと一寸半、『灸法口訣』に詳かなり に行き、寸口に下りて経渠 寸部に近き関部の動脉なり 太淵に入り、魚に上るなり。太淵は関前腕後寸部の位なり。経気ここに来るときは既に魚腹へ行くべきの勢い有るゆえに、未だ魚腹に至らずと雖も、その勢気(せいき)を取りて魚に上ると云うなり。太淵より魚際 大指の後、魚腹の際、寸部の前腕中に有り に上り、魚腹を循りて大指の端少商に至りて終わるなり。少商の穴は大指の内の側の端、爪甲を去ること一分ばかり。 これを韮葉(きゅうよう)の如しと云うなり

○客問て云く、経絡の流行四肢の末梢に至る者は、みな當(まさ)に下ると謂うべし。然るに肺経、魚に下り、魚際に下る者をもってみな上ると云うは何ぞや。
然なり。魚に上り、魚際に上るとは、魚腹の形肉肥盛(ひせい)にして隆起なり。その高きに向かう者を假て上ると云う、実は下るなり。

△寸口の立法。寸関尺三部の法は『千金翼』十四平脉大法第一に詳かなり。本(もと)は『難経』第二篇に出づ。これを定(さだむ)るの法は、手腕の横文、魚際より肘中の横文、尺沢に至りての長さを量りて、これを十に折りて一尺とす。この一寸をもって、魚際の横文より関骨の方へ却き去ること一寸の間を寸口の脉位とす。然れども、寸の脉位は全く一寸を得るにあらず。この一寸をまた十に折りて、一分は魚際の方へ除き去りて、余り九分の間を寸口とす。ゆえに難経に曰く、陽は寸内九分を得云々。また通称の寸口有り。詳義は予が撰ずる所の『灸法口訣』に考うべし。

○その支(えだ)なる者、腕後より直に次指内廉に出て、その端に出づ。

[腕]とは、臂骨の尽きる處(ところ)。俗に云うウデクビなり。
[次指]とは、手の大指の次指、食指の謂いなり。
[内廉]とは、大指の方を内とし、小指の方を外とす。
[其の端]とは、食指の内廉の端、爪甲に至るを云うなり。
[支なる者]とは、絡脉の云いなり。
滑伯仁の曰く、脉の大隧(だいつい)を経となす。経に交わる者を絡となす。凡そ経は直(すぐ)なる者、皮肉の裏に深く伏行して栄衛陰陽の大道なり。絡は直行の傍らより分れ出て、浅く表を横行して、たとえば草木の枝のごとく。この絡に因りて交り他経もまたこれによりて交わりをなし、周身を繞絡(ぎょうらく)す。ゆえに絡と云い、枝と云う。

○右(上記)の雲門より下る所の本経は、大指の端、少商に至りて終わるなり。
この支なる者は腕後一寸半、列缺の穴より分れ出て、陽明大腸経と並び下り、食指の内廉を循りてその端に出、商陽の穴に至りて大腸経と交わり終わるなり。

○右(上記)は滑伯仁『十四経絡発揮』の説なり。
また経脉篇の本意を按ずるに、右(上記)の雲門より孔最経渠に流るるの本経は列缺の穴に曲行せず、孔最より径(ただち)に寸口へ直行す。これ支なる者は腕後寸口の後、孔最の前に当りて自然に分れ起こりて、列缺を循り大腸経と並び行きて、食指の端、商陽に至ると見るなり。伯仁の如きは、列缺の穴を本経に係る。経意の如きは、列缺穴を絡脉に懸(かく)るなり。識者これを弁ぜよ。

肺の藏是動所生の病症

経脉篇に曰く、是(これ)動ずる時は病む。肺脹満(ちょうまん)して膨々(ぼうぼう)として喘欬(ぜんがい)し、鈌盆(けつぼん)の中痛む。

[是動]とは、経脉の変動より発す。その症軽し。『類経』に曰く、動は変を言う、変はすなわち常を変してしかして病をなす云々。
[所生]とは、その臓その腑より生ずる所の病なり。尤(もっと)も重し。

然ども経病は臓腑に及び、臓腑の病は経に及びて離れず。ゆえに是動の内に臓腑の病を見わし。所生の内に経脉過ぐる處(ところ)の病を見(あら)わす。
(また)二十二の難に曰く、邪気に在れば気これがために動ず、邪血に在れば血生ずる所の病を為すとは、是動を気病とし、所生を血病とす。これ血気陰陽の前後をもって経の別理を云うなり。『類経』に曰く、『難経』の言(ことば)経旨(けいし)に非ざるに似たり云々。

[肺脹満して膨々として喘欬す]とは、これを肺脹の症と云う。手の太陰の経病みて、経気行らざるときは、裏肺の八葉脹満して胸気塞がる故に[膨々] 胸脹る貌(かたち)、俗に云うムナフクレ として、或いは喘し或は欬す。『甲乙経』に咳に作る
[鈌盆中痛]とは、結喉の下、任脉天突の地を鈌盆と云う。則ち肺管 詳義は右に見えたり の通ずる所。ゆえに疼痛す。

○甚しきときは則ち両手を交えて瞀(ぼう)す。此れ臂厥(ひけつ)と為す。肺経の是動病 甚しき者を云う。

[両手を交える]とは、或いは左瞀し、或いは右瞀し、或いは左右倶に瞀するの云いなり。蓋し肺経は臑臂の内廉を流行するが故なり。
[瞀]とは、『類経』に曰く、瞀は木痛(もくつう)不仁(ふじん)なり。臑臂の麻痺、木痛(こわばりいたみ)、不仁(ひとはだならず)するを云うなり。
[此れ臂厥と為す]とは、『類経』に曰く、厥は逆なり。気逆するときは乱れるとなり云々。手の太陰肺経は臑臂を流行す。其の経の厥逆変乱に生ずるが故に、此れを臂厥の症と為すなり。

○是(これ)肺を主として生ずる所の病は、欬して 『十四経絡発揮』に咳嗽に作る 上気、喘渇 『十四経絡発揮』に喝に作る 煩心、胸満、臑臂の内前廉痛厥(つうけつ)し 『十四経絡発揮』に厥の字無し 掌中熱す。是(これ)肺の藏中より生ずる所の病なり。

[欬して上気 喘渇]とは、欬と咳同じなり。咳は痰有り聲(こえ)有り 俗に云うセキなり 嗽は聲有りて痰無し 俗に云うシワブキなり 然れども、咳嗽倶(とも)に俗に云うセキなり。喘は喘息 俗に云うスダキなり 、渇(かつ)は類註に曰く、渇は当に喝に作るべし、聲麤急(そきゅう)なり。息気麤急(そきゅう)にして、喘の聲有る者を云うなり。肺は上焦に有りて、諸々の上る気を総べる。故に上気を為すなり。肺管は則ち喉嚨(こうろう)、呼吸の道路なり。故に呼吸逼迫(ひっぱく)して欬嗽喘急す。蓋し上気するが故に、欬嗽喘急を為す。

[煩心 胸満]とは、肺は胸中に藏(かく)る。故に心煩胸満を為すなり。
[臑臂内前廉痛厥す]とは、皆 肺経の行(めぐ)る處(ところ)、疼痛厥逆を為すなり。前廉とは、天府 尺沢 孔最 等の辺なり。
[掌中熱]とは、経脉の行、魚腹に流る。故に掌中熱気を為すなり。

○気盛んに有余するときは則ち肩背痛む、風寒汗出で、風に中(あた)り小便数(しげ)くして而して欠(あくび)す。

[気盛んに有余す]とは、肺の臓に邪気盛んに有余するなり。
[肩背痛む]とは、肺の八葉肩と齊(ひと)しく背の第三椎に付著す。故に肩背痛むなり。
[風寒汗出]『十四経絡発揮』に曰く、寒の字は疑うらくは衍(えん)ならんと。言う心は、風寒は表邪とす。肺は皮毛を主るが故なり。然ども風は衛を傷る、汗有り。寒は栄を傷る、汗無し。寒の字有るときは下の汗出ると云うの語に合わず。故に衍とす。最も理有るなり。
(ひそか)にこれを按ずるに、風寒の二字倶(とも)に衍文と為さば、上下の理 貫通して自ずと照(あきらか)なるべきに似たり。蓋し肺は気を総べ、表を主る。肺に邪気盛んに、大過するときは表気これがために行らせず。故に腠理(そうり)空疎(くうそ)にして、或いは汗出て、或いは風に中(あた)り安(やす)きことをなす。

[中風]とは、右(上記)に詳かなり。風とは外邪を総べて云うなり。
[小便数]とは、肺は金にして水を生ず。水また気に従うて流行す。今肺金病む時は水源開かず。肺気和せざるときは水長流(ちょうりゅう)せず。故に小便短小にして頻数(ひんさく)なり。
[欠]とは、肺は気を総べる。気は陽なり。肺気邪のために疲れて、陰に下陥す。則ち陰気盛んにして、これを引かんとす。然ども陽は升ることを主る。故に陰陽上下相い引いて欠するなり。右(上記)の小便数にして而して欠する者は、腎病なり。即ち母病みて子に及ぶの云いなり。

○虚するときときは則ち肩背痛み寒え、少気にして以て息するに足らず、溺(いばり)の色変ず。

[虚するとき則ち肩背痛み寒える]とは、肺の正気 元気陽気なり 虚憊(きょはい)して為すなり。故に疼痛寒冷す。右(上記)の肩背痛むと互いに考うべし。
[少気にして以て息するに足らず]とは、肺元虚するが故に息気微少にして以て呼吸を為すに足らざるなり。
[溺の色変ずる]とは、此れ亦(また)金衰えて水濁る。故に溺の色変じて黄赤なり。

○『十四経絡発揮』に曰く、卒に遺失して度無し。
[度無し]とは、法度(ほうど)無きなり。言う心は、肺元衰えて水を摂(おさ)めず。故に卒(にわか)に小便覚えず、通じて法度無きなり。

○盛んなる者は寸口大なること人迎に三倍し、虚する者は寸口 反(かえり)て人迎より小なり。
陽経は人迎をもって位とす。陰経は寸口をもって位とす。太陽太陰の位は三つ、少陰陽明の位は二つ、厥陰少陽の位は一つなり。肺は手の太陰経なり。故に邪気盛ん有余するときは則ち寸口の脉大なること人迎に三倍し、正気虚憊するときは則ち寸口の脉反て人迎より小なり。 下の諸経陰経の脉は、訣を寸口に取り、陽経は人迎に候う者は皆此の例に倣(なら)え。故に他は皆これが註義を略す

内経脉経 寸口人迎の脉位異法

気口寸口脉口、一処三名なり

昔、黄帝 六臣と問答して内経起こる。蓋し医道の祖たり。
西晋(せいしん)の王叔和(おうしゅくか)、経によりて『脉経』十巻を撰ず。後世また脉学の祖たり。
然ども内経は、気口を手の太陰肺経太淵の動脉に候(うかが)う。人迎は足の陽明胃経 結喉(けっこう)の傍ら一寸五分。直(ただち)に人迎穴の脉動に候うなり。叔和に至りて始めて、此れを両手に移し、右手の関前寸後の一分を以て気口となし、内傷(ないしょう)を候い、左手の関前寸後の一分を以て人迎となし、外感(がいかん)を候うなり。晋より以来 皆これに従う。
今この経脉篇に云う所の人迎寸口は両手陰陽の分(わかち)に非ず。
(いわゆ)る寸口は、太淵の脉動、すなわち寸部なり。謂る人迎は、結喉の傍ら、直(ただち)に人迎穴の脉動なり。 人迎の穴は足の陽明胃経に見たり。

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