王羲之の黄庭経

黄庭経をご存じだろうか?

『“黄色い帝”は知っていても“黄色い庭”は知らないなぁ』という鍼灸師は多いのではないだろうか?
かく言う私もそう詳しくはない。詳しくないから勉強しよう!ということで、王義之が書いた『黄庭経』を稚拙ながらも書き下し文にしてみた。(専門とされる方からみると恥ずかしいレベルだと思われるが…)

黄庭とはいったい何か?

黄といえば五行思想になじみのある鍼灸師であれば、脾胃を連想するのではないだろうか?
しかし『黄庭経』をはじめ各道書をみるに、黄庭=脾として解釈できない記述が散見できる。本記事においては「黄庭=脾に非ず」について詳述は避けるが、道教・内丹術における専門用語があり、東洋医学用語と同じ文字・言葉でありながら意味ありの異なるものも多々ある。いわゆる三宝「精氣神」もこれにあたると考える。而して命門も然りである。

命門についても鍼灸師ならばチェックしたい

「後に幽闕あり、前に命門あり。」とある。
命門穴といえば、十四椎下(腰椎第2第3の棘突起間)にある督脈のツボを真っ先に思い浮かべる鍼灸師が大部分ではないだろうか。
しかし『黄庭経』では後ろの腰部にはなく、前にあるという。また同書には「上は命門に伏し」との記述もある。
体の前にあり、上にある命門といえば、鍼灸師ならば睛明穴を思い出すのではないだろうか。睛明穴は『霊枢』根結第五を参考にされたし。

王義之と『黄庭経』

王義之(303-361年)は書の世界では有名人であり人気者である。書家として有名である一方、王義之は道教を好んだこともよく知られている。本記事でも紹介する『黄庭経』は『黄庭外景経』であり、なんでも王義之がこれを書写したものを山陰(浙江省)の道士に与え、その代わりに鵞鳥をもらったという、すなわちガチョウと交換した『黄庭外景経』として有名なエピソードがある。


写真:『魏晋唐小楷集 中国法書選』より引用

『黄庭外景経』書き下し文

黄庭経
上に黄庭あり、下に関元あり。後に幽闕あり、前に命門あり。
㿖外に嘘吸(呼吸)し、丹田に入る。審らかに能くこれを行なえば(行らせば)、長存すべし。黄庭中人は朱衣を衣し、關(関)門壮籥(そうやく)は両扉に蓋う。幽闕これを挟んで高くして魏々たり。
丹田の中、精氣微かなれば、玉池の清水、上に肥を生じ、霊根堅固にして志衰えず。中池に士あり、赤朱を服す。横下三寸は神の居る所。中外 相い距(へだ)てて重ねてこれを閉じ、神㿖の中、務めて修治する。
玄㢕(げんよう)の氣管 精を受けるの符、急に子精を固め以って自持す。
宅中に士有り。常に絳(こう)を衣(き)る。子、能く之を見れば病まざる可し。横理の長尺 其の上を約す。子、能く之を守らば恙無かる可し。
廬間に呼噏(こきゅう)して以て自ら償い、保守完堅ならば、身 慶を受く。
方寸の中 蓋蔵を謹み、精神還帰すれば老いて復た壮侠なり、幽𨵈を以てし流下に竟(つ)く。
子が玉樹を養いて杖(扶)く可からしむ。
至道は煩ならず旁迕(ぼうご)ならず、靈臺は天に通じ(通天)、中野に臨む。
方寸の中 関下に至り、玉房の中 神門の戸、既に是の公子 我に教える者なり。
明堂四達して海源に法るなり。真人 子丹 我が前に當たり、三關の閒、精氣深し。子、不死たらんと欲すれば崑崙を修めよ。
絳宮重楼十二級、宮室の中 五采集まり。赤神の子、中池に立つ。
下に長城玄谷の邑有り。長生要眇 房中急なり。淫欲を棄捐(きえん)して精を専守する。寸田尺宅 生を治する可し。子の長流するを繋げれば志は安寧。志を観て神を流し三奇靈 閑暇 事無く、心は太平。常に玉房を存すれば視明達。
時に大倉を念えば飢渇せず。六丁を役使する。神女謁し、子の精路を閇して長活する可し。正室の中、神の居る所、洗心して 自ら治める敢えて汙(汚)すること無し。
五藏を歴観し、節度を視る。六府脩治して潔きこと素の如し。虚無自然たる道の故なり。
物に自然有りて事に煩ならず。垂拱無為ならば心 自ずと安んじ、體(体)虚無の居は廉間に在り。寂寞(せきばく)曠然(こうぜん)として口言わず。
恬淡無為にして徳園に遊び、精を積み、香 潔ければ玉女存する。道を作(な)して憂柔 身は獨居。性命を扶養して虚無を守り、恬淡無為にして何を思慮するや。羽翼 以て成れば、正に扶䟽たるべし。長生久視すれば乃(すなわ)ち飛去する。
五行 参差するも根節を同じくし、三五たる氣を合するも、本の一なるを要とす。
誰と之を共にし、日月升らん。
珠を抱き玉を懐(いだ)き、子 室に和し、子 自ら之有りて持して失うこと無かれ。
即ち不死を得んとすれば、金室に蔵せよ。
月を出し日を入る。是、吾が道。
天七地三 回りて相い守る。
五行を升降し一は九に合し、玉石落々たり。是吾が寶(宝)。
子 自ら之を有して何ぞ守らざる。
心に根帶を暁かにし、華采を養い、天に服し地に順じ、精を合蔵するべし。
七日の奇、五(吾と解釈されている)相合を連らねる。崑崙の性、迷誤せず。九源の山 何ぞ亭々たる。
中に真人有り使令する可し。蔽うに紫宮丹城楼を以てし、日月の明珠なる如くを以てす。萬歳昭々として期有るに非ず。
外は三陽に本づき、神 自ずから来たる。内は三神を養い長生す可し。
魂は天に上らんと欲し、魄は淵に入らんとす。還魂反魄、道の自然なり。璣を旋(めぐら)し珠を懸(か)け、環に端無く、玉石戸金籥 身は完堅。
載地玄天 乾坤を(に)廻り、四時を以て象り、赤きこと丹の如し。

前は仰ぎ後は卑くし各門を異にする。
還丹と玄泉とを以て送り、亀を象りて氣を引き靈根を致す。
中に真人有り。金巾を巾し、甲を負い符を持して七門を開く。此れ枝葉に非ず。實(実)は是根なり。
晝(昼)夜 之を思えば、長存する可し。
仙人道士 神とす可きに非ず。
積精の致す所、専年と為し、人皆穀と五味を食し、獨(独)り大いに和したる陰陽の氣を食す。
故に能く死せず、天相既(つ)く。

心は國(国)主と為し五蔵の王(と為る)。
意を受けて動静の氣 行くを得て、道 自ずから我を守り、精神光る。
晝日昭々として、夜自ら守る。
渇すれば自ずと飲を得、飢えれば自ずと飽く。
六府を経歴し、卯酉を蔵し、陽を轉(転)じ陰に之(ゆ)き、九に於いて蔵す。
常に能く之を行えば、老を知らず。

肝の氣為(た)るや、調して且つ長ず。
五蔵を羅列して三光を生ず。
上は三焦に合し、道は醤漿を飲み、我が神魂魄、中央に在り。
鼻に随い上下して肥香を知り、懸雍に於いて明堂に通ず。

玄門に伏して天道を候い、近くは身に於いて在り還りて自ら守る。
精神上下して分理を關(関)し、天地長生の道に通じ利す。七孔 已に通ずれば老を知らず。
還りて陰陽天門に坐し、陰陽を候い、嚨喉に下り、神明に通じ、華蓋を過ぎ清くして且つ涼し。
清冷淵に入り、吾が形を見て、期して還丹を成して長生する可し。
還りて華池を過ぎ、腎精を動じ、明堂に於いて立ち、丹田に臨む。
将に諸神をして命門を開かせしめ、天道を通利し、天道、靈根に至る。
陰陽 列布すること流星の如し。

肺の氣と為すや、三焦に起こり、上は天門に服伏して、故道を候い、天地を闚視して童子を存する。
精華を調和し、髪歯を理し、顔色潤澤にして白を復さず(復た白からず)。嚨喉に于いて下り何ぞ落々たる。
諸神皆な會(会)し相い求索する。下に絳宮紫華の色有り。隠に華蓋在り、神㿖に通じ専ら心神を守り相い呼するに轉(転)じる。
我が諸神を観じて、耶(邪)を辟除する。

脾神還帰して大家に依り、胃管に於いて至り虚無に通じ、命門を閉塞すること玉都の如し。
壽(寿)、萬歳を専らとし、将に有餘すべし。
脾中の神は中宮に舎り、上は命門に伏し明堂に合し、六府に通利し、五行を調える。
金木水火 土を王と為す。
日月列宿は陰陽を張る。二神 相い得て、玉英を下す。

五蔵の主と為す腎は㝡(最)も尊い。
太陰に伏し、その形を成して、二竅に出入して、黄庭に舎する。
呼吸虚無にして、吾が形強きを見て、我が筋骨血脉盛んとなる(吾が形を見て、我が筋骨を強くすれば、血脉盛んなり)。
怳惚として清靈が過ぎるを見ず、恬惔無欲 遂に生を得る。
七門に於いて還り、大淵を飲み、我が玄㢕を導いて清靈過ぎり、我が仙道と奇方を問う。
頭に白素を載せ、丹田を距(へだ)て、華池に沐浴し、靈根を生ず。
被髪して之を行えば、長存する可し。
三府相い得て、命門を開く。
五味皆な至り開きて善く氣還る。常に能く之を行えば長生する可し。

永和十二年 五月 廿四日 五山陰縣(県)冩(写)す

詩的な表現・道教の専門用語が多く、正しく書き下しにできたか心許ないですが、この点ご容赦ください。

原文『黄庭外景経』

黄庭経
上有黄庭、下有關元、後有幽闕、前有命門。
嘘吸㿖外、出入丹田。審能行之可長存。黄庭中人衣朱衣、關門壮籥盖両扉。幽𨵈侠之高魏〱。
丹田之中精氣微、玉池清水上生肥、霊根堅固志不衰。中池有士服赤朱、横下三寸神𫝂居、中外相距重閇之、神㿖之中務脩治。
玄㢕氣管受精符、急固子精以自持。
宅中有士常衣絳、子能見之可不病。横理長尺約其上。子能守之可無恙。呼噏廬間以自償、保守完堅身受慶。
方寸之中謹蓋蔵、精神還帰老復壮侠、以幽𨵈流下竟。養子玉樹不可杖。至道不煩不旁迕、靈臺通天臨中野。
方寸之中至關下、玉房之中神門戸、既是公子教我者。明堂四達法海源。真人子丹當我前、三關之閒精氣深。子欲不死脩崐崘。
絳宮重樓十二級、宮室之中五采集、赤神之子中池立。下有長城玄谷邑。長生要眇房中急。棄捐淫欲専守精。寸田尺宅可治生。繋子長流志安寧。觀志流神三奇靈 閑暇無事心太平。常存玉房視明達。時念大倉不飢渇。役使六丁神女謁、閇子精路可長活。正室之中神𫝂居、洗心自治無敢汙。
歴觀五蔵視節度、六府脩治潔如素。虚無自然道之故。
物有自然事不煩。垂拱無為心自安、體虚無之居在廉閒。寂寞曠然口不言。
恬淡無為遊徳園、積精香潔存玉女。作道憂柔身獨居、扶養性命守虚無、恬淡無為何思慮。羽翼以成正扶䟽、長生久視乃飛去。
五行参差同根節、三五合氣要本一。誰與共之升日月。
抱珠懐玉和子室、子自有之持無失。即得不死蔵金室。
出月入日是吾道。天七地三回相守。升降五行一合九、玉石落々是吾寶。子自有之何不守。
心曉根帶養華采、服天順地合蔵精。
七日之奇五連相合。崐崘之性不迷誤。九源之山何亭〱。
中有真人可使令。蔽以紫宮丹城樓侠、以日月如明珠。
萬歳昭〱非有期。外本三陽神自来。内養三神可長生。
魂欲上天魄入淵。還魂反魄道自然。
旋璣懸珠環無端、玉石戸金籥身完堅。載地玄天廻乾坤、象以四時赤如丹。
前仰後卑各異門。送以還丹與玄泉、象亀引氣致靈根。
中有真人巾金巾、負甲持符開七門。此非枝葉實是根。晝夜思之可長存。
仙人道士非可神。積精𫝂致為専年、人皆食穀與五味、獨食大和陰陽氣。故能不死天相既。心為國主五蔵王。
受意動静氣得行、道自守我精神光。晝日昭〱夜自守。渇自得飲飢自飽。経歴六府蔵卯酉、轉陽之陰蔵於九。常能行之不知老。

肝之為氣調且長。
羅列五蔵生三光。上合三焦道飲醤漿、我神魂魄在中央。随鼻上下知肥香、於懸㢕通明堂。
伏於玄門候天道、近在於身還自守。精神上下關分理、通利天地長生道、七孔已通不知老。
還㘴陰陽天門、候陰陽下于嚨喉、通神明過華盖下清且涼。入清冷淵見吾形、期成還丹可長生。
還過華池動腎精、立於明堂臨丹田。
将使諸神開命門、通利天道至靈根。陰陽列布如流星。

肺之為氣三焦起。
上服伏天門候故道、闚視天地存童子。調和精華理髪歯、顔色潤澤不復白。下于嚨喉何落〱。
諸神皆會相求索、下有絳宮紫華色。隠在華蓋通神㿖、専守心神轉相呼。觀我諸神辟除耶。

脾神還歸依大家、至於胃管通虚無、閇塞命門如玉都。壽専萬歳将有餘。
脾中之神舎中宮、上伏命門合明堂、通利六府調五行。金木水火土為王。日月列宿張陰陽。二神相得下玉英。

五蔵為主腎㝡尊。
伏於太陰成形、出入二竅舎黄庭。呼吸虚無見吾形强、我筋骨血脉盛。怳惚不見過清靈、恬惔無欲遂得生。
還於七門飲大淵、導我玄㢕過清靈。
問我仙道與奇方、頭載白素距丹田、沐浴華池生靈根。被髪行之可長存。
三府相得開命門、五味皆至開善氣還。常能行之可長生。

永和十二年 五月 廿四日 五山陰縣冩

おすすめ記事

  • Pocket
  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

  • はじめまして
    前に命門あり、とのことですが私の持っている「天来書院 王羲之王 献之楷書」では前に幽闕あり後ろに命門ありと書き下し分で書いてあります。翻訳ちがいではないでしょうか?

    by カワグチ 2022年5月3日 5:18 PM

    • カワグチさま、コメントに気づかずに随分と返信が遅れてしまいいました。真に失礼なことをしてしまいまして申し訳もございません。
      さてご指摘いただきました件「前に幽闕あり後ろに命門あり」ですが、当記事写真にあるように「後有幽闕、前有命門(後に幽闕あり、前に命門あり)」と翻訳違いではないと存じます。
      少し調べてみましたところ、「『黄庭外景経』の王義之筆『黄庭経』(宋拓)では、「前に幽闕 後に命門有り」となる。」との情報があります。(参考サイト:http://www.eonet.ne.jp/~kyosyuu/yellow.html)
      当方とカワグチさまの「幽闕・命門の前後の差異」はその所為かと存じますがいかがでしょうか。
      ちなみに当記事のお手本としました『黄庭経』(中国法書選11 魏晋唐小楷集 ㈱二玄社刊)のものは「趙孟頫旧蔵心太平本」とあります。

      by harinomichi 2023年4月17日 8:13 PM

コメントを残す




Menu

HOME

TOP