多層的な人体観 ー太極・陰陽・三才・四方・五行・六経・八方・九宮ー

鍼道五経会の足立 繁久です。

その3「鍼灸の小さな補瀉と大きな補瀉」に続いて、鍼道五経会が追究する鍼灸・その4です。
今回は私見ではありますが人体観・治療観を書きます。

生命観を数字になぞらえる

「東洋思想と数字は深い関係があります。」と師 馬場先生より学びました。師の言うように東洋医学的に人体・生命をみると数字の世界観で観ることは必須だと実感できます。

人体をひとつの視点に固定して視ることは、東洋医学では好まれません。多様な診かたで人体や病を観ることが東洋医学の良さであり、分かってもらいにくい所でもあります。

例えば、人体を構成する単位・指標・要素にも「氣と血」の2つの要素を採用するときもあれば、「氣・水・血」の3つの要素で説明するときもあります。

他にも「木・火・土・金・水」の5つの要素でもって説明する時もあれば、それに「相火」を加えて6つの要素に展開することもあります。

このように基本となるみかたはあるものの、ひとつの見方に固定しない、囚われないという観点が東洋医学を自在に使いこなす第一歩かと思います。要は「都合よく使い分ける」のです。

さて、このように人体の観方を数字でもって分類していくと、次のようなものが挙げられます。

【1の人体観】・・・太極

これは何と言いましょうか…一言で人体を表わすと命。生命力といった言葉というよりも概念になるでしょうか。『難経鉄鑑』を書かれた廣岡蘇仙先生は“一團の原氣”という表現を使っています。


一團の原氣 自身の一原氣なる者は猶 道が一を生じ、易の太極あるに似たる也。
東洋医学における一元氣の存在が、老子における「道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は萬物を生じる」という言葉の“道は一を生じる”にあたるとしています。
また同様に『易経』(繋辞上伝)「易に太極あり、これ両儀を生じ、両儀は四象を生じ、四象は八卦を生ず」という言葉、の太極に当るとしています。
(『難経鉄鑑』難経古註集成2 東洋医学研究会 発行 より引用させていただきました)

【2の人体観】・・・陰陽

多くの鍼灸師がまずこの言葉を思い浮かべるかと思います。
陰陽を基にみると、心と身体、無形と有形、主観と客観…などに分けることができます。

人体を陰陽に分けるとなると表裏・上下・左右・前後・内外・気血・経絡と臓腑(もっと言うと経と絡、臓と腑)という対比になります。鍼灸・漢方だけでなく、上下や左右のバランスといった言葉はスポーツ鍼灸や整体などあらゆるシーンで感覚的に使われている人体観ではないでしょうか。

【3の世界観】・・・三才

三才という言葉に代表されますように、天・人・地という世界観があります。
また、先ほど挙げた氣水血という3要素もあり、さらには内中外、上中下といった3単位の人体区分もあります。


十八難三部九候の図 難経における三部九候脈診も3の世界観を基とする診法といえる。
脈を寸口・関上・尺中の3つに分け、さらに浮・中・沈の3層でもって人体をみる診法である。
難経十八難には3種の脈法が記されている。
無論、三才を鍼灸配穴にも取り込まれている例はある。(『図註八十一難経』難経古註集成2 東洋医学研究会 発行 より引用させていただきました)

【4の世界観】・・・四方

四方といえば難経七十五難を私は思い浮かべます。
人体の四方(と言っている時点で五方になるのですが)“東西南北=上下左右または前後左右”を調整することがそのまま治療につながります。


中央・中心が決まれば、東西南北すなわち左右上下が決まる。東西南北を治める思想が四神であり、この思想をもとにした鍼灸配穴も存在する。
澤田流の四霊穴はその応用であろうし、鍼灸学校でも習う四神聡もそのひとつだと言える。
七十五難補水瀉火の図(『図註八十一難経』難経古註集成2 東洋医学研究会 発行 より引用させていただきました)

【5の世界観】・・・五行

この世界観・人体観は鍼灸師なら多くの人が思い浮かべる要素ですね。
木・火・土・金・水を人体の部位に当てはめると、五臓・五腑だけでなく多くの器官や感情・精神・現象までもが5つに分類されます。この人体の五行を調整することで治療する鍼灸は多いはずです。

また五行とはいえ単純な5分類ではシンプルすぎるため陰陽を組み合わせて5×2=10パターンにして実用化しています。『難経』にある十変ですね(参考記事『五行の中に陰陽あり』

おまけ:5と6の間


【5と6の間】が東洋医学の世界では重要です。ひとつの世界が繰り上がる切れ目(?)です。そのため5と6を複合的に使う思想・観念が多いですね。五臓六腑や五運六氣といった具合に、5と6の世界観を自然と複合的に使いこなしている感があります。(突き詰めていくと否定的な意見が出てくるのもこのためではないでしょうか…?)
とはいえ、この観かたは“異なる観点・世界観を重なり合わせて観る使う”の好例であると考えています。正しいと思っている世界観とは違うから間違っているではないのです。正の反対は悪ではないということですね。
参考記事…「サッカーにみる5と6の相性」

【6の世界観】・・・六経

湯液理論でいう六経病位という診かたも可能ですし、6に陰陽をかけて十二経とい切り口も可です。また、三才に挙げました天人地という観かたになると、天地の間で生きる人間に影響を及ぼす天運地氣すなわち天干地支という要素も無視できません。
天干は甲乙丙丁戊己庚辛壬癸、地支は子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥。この概念は鍼灸とは密接な関係にあります。子午流注といった使われ方もそうですし、運気論を治療に取り込む鍼灸もあります。


十二経脈気穴経絡図(『訓註 銅人腧穴鍼灸図経』訓註 丸山昌朗 績文堂出版株式会社 発行 より引用させていただきました)

【7の世界観】・・・未発表

ここから先はまだ思考段階です。もう少し検証してから発表します。

【8の世界観】・・・八方

大きい数字になるとだいぶと限定されてきますね。
八風・八方・八脉奇経・八卦・生辰八字などもありますね。

【9の世界観】・・・九宮・九野・九鍼

九つは陽の極数です。霊枢にある九宮八風第七十七では、九宮を日数、すなわち天の運行に、八風は方角、すなわち地の氣に象る…と、観ることもできます。天地であり、時間と空間でもあります。こうして書くと人体観から離れているようにも見えるかもしれませんが、人は必ず天運(季節や時間)と地氣(その土地の性質)に影響を受けています。もちろん人体内にも時間や方向はありますが、個人的に好きな解釈だと、人の生は人体のみで完結するものではないという点で天運と地氣の理解は深めておきたいところです。


九宮八風の図(『黄帝内経太素』中国書店 発行 より引用させていただきました)

とこのように(実際にはまだまだ挙げることができますが)人体を構成する要素、治療に使える概念を多層的にみていくと、病理や治療の方向性がイメージしやすくなります。

また、陰陽の2の視点で治療が完了したとしても、3の視点や5の視点から診ると治療が完了していない…ということは現場では大いにあり得ることです。

分かりやすく言うと、陰陽は調ったが、上中下の三焦は調っていない…とか、五行は調ったが、六病位は手つかず…など、臨床では大いにあることです。

このような状態だと、たとえ症状が改善しても元に戻りやすい可能性があります(と考えています)。
不調和な状態(病的状態)に戻りにくくするために、多層的に調えれば良いのです。例えていうと、簡単に扉があかないようにカギを二重三重にかけておくということです。

とはいえ1~9すべての階層を調えることは、この世に人として生きている時点で難しいことだと思います。
実際の治療では要となる層を絞り、そこを選択的に治療することが鍵となると考えています。これが東洋医学的な診断に基づいた治療であり、そのためには異なる世界観を重ね合わせて観る感覚を養う必要があります。

私たち鍼灸師に必要なことは、この人体観・治療観のみかたを多様化し、さらに多層化させ、その上で自分の得意領域を見つけ出すこと。そして他の領域を否定せずに真摯に学ぶこと、と言えるのではないでしょうか。

※この話は以前所属した会のブログでも書いたことですが、今後も深めていきたい治療観に繋がるのでこちらにリライトさせていただきました。

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