頭痛論『東垣試効方』より

東垣試効方における頭痛論

これまで『此事難知』(王好古)そして『蘭室秘蔵』における頭痛論を紹介した。この流れで『東垣試効方』も挙げておきたい。
『蘭室秘蔵』『東垣試効方』ともに、羅天益が編纂したものである。羅氏は李東垣の晩年の弟子である。この『東垣試効方』「頭痛論」は『蘭室秘蔵』頭痛論とほぼ同じ内容であるが、微妙な違いがみられる。とくに頭痛症例に関しては『東垣試効方』の方が詳しい情報が記されている。本記事では備忘録として紹介しておく。

※画像は『東垣試効方』(国立公文書館デジタルアーカイブ)より引用させていただきました。
※本文は『東垣醫集』(中華古籍整理叢書 人民衛生出版社)より引用しました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。

※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

書き下し文・頭痛論

書き下し文・頭痛論

東垣先生試効方 巻第五      元羅謙甫編

頭痛門  頭痛論
『素問』金匱真言論に云う、東風は春に生ず、病は肝に在り、兪は頚項に在り。故に春氣、病は頭に在り。
又、諸陽は頭面に会す。足太陽膀胱の脈の如きは目内眥に起こり、額を上り巓に交わる、上り入りて脳に絡す、還り出でて別れて項に下る。衝頭痛を病む。
又、足少陽胆の脈の如きは目鋭眥に起こり、上りて頭角に抵る。病むときは則ち、頭角額痛む。
夫れ風は上より之を受く。風寒、上を傷りて、邪は外より入り、経絡に客する。人をして振寒、頭痛、身重、悪寒せしむる。治は風池・風府に在り。其の陰陽を調える、不足するときは則ち補し、有余するときは則ち瀉する。之をせば則ち愈える。此れ傷寒頭痛也。
頭痛、耳鳴り、九竅不利する者は、腸胃の生ずる所、乃ち氣虚頭痛也。

心煩頭痛者、病は膈中(『蘭室秘蔵』には膈中ではなく「耳中」とある)に在り。過ぎては手巨陽少陰に在り。乃ち湿熱頭痛也。
如し氣が上りて下らず、頭痛巓疾する者は、下虚上実也。過ぎては足少陰巨陽に在り。甚しきときは則ち腎に入る。寒湿頭痛也。
如し頭の半ば寒痛する者(『蘭室秘蔵』では“如し頭の半辺痛む者”となる)、先ず手少陽陽明を取りて、後に足少陽陽明を取る。此れ偏頭痛也。

真頭痛の者あり、甚しきは則ち脳盡く痛む、手足の寒えは節に至る、死す、治せず。厥逆頭痛する者あり、大寒の犯す所、内りて骨髄に至る。髄とは、脳を以て主と為す、脳逆する故に頭痛せしむ、歯も亦た痛む。

凡そ頭痛には皆な風薬を以て之を治す者、其の大体を総じて而して之を言う也。高顛の上には、惟だ風のみ到るべし。故に味の薄き者、陰中の陽、乃ち地より天に升る者也。

然るに亦た三陰三陽の異なり有り。
故に太陽頭痛、悪風、脈浮緊、川芎・羌活・独活・麻黄の類を主と為す。
少陽経頭痛、脈弦細、往来寒熱す、柴胡を主と為す。
陽明頭痛、自汗、発熱して悪寒せず、脈浮緩長実なる者、升麻・葛根・石膏・白芷を主と為す。
太陰頭痛、必ず痰あり体重し。或いは腹痛み、痰癖を為す。其の脈沈緩なり。蒼朮・半夏・天南星を主と為す。
少陰経頭痛、三陰三陽経が流れ行かず、而して足の寒氣逆して寒厥を為す。其の脈沈細なり。麻黄・附子・細辛を主と為す。
厥陰頭痛、項痛む、或いは痰、涎沫を吐し、厥冷す。其脈浮緩なり。呉茱萸湯これを主る。

諸々の血虚頭痛、当帰・川芎を主と為す。
諸々の氣虚頭痛、人参・黄耆を主と為す。

主と為す者は、治を主る也。何証なるかを兼ね見て、佐使薬を以て之を治す。此れ立方の大法也。

氣血俱虚頭痛なる者、調中益氣湯の中に少しく川芎・蔓荊子・細辛を加う。其の効たるや神の如し。

半夏白朮天麻湯は痰厥頭痛を治す薬也。清空膏は乃ち風湿熱頭痛の薬也。羌活附子湯は厥陰頭痛の薬也。如し湿氣が頭に在る者には苦を以て之を吐す、熱方にすべからずして治す。(「不可熱方而治」を『蘭室秘蔵』では「不可執方而治」と改められている。)

先師(李東垣)壮歳なるときに、頭痛を病む。発す時毎に両の頰青黄なり、暈眩し、目は開くこと慾せず、語言に於いて懶(ものう)し、身体沈重し、兀兀として食を吐さんと欲す。数日方に過ぐ。
潔古老曰く、此れ厥陰太陰合して病を為す、名けて風痰と曰う。局方玉壺丸を以て之を治す。少しく風湿薬二味の雄黄・白朮を加うべし、以て風湿を治さん。更に名けて水煮金花丸とす。(方は『潔古家珍』に在り) 更に俠谿二穴に灸すること各二七壮(十四壮)、旬日もせずして良愈す。是れ知らんぬ、方とは体也、法とは用也。徒らに体に執して用を知らざる者は弊なり、体用(ともに)失わずを、上工信と謂うべしなり。

丁未(1247年)の十月中、范天騋の内(夫人)、素より脾胃の証あり、時に煩躁を顕わし、胸中利せず、大便不通す、寒が乗ずるに因り外に出て晩帰す、又、寒氣沸鬱と為し、悶乱大いに作し、火は伸すること能わざる故也。
其の熱有るを疑い、疏風丸を服す。大便行するも、其の病は減ぜず、其の薬の少なきを恐れ、再び七、八十丸(疏風丸を)服する。大便復た両三行を見わすも、元証は瘳えず。さらに増添すること吐逆し、食を停すること能わず、痰唾は稠粘し涌き出でること止まず、眼渋頭旋、悪心煩悶、氣短促、上喘、無力以言、心神顛倒し兀兀して止まず、目は敢えて開かれず、風雲の中に在るが如し。頭は痛むこと裂けるが如くを苦しみ、身の重きこと山の如し。四肢厥冷し、安卧すること得ず。
先師は前証を料(はか)りて、是れ胃氣の已に損ず、復た下すこと両次、重ねて脾胃を虚する。病名、痰厥頭痛と曰う、半夏白朮天麻湯を与えこれを治す。

半夏白朮天麻湯 天麻(半銭) 半夏(一銭半) 黄耆(半銭) 人参(半銭) 白朮(一銭) 蒼朮 橘皮 沢瀉 茯苓(各半銭) 炒麹(一銭) 麦蘗麵(二銭) 乾姜(二分) 黄柏(二分)
此れ頭痛の苦甚しく、足太陰の痰厥頭痛を為す、半夏に非ざれば療すること能わず。眼黒頭旋し、風虚を内に作す、天麻に非ざれば除くこと能わず、其(天麻)の苗これを定風草を謂う、独り風に動ずる所を為さざる也。亦た内風を治するの神薬也。
内風とは虚風是れ也。黄耆の甘温、火を瀉し元氣を補す、表虚を実し、自汗を止む。人参の甘温、氣を益し、火を瀉し、中を補う。二朮俱に苦甘温、湿を徐き、中を補し氣を益す。沢瀉茯苓は小便を利し、湿を導く。橘皮の苦温、氣を益し調中し升陽す。麹は食を消す、胃中の滞氣を蕩かす。大麦蘗は中を寛ぎ胃氣を助く。乾姜辛熱、以て中寒を滌ぐ。黄柏苦寒、酒製し、以て冬天の少火在泉の発躁を療する也。
右件(上記)㕮咀し、毎服半両、水二大盞を煎じて一盞に至る、滓を去り、熱を帯びて之を服す。再服して愈える。

………

本書『東垣試効方』と『蘭室秘蔵』との異同

羅天益について

冒頭にも触れたように、『東垣試効方』は羅天益の手によって編纂された、李東垣の医学を伝える書物である。羅天益は、晩年の李東垣が得た弟子である。

羅天益については、拙稿『易水派の治療について -羅天益が記した灸薬併治-』(『中医臨床』173号(Vol.44 No.2))にも少し触れている。この拙稿では、羅天益の症例を3つピックアップし、李東垣・王好古に共通する治病観(中氣と元氣、二氣の治療観)を紹介している。興味がある方は参照にされたし。

羅天益の医書の特徴

さて『東垣試効方』頭痛論と『蘭室秘蔵』頭痛論の違いであるが、やはり症例に関する情報の細やかさである。思えば羅天益の著書『衛生宝鑑』に掲載される羅氏の症例も、その年月や患者の名や官職など、非常に詳細な情報を記載されていることが多かった。そのおかげで元史(史書)と照らし合わせて調べる作業が楽しかったことを覚えている。
このことは『東垣試効方』頭痛論における症例も同様である。

李東垣の診療記録

この頭痛論(『東垣試効方』)には2つの症例が記載されている。
患者の一人は、先師と記されているが李東垣のことであろう。もう一人は、范天騋なる人物の妻である。

李東垣が壮歳のころに頭痛を患い、東垣の師、張潔古(元素)に「厥陰太陰合而為病」「風痰」と診断を受けていたという記録は実に興味深い。

また范天騋夫人の治療であるが、この時の診断治療は「…先師料前證、是胃氣已損、復下兩次、重虚脾胃。病名曰、痰厥頭痛、與半夏白朮天麻湯治之。…」の記述から、李東垣が行ったものと推測できる。

治療の時期は「丁未」の歳とあり、西暦1247年にあたる。
1247年といえば、羅天益が李東垣に師事したのはこの頃である。(※1 )また李東垣は「1244年〔1243年末〕に河北の真定に帰郷した。」(※1)とあることから、この范夫人の治療は河北真定あたりで行われたのであろうか…と、色々と推測がはかどる。

以上のように一つは、張潔古が李東垣を治療した記録、もう一つは李東垣が范夫人を治療した記録と、なかなか興味深い情報が本頭痛論には確認できる。

※1:『内外傷弁惑論』『脾胃論』『蘭室秘蔵』解題;真柳氏より

鍼道五経会 足立繁久

原文 『東垣先生試効方』 頭痛論

■原文 東垣先生試効方 巻第五

元羅謙甫編

頭痛門

頭痛論
金匱真言論云、東風生於春、病在肝、兪在頸項。故春氣者病在頭。又諸陽會於頭面、如足太陽膀胱之脉起於目内眥、上額交巓、上入絡腦、還出別下項、病衝頭痛。又足少陽膽之脉起於目鋭眥、上抵頭角、病則頭角額痛。夫風從上受之。風寒傷上、邪從外入、客於經絡。令人振寒頭痛、身重惡寒、治在風池風府、調其陰陽、不足則補、有餘則瀉。汗之則愈。此傷寒頭痛也。頭痛耳鳴九竅不利者、腸胃之所生、乃氣虚頭痛也。心煩頭痛者、病在膈中、過在手巨陽少陰、乃濕熱頭痛也。如氣上不下、頭痛巓疾者、下虚上實也。過在足少陰巨陽、甚則入腎、寒濕頭痛也。如頭半寒(原作は“寒”だが、『蘭室秘蔵』では“邊”となる)痛者、先取手少陽陽明、後取足少陽陽明、此偏頭痛也。有真頭痛者、甚則腦盡痛、手足寒至節、死不治。有厥逆頭痛者、所犯大寒、内至骨髄。髄者、以腦為主、腦逆故令頭痛、齒亦痛。
凡頭痛皆以風藥治之者、總其大體而言之也。髙顛之上、惟風可到、故味之薄者、陰中之陽、乃自地升天者也。然亦有三陰三陽之異。故太陽頭痛、惡風、脉浮緊、川芎羌活獨活麻黄之類為主。少陽経頭痛、脉弦細、往来寒熱、柴胡為主。陽明頭痛、自汗、發熱不惡寒、脉浮緩長實者、升麻葛根石膏白芷為主。太陰頭痛、必有痰體重、或腹痛為痰癖、其脉沉緩、蒼朮半夏南星為主。少陰經頭痛、三陰三陽経不流行、而足寒氣逆為寒厥。其脉沉細、麻黄附子細辛為主。厥陰頭痛、項痛、或痰吐涎沫、厥冷、其脉浮緩、呉茱萸湯主之。
諸血虚頭痛、當歸川芎為主。諸氣虚頭痛、人參黄芪為主。為主者、主治也。兼見何證、以佐使藥治之。此立方之大法也。
氣血俱虚頭痛者、於調中益氣湯中少加川芎蔓荊子細辛、其効如神。
半夏白朮天麻湯、治痰厥頭痛藥也。青空膏、乃風濕熱頭痛藥也。羌活附子湯、厥陰頭痛藥也。如濕氣在頭者、以苦吐之、不可熱方而治。
先師壯歳病頭痛、毎發時兩頰青黄、暈眩、目不慾開、懶於語言、身體沉重、兀兀欲吐食。數日方過。潔古老曰、此厥陰太陰合而為病、名曰風痰、以局方玉壺丸治之、少風濕藥二味、可加雄黄白朮、以治風濕、更名水煮金花丸。(方在『潔古家珍』) 更灸俠谿二穴各二七壯、不旬日良愈。是知、方者體也、法者用也。徒執體而不知用者弊、體用不失、可謂上工信矣夫。
丁未十月中、范天騋之内、素有脾胃之證、時顯煩燥(煩躁)、胸中不利、大便不通、因乘寒出外晩歸、又為寒氣沸鬱、悶亂大作、火不能伸故也。疑其有熱、服疏風丸。大便行、其病不減、恐其藥少、再服七八十丸、大便復見兩三行、元證不瘳。増添吐逆、食不能停、痰唾稠粘、涌出不止、眼澀頭旋、惡心煩悶、氣短促、上喘、無力以言、心神顛倒、兀兀不止、目不敢開、如在風雲中。頭苦痛如裂、身重如山。四肢厥冷、不得安卧。先師料前證、是胃氣已損、復下兩次、重虚脾胃。病名曰、痰厥頭痛、與半夏白朮天麻湯治之。
半夏白朮天麻湯 天麻(半錢) 半夏(一錢半) 黄芪(半錢) 人參(半錢) 白朮(一錢) 蒼朮 橘皮 澤瀉 茯苓(各半錢) 炒麯(一錢) 麥蘗麵(二錢) 乾薑(二分) 黄蘗(二分)
此頭痛苦甚、為足太陰痰厥頭痛、非半夏不能療。眼黑頭旋、風虚内作、非天麻不能除、其苗謂之定風草、獨不為風所動也。亦治内風之神藥也。内風者、虚風是也。黄芪甘温、瀉火補元氣、實表虚、止自汗。人參甘温、益氣瀉火補中。二朮俱苦甘温、徐濕、補中益氣。澤瀉茯苓、利小便、導濕。橘皮苦温、益氣調中升陽。麯消食、蕩胃中滯氣、大麥蘗寛中助胃氣。乾薑辛熱、以滌中寒。黄蘗苦寒、酒製、以療冬天少火在泉發躁也。
右件㕮咀、毎服半兩、水二大盞、煎至一盞、去滓、帶熱服之。再服而愈。

………

 

 

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