先日、『鍼灸OSAKA』に脈診書の論考を提出しました。
【『切脈一葦』にみる分析派脈診法 -儒・易・医の三学を修めた格物致知としての脈診学- 】です。
(ちょっとタイトルが長かったかな…)

実はこの『切脈一葦』という脈診書には、以前より注目していました。
まず本書下巻にある「四診合断」という章。
四診合断とはいわゆる“四診合参”と同じ意とみて良いでしょう。脈診書は数々あれど、四診合参の方法論を説く脈診書はかなり希少といえるでしょう。
四診合参の概要をピックアップすると、次の言葉になります。
「…その病証病因の大概を定め置いて、その後に脈色声形の四診を以て、その病証の陰陽表裏寒熱虚実を決断すべし。」
文中の「脈・色・声・形」とは「脈診」「望診」「聞診」「腹診」です。
このように「四診合断」の章をはじめ、本書を読み進めると、非常に実践的な脈診論を展開していることがわかります。
「四診合断」の章において、最も共感を覚えるのは、次の段落です。
何ぞ限りある脈状を以て、限りなき見証を一証一証に占し得るべきの理あらんや。
仮令(たとえば)脈の一診を以て嘔吐腹痛などの病証を占し得ると雖も治を施すに臨みて決して益あることなし。
如何となれば、嘔吐腹痛などの病証にも皆一証一証に陰陽表裏寒熱虚実の別あるを以てなり。
「唯 脈の一診を以て万病の見証を一証一証に、何脈は●●、何脈は■■と云うが如く、診し分けんと欲す。」
この一文は「この脈状は●●病、この脈が見られると■■病」と、断ずる脈診家を戒める話です。
中莖先生は「限りある脈状を以て、限りなき見証を一証一証に占し得るべきの理あらんや。」といいます。私も全く同じ思いです。
『脈診ですべてが分かる』と言い切る姿は、初学者が非常に憧れる脈診家像かもしれません。しかし、実際の臨床治療では、診察で得た情報をもとに診断する必要があります。その診断の重要性を強く訴えているのが、この『切脈一葦』であります。
この教えは、他の章「邪正一源」「脈証取捨」「死生要訣」などにも読み取ることができます。
興味ある脈診学者の方はぜひ『切脈一葦』を一読してみてはいかがでしょう?
また論考タイトル【『切脈一葦』にみる分析派脈診法 -儒・易・医の三学を修めた格物致知としての脈診学-】と書きましたように、中莖先生は、医学だけでなく儒学・易学も修めていたことが伺えます。
このような医家が江戸時代に存在したことに、改めて注目すべきでは…と、つい熱が入った論考紹介記事でした。
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鍼道五経会 足立繁久
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