江戸期のブリは布里であったが…
先日は戸越のグルメ編で、ブリについての食物本草情報を記事にしました。そのときに『日養食鑑』(石川元混 著 1819年)、『公益本草大成(和語本草綱目)』(岡本一抱 1698年)、『閲甫食物本草』(名古屋玄医 1669年序)、『魚鑑』(武井周作 著 1831年)を出典として、ブリ情報を引用しました。
『日養食鑑』には「海鰱魚」
『公益本草大成』には「今人以本草師魚、爲布里非也。」
『閲甫食物本草』には「『唐韻』に云う「鰤老魚也」。『山海経』に云う「歴㶁之水有師魚、食之殺人」…」
『魚鑑』には「唐韻にいう鰤は老魚なり。鰤の字、ぶりと訓す。綱目に魚師、清俗に海鰱。」
と、各書には、鰤ではない呼び名が記載され、複数の中国文献由来のブリ情報が引用されています。しかし「鰤」「海鰱魚」「師魚」「老魚」「青師」…と名称が記されており、統一性が感じられません。
そこで明代の『本草綱目』(李時珍 1596年 刊)をみてみましょう。果たして日本の鰤と同じ魚なのか?ハッキリとさせたいところです。
『本草綱目』に記される魚師の効能
魚師 綱目
[集解]時珍の曰く、陳藏器、諸魚の注に云く魚師大なる者、毒あり人を殺す。今識る者無し。但だ『唐韻』に云う、鰤の老魚也。
『山海経』に云く、歴㶁の水に師魚あり、之を食えば人を殺す、其れ即ち此れか。
■原文
魚師 綱目
[集解]時珍曰、陳藏器諸魚注云魚師大者、有毒殺人。今無識者、但唐韻云、鰤老魚也。
山海経云、歴㶁之水有師魚、食之殺人、其即此與。
「魚師」と「鰤」
『公益本草大成』『魚鑑』にあるように、『本草綱目』には「魚師」として情報が記されています。この「魚師」を“日本でいう鰤(ブリ・布里)”とするか否か…要考察でしょう。
『本草綱目』情報の出典としては「(陳藏器の)諸魚注」、『唐韻』、『山海経』を挙げていますが、その二つは有毒の魚として、しかも殺人レベルの毒を持つ魚として記されています。この時点で、現代のブリ(鰤)とみるには無理がありそうです。
『閲甫食物本草』ではこの情報を引用しつつも、日本で食される布里(ブリ)とは異なると訂正しています。
岡本一抱先生もまた「今人以本草師魚、爲布里非也。」とコメントしており、この“師魚(魚師)”と日本の布里(ブリ)とは同じものではない、としております。
両師ともに仰る通りだと思います。
以上のことから、『本草綱目』にある「魚師」は「鰤」ではないという結論になります。
となると、『本草綱目』の頃の中国で、鰤(ブリ)は水揚げ・流通していなかったのか…?もし、流通していたとすれば、どのような呼び名だったのか???
この点も気になるところです。
鍼道五経会 足立繁久

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