『一本堂行余医言』の診候・望形について

四診ではなく六診

本シリーズ記事では、香川修庵先生が伝える診察の術について紹介します。東洋医学では望診・聞診・問診・切診を総称して四診とします。香川一門では、この四診にさらに二診を加えて六診を診候の術としています。「自我作古」の一本堂先生らしい診法構築ですね。まずは「診候」「望形」の章を読んでいきましょう。


※本文は早稲田大学図書館所蔵の『一本堂行余医言』より引用させていただきました。

※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは原文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

『一本堂行余医言』 診候

書き下し文・『一本堂行余医言』巻之一

平安 香川修徳太冲父 著

診候  望形 問証 聞声 切脈 按腹 視背

大凡、病人を診候するは、必ず当に精細周悉に、極めて委曲を尽くすべし。務めて其の衷情を知り、証状を察識し、多方深考、意匠に遺愆する所無らんことを欲す。是れ故に古には四診と称す。而今、六候を挙げる者、只だ是れ反覆丁寧に、厳に欽慎の意を致す。冀ば須らく臨視し、惑うこと無く、治療に誤らず、一著も苟且(こうしょ)せず、以て人命至重の戒めを存す。

診断を丁寧にするということ

古来より診察の法は「四診」と称し、望診・聞診・問診・切診の四診を参え考証することとされていました。しかし香川一門では、四診ではなく六診・六候を行うといいます。

その意は「病人を診候するは、必ず当に精細周悉に、極めて委曲を尽くすべし。」の一意に尽きます。

「衷情を知り、証状を察識」「多方深考」「遺愆する所無らんことを」「反覆丁寧に、厳に欽慎の意を致す。」「臨視し(臨床にて)、惑うこと無く、治療に誤らず、一著も苟且(こうしょ)せず。」「以て人命至重の戒めを存す。」

短い文章の中で、繰り返し診察・診断・治療の丁寧さ・緻密さの大事を説く言葉が強く心に残ります。原文・診候に次いで(望形)望診を紹介します。

原文 『一本堂行餘醫言』 診候

■原文 『一本堂行餘醫言』巻之一

平安 香川修徳太冲父 著

診候  望形 問證 聞聲 切脉 按腹 視背

大凡診候病人、必當精細周悉。極盡委曲、務欲知其衷情。察識證狀、多方㴱考、意匠無㪽遺愆、是故古稱四診。而今擧六候者、只是反覆丁寧、嚴致欽慎之意。冀須臨視無惑治療不誤、不一著苟且、以存人命至重之戒。

以下、望診の章です。

『一本堂行余医言』 望形

書き下し文・『一本堂行余医言』巻之一

望形

古人、専ら色を望するを以て望と為す。而して吾門は則ち然らず也。凡そ病人に臨むに須らく先ず形肉の肥痩を視ることを要す。此れ望の第一義と為す。而して後に氣の強弱盛衰、旺と不旺とを候う。

『素問』に云う、必ず先に其の形の肥瘦を度し、以て其の氣の虚盛を調する。(三部九候論)
又云う、凡そ病を治するは、其の形氣色沢、脉の盛衰、病の新故を察して、乃ち之を治し、其の時に後すること無し。形氣相い得て、之を可治と謂う。色沢の浮するを以て、之を易已と謂う。形氣相い失う、之を難治と謂う。色夭して不沢、之を已み難しと謂う。是也。(玉機真蔵論)

普く望色の潤沢枯索、赤白青黄紫黒、髪の多少、眉鬢髭鬚の生脱、眼中の爽慧朧眊、唇の色沢、舌の乾湿紅白、胎(苔)の黄白黒灰、皮の柔強、骨の細大を望す。或いは鼻扇息肉、或いは浮腫、目下臥蠶の起の状、或いは咽腫口噤、或いは口眼喎斜、或いは痄腮頸腫、或いは結核瘰癧、或いは頭上の諸患、或いは全躯の長短、或いは瘡癤痤疿、或いは瘡痕の新旧の色、或いは手足の肥瘦色沢、腫脹瘡瘍、或いは静躁・起臥・伸欠・踡屈、或いは憂鬱の面に現し、或いは怒愠の目に色し、或いは歓喜悲哀、笑啼驚怖、或いは錦繍檻樓、平生の貧富を知り、或いは綿肌木指、常の苦楽を想尋す。
此れ皆な望の事に非ざること莫し。豈に一色而已に止むることならん乎。望の義、広きなる哉。

○又、吐血痰血の色、之或いは黒、或いは紅、或いは凝、或いは雑を視る。
又、痢の腸垢膿血、赤白黒褐、糞穢雑物を看る。
又、痘瘡に看法あり、痘瘡の條に詳らかなり。
其の余の諸患の目を以て視るべき者、尽挙すべからず。亦た皆な望中の事也。

望診とは氣色を診るだけにあらず

「古人専以望色為望、而吾門則不然也。」とあるように、望診は氣色を診る望診だけではないといいます。
そして望診の第一として「凡臨病人須要先視形肉之肥痩。此為望之第一義。」と記され、形肉の肥痩をまずみること、その後に氣の盛衰を診るとのこと。形と氣の両方を診ることが大事とあります。

さらに望診でなにを診るかというと「望色の潤沢枯索、赤白青黄紫黒、」だけでなく、「髪、眉鬢髭鬚、眼の光、唇、舌、胎(苔)、皮膚、骨、鼻、目下臥蠶」の状態、また異常所見として「咽腫口噤、口眼喎斜、痄腮頸腫、結核瘰癧、頭上の諸患」がないか、他にも「全躯の長短、瘡癤痤疿、瘡痕の新旧の色、手足の肥瘦色沢、腫脹瘡瘍」はいかに?
他にも「静躁・起臥・伸欠・踡屈」のようす。また「憂鬱(の表情)、目に怒愠の色はないか、歓喜悲哀、笑啼驚怖」などの感情変化、「貧富」について等々を確認することが望診であるといいます。

これらの項目はマニュアルとして考えると、とても大変で日々の臨床で行うには不向きのようにみえます。しかし、その意味を理解すると、実践の仕方も自ずと変わってくるのではないでしょうか?
脈診・腹診・問診なども然り。日々の臨床で、ややもすると作業のように行ってしまう危険性のある診察、『何のために診るのか?』を見直すきっかけになるのが、こういった教えであります。

行余医言序 ≪ 診候・望診 ≫ 問証聞声切脈按腹視背

鍼道五経会 足立繁久

原文 『一本堂行餘醫言』 望形

■原文 『一本堂行餘醫言』巻之一

望形
古人専以望色為望、而吾門則不然也。凡臨病人須要先視形肉之肥痩。此為望之第一義。而後候氣之强弱盛衰、旺與不旺。

素問云、必先度其形之肥瘦、以調其氣之虚盛。(三部九候論)又云、凡治病察其形氣色澤、脉之盛衰、病之新故。乃治之、無後其時、形氣相得、謂之可治。色澤以浮、謂之易已。形氣相失、謂之難治。色夭不澤、謂之難已。是也。(玉機眞藏論)普望色之潤澤枯索、赤白青黄紫黒、髪之多少、眉鬢髭鬚之生脫、眼中之爽慧朧眊、唇之色澤、舌之乾濕紅白、胎之黄白黒灰、皮之柔強、骨之細大。或鼻扇息肉、或浮腫、目下臥蠶起狀、或咽腫口噤、或口眼喎斜、或痄腮頸腫、或結核瘰癧、或頭上諸患、或全軀長短、或瘡癤痤疿、或瘡痕新𦾔之色、或手足之肥瘦色澤、腫脹瘡瘍、或靜躁起臥伸欠踡屈、或憂欝現于靣、或怒愠色于目、或歡喜悲哀、笑啼驚怖、或錦繍檻樓、知平生之貧冨、或綿肌木指、想尋常之苦樂。此皆莫非望之事。豈止一色而已乎。望之義廣矣哉。○又視吐血痰血之色之或黒或紅或凝或雜。又看痢之腸垢膿血、赤白黒褐糞穢雜物。又痘瘡有看法、詳于痘瘡條。其餘諸患之可以目視者、不可盡擧、亦皆望中之事也。

 

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