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王好古から李東垣へと遡る
王好古の「諸経頭痛」および「大頭痛論」(『此事難知』収録)を紹介したが、易水派医学の系譜をたどり、王好古の師、李東垣が記した「頭痛論」についても調べておきたい。
本記事にて紹介する「頭痛論」は、『蘭室秘蔵』(1251年 刊行)に収録されている。また、同様の記載内容は『東垣試行方』(1266年 刊行)巻五にも確認できる。
ちなみに『東垣試行方』収録の「頭痛論」には、文末に半夏白朮天麻湯の症例が記されている。「丁未十月中、范天騋之内、素有脾胃之證、時顯煩燥…」とあり、丁未の歳(1247年)に范天騋の夫人が諸症状に悩み、「痰厥頭痛」との診断をうけ半夏白朮天麻湯を処方された症例が付記されている。さらに余談であるが、この范天騋夫人の症例は『脾胃論』巻下にも掲載されている。備忘録として…

※画像・本文ともに『蘭室秘蔵』(京都大学付属図書館)より引用させていただきました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。
『蘭室秘蔵』 頭痛門 頭痛論の書き下し文
書き下し文・頭痛論
『蘭室秘蔵』巻中 頭痛門 東垣老人 李杲 撰
頭痛論
『素問』金匱真言論に云く、東風は春に生ず、病は肝に在り、兪は頚項に在り。故に春氣は病、頭に在り、又、諸陽は頭面に会す。
足太陽膀胱の脈の如きは、目の内眥に起こり、額に上りて巓に交わり、上り入りて脳に絡し還り出でて別れて項に下る。病、頭を衝きて痛む。
又、足少陽胆の脈は、目の鋭眥に起こり、上りて頭角に抵る。病むときは則ち頭角額痛む。
夫れ風は、上より之を受く。風寒は上を傷り、邪は外より入りて経絡に客す。人をして振寒、頭痛、身重、悪寒ならしむる。治は風池・風府に在り。
其の陰陽の不足を調えるときは則ち補し、有余には則ち瀉する。之を汗するときは則ち愈ゆる。此れ傷寒頭痛也。
頭痛・耳鳴・九竅不利する者は、腸胃より生ずる所なり、乃ち氣虚頭痛也。
心煩し、頭痛む者は、病は耳中(※一つに膈中と作する)に在り、過ぎては手の巨陽少陰に在り。乃ち湿熱頭痛也。
如(も)し氣上りて下らず、頭痛みて巓疾する者は、下虚上実也。過ぎては足少陰巨陽に在り。甚しきときは則ち腎に入る。寒湿頭痛也。
如(も)し頭半ば寒痛する者には、先に手少陽陽明を取りて、後に足少陽陽明を取る。此れ偏頭痛也。
真頭痛の者有り、甚しきときは則ち脳盡く痛み、手足の寒えは節にまで至る、死して治せず。
厥逆頭痛の者有り、大寒の犯す所、内りては骨髄に至る。髄とは脳を以て主と為す。脳、逆する故に頭をして痛せしめ、歯も亦た痛む。
凡そ頭痛とは皆な風薬を以て之を治するとは、其の大体を総じて之を言う也。高顛の上、惟だ風のみ到るべし。故に味の薄き者は陰中の陽なり。乃ち地より天に升る者也。然るに亦た三陰三陽の異なり有り。
故に太陽頭痛、悪風し、脈浮緊なり。川芎・羌活・独活・麻黄の類を主と為す。
少陽経頭痛、脈弦細、往来寒熱す。柴胡を主と為す。
陽明頭痛、自汗、発熱して悪寒せず、脈浮緩長実なる者、升麻・葛根・石膏・白芷を主と為す。
太陰頭痛、必ず痰有りて体重し。或いは腹痛み痰癖と為す。其脈沈緩。蒼朮・半夏・天南星を主と為す。
少陰経頭痛、三陰三陽の経が流れ行かず、而して足寒へ氣逆して寒厥を為す。其の脈沈細なり。麻黄附子細辛湯を主と為す。
厥陰頭項痛、或いは痰沫を吐し、厥冷す、其の脈は浮緩。呉茱萸湯これを主る。
血虚頭痛、当帰・川芎を主と為す。
氣虚頭痛、人参・黄耆を主と為す。
氣血俱虚頭痛、調中益氣湯に少し川芎・蔓荊子・細辛を加う。其の効、神の如し。
白朮半夏天麻湯(半夏白朮天麻湯)、痰厥の頭痛を治する薬也。
青空膏(清空膏)は乃ち風湿熱の頭痛の薬也。
羌活附子湯は厥陰の頭痛を治する薬也。
如(も)し湿氣が頭に在る者は、苦を以て之を吐せ。方に執するべからずにして治せよ。
先師、嘗て頭痛を病む。発する時は両頬青黄、暈眩し、眼は開くことを欲せず、言うことも懶(ものう)く、身体沈重し、兀兀として吐せんと欲す。
潔古曰く、此れ厥陰太陰の合病、名を風痰と曰う。局方玉壺丸を以て之を治す、更に侠谿穴に灸すれば即ち愈える。是れ、方とは体なり、法とは用なることを知る也。徒(いたずら)に体に執して用を知らざる者は弊なり。体用を失わざるを上工と謂うべきなり。
…
清空膏より以下に記される諸方剤に関する記述は割愛させていただく
李東垣が説く頭痛論
本章「頭痛論」にも、頭痛を三陽・三陰に分類している。また『此事難知』(1308年自序※ 王好古 )収録の「諸経頭痛」の記載内容と共通点は多い。(実際には『蘭室秘蔵』の内容が、そのまま『此事難知』に伝えられている。)
※1308年自序については、真柳先生は「…現伝自序の年号から、本書の成立を一三〇八年とすることはできない。したがってここでは一二四八年、あるいは一二六四年の可能性を提起するにとどめ、後考を俟つことにしよう。」と、【『湯液本草』『此事難知』解題】に記している。
太陽頭痛~厥陰頭痛、および氣虚頭痛・血虚頭痛に用いられる生薬に関しては、『此事難知』に比べると、各頭痛に対する適応生薬の種類は多い。(『此事難知』では、その生薬が洗練されている、というべきか)
また個人的に注目している点としては、『此事難知』では陽明頭痛・少陽頭痛…といった記載順が、本書『蘭室秘蔵』では、太陽頭痛・陽明頭痛・少陽頭痛…の記載順になっていることである。
『此事難知』における「陽明・少陽…」という記載順の理由に関しては、記事『大頭痛論-此事難知より-』にて私見を紹介したとおりである。
しかし、李東垣が採った記載順は「太陽頭痛」から始まるものである。
その理由として、本文から読み取れることは、病邪と病位(層の深浅)である。
頭痛に関与する風邪
まず李東垣が説く頭痛論は、木から始まる「東風」「春」「肝」そして「頭」「上」である。
「夫風従上受之、風寒傷上、邪従外入、客於経絡。」
風は陽であり、動きをもった邪氣が風邪である。陽性をもつ風邪は、体の上部にある頭部に侵入しやすい。また陽邪であるが故、いきなり深くには侵入(直中)できず、陽(表層・上部・経絡)から病は始まるのである。故に「風邪は外より入り、経絡に客する」のである。
また「凡頭痛皆以風薬治之者、総其大体而言之也。」と一節には、頭痛の治療には風薬(風邪を逐う薬)を用いて治するというセオリーを示している。
風邪が侵入する部位-頭と経絡-
また本文には「諸陽会於頭面。如足太陽膀胱之脈起於目内眥、上額、交巓、上入絡脳、還出別下項、病衝頭痛。」「足少陽胆之脈起於目鋭眥、上抵頭角、病則頭角額痛。」とある。
この記述から、層としての病位(三陽三陰)だけではなく、経絡としての病位を診ていたことがみえてくる。本章に記される経脈は、この膀胱経と胆経の二経脈のみであるが、陽明経脈に関しては推して知るべし…であろう。
足陽明胃経の流注に関しては経脈篇の記述を以下に付記しておく。
「胃足陽明之脈、起於鼻之交頞中、労納太陽之脈、下循鼻外、入上歯中、還出挟口環唇、下交承漿、却循頤後下廉、出大迎、循頬車、上耳前、過客主人、循髪際、至額顱」(記事『霊枢 経脈第十の書き下し文と原文と①』を参照のこと)
頭痛論記載の処方十三と半白天の症例
ちなみに、本章「頭痛論」の章には、清空膏から半夏白朮天麻湯まで、頭痛に対する方剤が13処方記されている。
13処方目の半夏白朮天麻湯には、実際の症例が付記されている。
「范天騋之内、有脾胃證、時顯煩燥…」とあり、范夫人を治療したようである。
備忘録として付記しておくが、この范夫人の症例は『東垣試行方』第五および『脾胃論』巻下にも掲載されている。
とくに『東垣試行方』巻五「頭痛論」には「丁未十月中、范天騋之内、素有脾胃之證、時顯煩燥……病名曰痰厥頭痛、與半夏白朮天麻湯治之。」とあり、丁未の歳(1247年)范に、天騋の夫人が「痰厥頭痛」の診断をうけ、半夏白朮天麻湯を処方された症例が付記されている。
鍼道五経会 足立繁久
原文 『蘭室秘蔵』 頭痛論
■原文 『蘭室秘蔵』巻中 頭痛門
東垣老人 李杲 撰
頭痛論
金匱真言論云、東風生於春、病在肝、兪在頚項。故春氣者病在頭、又諸陽會於頭面如足太陽膀胱之脉起於目内眥上額交巓上入絡腦還出別下項、病衝頭痛。又足少陽膽之脉起於目鋭眥、上抵頭角、病則頭角額痛。夫風從上受之。風寒傷上、邪從外入、客於経絡。令人振寒頭痛身重惡寒、治在風泄風府、調其陰陽不足則補有餘則瀉。汗之則愈。此傷寒頭痛也。頭痛耳鳴九竅不利者、腸胃之所生、乃氣虚頭痛也。心煩頭痛者、病在耳中(※一作膈中)、過在手巨陽少陰、乃濕熱頭痛也。如氣上不下、頭痛巓疾者、下虚上實也。過在足少陰巨陽、甚則入腎、寒濕頭痛也。如頭半寒痛者、先取手少陽陽明、後取足少陽陽明、此偏頭痛也。有真頭痛者、甚則腦盡痛、手足寒至節、死不治。有厥逆頭痛者、所犯大寒、内至骨髄。髄者、以腦為主、腦逆故令頭痛、齒亦痛。
凡頭痛皆以風藥治之者、緫其大體而言之也。髙顛之上、惟風可到、故味之薄者、陰中之陽、乃自地升天者也。然亦有三陰三陽之異。故太陽頭痛、惡風寒、脉浮緊、川芎羌活獨活麻黄之類為主。少陽経頭痛、脉弦細、往来寒熱、柴胡為主。陽明頭痛、自汗、發熱不惡寒、脉浮緩長實者、升麻葛根石膏白芷為主。太陰頭痛、必有痰體重、或腹痛為痰癖、其脉沉緩、蒼朮半夏南星為主。少陰経頭痛、三陰三陽経不流行、而足寒氣逆為寒厥、其脉沉細、麻黄附子細辛湯為主。厥陰頭項痛、或吐痰沫、厥冷、其脉浮緩、呉茱萸湯主之。
血虚頭痛、當歸川芎為主。氣虚頭痛、人參黄芪為主。氣血俱虚頭痛、調中益氣湯少加川芎蔓荊子細辛、其効如神。
白朮半夏天麻湯、治痰厥頭痛藥也。青空膏、乃風濕熱頭痛藥也。羌活附子湯、治厥陰頭痛藥也。如濕氣在頭者、以苦吐之、不可執方而治。
先師嘗病頭痛、發時兩頰青黄、暈眩、眼不欲開、懶言、身體沉重、兀兀欲吐。潔古曰、此厥陰太陰合病、名曰風痰、以局方玉壺丸治之、更炙俠谿穴即愈。是知方者體也。法者用也。徒執體而不知用者弊、體用不失、可謂上工矣。
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