『診病奇侅』肋下について
本記事では『診病奇侅』の肋下の項を紹介します。では『診病奇侅』の本文を読んでいきましょう。

※画像は『診病奇侅』京都大学付属図書館より引用させていただきました。
※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。
『診病奇侅』の肋下
書き下し文・診病奇侅 肋下
○大事の痞と云うは、脾胃の元氣衰うる故、飲食を尅化する運行の力弱く、邪氣いつとなく滞り集まりて、肋の下よりしころひさし(錣庇)て下したる如く(其痞切迫肋下云々、松井本)、板の様に支えるものなり。其の痞を手にて按せば痛をなし、とかく肋の下に、くつろぎなきものなり。此れ中氣の虚するに因りて、自然と集まりたる数年の痞にして、大事の痞なり。此の痞ある人、大方後には腫氣脹満の証になるものなり。然る故に、腫氣脹満のさし出る病人は、先ず腹にて知るものなり。(良務)
○中風を患る人は、二三年前より、章門の通より、腰骨までの竪筋の切れたる様になりて、之を按じて力無きものなり。此の人三年の内に、中風を発すること必定なり。左脇下この如くなれば、左半身不遂す。右脇下この如くなるは易治。氣の行る故なり。治年は二三年前より認め得て、補氣の薬、順氣の剤を、久服せしむるを善しとす。(寿安 ○白竹、玄悦同じ)(森立夫曰く、三伯同上)
○凡人、肥痩長短の別なく、章門の穴を指を以て按し、其の指先の筋を越えて、深く季肋の中へ入るは、必定三年の内に、中風の病と知べきなり。是れ先師歴功の秘訣にして、百に一を失うことなし。(南溟)
○肋下無力、四十以前の者にもあり、是れは強仕(四十歳)以上の者は殊なり。其の処の陽氣薄き故なり。枯せずといえども、痿するなり。又、季脇より、腰髖骨まで攣急する者は、其の方の手足拘攣するなり。病成ては救うべからず。又、季肋攣せず、力なきに非ずして、偏枯するものは飲なり、治すべし。廃者は治すべからず。(台州)
△(引、松井本)章門診法、一偏は常の如く、一偏は柔軟なる者、三年を出ずして偏枯を発す。宜しく預め日々多く其の柔軟なる処に灸すべし、以て陽氣を助け、而して飲を駆除する。又、一方拘急、一方は常の如くなる者、壮者は無害、四十歳以上の者、左なるときは則ち飲を逐う、右(拘急)なるは宜しく肝を和し且つ灸す。(楓亭)
△(引、松井本)章門上一寸許、之を按じて痛む者、其の手が痛む也。章門一寸許、之を按じて痛む者、其の足が痛也。(浅井)
△(引、松井本)季脇の肉の減無き者、他証なりと雖も中風に似る、中風と為して治すべからず。多くは食滞、或いは類中風也。必ず左右の脇及び中脘を診すべし。其の位は結聚せず、手足不仁なる者、痿証也。(萩原)
肋下について
そもそも肋下とは、どこを意味しているのでしょうか。「肋下」という言葉からは、季肋部を意味するようにも考えられますが、本章の条文では「章門」の言葉も確認できます。となれば、脇肋部をもその範囲に含むようにも考えられます。
冒頭の良務先生の言葉からは、肋下は季肋部(胃経・不容穴周辺)を指しているように思える内容です。本来ならば、高村良務先生の『腹診秘伝』などから確認すべきでしょうが未確認です。
上記には「大事の痞と云うは、脾胃の元氣衰える故、飲食を尅化する運行の力弱く、邪氣いつとなく滞り集まりて、肋の下より錣庇(しころひさし)て下したる如く、板の様に支(つか)えるものなり。」
「此れ中氣の虚するに因て、自然と集りたる数年の痞にして、大事の痞なり。此の痞ある人、大方後には腫氣脹満の証になるものなり。然る故に、腫氣脹満のさし出る病人は、先ず腹にて知るものなり。」
とあるように、肋下の痞には脾胃の氣(中氣)の虚衰に起因する病理があり、さらには腫氣(浮腫)が起こるであろうと予め診断する指標としていることがわかります。
これについては、夢分流の鍼書『鍼道秘訣集』の「腫氣の来たるを知る事」に参考になるであろうと思われます。
二十四、腫氣の来たるを知る事
諸病に腫氣の来たるを兼ねて知る事、最も相伝とす。此の習いをしらざれば本道にても鍼医にても下手の名をあらわす。之に依りて病者に腫氣の来たらざる様に、前々よりして(鍼を)立つる物也。扨、此の目付け処の大事は胃の腑也。大病人を受取り鍼せば、胃の腑へ邪氣の寄らざる様に鍼する事、最も習いと為す。胃の腑へ邪氣寄らば、必ず食進まず、病者一日一日と草臥(くたびれ)る。扨は胃火亢り乾くがゆえに病体より食進み過ぐる。是れ即ち腫氣の来たる相也。随分と胃の氣の邪氣を拂い見るに退かざれば辞退し、療治すべからず也。扨、大病人を初めて観る胃の腑に邪氣あらば、食進み過ぎぬるか食後に眠り来たると云うべし。又、足の甲、腰の廻りに腫氣ありて腰冷ゆるかと問うべし。必ず左様に有る物也。肥えたる人ならば療治すべし。痩せたる人の腫氣は大事なれば必ず辞退して治すべからず也。
■原文 廿四知腫氣來事
諸病に腫氣の來るを兼て知事最も相傳とす此習をしらされは本道にても針醫にても下手の名をあらわす依之病者に腫氣不來様に前前より乄立る物也扨此目付處の大事は胃の腑也大病人を受取針せば胃の腑へ邪氣の不寄様に針する事最も爲習胃の腑へ邪氣寄ば必ず不食進病者一日一日と草臥扨は胃火亢り乾がゆへに病體より食進過る是卽腫氣の來相也隨分と胃の氣の邪氣を拂見に不退辭退し不可療治也扨大病人を初て觀に胃の腑に邪氣あらば食進過ぬるか食後に眠來ると可云又足の甲腰の廻に腫氣ありて腰冷かと問べし必す左様に有物也肥たる人ならば療治すべし痩たる人の腫氣は大事なれば必す辭退乄不可治也
上記引用文には良務先生の言葉に共通するものを感じます。また、その腹部の邪実の表われは腹診図に描かれています。この絵図を参考にすれば、肋下=季肋(胃経・不容穴周辺)であることも頷けます。
左右の章門から病をうらなう
脇下・章門には中風に関する所見が現れるという説は、寿安先生 、白竹子先生、玄悦先生、そして三伯先生が共通して挙げておられます。『診病奇侅』本文には、“中風の発症を事前に章門にて知る”という主旨が主に書かれています。
「中風を患る人は、二三年前より、章門の通りより、腰骨までの竪筋の切れたる様になりて、之を按じて力無きものなり。此の人三年の内に、中風を発すること必定なり。」(寿安 、白竹、玄悦、三伯)
「凡人肥痩長短の別なく、章門の穴を指を以て按し、其の指先の筋を越えて、深く季肋の中へ入るは、必定三年の内に、中風の病と知るべきなり。是れ先師歴功の秘訣にして、百に一を失うことなし。(南溟)」との条文からは、章門の反応によって未発の症状をうらなうことが記されています。
ここでも『鍼道秘訣集』を参考に挙げましょう。同様のことが『鍼道秘訣集』「寒氣を知るの事」「瘧観るの大事」に記されています。
二十三、寒氣を知るの事
腹を診(うかが)い是の病人は寒氣来たるべしと此方より断る事は、両の章門よりして邪氣出づる時には、萬病に寒氣あり。章門は肝経也。夫れ肝は厥陰風木なるが故に、邪氣章門より出る日(とき)は、寒風を出す事疑い無し。邪氣剛(つよ)き方の章門に散する鍼、勝引の針する時は邪退き寒氣止む是れ玅。
■原文 廿三知寒氣事
腹を診是病人は寒氣來るべしと此方より斷る事は兩の章門より乄邪氣出る時には萬病に寒氣あり章門は肝經也。夫肝は厥陰風木なるが故に邪氣章門より出る日は寒風を出す事無疑邪氣剛方の章門に散する針勝引の針する時は邪退寒氣止是玅
『鍼道秘訣集』「瘧観るの大事」より
二十五、瘧(おこり)観るの大事
瘧(おこり)の病証、種々医書に記すと雖も、当流にては肝瘧脾瘧の二証に定む。腹を診うに両の脇章門より豁骨(あばらぼね)へ邪氣込み入りあるは、肝の臓より発(おこる)瘧(おこり)にて寒熱甚しき物也。併(しかしなが)ら早く平愈する也。
又、両脾の募胃の腑に邪氣あるは食も進み難し。是れを脾瘧とも云い、俗に虫瘧(むしおこり)とも云て、痊る事遅し。此の証は元来湿にあたり脾胃に湿氣籠りて散ぜざる処に、食などにあてられ食傷するの後必ず変じて脾瘧となる物也、痊る事遅し。療治悪敷ければ必ず若き人は虚労の症と成り易く、老人は又次第に草臥(くたびれ)大事に及び腫氣など出で、終には死する物也。鍼の立様口伝多し。
■原文 廿五瘧觀之大事
瘧の病証種種醫書に雖記當流にては肝瘧脾瘧の二証に定む腹を診に兩の脇章門より豁骨へ邪氣込入あるは肝の臓より發瘧にて寒熱甚しき物也。併ら早く平愈する也。又兩脾の募胃の腑に邪氣あるは食も進難し是を脾瘧𪜈云俗に䖝瘧𪜈云て痊る事遲此証は元來濕にあたり脾胃に濕氣籠て不散處に食などにあてられ食傷するの後必す變乄脾瘧となる物也痊事遲療治悪敷ければ必す若き人は虚勞の症と成易く老人は又次第に草臥大事に及ひ腫氣なと出終には死する物也針の立様口傳多し
このことから、章門周辺には、伏寒(伏邪)が少陽位に潜伏していることを暗に示唆しているようにも解釈できます。
中風の所見を脇下章門でみる
中風の治療に関しては『鍼道秘訣集』には記されており、治療箇所が鳩尾および両傍(おそらくは脾募)であることに言及しています。
二十三、中風鍼の大事
是れも病証、諸書に之有り、故に略す。左右の半身かなわざる治療に習いあり。
左の半身、遂(かなわ)ざるは邪氣、右傍に有り。
右の半身、遂(かなわ)ざるは邪氣、左傍に有り。
是れ当流の習い也。邪氣を本と為し鍼すべし。一方へ氣血偏寄(かたよる)故に一方虚して、虚の方不遂(かなわざる)して、其の偏実の方を専と鍼して虚にかまわず鍼すれば、偏(かたがた)の氣血虚の方へ移り、両傍平になる時は不遂偏身痊る。譬えば、秤の軽重あるが如し。諸病の発(おこる)と云うも、氣血相対して軽重なければ、平人無病也。臓腑の虚實実に依りて発(おこ)る邪実を退くる時は平らかになり病無し。是の理、萬病に用ゆ。扨又、卒中風して氣を取り失うには、鳩尾并びに両傍に鍼を深する日(とき)は、本心になる也。是れ鍼にて氣付ずは神闕にすべし。鳩尾に鍼せざる前に神闕の脉を観るに、脉無くば兎角死する人也。少しにても動脉あらば鍼して宜し。扨、本心になりての後には前の療治と心得うべきなり
■原文 廿七中風針之大事
是も病証諸書に有之故に畧す左右の半身かなはざる治療に習あり。
左(右)半身不遂は邪氣有右(左)傍。
是當流の習也。邪氣を爲本可針一方へ氣血偏寄故に一方虚乄虚の方不遂其偏實の方を専と針乄虚にかまはず針すれは偏の氣血虚の方へ移り兩傍平になる時は不遂偏身痊る譬は秤の輕重あるが如し諸病の發と云も氣血相對乄輕重なければ平人無病也臓腑の虚實に依て發る邪實を退くる時は平になり病無是理萬病に用ゆ扨又卒中風乄氣を取失ふには鳩尾并に兩傍に針を深する日は本心になる也是針にて不氣付神闕にすべし鳩尾に不針前に神闕の脉を觀に脉無ば兎角死する人也少にても動脉あらば針して宜し扨本心になりての後には前の療治と可心得なり
あくまでも参考として引用しておきます。
心下 ≪ 中脘 ≪ 水分 ≪ 臍中 ≪ 小腹その1 ≪ 小腹その2 ≪ 腹中行 ≪ 腹両傍 ≪ 肋下 ≫
鍼道五経会 足立繁久
原文 診病奇侅 肋下
■原文 診病奇侅 肋下
○大事の痞と云は、脾胃の元氣衰る故、飮食を尅化する運行の力弱く、邪氣いつとなく滯り集りて、肋の下よりしころひさして下したる如く(其痞切迫肋下云々、松井本)、板の様に支へるものなり。其痞を手にて按せば痛をなしとかく肋の下に、くつろぎなきものなり。此れ中氣の虚するに因て、自然と集りたる數年の痞にして、大事の痞なり。此痞ある人、大方後には腫氣脹滿の證になるものなり。然る故に、腫氣脹滿のさし出る病人は、先腹にて知るものなり。(良務)
○中風を患る人は、二三年前より、章門の通より、腰骨までの竪筋の切れたる様になりて、按之無力ものなり。此人三年の内に、中風を發すること必定なり。左脇下如此なれば、左半身不遂す。右脇下如此なるは、易治、氣の行る故なり。治年は二三年前より認得て、補氣の藥、順氣の劑を、久服せしむるを善とす。(壽安 ○白竹玄悦同)(森立夫曰、三伯同上)
○凡人肥痩長短の別なく、章門の穴を指を以て按し、其指先の筋を越て、深く季肋の中へ入るは、必定三年の内に、中風の病と知べきなり。是先師歴功の秘訣にして、百に一を失ことなし。(南溟)
○肋下無力、四十以前の者にもあり、是は强仕以上の者は殊なり。其處の陽氣薄き故なり。枯せずといへども、痿するなり。又季脇より、腰髖骨まで攣急する者は、其方の手足拘攣するなり。病成ては不可救。又季肋攣せず、力なきに非ずして、偏枯するものは飮なり、治すべし。廢者は治すべからず。(臺州)
△(引、松井本)章門診法、一偏如常、一偏柔軟者、不出三年發偏枯、宜預日々多灸於其柔軟處、以助陽氣、而驅除飮。又一方拘急、一方如常者、壯者無害、四十歳以上者、左則逐飮右宜和肝且灸。(楓亭)
△(引、松井本)章門上一寸許、按之痛者、其手痛也。章門一寸許、按之痛者、其足痛也。(淺井)
△(引、松井本)季脇肉無減者、雖他證似中風、不可爲中風治。多食滯、或類中風也。必可診左右脇及中脘、其位不結聚、手足不仁者、痿證也。(萩原)
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