鯖(サバ)について『本草綱目』を調べる

鯖(サバ)の食物本草に関する説を遡る

写真:しめサバが大きい!そして炭火で焼いた鯖は皮がパリッ!身はシットリ。

さて先日の鯖(サバ)の食物本草能に関する記事を書きましたが、その説は二説に分かれており不統一なものでした。そこでまずは『本草綱目』(李時珍 著 1596年 刊)にまで遡り、鯖(サバ)の食物本草能の説の来歴を確認してみましょう。

『本草綱目』に記される鯖(サバ)の効能

青魚(宋開寶)

[釈名](時珍曰)青亦たは鯖に作る、色を以て名づく也。大なる者を䱾と名づく。
[集解](蘇頌曰)青魚は江湖の間に生ず、南方に多く有り。北地、時に或いは之有り。取るに時無し。鯇に似て而して背は正青色なり。南人の多くは以て鮓に作る。古人に所謂る五候鯖と云う、即ち此れなり。其の頭中枕骨蒸して氣して通ぜしむ、曝乾す、状(かたち)琥珀の如し。荊楚の人、煮拍して酒器梳萞を作す、甚だ佳なり。旧注言く、琥珀に代うべしと云う者は非也。


[氣味]甘平無毒 (『日華子諸家本草』に曰く)微毒。朮を服する人は之を忌む。
[主治]脚氣湿痺(『開宝本草』)韭と同じく白煮して脚氣脚弱煩悶を治す、氣力を益す(張鼎)

[氣味]石を服する人と相い反する(『開宝本草』)
(陶弘景曰く)生胡荽、生葵菜、豆藿、麦醤と同じく食するべからず。
頭中枕
[主治]水に磨し服して、心腹卒氣痛を主る(『開宝本草』)
血氣心痛を治し、水氣を平にする(『日華子諸家本草』)
飲器を作して蟲毒を解す(李時珍)

眼睛汁
[主治]目に注ぎて、能く夜視す(『開宝本草』)

膽(臘月に収取して陰乾す)
[氣味]苦寒無毒
[主治]暗目に点す、熱瘡に塗る(『開宝本草』)赤目腫痛を消し、喉痺痰涎及び魚骨鯁を吐し、悪瘡を療する(李時珍)

[発明](李時珍曰く)東方の青色、肝膽に入りて通じ、目に於て開竅す。靑魚膽を用い以て目疾を治し、蓋し此の義を取る。其の喉痺骨鯁を治するときは、則ち“漏泄を取るは酸苦に係る”の義也。

[附方]新三。
乳蛾喉痺 青魚膽含嚥。○一方、用汁灌鼻中取吐。○萬氏用膽礬盛靑魚膽中陰乾毎用少許、點喉取吐。○一方、用朴硝代膽礬。
赤目障翳 靑魚膽煩頻點之。○一方加黄連海螵蛸、各等分。○龔氏易簡、用黄連切片并水熬濃、去滓待成膏、入大靑魚膽汁和就、入片腦少許、瓶収宻封。毎日點之、甚妙。
一切障翳 魚膽丸、用靑魚膽、鯉魚膽、靑羊膽、牛膽、各半兩、熊膽二錢半、麝香少許、石決明一兩爲末、糊丸、梧子大、毎空心茶下十丸。(龍木論)

■原文
[釋名](時珍曰)青亦作鯖、以色名也。大者名䱾。
[集解](頌曰)青魚生江湖間、南方多有。北地時或有之。取無時。似鯇而背正靑色。南人多以作鮓。古人所謂五候鯖即此。其頭中枕骨蒸令氣通、曝乾狀如琥珀。荊楚人煑拍作酒器梳萞、甚佳。𦾔注言、可代琥珀者非也。

[氣味]甘平無毒(日華曰)微毒。服朮人忌之。
[主治]脚氣濕痺(開寶)同韭白煮治脚氣脚弱煩悶益氣力(張鼎)
酢(鮓のことであろう)
[氣味]與服石人相反(開寶)
(弘景曰)不可合生胡荽生葵菜豆藿麥醬同食
頭中枕
[主治]水磨服主心腹卒氣痛(開寶)治血氣心痛平水氣(日華)作飲器解蟲毒(時珍)
眼睛汁
[主治]注目、能夜視(開寶)
膽(臘月収取陰乾)
[氣味]苦寒無毒
[主治]點暗目、塗熱瘡(開寶)消赤目腫痛、吐喉痺痰涎及魚骨鯁、療悪瘡(時珍)
[發明](時珍曰)東方青色、入通肝膽、開竅於目、用靑魚膽以治目疾葢取此義。其治喉痺骨鯁、則取漏泄係乎酸苦之義也。
[附方]新三。
乳蛾喉痺 靑魚膽含嚥。○一方、用汁灌鼻中取吐。○萬氏用膽礬盛靑魚膽中陰乾毎用少許、點喉取吐。○一方、用朴硝代膽礬。
赤目障翳 靑魚膽煩頻點之。○一方加黄連海螵蛸、各等分。○龔氏易簡、用黄連切片并水熬濃、去滓待成膏、入大靑魚膽汁和就、入片腦少許、瓶収宻封。毎日點之、甚妙。
一切障翳 魚膽丸、用靑魚膽、鯉魚膽、靑羊膽、牛膽、各半兩、熊膽二錢半、麝香少許、石決明一兩爲末、糊丸、梧子大、毎空心茶下十丸。(龍木論)

先に『本草綱目』に記される鯖(サバ)の本草能を挙げておきます。

「脚氣湿痺を主治」(『開宝本草』)
「韭と同じく白煮して脚氣脚弱煩悶を治す、氣力を益す」(張鼎)

『本草綱目』より

との説を採用しています。

前回記事の①「助肝胆、多食生痰塞膈。(有冷痰者不可多食。)」、②「虚泄を止め、冷痢を調う。」のどちらの主治とも異なる第三説の登場です。

ちなみにこの説に準じているのは『食物和歌本草増補』(1667年 山岡元隣 著)

さは(さば)の肉、脚気に足のほめきてしひる(しびれる?)によし。氣力ます也。
さば(さば)韭の白みと煮合せ食いぬれは脚気を乄治し、足つよふする。

『食物和歌本草増補』(1667年 山岡元隣 著)より

日本の食物本草書にも、『本草綱目』系の情報を記載するものはあります。というよりも、『本草綱目』系ではない情報が日本に伝わっていることも実に興味深いことです。

そこで『本草綱目』記載の情報を今一度見直してみましょう。実は『本草綱目』における鯖情報には、いくつかの疑問点があるのです。

明代『本草綱目』の鯖はサバなのか?

1,産地の問題

『本草綱目』にある鯖の産地は「江湖の間に生ず」とのこと。「江湖」は揚子江と洞庭湖を指すようですが、そうなると「鯖=サバ」の解釈は成り立たなくなります。洞庭湖はもちろん淡水であり、地図で見ても海から鯖が回遊(もはや遡上?)できるような位置にはありません。「江湖」の江のほうの揚子江にしても、河口域で水揚げすることはできるでしょう。

ではもう一つの「江湖」の解釈として「江湖」は“広く世間一般”を指すようです。なので、鯖は広く世間に流通している魚として解釈できなくもないですが…16世紀以前の中国大陸に足の速い(傷みが早い)サバが、中国に広く流通していたのでしょうか?もちろん、塩漬けなどで保存できるのでしょうが…少し疑問が残ります。

そして「江湖」を“世間”としてみると、「南方多有。北地時或有之。」この言葉は「南方沿岸でよく漁獲され、北方沿岸では時々水揚げされる」ということでしょうか…サバが中国の北方沿岸では、サバはたまにしか水揚げされない…これもまた疑問です。

現在でも、サバは京都・福井・新潟での日本海側でも水揚げされています。現代日本人の感覚ではありますが「南方多有。北地時或有之。」の言葉には疑問を感じるところです。

枕骨を酒器にできるのか?

文中には「頭中枕骨、蒸令氣通、曝乾狀如琥珀。荊楚人煑拍作酒器梳萞。」とあり、鯖の頭の付け根の骨(枕骨)を加工すれば琥珀のようであり、酒の器として使えるという説があります。

それができるなら一度試してみたいものです。

しかしサバの骨のサイズを考えると、果たして酒器にできるほどのものなのか?骨サイズからも、『本草綱目』の鯖=サバとするには疑問が残るところ。

サバの内臓は生薬化できるのか?

加えて鯖の膽(サバの内臓)を薬用にするとのことですが、仮に鯖膽をサバの肝としても、サバの内臓はいたみが早いため、釣った端から処理する必要があります。
傷みが遅くなるであろう「臘月」すなわち冬季に陰干しするとあり、これも全く不可能ではないのでしょうが…。

以上の三点からみて『本草綱目』における「鯖」が、現代日本の「サバ」と同一視するには、大いに疑問が残る点であります。

となると、当時(江戸期)の日本医家たちは鯖をどのように解釈していたのでしょうか?そこで『和漢三才図会』(寺島良安 著 1819年)からの鯖(サバ)情報です。

『和漢三才図会』に記される鯖(サバ)情報

和漢三才図会 巻四十九 十四

(さば・ツイン) 青魚 䱾大なる有  和名、阿乎左波(あおさば)
『崔禹錫食経』に云う、鯖は口尖背蒼き者也。
『本草綱目』鯖は江湖の間に生ず、取るに時無く、鯇に似て背は正青色、以て鮓に作る。其の大なる者は䱾と名づく。
肉[甘平有微毒]朮を服する人は之を忌む。(生胡荽、豆藿(まめのは)、麦醬と同食して合わすべからず。)其の頭の中の枕骨を蒸して氣を通せしめ、曝乾して状(かたち)琥珀の如く、酒器梳萞に作る。
『五雜俎』(巻十一)に云う、食鯖已狂食、食魮止驕、食筭餘魚不酔、食人魚已癡、食黃鳥已妬、食鶢鶋不饑。古に斯の語あり、未だ其の然るを診ざる也。
△按ずるに鯖の形色、『本草』の説に略合す、然れども北海西海に多く有りても未だ湖中に在ることを聞かず。未だ其の枕骨の器と為る可き者を見ざる也。
形、鯇に類して鱗は至りて細なり。大なる者、一尺四五寸、背は正青色の中に蒼黒の微斑文あり、或いは縄の纒えるが如し。尾の辺り両両相い対して角刺の鰭有り。
其の肉(甘微酸)は餒(腐)し易し、宿を経る者(鯖)を食えば、人をして酔わしむる。但だ鮮しき者(鯖)を醋して熬り食せば佳し。
能登の海上、四月中に多く時に数万(の鯖)、浪の為に漂う所(漂わされて)、釣れず網せずも、亦た獲るべし。取りて䱒を作し、諸国に運送す。上下これを賞して中元の日の祝用と為す。但だ背より骨に傍(そ)うて割り開き、之を䱒にして、二枚を一重に作して、之を一刺と謂う。其の色、赤紫なる者を上と為す。鰯油を塗り乾きて則ち色佳き也。能登の産を上と為す、佐渡・越中は之に次ぐ。

■原文
鯖(さば・ツイン) 青魚 䱾大なる有  和名阿乎左波
崔禹錫食經云、鯖口尖背蒼者也。
本綱鯖生江湖間、取無時。似鯇而背正青色、以作鮓。其大者名䱾。
肉[甘平有微毒]服朮人忌之。
[主治]脚氣濕痺(開寶)不可合生胡荽豆藿麥醬同食。其頭中枕骨蒸令氣通、曝乾狀如琥珀、作酒器梳萞。
五雜俎云食鯖已狂食、食魮止驕、食筭餘魚不酔、食人魚已癡、食黃鳥已妬、食鶢鶋不饑。古有斯語、未診其然也。
△按鯖形色畧合於本草之説、然北海西海多有而未聞在湖中、未見其枕骨可為器者也。
形類鯇而鱗至細。大者一尺四五寸、背正青色中有蒼黒微斑文。或如縄之纒、尾邊兩兩相對有角刺之鰭。
其肉(甘微酸)易餒、食經宿者、令人醉。但鮮者醋熬食佳。
能登海上四月中多時數万爲浪所漂而不釣不綱、亦可獲取作䱒、運送諸國、上下賞之為中元日祝用。但自背傍骨割開、䱒之、二枚作一重、謂之一刺。其色赤紫者爲上。塗鰯油乾則色佳也。能登之産爲上、佐渡越中次之。

『崔禹錫食経』『本草綱目』『五雑組』の三書からの情報を引用しつつも、当時(江戸期)の日本における鯖情報を記してくれています。当時の情報を知る上で『魚鑑』『和漢三才図会』は大いに参考になると思います。たとえば寺島先生は次のように述べ、『本草綱目』の鯖説を冷静に評価しています。

「按鯖形色畧合於本草之説、然北海西海多有而未聞在湖中、未見其枕骨可為器者也。」

鯖が「江湖に生ずる」という説、「頭中枕骨で酒器を作る」という説に対して婉曲に疑義を呈しています。

それに加えて「其肉(甘微酸)易餒、食経宿者、令人酔。但鮮者醋熬食佳。」とあり、サバが鮮度を保つことの難しさを示しています。

以上のように、寺島先生は『和漢三才図会』において、『本草綱目』における“鯖”は日本の“阿乎左波”とは異なるのではないか?と遠回しに疑問を呈しながらも、食物本草能は『本草綱目』の情報(「脚氣湿痺」(開宝本草))をそのまま採用しています。

鍼道五経会 足立繁久

 

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