『診病奇侅』婦人の腹診について

『診病奇侅』婦人の腹診について

本記事では『診病奇侅』の女性の腹証について紹介しています。婦人科の腹診でとくに重要な項目として、妊娠しているか?否か?について力を入れて説明されています。それでは『診病奇侅』の本文を読んでいきましょう。


※画像は『診病奇侅』京都大学付属図書館より引用させていただきました。

※以下に書き下し文、次いで足立のコメントと原文を紹介。
※現代文に訳さないのは経文の本意を損なう可能性があるためです。口語訳は各自の世界観でお願いします。

『診病奇侅』の婦人妊娠

書き下し文・診病奇侅 婦人妊娠

○男は陽に属して、一身皆陽を体とす。故に腹も亦た自然に強く、氣質柔軟と雖も、女の壮実なるよりは強し、女は陰に属して、一身皆な陰を体とす。故に男とは格別に反して、柔弱和緩を現せり。
多産の婦人は、腹診の例を以ては云い難し、然れども其の間に虚実を見るべきなり。
○婦人の腹にも陰陽の二象あるなり。陽腹は是れ氣有余血不足にして、婦人の常象なり。故に多孕、或は中年以降多病なりとも孕有るなり。陰腹は是れ血有余氣不足にして、婦人の変象なり。故に壮歳に無病なるも孕むことなし(対時)

○婦人、天癸の初め至る時、淫心甚して慾事不遂もの心を労し、腎を傷り、水火不交の否(痞か ※1)となり、漸く積みて、痞塊の証をなすときは、其の後夫婦の交わりを成すとも、終に子を生ずることなし。何を以てこれを候うかと云うに、其の婦人の腹の上下を診するに、鳩尾の下、上脘中脘を按すことを甚だきらい、右の章門の下に積氣ありて動揺し、腰常に冷る者、是れ必ず子なきの証なり。先師より吾に至る、此れを以て候うに、百に一失なきなり。(南溟)

○女子十四許、虚里の動、乳上に及ぶ者あり、是れ経水来たれば、低くなるなり。(台州)

○(引、松井本)女子、虚里の動高き者は、臍傍に動あり、之と相い応ず、是れ天禀の薄弱なる也、飲食を節するときは則ち大害無し。(台州)

○血塊、中行に在る者、胞内に在りと為す(経水成りて来たる或いは断つ、宜しく導きて之を治す)。故に日月を経るときは則ち積を畳ねる。(腹中行の)傍に在る者は胞外に在ると為す、之を挑するときは則ち動、或いは痛む。宜しく之を破るべし。動ぜず痛まざる者、慎みて之を攻むべからず。(胞外に在る者、経水断ぜず。内経これを腸覃と謂う ○台州)

○帯下の病、小腹の嚢に蛇が盛る如くなる者は治せず。(無名氏)

○婦人の腹上よりだんだんに撫でおろして、臍に至り、ぐっと一段落ちるものあり。是れは産後血を多く下すか、さなくば崩漏帯下か、いずれ脱血の人と知るべし。且つ動氣亢ぶるものなり。此れは血虚の候なり。(饗庭)

○腹の内に、底につらつらとして雹などまいたる如くに、皮しわより、引けけば一処へよるは、小産の後か子をおろしたるあとか、産後よりの病か、此の三等に定まる。心得え玉え。(白竹)

○古伝に曰く、経水滞留する婦人をば、皆な以て妊娠と疑う者多し。医たる者、明らかに弁ぜずんばあるべからず。先ず脈を候うに、尺沢の動脈甚しく、且つ太衝の動脈甚しきは妊娠なり。腹を候いて知らんと欲せば、丹田氣海の地に動氣ありて、時として上脘へ上らんとするは、是れ妊娠に非ず。血塊なり。唯だ沈んで、手の下に沈む如くなるは血塊にあらず、必ず妊娠なり。
又、動氣曾てなきもあり、是れ手を以て暫く按えるときは、手の下潤い、汗少し出るは妊娠なり。乾きて汗なきは、血塊なり。此れ秘するべきの専一なり。先師以来、効を得ること、百に一失なし。猶お向後試むべし。(南溟)

○又曰く惣じて、懐胎の形をやどす所は、臍下氣海丹田の辺にやどすものなり。然れども積聚、或いは瘀血などが滞ること有りて、決し難きぞ。其の時は臍下を手の平で上へ按してみれば、瘀血か積聚なれば、手を引くや否や、本の処へ帰るぞ。推し上げて見るよりは、又候い様があり、総体夜明けて食をたべぬ時に見る、空腹ならざれば見え難きぞ。空腹の時、臍下の形、鶏卵の形にむっくりと高きものなり。夫れに手を掩うてみるに、手のはばかる様に、真綿を握った様にむっくりと当るものは、必ず懐胎なり。瘀血積聚は病、故に手を以て按してみるに、内からむっくりとせざるものぞ。是れはやわらかな候ぞ。又一つの候法は、高き処を推すに懐胎なれば、痛まぬものなり。瘀血積聚なれば痛む者なり。(南溟)(○陽山やや同じ、○久野同じ)

○(森立夫引、中虚)懐妊と枯血と見分け様、平旦に臍下を按して見るに、懐妊なれば、こんもりと高く起って動くものなり。血聚なれば、高く起るといえども、動氣なきものなり。総じてつかえの類は、朝内は必ず上に浮くものなり。

○又曰、死胎の者の腹は、臍下塞ゆるなり。子、息災なれば、其の子の陽氣あるに因りて温かなり。其の子が死ぬると陽氣脱するに因て塞がるなり。(南溟)

△(引、松井本)妊娠する者、横骨に懸て痛まず、瘀血なるときは則ち横骨に懸て必ず痛む。(楓亭)

△(引、松井本)経断つこと四五月、胎の如くにして動ぜざる者、妊娠に非ざる也。或いは肝疾の筋攣して胎動の如くなる者有り。宜しく熟察して誤まるべからず也。(萩原)

○凡そ妊娠受胎を診して百日以往(以後)は可と為す(百日以前は難別)、亦た宜しく平旦の空心に於いて診すべし(平旦、少腹脹りて胎見わす、是を以て宜と為す。小便を忍ぶるも亦た此れの如し)、胎の居る所、中極(臍下四寸)に在り。部位に間(まま)偏右する者あり。胎の大きさ雞卵の如し、軟にして満ちること光沢有り。之を按して則ち手下滋潤す、痛まず移らず、正に是れ灼然として妊娠也。
之を按して皮膚乾燥し、稜角(或いは圓き者あり)有るが如し。又、之を按して則ち痛み、或いは転移す、此れの如くなるときは則ち瘀塊を為す(痛むは瘀を為す、不痛は妊を為す。最も是れ捷径弁法なり)。其の位する所、必ず右辺に在り。其の任脈或いは左に在る者は、殊に十中の一耳(のみ)、知らずんばあるべからず。(台州)

△(引、松井本)或いは肚腹脹攣し脇腰に引きて痛む(公豊按するに、肝経脾経俱に拘攣する者、是れ也)、或いは按を得て痛み或いは動甚しきは、血塊の候を為す也。若し育孕の時に在りては、其の変を知らんと欲す。臍中に神形無く、肉脫し、脈細数或いは濇を兼ね、諸々虚憊する者は、調護の宜を失すれば則ち胎は自ら堕ちる。厥身するも亦た斃するなり。(陽山)
験胎の説は賀川氏の『産論』及び『産論翼』に詳らかなり。茲に緐引せず。

痞か?否か?

※1「……心を労し、腎を傷り、水火不交の否 痞か」と、医道の日本発刊の『診病奇侅』には記されています。
これは「否」の文字は “痞” ではないか?と疑う言葉が付記されていますが、ここでいう「否」で正しいと思われます。腹証の話なので、つい“痞”としたくなるのでしょうが、文脈からみて“否卦”のことを指しているとみるべきでしょう。「水火不交」の様を、易卦「天地否」に当てはめているのでしょう。もちろん水火既済ではなく、陰陽不交の象りを示すため否卦となります。

それに痞(心下痞)は水火不交の因になるかもしれませんが、(心下痞は)水火不交を直接の要因とするものではありますせん。もしそうであれば、瀉心湯のレシピもガラリと変わることでしょう。

妊娠か否かを見わける

妊娠検査薬やエコーで検査できる現代では必要性を感じる人は少ないでしょうが、当時の医家たちにとっては血塊(筋腫など)か妊娠かを見極めることは実に重要な診法であったと想像できます。

なぜなら、もし血塊であった場合、その治法は「宜破之」とあるように、破血の剤を用いての治療を選択される場合があるからです。もちろん破血の剤を妊婦に処方することは禁忌であることは言うまでもありません。

となれば、如何にして妊娠か否か?を脈診や腹診で診分けるか?は、婦人の腹診において最重要な要項ともいえます。

その妊娠を診わける法としていくつかの情報が記載されているのですが、興味深い表現があります。

「手を以て暫く按えるときは、手の下潤い、汗少し出るは妊娠なり。」(浅井南溟)、「之を按して則ち手下滋潤す、……正に是れ灼然として妊娠也。」(荻野台州)と、二人の医家が、腹診の際に「手の下に潤いを感じる」ことを妊娠を示す徴候として記しています。

これと近しい意味合いのものとして「子、息災なれば、其の子の陽氣あるに因りて温かなり。」(浅井南溟)の言葉が挙げられます。また、次の言葉も理で考えると近いものを観ているのかもしれません。「胎の大きさ雞卵の如し、軟にして満ちること光沢有り。」(荻野台州)

血塊・瘀血の鑑別法

「挑之則動或痛宜破之。」(荻野台州)
「瘀血積聚なれば痛者なり。」(浅井南溟)、
「瘀血則懸横骨必痛。」(福井楓亭)
「按之則痛、或轉移、如此則爲瘀塊」(荻野台州)
「痛爲瘀、不痛爲妊。最是捷徑辨法」(荻野台州)
(並びは本書記載順)

按じて痛む塊は血塊、すなわち瘀血である、と明確な指標として記しています。「按じて痛む」とは即ち圧痛であります。腹診をする際、患者が圧痛を感じるケースは、ご婦人のみならず確認できることです。この腹診の圧痛をどのように評価するか?も診断において重要なことです。

それだけに荻野台州先生の「痛為瘀」という言葉は実に単純明快です。この指標は妊娠と血塊を診わけるの鑑別法のみならず、腹診全般に大いに参考になる情報であると思われます。

腹両傍 ≪ 肋下 ≪ 心腹痛 ≪ 腹満 ≪ 婦人妊娠 ≫ 小児 ≫ 衆疾腹候 ≫ 死生

鍼道五経会 足立繁久

原文 診病奇侅 婦人姙娠

■原文 診病奇侅 婦人姙娠

○男は陽に屬して、一身皆陽を體とす。故に腹亦自然に强く、氣質雖柔軟、女の壯實なるよりは强し、女は陰に屬して、一身皆陰を體とす、故に男とは格別に反して、柔弱和緩を現せり、多産の婦人は、腹診の例を以ては云難し、然ども其間に虚實を可見なり。○婦人の腹にも有陰陽二象なり。陽腹は是氣有餘血不足にして、婦人の常象なり。故に多孕、或は中年以降多病なりとも有孕なり。陰腹は是血有餘氣不足にして、婦人の變象なり。故に壯歳に無病なるも孕ことなし(對時)

○婦人天癸初至る時、淫心甚して慾事不遂もの心を勞し、腎を傷り、水火不交の否(痞歟)となり、漸く積て、痞塊の證をなすときは、其後夫婦の交を成とも、終に子を生ずることなし、何を以てこれを候ふかと云ふに、其婦人の腹の上下を診するに、鳩尾の下、上脘中脘を按すことを甚だきらひ、右の章門の下に積氣ありて動揺し、腰常に冷る者、是必ず子なきの證なり。自先師至吾、此を以て候ふに、百に一失なきなり。(南溟)

○女子十四許、虚里の動、乳上に及ぶ者あり、是經水來れば、低くなるなり。(臺州)

○(引、松井本)女子虚里動髙者、臍傍有動、與之相應、是天禀薄弱也、節飮食則無大害。(臺州)

○血塊在中行者、爲在胞内(經水成來或斷、宜導而治之)、故經日月則疊積、在傍者爲在胞外、挑之則動或痛宜破之。不動不痛者、愼不可攻之。(在胞外者、經水不斷、内經謂之腸覃 ○臺州)

○帶下之病、小腹如嚢盛蛇者、不治。(無名氏)

○婦人の腹上よりだん〱に撫でおろして、臍に至り、ぐつと一段落ちるものあり、是は産後血を多く下すか、さなくば崩漏帶下か、いづれ脱血の人と知べし。且動氣亢るものなり。此は血虚の候なり。(饗庭)

○腹の内に、底につら〱として雹などまいたる如くに、皮しはより、引けば一處へよるは、小産の後か子をおろしたるあとか、産後よりの病か、此三等に定まる。心得玉へ。(白竹)

○古傳曰、經水滯留する婦人をば、皆以姙娠と疑ふ者多し、醫たる者、明に辨ぜずんばあるべからず、先脈を候ふに、尺澤の動脈甚しく、且太衝の動脈甚しきは妊娠なり。腹を候ひて知らんと欲せば丹田氣海の地に、動氣ありて、時として上脘へ上らんとするは、是妊娠に非ず、血塊なり。唯沈で、手の下に沈む如くなるは、血塊にあらず、必ず妊娠なり。又動氣曾てなきもあり、是手を以て暫按へるときは、手の下潤ひ、汗少し出るは妊娠なり。乾きて汗なきは、血塊なり。此可秘の専一なり。先師以來、効を得ること、百に一失なし。猶向後試むべし。(南溟)

○又曰惣じて、懐胎の形をやどす所は、臍下氣海丹田の邊にやどすものなり。然ども積聚、或は瘀血などが滯ること有て、難決ぞ。其時は臍下を手の平で上へ按してみれば、瘀血か積聚なれば、手を引や否や、本の處へ歸ぞ、推上て見るよりは、又候ひ様があり、惣體夜明て食をたべぬ時に見る、空腹ならざれば難見ぞ。空腹の時、臍下の形、雞卵の形にむつくりと髙きものなり。夫に手を掩てみるに、手のはゞかる様に、眞綿を握た様にむつくりと當るものは、必ず懐胎なり。瘀血積聚は病、故に手を以て按してみるに、内からむつくりとせざるものぞ。是はやわらかな候ぞ。又一の候法は、髙き處を推に懐胎なれば、痛まぬものなり。瘀血積聚なれば痛者なり。(南溟)(○陽山稍同、○久野同)

○(森立夫引、中虚)懐妊と枯血と見分様、平旦に臍下を按して見るに、懐妊なれば、こんもりと髙く起つて動ものなり。血聚なれば、髙く起といへども、動氣なきものなり。惣してつかへの類は、朝内は必ず上に浮くものなり。

○又曰、死胎の者の腹は、臍下塞ゆるなり。子息災なれば、其子の陽氣あるに因て溫なり。其子が死ぬると陽氣脱するに因て塞るなり。(南溟)

△(引、松井本)妊娠者懸横骨不痛、瘀血則懸横骨必痛。(楓亭)

△(引、松井本)經斷四五月、如胎而不動者、非妊娠也、或有肝疾筋攣如胎動者。宜熟察不誤也。(萩原)

○凡診妊娠受胎、百日以往爲可(百日以前難別)、亦宜於平旦空心診(平旦少腹脹而胎見、是以爲宜、忍小便亦如此)、胎之所居在中極(臍下四寸)、部位間有偏右者。胎大如雞卵、軟而滿有光澤、按之則手下滋潤、不痛不移、正是灼然妊娠也。按之皮膚乾燥、如有稜角(或有圓者)、又按之則痛、或轉移、如此則爲瘀塊(痛爲瘀、不痛爲妊。最是捷徑辨法)、其所位必在右邊、其在任脈或左者、殊十中之一耳、不可不知。(臺州)

△(引、松井本)或肚腹脹攣引脇腰而痛(公豐按、肝經脾經具拘攣者、是也)、或得按痛或動甚、爲血塊之候也。若在育孕之時、欲知其變、臍中無神形肉脫脈細數、或兼濇諸虚憊者、調護失宜則胎自墮、厥身亦斃。(陽山)
驗胎の説は賀川氏の産論及翼に詳なり茲に緐引せず。

 

 

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