『小児薬証直訣』について
中国医学の小児科医書といえば、まず『小児薬証直訣』を挙げる人は多いのではないでしょうか?
『小児薬証直訣』(宋代 1119年)とは、銭乙(銭仲陽)の教えをその弟子、閻孝忠が編集したとされる小児科専門医書です。その成立は宋代の1119年とされています。そして銭乙(銭仲陽)とは、中国医学の小児科を代表する医家です。
もちろん小児科医書といえば『顱顖経(ろしんきょう)』もまたよく知られています。『顱顖経』とは随代(※1)に記された現在知られている中で最古の小児科専門書とされています。
さて銭乙の『小児薬証直訣』に戻りますが、『小児薬証直訣の版本に関する検討』(※2)をみると、『小児薬証直訣』には「いくつかの系統の版本がある」とのこと。詳しい解説は郭先生の論文に委ねますが、「仿宋本」「薛己注本」「熊宗立注本」などなど、複数系統の『小児薬証直訣』が伝えられているそうです。さて、本記事『小児薬証直訣』シリーズでは、京都大学医学部附属図書館所蔵の『類証注釈銭氏小児方訣』を主に紹介していきます。
ちなみに『小児薬証直訣』を最初に収録した書は『直斎書録解題』とのことで、『銭氏小兒藥証真訣三巻』の名が記されているそうです。
※1…『中国医学の歴史』傳維康 主編,東洋学術出版社 発行を参考とする
※2…郭秀梅:小児薬証直訣の版本に関する検討:第117回日本医史学会総会(一般演題)
本書『類証注釈銭氏小児方訣(小児薬証直訣)』には熊宗立の序が記されています。まずは本書序文から目を通していきましょう。

※画像は『類証注釈銭氏小児方訣』京都大学付属図書館より引用させていただきました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは原文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。
『類証注釈銭氏小児方訣』 序
書き下し文・類証注釈銭氏小児方訣序
小方衇(脈)科、醫の難事と為す。
古人が云う「寧ろ十の丈夫を医すとも、一婦人を医する莫れ。寧ろ十婦人を医すとも、一小児を医せず」とは、何ぞ也?
蓋し小児は之を唖科と謂う。疾痛(について)言うこと能わず、精神は猶お未だ備わざるが如し、形声も尚(なお)未だ正しからず、脈理も猶(なお)未だ全からざるが如し。難治なる所以の者に、証、其の得病の由を問うこと能わず。脈、其の必然の理を診ること能わず。況や臓腑虚実においてをや!更に変易すること掌を反すが如し。治を主る者、苟も毫髪の差は有れども、以て千里の謬を致す。是れ故に黄帝有りて云うが若し、吾は其の幼小を察すること能わざる也。誠なる哉、斯言。
昔、宋に銭氏仲陽が『小児直訣』を著す。世に活幼の筌蹄、全嬰の規範と称す。当時の門人、寫本を伝え、未だ造次錯簡の患い有ざるを免る。後の是の書を読む者、往々にして疑難の無きにあらず。
予、凡陋を揣(はか)らず、已に僭妄を知る。
竊(ひそか)に此の書を以て其の源流を㴑(さかのぼ)り、其の証治を類し、之の支分節解し、脈絡貫通(したもの)を要とし、間に附註し以て之を発明す。
我が同志、初学の士をして、巻を展べ読を観れば、則ち之を前に疑難する者、今悉く渙然として冰釈して一帰至当せむる。
抑々亦た人々は赤子の心を保ち、油然にして興り、庸夫の手に於いて委命に至らず。之が為に医たる者、苟も能く此の書を以て、胸臆の中に浹洽(しょうこう)し、拡げて之を充す。奏効取効すること、鼓の枹(桴)に応ずるが如し。庶くば太上(最も)幼幼の仁を好生して負(そむ)かず。
国家恵民の旨、豈に其の鑚核独善の人を視んや。吾、忍びず之を為し、遂に諸梓を繍し、其の伝云を広むを以てす。
正統五年、歳在庚申、季秋華旦
鼇峰熊宗立敬識。
熊宗立による序
序文冒頭にある「寧醫十丈夫、莫醫一婦人。寧醫十婦人、不醫一小兒」という言葉。当時はこのような格言・諺があったようです。(出典不明)
意訳すると「女性の治療は男性の治療の10倍難しい。子どもの治療は女性の10倍難しい。」といったところでしょうか。
なぜ子どもの治療がそんなに難しいのか?
その理由も書かれています。
「蓋小兒謂之唖科。疾痛不能言、精神猶未備、形聲尚未正、脉理猶未全。所以難治者、證不能問其得病之由。脈不能診其必然之理。況臓腑虚實。更變易如反掌。主治者、苟有毫髪之差、以致千里之謬。」
そもそも子どもは自身の体調や症状について的確に詳しく伝えることができません。当然のその症状の原因やきっかけを理解することも難しいでしょう。そのため問診情報を診断に活用することが限定的になってしまいます。
このことから小児科を別名「唖科」とも称していたようです。
病勢の強さは小児生理に基づく
また「更變易如反掌」という言葉も小児科の特徴をよく表わしています。
小児の病は、一旦悪化し始めると、あっという間に病状が悪化してしまうことも多々あります。病の勢いが強いのです。このことは小児の基本生理である「陽体」「木氣旺盛」に根ざしているといえます。
序 ≫ 小児脈法 ≫ 五臓所主 ≫ 五臓病証 ≫ 面上証 ≫ 目内証 ≫ 五臓虚実冷熱 ≫
鍼道五経会 足立繁久
原文 『類證注釋錢氏小兒方訣』序
■原文 類證注釋錢氏小兒方訣序
小方衇科、為醫之難事。古人云、寧醫十丈夫、莫醫一婦人。寧醫十婦人、不醫一小兒何也。蓋小兒謂之唖科。疾痛不能言、精神猶未備、形聲尚未正、脉理猶未全。所以難治者、證不能問其得病之由。脈不能診其必然之理。況臓腑虚實。更變易如反掌。主治者、苟有毫髪之差、以致千里之謬。是故黄帝有云若吾不能察其幼小也。誠哉斯言。
昔宋錢氏仲陽著小兒直訣。世稱活幼之筌蹄、全嬰之規範。當時門人傳寫本、未免有造次錯簡之患。後之讀是書者、徃徃不無疑難。予不揣凡陋、已知僭𡚶。竊以此書㴑其源流。類其證治、要之支分節解、脉絡貫通、間附註以發明之。使我同志初學之士、展巻觀讀、則前之疑難者、今悉涣然冰釋而一歸至當矣。抑亦人人保赤子之心、油然而興。不至委命於庸夫之手乎。為之醫者、苟能以此書、浹洽於胸臆之中、擴而充之。奏効取効、如皷應枹。庻太上好生幼幼之仁而不負。
國家惠民之旨、豈其視鑚核獨善之人。吾不忍為之、遂繍諸梓、以廣其傳云。
正統五年歳在庚申、季秋蕐旦
鼇峰熊宗立敬識。
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