井栄兪経合のこと 杉山流三部書『医学節要集』より

『杉山流三部書』のうち『医学節要集』には、杉山流医学の生理学が記されているとして、当会講座『医書五経を読む』でテキストとして使用したことがあります。
江戸期の古流派とはいえ、現代の日本鍼灸の基盤ともなっているのが杉山流鍼術です。その杉山流のテキストに記されている井栄兪経合の基本について学んでみましょう。

井栄兪経合のこと


※画像は『医学節要集』京都大学付属図書館より引用させていただきました。

※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

『医学節要集』 井栄兪経合のこと

書き下し文・『医学節要集』 井栄兪経合のこと

夫れ五臓に各々井栄兪経合あり。六腑に各々井栄兪原経合あり。皆な手足を主る。故に経絡にも終始有り。肺・心、二臓の井栄兪経合は経絡の終りに有り。脾・肝・腎、三臓の井栄兪経合は経絡の始めに有り。膀胱・胆・胃、三つの井栄兪経合は経絡の終りに有り。大腸・小腸・三焦の井栄兪経合は経絡の始めにあり。
仮(たとえ)ば肺経の井栄兪経合は少商の穴を井とし、魚際を栄とし、太淵を兪とし、經渠を経とし、尺沢を合とす。大腸の井栄兪経合は商陽を井とし、二間を栄とし、三間を兪とし、合谷を原とし、陽谿を経とし、曲池を合とす。此の外の諸経は肺・大腸の例を以て知るべし。

夫れ井栄兪経合と名づくることは何を以て言うとなれば、『難経本義』に項氏が家の説(『項氏家説』)を引いて曰く、谷間より湧き出づる水の源を指して井と云う。人の井穴も氣血の流れ出づる源也。故に井と云う。栄穴は谷間の水湧き出でて後、状(かたち)の見ゆる所に連続して栄と云う。兪穴は水の湧き出でて溢るる所に准えて兪と云う。経穴は水の溢れて流れ行く所に准えて経と云う。合穴は水の流れて陥(お)ち入る所に准えて合と云う。
故に『内経』に曰く、出る所を井とし、溜るる所を栄とし、注ぐ所を兪とし、行く所を経とし、入る所を合とすと云う。皆な水の湧き出て後、或いは溜(あふ)れ、或は注ぎ、或は行(なが)れ、或いは水の流れて陥(お)ち入る意(こころ)也。

又、六腑の井栄兪経合に原穴の有ることは何を以て言うとなれば、夫れ三焦は腎間の動氣の別れなり。是れに因て崇めて三焦を原と名づく。最も三焦は腎間の動氣の使令(つかわしめ)たるが故に何れの経に於いても諸々の陽分の経絡をうち巡るが故に、何れの経に於いても此の三焦の氣の行り止どまる所を原穴と云う。然る則(とき)は三焦の名也、是れ皆な『難経』六十六の難を承けて云う。夫れ井栄兪経合に木火土金水の五行具わる也。然れども陰分の経絡、陽分の経絡に因りて違いあり。陰分の経絡の井穴は木を主り、栄穴は火を主り、兪穴は土を主り、経穴は金を主り、合穴は水を主る。是れ皆な相生なり。相生と云うは、木生火、火生土、土生金、金生水、水生木を指して云う。是れ皆な 親子の道理也。譬えば井穴は木、栄穴は火。木は火を生ずるもの也。故に親子と云う。斯くの如く井穴より合穴に至るまて此の例を以て是れを算(かぞえ)る則(とき)は皆な以て相生也。
又、陽分の経絡の井穴を金とし、栄穴を水とし、兪穴を木とし、経穴を火とし、合穴を土とする時は前の陰分の経絡に言う所の如く、是れ亦た相生也。譬えば井穴を金とし、栄穴を水とする則は金は水の母也。故に親子と云う。此の如く井穴より合穴に至るまで是れを算る則は皆な以て相生也。

又、陰分の経絡の井栄兪経合と陽分の経絡の井栄兪経合と並べ合わせて是れを見る則は相尅也。相尅というは木尅土、土尅水、水尅火、火尅金、金尅木なり。譬えば、陽分の経絡の井穴の金と、陰分の経絡の井穴の木と並べ合せて是れを見る則は相尅に非ずや。斯くの如く、陰の経絡、陽の経絡の井穴の例の如く、栄穴より合穴に至るまで、並べ合せて是れを見る則は各々相尅也。復た是れを夫婦とも云う。

夫れ井栄兪経合の五つ、各々病を治することを主るが故に古人は専ら井栄兪経合を以て病を治すると云う。其の井穴の治する所の病を云うに『難経』に曰く、井は心下充(み)つることを主て、肝木の疾(やまい)也と云う。其の心下充つると云うは、心下の塞がり満ちて痞える事也。
何を以て言うとなれば、肝の臓の性は木也。脾の臓の性は土。最も心下(むなさき)も脾胃の主る所也。故に肝の臓より木尅土と尅する所の病也。是れを治するに井穴に鍼を刺す。井穴も木を主るが故也。
栄穴は身の熱を治すると云う。何を以て云うとなれば心の臓の性は火也。栄穴も火を主るが故に此の病を治するに、栄穴に鍼を刺す。是れ皆な心火の病也。
兪穴は体重く節痛むを治するという。其の体重く節痛むとは『内経』に曰く脾は四肢を主ると有り。故に脾の臓の氣不足する則は手足に力なし。力無れば体重し。又、土は湿の氣也。夫れ濁る物は湿氣とす。是れ故に土の性は重きもの也。『内経』に曰く、湿氣は人の皮肉筋脉を傷ると也。手足一身の節々の所は氣血至極清ざれば痞えて行(めぐ)り兼ねるものなり。湿は土氣にて重く濁りたる氣故、別して節々の所に滞り運(めぐ)り通ること成り難し。故に此の病を治するに兪穴に鍼を刺す。兪穴も土を主るが故也。
経穴は喘咳寒熱することを治すると云う。其の喘咳寒熱とは、或いは喉すだき、或いは咳嗽、或いは熱し悪寒のこと也。何を以て言うとなれば、肺の臓の性は金也。経穴も金を主るが故に、此の病を治するに経穴に鍼を刺す。肺金の病也。
合穴は逆氣して泄することを治すると云う。其の逆とは氣の逆上すること也。夫れ腎は水にて升る事は無れども、腎中の命門の陽氣は一身陽氣の根本也。惣じて陽の性は逆上ものの故に、腎の積を奔豚と云う。此の積等が則ち腎氣の逆上也。泄するとは大便下るを云う。何を以て言うとなれば、腎の臓の性は水也。合穴も水を主るが故に此の病を治するに合穴に鍼を刺す。是れ皆な腎水の病なり。案ずるに、腎の臓は脾胃の括締(くくりしまり)として下部を主るが故に、『内経』(『素問』水熱穴論)に曰く、腎は胃の関也とあり。関と云う字は“せき”と訓(よむ)也。此れを以て、腎は下部を司りて脾胃の括締たること明らけし。故に大便下るを主ると云う。夫れ古人は専ら井栄兪経合を以て病を治すると云うは則ち是れ也。

又『難経』に曰く、春、井穴に鍼を刺すことは邪氣、肝の臓に有り。夏、栄穴に鍼を刺すことは邪氣、心の臓に有り。土用に兪穴に鍼を刺すことは邪氣、脾の臓に有り。秋、経穴に鍼を刺すことは邪氣、肺の臓に有り。冬、合穴に鍼を刺すことは邪氣、腎の臓に有り。
此の如く、春は井穴、夏は栄穴、秋は経穴、冬は合穴、土用に兪穴に刺すとは、何を以て云うとなれば、肝の臓の性は木也。木は春を主る故に其の邪氣、肝の臓に有り。茲(ここ)を以て春の病は井穴に鍼を刺す。井穴も亦た木を主りて肝の臓に属する故也。心の臓の性は火也。火は夏を主る故に其の邪氣、心の臓に有り。此れを以て夏の病は栄穴に鍼を刺す。栄穴も亦た火を主りて心の臓に属する故也。脾の臓の性は土也。土は季(すえ)の夏を主る。季(すえ)の夏とは土用の事也。故に其の邪氣、脾の臓に有り。此れを以て土用の病は兪穴に鍼を刺す。兪穴も亦た土を主りて脾の臓に属する故也。肺の臓の性は金也。金は秋を主るが故に其の邪氣、肺の臓に有り。茲を以て秋の病は経穴に鍼を刺す。経穴も亦た金を主て肺の臓に属する故也。腎の臓の性は水也。水は冬を主る故に其の邪氣、腎の臓に有り。茲を以て冬の病は合穴に鍼を刺す。合穴も亦た水を主りて腎の臓に属する故也。

或る人が問う、四時を五臓に合すれば春は肝、夏は心、土用は脾、秋は肺、冬は腎是れ也。皆な其の四時を司る所の旺分と云うもの也。旺ずるものは邪を禀けずと『難経』に見えたり。然れば春は肝の井穴、夏は心の栄穴、土用に脾の兪穴、秋は肺の経穴、冬は腎の合穴に鍼を刺して邪を避(さる)とならば、是れ旺ずるもの邪を禀(う)くる也。如何。
答えて曰く、旺分とは其の時を主りて其の位在ること也。前に言う所の邪氣と云うは、外より来たる邪氣に非ず。其の時、旺分主るものの氣の亢ぶりたるもの也。其の旺分の氣の平和なる則は無病安隠の其の位相応の旺分也。亢ぶりて盛んなる則は却って病にして邪氣也。故に其の氣の亢ぶりて鍼して平和ならしむる則は却って時の旺分の氣を助けるもの也。
前に言う所の五臓の邪氣を井栄兪経合に鍼刺して避(さる)と云う。其の邪氣と云うは外より来たる邪氣に非ず。旺ずるものは邪を受けずと云うの邪は外より来たる邪也。惣じて此の篇の初より終に至るまで、是れを能く校(かんがえ)る時は井栄兪経合を詳らかに知るべし。

井栄兪経合について

井穴・栄穴・兪穴・経穴・合穴は五輸穴または五要穴とも呼ばれており、十二経脈すべてに備わっています。鍼灸学校では、各経脈の井栄兪経合を覚えることは必須の知識でありました。

他にも井栄兪経合は五行(陰経は木火土金水、陽経は金水木火土)と対応していること。井栄兪経合にそれぞれの主治病症はあることなど、暗記したことだと思います。

そして「井栄兪経合」を流れる氣を「出・溜・注・行・入」(『霊枢』本輸)、または「出・流・注・行・入」(『難経』六十八難)と古典文では記しています。この氣の流れ行く様を、『難経本義』(滑伯仁 著)の註では、『項氏家伝』の引用?を示して水の流れに譬えています。

『難経本義』にある記載から

まずは『難経本義』の難経彙考を以下に引用します

項氏家説に曰く、凡そ経絡の出る所を井と為し、留る所を栄と為し、注ぐ所を兪と為し、過ぎる所を原と為し、行く所を経と為し、入る所を合と為す。井は水の泉に象り、栄は水の陂に象り、腧は水の竇に象る。竇とは即ち窬の字也。経は水の流に象り、合は水の帰に象る。皆な水の義を取る也。

■原文

項氏家説曰、凡經絡之所出爲井、所留爲榮、所注爲腧、所過爲原、所行爲經、所入爲合。井象水之泉、榮象水之陂、腧象水之竇。竇即窬字也。經象水之流、合象水之歸。皆取水之義也。

大黄圓の主治は「諸熱を治す」

では『項氏家説』には実際にどのようなことが書かれているのでしょう。調べた範囲を以下に引用します。

『項氏家説』の情報を探し求める

巻一「上下經卦象」
……『設文』を按ずるに、“益”の字は水に従い皿に従う、水を以て皿に注ぐ。故に之を益と謂う。此を以て之を推すに、坎卦は即ち水の字也。

■原文

巻一「上下經卦象」
……按設文、益字從水從皿、以水注皿、故謂之益。以此推之、坎卦卽水字也。

これは坎の字と水の関係を説いたもの。井栄兪経合とはあまり関係ありませんね。

では『項氏家説』巻三 「沱潛」の項を引用します。

巻三 「沱潛」
荊梁の二州、江漢※1の経る所、皆な沱潛の二水、『爾雅』に謂う水は江より出て沱と為し、漢より出て潛と為す。蓋し経師の伝える所は此の如く、其の辞は簡古なり。故に今に至るまで二水の処を知ること莫し。
四瀆を按するに、濟(済水のことか)最も微なり。無可言者、河の最も大なり、而して西域に於いて出る、至中國に至り而して河を成す。故に別流の来たり合わさる者は、皆な不可見。独り江漢の二水、近く梁州に出る、蜀山を挟み而して行く。江は山の南に在り、漢は山の北に在り、梁より荊に至る。山は凡そ数千里を行く。凡そ山南の渓谷の水、皆な江に至り而して出る、山北の渓谷の水、皆な漢に至り而して出る。其の水の衆多、盡く録する足らず。故に南を総べて沱と為し、北を総べて潛と為す。蓋し常時の方言、猶お渓谷無きが如しと云う。『爾雅』は、江漢を沱潛と為し所出の源を誤る。其の沱潛と為し所出の路を知らざる也。
禹貢が言う、岷山導江、東に別れ沱と為す。別に猶お他を言うが如し也。蓋し江の発源は岷山に在り西処に極む。江源より而して東、別水の来たる者は、皆な此れ江の沱と為す。自ら一水と為すことを得ざる也。今、蜀江の沿岸、渓水の合する処、猶お鑑沱、句流沱、月明沱、歸郷沱の名があるが如し。尚、当時の命名の意を推して見るべしと云う。

■原文

巻三 「沱潛」
荊梁二州、江漢所經、皆有沱潛二水、爾雅謂水自江出爲沱、自漢出爲潛。蓋經師所傳如此、其辭簡古。故至今莫知二水之處。
按四瀆濟最微。無可言者、河最大、而出于西域、至中國而成河。故別流之來合者、皆不可見。獨江漢二水、近出梁州、夾蜀山而行、江在山之南、漢在山之北、自梁至荊。山行凡數千里。凡山南渓谷之水、皆至江而出、山北渓谷之水、皆至漢而出。其水衆多、不足盡錄。故南總爲沱、北總爲潛。蓋常時之方言、猶無渓谷云爾雅者、誤江漢爲沱潛所出之源。不知其爲沱潛所出之路也。
禹貢言、岷山導江、東別爲沱。別猶言他也。蓋江之發源在岷山極西處。自江源而東、別水之來者、皆爲此江之沱。不得自爲一水也。今蜀江沿岸渓水合處猶有鑑沱、句流沱、月明沱、歸郷沱之名、尚可推見當時命名之意云。

以上の内容が水に関わると判断した箇所です。坎卦の文字の意はさておき、「沱潛」とは長江と漢水の併称していう名とのこと。河川の流れとその地名を説明する文ではありますが、井栄兪経合と出溜注行入を直接ふれるものではないように感じます。
私の調べがまだまだ未熟なのかもしれません。

井穴とは氣血の源…?

『医学節要集』本文では「人の井穴も氣血の流れ出づる源也」とあります。この“井穴が氣血の源”とは、流れの端を発するという意味でしょう。経脈流注の観点からみると、井穴は端緒となる場合もあり、そうならない場合もあります。もっと簡単にいうと、十二経絡のうち、その半分が井穴は端緒とならないのです。

しかし五輸穴(井栄兪経合)でみると、すべての五輸穴では井穴は始点となります。このことに疑問を感じたことのある鍼灸学生さんも多いと思います。このことについてはいずれ紹介したいと思います。

原穴について

「最も三焦は腎間の動氣の使令したるが故に何れの経に於いても諸々の陽分の経絡をうち巡るが故に、何れの経に於いても此の三焦の氣の行り止どまる所を原穴と云う。」(下線部)

この文章には注目すべきワードが散りばめられています。

「三焦は腎間の動氣を使令したる」という言葉です。「三焦とは水穀の道路」(『難経』三十一難)という表現がありますが、前章「三焦のこと」では「三焦と腎間の動氣とは元一体也…」と記していたことは記憶に新しいです。元々が腎間の動氣と一体である三焦は、その(腎間の動氣)を使令するのです。この趣旨は『難経』六十六難にある「三焦者原氣之別使也。」に通ずるものであります。

「何れの経に於いても諸々の陽分の経絡をうち巡るが故に、何れの経に於いても此の三焦の氣の行り止どまる所を原穴と云う。」(下線部)

この文章には手足三陽経に原穴がとくに設定・設置されている理由が記されています。これも『難経』六十六難の記述「故名曰原。三焦者原氣之別使也。主通行三氣、経歴於五藏六府。原者三焦之尊号也。故所止輙為原。」に当る内容です。

井栄兪経合に含まれる夫婦関係

「陰分の経絡の井栄兪経合と陽分の経絡の井栄兪経合と並べ合わせて是れを見る則は相尅也。」(下線部)

三陰経の井栄兪経合はそれぞれ木火土金水に配当されます。また、三陽経の井栄兪経合は金水木火土として配当されています。

これを横からの視点でみると、井穴において、陽経井穴(金穴)は陰経井穴(木穴)は“金尅木”の関係であり、いわゆる相克関係にあります。続く栄・兪・経・合もまた同様に相克関係にあります。

そして相克関係は見かたを変えると、夫婦関係といえます。詳しくは『難経三十三難では相剋関係は夫婦関係であることを学ぶ』をご覧ください。

このように陽経と陰経における井栄兪経合の関係を熟知することで、鍼灸治療に活かせることがあります。陰陽という二元的な組み合わせから、五行という他覚的な広がりを意識することにもつながるのですね。

鍼道五経会 足立繁久

食物胃腑へ受け消化道理のこと ≪ 三焦のこと ≪ 井栄兪経合のこと ≫ 五臓に五臭五声五色五味五液を主る事

原文 『醫學節要集』井榮兪經合之事

■原文 『醫學節要集』井榮兪經合之事

夫五臓に各井榮兪經合あり。六腑に各井榮兪原經合あり。皆手足を主る。故に經絡にも終始有り。肺心二臓の井榮兪經合は經絡の終に有。脾肝腎三臓の井榮兪經合は經絡の始に有。膀胱膽胃三の井榮兪經合は經絡の終に有。大腸小腸三焦の井榮兪經合は經絡の始にあり。
假ば肺經の井榮兪經合は少商の穴を井とし、魚際を榮とし、太淵を兪とし、經渠を經とし、尺沢を合とす。大腸の井榮兪經合は商陽を井とし、二間を榮とし、三間を兪とし、合谷を原とし、陽谿を經とし、曲池を合とす。此外の諸經は肺大腸の例を以て知るべし。夫井榮兪經合と名ることは何を以て言うとなれば、難經本義に項氏が家の説を引て曰く、谷間より湧出る水の源を指て井と云う。人の井穴も氣血の流出る源也。故に井と云う。榮穴は谷間の水湧出て後、狀の見る所に連續して榮と云う。兪穴は水の湧出て溢る所に准へて兪と云う。經穴は水の溢れて流行所に准て經と云う。合穴は水の流れて陷入る所に准へて合と云う。故に内經に曰く、出る所を井とし、溜るヽ所を榮とし、注ぐ所を兪とし、行く所を經とし、入る所を合とすと云う。皆、水の湧出て後、或は溜、或は注、或は行、或は水の流て陷入意也。
又、六腑の井榮兪經合に原穴の有ことは何を以て言となれば、夫三焦は腎間の動氣の別れなり。是に因て崇て三焦を原と名く。最も三焦は腎間の動氣の使令たるが故に何れの經に於ても諸々の陽分の經絡をうち巡るが故に何れの經に於ても此三焦の氣の行り止る所を原穴と云。然る則は三焦の名也。是皆難經六十六の難を承て云。夫井榮兪經合に木火土金水の五行具る也。然れども陰分の經絡陽分の經絡に因て違いあり。陰分の經絡の井穴は木を主り、榮穴は火を主り、兪穴は土を主り、經穴は金を主り、合穴は水を主る。是皆相生なり。相生と云うは木生火火生土土生金金生水水生木を指て云。是皆 親子の道理也。譬ば井穴は木榮穴は火。木は火を生ずるもの也。故に親子と云。斯くの如く井穴より合穴に至るまて此例を以て是を算る則は皆以て相生也。
又陽分の經絡の井穴を金とし榮穴を水とし兪穴を木とし經穴を火とし合穴を土とする時は前の陰分の經絡に言所の如く是亦相生也。譬ば井穴を金とし榮穴を水とする則は金は水の母也。故に親子と云。此の如く井穴より合穴に至るまで是を算る則は皆以て相生也。
又陰分の經絡の井榮兪經合と陽分の經絡の井榮兪經合と並合せて是を見る則は相尅也。相尅というは木尅土、土尅水、水尅火、火尅金、金尅木なり。譬えば、陽分の經絡の井穴の金と、陰分の經絡の井穴の木と並べ合せて是を見る則は相尅に非ずや。斯の如く陰の經絡陽の經絡の井穴の例の如く、榮穴より合穴に至るまで並合せて是を見る則は各相尅也。復是を夫婦とも云。
夫井榮兪經合の五各病を治することを主るが故に古人は専ら井榮兪經合を以て病を治すると云。其井穴の治する所の病を云に難經に曰く井は心下充ることを主て肝木の疾也と云、其心下充ると云は、心下の塞り滿て痞る事也。何を以て言となれば肝の臓の性は木也。脾の臓の性は土、最も心下も脾胃の主る所也、故に肝の臓より木尅土と尅する所の病也。是を治するに井穴に鍼を刺す。井穴も木を主るが故也。榮穴は身の熱を治すると云。何を以て云となれば心の臓の性は火也。榮穴も火を主るが故に此病を治するに榮穴に鍼を刺。是皆心火の病也。兪穴は體重く節痛むを治するといふ。其體重く節痛むとは内經に曰く脾は四肢を主ると有。故に脾の臓の氣不足する則は手足に力なし。力無れば體重し。又土は濕の氣也。夫濁る物は濕氣とす。是故に土の性は重きもの也。内經に曰く、濕氣は人の皮肉筋脉を傷ると也。手足一身の節々の所は氣血至極淸ざれば痞て行兼ねるものなり。濕は土氣にて重く濁りたる氣故別して節々の所に滯り運り通ること成難し。故に此病を治するに兪穴に鍼を刺す。兪穴も土を主るが故也。經穴は喘咳寒熱することを治すると云。其喘咳寒熱とは或は喉すだき或は咳嗽或は熱し悪寒のこと也。何を以て言となれば肺の臓の性は金也。經穴も金を主るが故に此病を治するに經穴に鍼を刺す。肺金の病也。合穴は逆氣して泄することを治すると云。其逆とは氣の逆上すること也。夫腎は水にて升る事は無れ𪜈腎中の命門の陽氣は一身陽氣の根本也。惣じて陽の性は逆上ものゝ故に腎の積を奔豚と云。此積等が則腎氣の逆上也。泄するとは大便下るを云う。何を以て言となれば腎の臓の性は水也。合穴も水を主るが故に此病を治するに合穴に鍼を刺す。是皆腎水の病なり。案ずるに腎の臓は脾胃の括締として下部を主るが故に内經に曰く腎は胃の關也とあり。關と云字はせきと訓也。此を以て腎は下部を司りて脾胃の括締たること明けし。故に大便下るを主ると云。夫古人は専井榮兪經合を以て病を治すると云は則是也。
又難經に曰く、春井穴に鍼を刺すことは邪氣肝の臓に有。夏榮穴に鍼を刺すことは邪氣心の臓に有。土用に兪穴に鍼を刺すことは邪氣脾の臓に有。秋經穴に鍼を刺すことは邪氣肺の臓に有。冬合穴に鍼を刺すことは邪氣腎の臓に有。此如く春は井穴夏は榮穴秋は經穴冬は合穴土用に兪穴に刺とは何を以て云となれは肝の臓の性は木也。木は春を主る故に其邪氣、肝の臓に有。茲を以て春の病は井穴に鍼を刺。井穴も亦木を主て肝の臓に屬する故也。心の臓の性は火也。火は夏を主る故に其邪氣心の臓に有。此を以て夏の病は榮穴に鍼を刺。榮穴も亦火を主て心の臓に屬する故也。脾の臓の性は土也。土は季の夏を主る。季の夏とは土用の事也。故に其邪氣、脾の臓に有。此を以て土用の病は兪穴に鍼を刺。兪穴も亦土を主て脾の臓に屬する故也。肺の臓の性は金也。金は秋を主るが故に其邪氣肺の臓に有。茲を以て秋の病は經穴に鍼を刺。經穴も亦金を主て肺の臓に属する故也。腎の臓の性は水也。水は冬を主る故に其邪氣腎の臓に有。茲を以て冬の病は合穴に鍼を刺。合穴も亦水を主りて腎の臓に属する故也。
或人問、四時を五臓に合すれば春は肝夏は心土用は脾秋は肺冬は腎是也。皆其四時を司る所の旺分と云もの也。旺ずるものは邪を禀ずと難經に見えたり。然れば春は肝の井穴夏は心の榮穴土用に脾の兪穴秋は肺の經穴冬は腎の合穴に鍼を刺て邪を避とならば是旺ずるもの邪を禀る也、如何。
答て曰く、旺分とは其時を主りて其位在ること也。前に言所の邪氣と云は外より來る邪氣に非ず。其時旺分主るものヽ氣の亢りたるもの也。其旺分の氣の平和なる則は無病安隱の其位相應の旺分也。亢りて盛なる則は却て病にして邪氣也。故に其氣の亢りて鍼して平和ならしむる則は却て時の旺分の氣を助けるもの也。前に言う所の五臓の邪氣を井榮兪經合に鍼刺て避と云。其邪氣と云は外より來る邪氣に非ず。旺ずるものは邪を受ずと云の邪は外より來る邪也。惣じて此篇の初より終に至るまで、是を能校る時は井榮兪經合を詳かに知べし。

 

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