大いに頭痛を論ずる
王好古の著書『此事難知』大頭痛論の章を紹介しよう。前章の「諸経頭痛」が治療法を記す各論とすれば、本章「大頭痛論」は概論でもあり、頭痛の生理学・病理学を東医的に説く章である。
※『東垣十書』収録『東垣先生此事難知』(京都大学付属図書館)より引用させていただきました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。
此事難知 大頭痛論の書き下し文
書き下し文・大頭痛論
夫れ頭痛とは、身に在りては上に在ることを為すと雖も、熱邪を已に伏し、又、天地四時の非節瘟疫の氣に感じて著く所、所以に此の疾を成す。潰烈膿出に至りては、而して又他人に染(うつ)る所以に之を疫癘と謂う也。
大抵、足陽明の邪熱は大いに甚しくして実に資り、少陽は相火これが為に熾んなり。多くは少陽に在り、或いは陽明に在り。甚しきときは則ち太陽に逆伝す。
其の腫勢の何れの部分に在ることを視て、其経に随いて之を取る。
湿熱は腫を為し、木盛は痛を為す。
此の邪、首に発せば、多くは両耳の前後に在り。先ず見われ出る所の者を主と為し根と為す。之を治するには早に宜し。薬は速やかなるに宜からず。其の病を過ぎることを恐れる、上熱未だ除かれず、中寒已に作せば、人命を傷ること有るなり。此の疾、是れ内よりして外に之(ゆ)く也。是れ血病と為す。況んや頭部に邪を受け、無形の処・至高の分に現見するをや、當に先ず緩にして後に急なるべし。
先に緩なるとは、邪氣が上に在を謂う。著く所は無形の分なり。既に無形に著きて、伝うる所は定まり無し。
若し重剤を用いて、大いに之を瀉するときは則ち其の邪去らず、反て其の病を過(あやま)つなり。緩薬を用いると雖も、若し急に之を服せば、或いは食前、或いは頓服して、緩の体を減失するときは則ち薬、騰升すること能わずして、徐く無形の邪を潰やす。
或いは薬の性味形状、擬象服餌、皆な須らく緩の体を離れず。寒薬に及びては、或いは炒し或いは酒浸するの類、皆な是れ也。
後に急なるとは、前の緩剤已に高分を経て、邪氣を瀉して中に入り、是れ陰部に到りて、中に入りて、内の形質有るの所を染すを謂う。
若し速やかに去らずば、反て陰分を損なう。此れ中治、却て客熱と為る、當に急かにすべき所也。
客を治するは急を以てすとは、此れ之の謂い也。主を治するは緩を以てすとは、先緩の謂い也。
謂る、陽邪は上に在り、陰邪は下に在り。各々、本家の病と為す。先後に従わずして其の緩急を錯す。惟だ其の紛を解すること能わずして復た其の乱を致すのみか。此れの所以に主を治するには當に緩なるべし、客を治するには當に急なるべしとは、謂る陽分に陽邪を受け、陰分に陰邪を受ける者は主也。陽分に陰邪を受け、陰分に陽邪を受くる者は客也。凡そ所謂る急なる者は、當に急ぎ之を去るべし。此れ客を治するには急を以てする也。
仮令、少陽陽明の病為ること、少陽は謂る邪、耳前後に出づる也。陽明は首面大いに腫る也。
先ず黄芩・黄連・甘草を以て、通炒し剉み煎じて少少住(とどまら)ずして之を服呷す。或いは一剤畢りて、再び大黄を用い或いは酒浸。或いは煨し、又、鼠粘子(※1)を以て新瓦の上にて炒し㕮咀して煎成す。柤を去りて芒硝各等分を納れて、亦た時時に之を呷す。當に食後に用いて徐ろに微利を得て、并びに邪氣も已む。
只だ前薬を服して如(も)し已えざれば、再び後薬を服して、前の次第に依りて之を用う。利を取りて已む、却て止まる。
如し陽明渇する者には石膏を加う、少陽渇する者には栝蔞根湯を加う。
陽明の経を行らすには升麻・葛根・芍薬の類を加う、選びて之を加えよ。
太陽の経を行らすには羌活・荊芥・防風の類を加う、選びて之を加えよ。并びに上の薬とを相い合して之を用う。独り用いて散ずるべからざる者も散ずる也。
此の一節も亦た『病機氣宜(素問病機氣宜保命集)』に見えたり。
治洪・長・伏の三脉、風癇・驚癇・発狂・人と火を悪む者を治するには、第三椎・第九椎に灸す。局方妙香丸を服す。鍼を以て眼子に投ず、冷水の内を透し、浸すこと少時にして之を服す。本方の法の如し。
弦・細・緩の三脉、諸癇の狂に似るを治するには、李和南五生丸。
大凡そ、雑病を治するに、先に其の氣を調え、次に諸疾を療し、胃氣を損ずること無し。是れ其の要也。
若しに血に病を受けるも、亦た先に調氣す。謂る氣を調えざるときは則ち血は行らず。又、氣は之が為に綱・夫也。夫不唱婦不随也。
如(も)し婦人が経を病めば、柴胡を先にして以て経の表を行らす、次に四物を以て経の裏を行らす。亦た氣を先にして血を後にする也。
飲むこと能わずして渇す、食すること能わずして小便黄或いは渋、皆な胃氣の虚に因りて熱を生ず。有形の物入らずして、火、炎上して渇するなり。戊、癸に就きて化する所以に、小便黄赤きこと棗汁の如し。法當に胃を補うべし。銭仲陽が白朮散・乾葛・木香・藿香等の薬を以て之を治せ。
上焦渇し小便自利には白虎湯。
中焦渇し小便不利には調胃承氣湯。
下焦小便赤渋し、大便不利には大承氣湯。
※1:鼠粘子:鼠粘については『珍珠嚢補遺薬性賦』には次のようにある。
「牛蒡、一名悪実、又名鼠粘。眼目消瘡毒、手足拘攣。味辛、平。処処有之。」と。つまり鼠粘子とは牛蒡子のことであろうと思われる。
頭痛の病因・病理
なぜ陽明頭痛から始まるのか?
前章の「諸経頭痛」と同じく、本章においても「陽明頭痛」「少陽頭痛」の順で記されているのが印象的である。
『傷寒論』をもとにして考えると、「太陽頭痛」からはじまり「陽明」「少陽」の順に紹介しても良さそうなものである。しかし本文には「少陽」「陽明」が主となっており、「太陽」はメインとはなっていない。
各病位がもつ性質が病症に反映する
しかし、この順番や配分にこそ、王好古はじめ易水派の医家たちの意図があるのだろう。まず「大抵足陽明邪熱大甚資實、少陽相火為之熾」とあり、陽明病位・少陽病位に素から備わっている“火・熱”の性が記されている。この各病位の特性が、陽明頭痛・少陽頭痛の特徴に反映するのである。
このことは頭痛に限ったことではない。そもそも『傷寒論』では、寒熱の症状に影響するものとして明記されている。また、寒熱だけでなく、疼痛・口渇・飲食・動静・心情…など、その症状発現は多岐にわたる。
風邪・寒邪・湿邪・熱邪に関わらず、外邪が人体に侵入することで起こる発病パターンは、各病位の熱の強さ・そして層の深浅に強く影響を受けることがわかる。本文にある「多在少陽、或在陽明、甚則逆傳太陽。」とあるのも、このことを示している。
また、本章では治療の陰陽・先後・主客・緩急について説かれている。この点は非常に意義深く、興味深いテーマであるが、またの機会をみて紹介したい。
鍼道五経会 足立繁久
大接経 ≪ 諸経頭痛 ≪ 大頭痛論 ≫ 有六經發渇各隨経藥治之 ≫ 問三焦有薬・血海異同
原文 此事難知 大頭痛論
■原文 此事難知 大頭痛論
夫頭痛者、雖為在身在上熱邪伏於巳、又感天地四時非節瘟疫之氣所著、所以成此疾。至於潰烈膿出、而又染他人所以謂之疫癘也。大抵足陽明邪熱大甚資實、少陽相火為之熾、多在少陽、或在陽明、甚則逆傳太陽。視其腫勢在何部分、随其經而取之。濕熱為腫、木盛為痛。此邪發於首、多在兩耳前後。所先見出者、為主為根、治之冝早。藥不冝速、恐過其病上熱未除中寒已。作有傷人命矣。此疾是自内而之外也。是為血病、況頭部受邪、現見於無形之處、至髙之分、當先緩而後急。先緩者謂邪氣在上、所著無形之分、旣著無形、所傳無定。若用重劑、大瀉之則其邪不去、反過其病矣。雖用緩藥、若急服之、或食前、或頓服、減失緩之體、則藥不能騰升徐潰無形之邪。或藥性味形狀擬象服餌、皆須不離緩體及寒藥、或炒或酒浸之類、皆是也。後急者謂前緩劑已經髙分、瀉邪氣入于中、是到陰部、入于中染于内之有形質之所。若不速去、反損陰分。此中治却為客熱所當急也。治客以急此之謂也。治主以緩、先緩謂也。謂、陽邪在上陰邪在下、各為本家病不從先後錯其緩急、不惟不能解其紛而復致其亂矣。此所以治主當緩、治客當急、謂陽分受陽邪、陰分受陰邪者主也。陽分受陰邪、陰分受陽邪者客也。凡所謂急者、當急去之。此治客以急也。假令少陽陽明之為病、少陽者謂邪出于耳前後也。陽明者首面大腫也。先以黄芩黄連甘草、通炒剉煎少少不住、服呷之。或一劑畢、再用大黄或酒浸或煨、又以䑕粘子新瓦上炒㕮咀煎成、去柤、納芒硝各等分、亦時時呷之。當食後用、徐得微利、并邪氣已。只服前藥如不已再服後藥依前次第用之、取利已却止。如陽明渇者加石膏、少陽渇者加栝蔞根湯。陽明行経加升麻葛根芍藥之類、選而加之。太陽行經加姜活荊芥防風之類選而加之。并與上藥相合用之。不可獨用散者、散也。此一節亦見病機氣冝。治洪長伏三脉、風癇驚癇彂狂惡人與火者、灸第三顀第九顀。服局方妙香丸、以鍼投眼子、透冷水内、浸少時服之。如本方法。
治弦細緩三脉諸癇似狂、李和南五生丸。
大凡治雜病、先調其氣、次療諸疾、無損胃氣。是其要也。若血受病、亦先調氣。謂氣不調則血不行。又氣為之綱、夫也。夫不唱婦不随也。如婦人病經、先柴胡以行経之表、次四物以行経之裏、亦先氣而後血也。不能飲而渇、不能食而小便黄或澁、皆因胃氣虚而生熱、有形之物不入火炎上而渇。戊就癸而化所以、小便黄赤如棗汁。法當補胃、以錢仲陽白朮散乾葛木香藿香等藥治之。
上焦渇小便自利、白虎湯。中焦渇小便不利、調胃承氣湯。下焦小便赤澁大便不利、大承氣湯。
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