夢分流の書『鍼道秘訣集』の臓腑の弁を紹介します。
また腹部の臓腑配当だけでなく、その記述内容からどのような医学の影響を強く受けたのか?どのような患者層を主に診ていたのか?などを伺い知ることができると思います。
その二、夢分流の臓腑観
『鍼道秘訣集』京都大学付属図書館より引用させていただきました
心の藏・心下
當流臓腑之辨
鳩尾、俗に水落(みずおち)と云う。
是を心藏(しんのぞう)と號(ごう)す。少陰君火とて毎年三、四月の温かなる火、是(これ)なり。
此の心に邪気ある時は、目眩し、舌の煩い、頭痛し、夜寝むることを得ず。
又は眠る中に驚き、又は心悸(むなさわぎ)し、心痛み等の病を生ず。
脾募
鳩尾の両傍らを脾募(ひのぼ)と號し、脾藏の病を知る。
是の處に邪気有る日(とき)は、手足、口唇の煩い、両の肩痛み等あり。
肺先
肺先(はいさき)は脾の募の両傍なり。茲(ここ)に邪気住するときは息短く、喘息、痰出て、肩臂(かたひじ)の煩い出る。
肝の藏
肝の臓と號するは、両章門 並びに章門の上下也。
茲(ここ)に邪気出るときは必ず眼目の痛み、疝氣、淋病、胸脇攣(ひきつり)痛み、息合い短く、究めて短気にして酸物を好む。
又は足の筋(すじ)攣(ひきつ)ること、扨(さて)は諸々の病に寒気を出すは皆以て肝の業(しわざ)也。肝瘧など云うも此の處に邪氣あり。針して邪を退くる時は痊る。
胃の腑
『鍼道秘訣集』京都大学付属図書館より引用させていただきました
胃の腑は鳩尾の下と臍の上下との間に住する。維(これ)人間の大事とする處(ところ)、一身の目付處とす。
萬物、土より生じて還(また)終り、土に入る。
他流には胃腑虚し易し、甘味の物 脾胃の薬とて甘物を用い、補薬蜜丸等を用いる事、心得難し。其の故は日夜朝暮 食(くらう)處の物は皆 胃中に入るがゆえに餘の藏腑と違い實し易きに依り、還って邪氣となるゆえに食後に草臥れ眠りを生じ、扨は胃火熾(さかん)なるが故に食物を焼き、胃乾(かわく)により食を澤山に好み食う。終に手足へ腫れを出し。土困(くるし)めば腎水を乾かし脾土へ吸い取られぬるに依りて腎の水も共に乾き、火となり邪と變じて小便止まる。
加様(かよう)の病、元(もと)胃腑の實し、邪となる事を辨えず。腎虚脾虚なれば補薬等の甘味を用い宜しくなど云いて用いる時は忽ち心腹になづみ返って重病となる。是、唯(ただ)燃える火に薪を添えるが如し。
又、甘き物、腎水をも益など云う。人有り維(これ)以て謬(あやまり)也。
甘きは脾土の味(あじわ)い、土尅水の理なるにより腎水の為には大敵也。何ぞ薬と成る可き。
加様の違いにて生く可き病人も死に趣くを非業の死と號す。
當流の養生針などには、兼て脾胃實し易く邪氣と成りやすく、龍雷相火の肝 實し易ければ病と變ずる事を悟りて、肝胃の亢らざる様にと針す。
夫れ針は金也。金は水の母にて金裏に水を含み、陰中の陰なるを金水を以て邪熱を鎮め退く。胃實は邪熱の根と云う。脾胃の實火に甘き物を用いれば彌(いよいよ)以て病重なる事明らかなれば、補薬を用いて験無し。
胃火熾にして煩う病人は必ず甘き味を好む。是、其の病の好む處なれば用いて悪しく用いずして吉。
右(上記)は大法奥にて漸漸に断る可し。
夢分流が主に影響を受けた学派や主な患者層が窺い知れる文章でもあるかと思います。
また「針は金也。金は水の母にて金裏に水を含み、陰中の陰なるを金水を以て邪熱を鎮め退く。」は非常に興味深い一節です。
五行思想を基にした鍼治の概念です。
同様の鍼治観は『徳本多賀流針穴秘傳』(永田徳本 1513-1630年)にも確認できます。
「凡そ針は金に属す。故に邪氣に當って水を生じ、邪熱を鎮めて病を治す。…」
以上の「金と水の相生関係」を念頭に置いた鍼治観は「鍼に瀉有りて補なし」といった形状を基にした概念とはまた一線を画すものであるといえるでしょう。
また単純に金生水なのではなく、邪熱(火)が介在するのが五行を精密に観ているという印象を受けます。
大小腸
大小腸、圖の如し。
病証、後後にあらわす故に略す。
臓腑の煩は十四経、針灸聚英等にあり。
又、藏腑に属する處の物は難経にある故に記さず。見合す可き也。